ササカワ・インド・ハンセン病財団と物乞い [2007年04月16日(Mon)]
「ササカワ・インド・ハンセン病財団と物乞い」 コロニーで生活する回復者たち インドにおけるハンセン病回復者が集団で暮らすコロニーは、我々の調査で700カ所が判明し、最終的には1000カ所を越えると推定される。
ハンセン病回復者は社会に存在しない者として、長く一般社会から離れたところでコロニーを形成して生きてきた。
1980年代以降、インドだけで1100万人の人々がハンセン病から解放された。しかし、社会からの偏見に基づく差別は今も過酷である。
これらコロニーに生活する人々の多くは、今も物乞いが主たる生活の糧である。
新財団は、これらの人々に少額融資や子供達への奨学金、職業訓練を通じ、ハンセン病回復者の生活向上と、最終的にはコロニーの消滅による社会への統合を目指して活動を展開する。
日本財団から10億円の基金と、私がインドの産業界を廻って募金活動で得る資金が、インドにおける活動の元手となる。
懸命の努力をしたいと思う。
ところで財団名は「ササカワ・インド・ハンセン病財団」となった。熟慮の結果である。募金活動に最も有効な財団名を考えた時、3年間に20回のインド各地での活動を通じ、新聞、テレビなど、メディアでの知名度は相当なものがあり、募金活動にも有利と考えた。
海外ではよくあることであるが、日本では公の資金に個人の名前をつけるのは如何との批判がある。
読者の皆さんには、インドで広く知られたこの名前を個人名としてではなく、普通名詞としてご理解願いたい。
ハンセン病回復者が生活するコロニー
ニューデリーから車で小1時間のウッタルプラデッシュ州(人口1億7千万人余)のカジアバートにあるナブジーバン・クシュット・アシュラム(ハンセン病回復者コロニー)を訪問した。
40家族、100人が生活する小じんまりしたコロニーである。政府から貸与されている小さな敷地の外には、小規模の農地も与えられているが、収穫では3カ月ぐらいの食べ物しか得られない。
一人1カ月約400円の手当てが支給されているが、とても食べてはいけない。せっかくハンセン病が治ったにもかかわらず、約60%の人は物乞いをせざるを得ない。
1日の物乞いの収入は20〜25ルピーであるが、物乞いの場所が遠く車代がかかるので、1日の手取りは15ルピー、約40円であるという。
コロニーの入り口にはヒンドン川があり、濁流が流れている。堤の上にはコンクリートで固められた敷地の上に、14〜15の小さな区画に仕切られた火葬場がある。
貧しい人は火葬のマキが十分に買えないため、骨になる前に川に捨てられるケースも多く、野犬が集まり人を食い散らかす凄惨な光景が毎日のように繰り返されるという。
川床はほとんど人骨だろうという。そこで水浴し、魚も食べている。
インドが大好きな私にも、馴染めないことの一つである。
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