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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

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08:00〜10:00 「語り場」 日本財団職員との対話

12:00 ラージャパクサ・スリランカ大統領主席補佐官

13:00 (財)笹川記念保健協力財団 紀伊國理事長

16:00〜17:30 「語り場」 日本財団職員との対話

17:30 欧州大使、国連関係大使 レセプション
東京マラソン2007(その1) [2007年02月20日(火)]
「東京マラソン成功」その1

〜駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人〜



3万人が都内を走る


「駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」
これは階級史観ではない。それぞれの立場の人が協力し合って物事は出来ているという・・・。

誰あろう、今太閤といわれ権勢を極めた故・田中角栄元総理が、若輩の私に早朝の目白の自邸で語った言葉である。

私たちの10年来の夢であった「東京マラソン」が実現した。本日のその1は、駕籠に乗る人、即ち石原慎太郎東京都知事である。

「東京マラソン」の発案者、曽野綾子・日本財団前会長の説得に応じ、自らニューヨーク・シティーマラソンを視察した。東京マラソン実現の最大の功労者であることは間違いない。都知事の願う「東京大マラソン」の“大”の字はさまざまな理由で実現しなかったが、都知事の尽力なくして実現がなかったことは事実である。

暖冬といわれるこの冬ではあるが、あいにくの雨で気温も下がり、例年の2月の寒さであった。しかし、3万人の出場者の熱気はこの悪天候をも吹き飛ばした。

都知事は、スタート台でスタートのピストルを撃った後、時々湧き上がる出場選手の知事コールに満面の笑みをたたえて応じていた。そして、3万人の出場者の最後尾の選手まで、ちぎれんばかりに手を振っていた。

私の知る限り、石原都知事の長い政治生活の中で、あれほど全身で喜びを表現して手を振ったことはない。「東京マラソン」を実現した石原都知事の指導力に駕籠を担いだ一人としてお礼を申し上げたい。



ただ開会式で、一つ残念なことがあった。

石原都知事のスタートの号砲に花を添えるべく、二人の振袖姿の女性が知事のすぐ後ろにいたことである。強い雨の中、必死で選手に手を振る知事には、二人の係が傘を差し出していた。

残念ながら、その後で役割のない二人の女性は、雨の中、着物を濡らしながら寒さをこらえて佇んでいた。VIPは8時の集合であった。おそらく二人の女性は4時には起き、美容院で髪を整え、着物を着せてもらい、晴れの会場に出席したに違いない。

私は離れた観客席からこの光景を見ていた。誰もこの二人の女性に傘を差し出す人はいなかった。約10分程して、たまりかねたように付き添いの人であろうか、傘を持って壇上に上がっていった。

雨に濡れた晴れ着は洗い張りをしなくてはなるまい。

私は、明確な役割もなく、寂しそうに階段を降りて行く二人の女性に、同情の念を禁じえなかった。

駕籠に乗る人には、駕籠を担ぐ人や草鞋を作る人への目配り、気配りも大切である。次回、次々回の駕籠を担ぐ人とその草鞋を作る人にふれてみたい。