スリランカ大統領 [2007年02月09日(金)]
「マヒンダ・ラージャパクサ スリランカ大統領」
スリランカには夜中の12時(1月31日)に到着し、翌日の夜中の12時に出発と、わずか24時間の滞在であった。
スリランカは、長年のシンハリとタミールの紛争により障害者が多く、日本財団の支援で完成した義手義足の学校の引渡式、2万人を超える難民への緊急食糧支援の引渡式等、スケジュールは分単位で組まれていた。
大統領との会談は午後4時30分に設定されていた。大統領の実弟の暗殺未遂事件もあり、警備は厳重であった。
待つことしばし、と言いたいところであるが、1978年以来のゼネストが予定され、交通機関だけでなく給水もストップするという事態で、大統領は会議の席を出られなくなっているという。
待つこと1時間。ボリウッド・スターのように端正な顔立ちの大統領は、独特のワイシャツにオレンジ色の細めのマフラーをして、にこやかな笑顔で現れた。
街に飾られている写真と全く同じ姿なので、トレード・マークなのだろう。かつての「夢の島スリランカ」を再現すべく活動する姿に、国民の評価は高いという。
「昨日、兵士が7人殺害された」と、うつむき加減に語りながらも、和平への実現に強い意志が感じられた。
大統領は「日本の総理は1990年の海部総理以来きていない。インドを訪れる折には是非スリランカも訪問して欲しい」と熱望された。
かつて、昭和天皇がエリザベス女王戴冠式出席の途上にスリランカで大歓迎を受けたことは、現地では語り草になっている。
サンフランシスコ平和条約に率先して協力したスリランカは、日本の友好国である。
少数与党のラージャパクサ大統領は、多数派形成のため閣僚ポストを大盤振るまいした結果、閣僚数は54人となり、閣議開催の場所がないという。
平和構築に情熱を示す大統領ではあるが、閣内不統一にならなければよいが・・・。
今までおよそ70人の国家元首と会見したが、執務室に1時間半の滞在は最長記録であった。
(1970年から20年以上にわたり分離独立を求める「タミル・イラーム解放の虎(LTTE)」と政府との間で内戦が続いている。地図上に示した2地域が主なタミル人居住地域である。)
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