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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

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競艇 [2006年11月09日(木)]
13:30 (社)全国モーターボート競走会連合会 橋本常務理事

15:00 書類整理、稟議等決裁、事務打ち合せ
アフリカ協会20周年 [2006年11月09日(木)]
10月31日、アフリカのマリ共和国大統領官邸で行われた笹川アフリカ協会20周年記念式典で挨拶した内容を掲載します。

◆       ◆       ◆       ◆


笹川アフリカ協会設立20周年記念式典によせて

2006年10月31日
於:マリ大統領官邸
<抄訳、原文英語>

本日は、笹川アフリカ協会設立20周年記念式典にアマドゥ・トゥマニ・トゥーレ大統領を始め、笹川アフリカ協会のプロジェクトに多大なご理解、ご協力をいただいております皆様方にご参列いただき、心よりお礼申し上げます。

また、この20年間、笹川アフリカ協会の活動に対して献身的に取り組んでいただきましたノーマン・ボーログ会長と、彼が率いる現場のカントリーディレクターに心から感謝を申し上げたいと思います。



1983年から84年にかけてアフリカ諸国は大規模な旱魃に見舞われ、食糧不足に陥り、飢餓の危機に瀕していました。「世界は一家、人類は皆兄弟」を基本理念とする我々日本財団は、アフリカの人々を家族の一員と考え、特に緊急に食糧を必要としていたエチオピアに対して救援物資の支援を行いました。

その結果、多くの方々の命が救われたことは非常に喜ばしいことです。しかし、食糧生産が向上しない限り、旱魃などに襲われる度に食糧が不足し、飢餓は再発するのです。そして、その時諸外国が援助してくれるという保証はどこにもありません。

そこで、私の亡き父で当時日本財団会長であった笹川良一と私は、飢餓の問題を根本的に解決するため、アフリカの生業である農業の生産向上を目的とした、アフリカ農民の自助努力を促す形での協力をするべきだと考えました。

当時のアフリカは、増え続ける人口と劣化していく土壌のため、旧来の農業生産システムでは到底食糧の供給が間に合わないことが明白でした。そこで、新しい農業生産システムの構築を想定し、父と私はインドとパキスタンにおいて農業生産の劇的な増産に成功した「緑の革命」の功績で、ノーベル平和賞を受賞されたノーマン・ボーログ会長に連絡をとり、「アフリカの食糧問題を解決するために力を貸して欲しい」と相談しました。


92歳と高齢にもかかわらず出席してくれたボーログ博士


しかし、当時既に70歳だったボーログ会長は、高齢のために引退を考えており、「これから新たな事業を展開することは無理である」との御返事でした。ところが、当時86歳の父は、翌日ボーログ会長に再度電話をかけ、「Hello, young man. I am 16 years older than you.」と話を切り出し、熱心に説得した末、とうとうボーログ会長の協力を得ることができたのです。

ボーログ会長はその時のことを思い出すと、今でも笑いがこみあげるとおっしゃっています。また、カーターセンターの代表で、アフリカの公衆衛生事業を展開していたアメリカの元大統領ジミー・カーター氏からも、飢餓の問題を根本から解決していくという我々の決意に積極的な賛意がよせられました。

そして、我々を含む農業開発の専門家と議論を交わした結果、アフリカの土地と気候にあった新たな農耕法を根付かせる必要があるとの結論に至りました。また、その方法として農民と密着し、長期的な努力が肝要であるとの判断から、専従の専門スタッフからなる組織の立ち上げが不可欠と考え、1986年に笹川アフリカ協会を設立し、笹川グローバル2000を開始させました。

笹川グローバル2000の手法についてはご存知の方も多いかと思いますが、少量の化学肥料と優良な種子の利用を含む新しい農耕法を、現地の農業普及員が農民と共に汗を流し、農民と同じ目線に立って指導するというものです。

試行錯誤を繰り返し、農業普及員と農民の努力によって現在では穀物の収穫が従来よりも2〜3倍以上に増えているということは、御国マリを含む全てのプロジェクト実施対象地域において実証済みです。

この結果、農民一人一人に自分達の手で十分な食糧を生産できるという自信が生まれました。この自信により彼らは生きる希望を見出し、農業への関心をさらに高めたことでしょう。これは、笹川グローバル2000がアフリカの社会に貢献した一つの大きな成果と言えるのではないでしょうか。

笹川グローバル2000の手法を確実に農民へ根付かせるための最も重要なポイントは、現場で農民と一緒に働き、農民を取り巻く習慣や文化を理解し、さらに十分な専門知識をもって指導にあたる優秀な人材の確保です。

笹川アフリカ協会では、このような人材を育成するために、1993年からSAFEプログラムを開始しました。これは、9カ国10大学に農業普及学科を開設し、そこで農業普及員が学ぶための奨学金制度を運営するものです。これまでに1,000人以上の農業普及員がこのプログラムによって専門教育を受け、学位を取得し、現場にもどって活躍しています。これらのように、優れた技術の伝達と、それを支える人材育成の両面の支援を行うことで、これまで大きな成功を収めてきました。

しかし、この成功を確実なものにしていくためには、2つのことが必要です。1つは各国の指導者による政治的意志です。トゥーレ大統領は、「国づくりの基本は農業にある」というはっきりとした考えをお持ちで、これは笹川アフリカ協会設立当初からの私の変わらぬ信念でもあります。この度、大統領が農業開発に向けた政策を立案実行するという素晴らしいご決断をされたことに、心より敬意を表します。

笹川グローバル2000により新しく芽生えた農民の自信をより持続的なものにしていくには、種子や化学肥料を外国の支援に依存しないで、自立した環境を整備していくことがもとめられます。

政治的意志の次に必要なものとして、支援をする側がアライアンスを作るということがあげられます。これまで、我々日本財団、笹川アフリカ協会、その他NGOや国際援助機関、先進国政府といった支援する側が、アフリカの各国に対して個別に行ってきた支援の結果には限界があったことは、皆さまがご存知の通りです。

この経験に基づき、今後は支援する側が相互に建設的な補完関係を結んで、その知恵と経験を共有できるようなアライアンスを構築する必要があります。同時にその支援者のアライアンスは、貴国マリを初めとする、政治的意志を持った各国の政府代表者や農業関係者、そして農民の方々一人一人とパートナーシップを築き上げて、共に食糧問題の解決にむけて取り組むことが求められています。

改めて申し上げますが、私たちはアフリカの農民を私たちの兄弟姉妹と考えています。兄弟姉妹の苦難を家族の一員として共有し、一緒に働くことが、私たちの使命と考えています。あなた方の問題は、私たちの問題でもあるのです。共に働き、共に幸せを分かち合うそのためにも、今日ご参列の皆様やその他関係者に是非ご協力いただくようお願い申し上げて、ご挨拶と致します。


○笹川アフリカ協会

<目的>サハラ砂漠以南の貧農への食糧増産指導と人材育成
<本部>スイス・ジュネーブ
<役員>
会長:ノーマン・ボーログ(1970年ノーベル平和賞受賞者)
書記長:ジャン・フレモン(国際交渉応用研究センター「CASIN」所長)
理事:ジョン・ハードマン(カーター・センター専務理事)
理事:エドワード・シュー(ミネソタ大学国際貿易・投資政策学教授)
理事:ヴィクロリア・セキトレコ(元ウガンダ共和国副大統領)
理事:ニセフォール・ソグロ(元ベナン共和国大統領)
理事:関晃典(笹川平和財団理事長)