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産経新聞『正論』「変革の時代に異才の発掘を急げ」 [2014年10月27日(Mon)]
「変革の時代に異才の発掘を急げ」


産経新聞【正論】
2014年10月20日


 「ギフテッド」(Gifted)という言葉がある。日本ではなじみが薄いが、欧米では神から贈られた極めて高い能力、あるいは先天的にこうした能力を持つ人をいう。社会にイノベーションを起こすのは恐らくこういう人たちだろう。発明王エジソンやアップル社の創設者でiPhoneなどを生み出したスティーブ・ジョブズはその代表だと思う。

 過日、DVDで見たジョブズの伝記映画は「規則を嫌い、現状をよしとしないハミ出し者や問題児こそ、世界を変え人類を前進させる」とのジョブズの言葉で最後を締めていた。

 急速に社会変革が進むこの時代、わが国にも隠れたエジソンやジョブズは必ずいる。そんな思いで、このほど東京大学先端科学技術研究センターと協力して「異才発掘プロジェクト ROCKET」を立ち上げた。

 ≪多様な人材育成が不可欠≫
 調和の取れた画一的な教育が日本の特徴だが、変革の時代には多様な教育制度による多様な人材が欠かせない。ささやかな実験的試みだが、将来の学校建設も視野に新しい人材育成モデルとして育てたく決意を新たにしている。

 いささか乱暴かもしれないが、ギフテッドに対する欧米と日本の取り組みの違いは狩猟民族と農耕民族の違いのような気もする。狩猟民族には集団を引っ張る強いリーダーが欠かせない。ギフテッド教育でも早期入学や飛び級、小中学生に対する大学講義の開放など、「個の独立」に向け積極的な育成策が数多く導入されている。

 対する農耕民族では、全体の「和」が優先される。個の自立より全体の調和、協調を重んずるのが日本教育の特徴で、“全員100点”を理想とする「結果の平等」と、個々の能力の育成を重視する「機会の平等」が長年、闘わされてきた。しかし2年間の高校在籍後、大学進学を認める飛び級制度以外に特段のギフテッド教育は見当たらない。

 ≪不登校の中に埋もれた才能≫
 IQ(知能指数)によるアプローチも、70以下の子供に特別支援学級が用意され、現在、国公私立の小中学校に10万人を超す児童、生徒が在籍するが、「高い子」に対する特別学級は用意されていない。民間の受け皿や支援態勢にも、欧米と日本では格段の差がある。

 加えて特異な個性や能力を持った子供には頑固で自分本位、他人の話を聞かない、といった傾向がある。ジョブズは興味のない科目の履修を嫌って半年間で大学を中退し、完璧主義者として仲間としばしば衝突した。エジソンは小学校に入学すると教師に「Why」を乱発、「ほかの生徒たちの迷惑になる」と3カ月で放校処分になった。

 協調性を重んじる教育が戦後の日本の復興、高度成長に大きな力を発揮したのは間違いない。能や茶道のような形の美しさを尊ぶ文化もある。しかし猛烈な勢いで社会変革が進むこの時代に、画一的な教育の中で育った優等生だけでイノベーションを起こすのは難しい。

 現在、全国の国公私立の小中学校で約1%弱、12万人の児童、生徒が不登校となっている。友人関係や親の過剰期待などさまざまな原因があり本格的に分析したデータはないが、突出した才能を持ちながら学校になじめず、不登校になった子供がこの中に多数いるのは間違いない。

 プロジェクト立ち上げ後、東京、神戸、福岡など全国5カ所で説明会を開催したところ、不登校の子供や親から800件を超す相談があった。

会場風景.JPG
説明会には不登校の子供を持つ沢山の父兄が


 学校への不適応の理由は「極めて高い能力を持つがなぜか字が書けず自信を失っている」「自分の関心・興味のあることしかやろうとしない」「授業中、好き勝手をして集団に入れない」「コミュニケーションができない」「こだわりが強く融通がきかない」などさまざま。中には知能検査でIQが150を超えた子もいた。

 プロジェクトのディレクターを務める東大先端研の中邑賢龍教授も「学校教育に適応できないような能力の中にこそ将来のイノベーションを可能にする才能が含まれている」と見る。

 ≪教育こそ国づくりの要だ≫
 応募は約600人。最終的に10人程度を選抜、常設の教室を設け、大学卒業まで各領域のトップランナーによる授業やオンラインによる基礎科目の配信などを行い、それぞれが持つ特異な才能を伸ばしたく考える。

 今月7日、青色発光ダイオード(LED)を開発した日本の研究者3人のノーベル物理学賞受賞が決まった。LEDはろうそく、電球、蛍光灯に次ぐ第4世代の光として社会に大きな変化をもたらしている。

 教育こそ国づくりの要である。本プロジェクトが国の教育制度に組み込まれ、社会を動かす偉大な才能が現れる日に向け、取り組みを強化したい。そのためにも多くのご意見、ご批判をいただきたく考える。


(ささかわ ようへい)

毎日新聞:大衆芸能「文楽」の再評価を [2014年09月19日(Fri)]
大衆芸能「文楽」の再評価を


2014年8月21日
毎日新聞「発言」


 ユネスコの世界無形文化遺産にも登録される人形浄瑠璃・文楽の経営が、公益財団法人文楽協会に対する橋下徹大阪市長の補助金見直しなどで厳しさを増している。

 文楽と同様、日本を代表する文化である歌舞伎に比べ観客動員数も劣る。人形の繊細な動きを伝える上で大劇場は不向きといった制約があるとしても、多くの文楽作品は歌舞伎にも取り入れられ、ともに大衆芸能として栄えてきた。何故、文楽は不振なのか―。

 そんな思いもあって過日、国立文楽劇場(大阪市)で開場30年の記念公演を見た。演目は近松門左衛門作の世話物「女殺油地獄」。

 低くて太い三味線に合わせ太夫が語る浄瑠璃はテンポも速く、ドラマ性も十分。独特の太字で書かれた床本を見ると難解な気もするが、公演では舞台の上部に字幕も用意され容易に理解できた。

 首(かしら)と右手を動かす主遣い、左手を担当する左遣い、足を動かす足遣いが一体となった人形の動きも絶妙の一言。主人公が油屋のおかみを脇差で殺害するクライマックスシーンでは、二つの人形が血と油の海でスピード感あふれる動きを見せ、「人間にできて人形にできない動きはない」という関係者の自信も納得できた。

0049.jpg


 世界には手遣い、指遣い、糸操りなど7種類に分類される人形劇が数多く存在する。しかし太夫の語りと三味線、人形が一体となった総合芸術ともいえる文楽の圧倒的な存在感、芸術性は群を抜き、海外の評価も極めて高い。

 世界に誇るべき芸術を当の日本人が知らないのは不幸である。現状は、多くの人が文楽の存在は知っていても、実際に見ることはない “食わず嫌い”に似た状態にあるような気もする。

 大阪で誕生して以来300年、古典文化、伝統芸術の性格が強まるに連れ大衆性、娯楽性が薄れ、庶民が気さくに楽しむ本来の姿が失われてきているのかもしれない。
 
 文楽の歴史は、戦後に限っても組合の分裂や、一時期経営を担った松竹の撤退など、苦難の連続だった。その中で1966年には東京に国立劇場、84年には国立文楽劇場が開場し、公的支援態勢も整備された。

 72年からは後継者育成に向けた研修制度も始まり、現在80人に上る技芸員(太夫、三味線、人形)の約半数を研修生出身者が占め、古典芸能のイメージとは逆に新作作りも盛んだ。新たなファンの掘り起こしに向けた親子劇場やオペラなどと同様、映像による対外発信も進められている。

 文楽はもともと「小屋掛け」と呼ばれた仮設劇場の公演が中心だった。飲食も自由で、観客は芸とともに開放的な雰囲気を楽しんだ。そんな場所を再現し、文楽の面白さを体感してもらうのも有効と思う。

 いずれも息の長い作業になるが、そうした努力が、ともすれば希薄になりつつある日本人の心を後世に伝えることにもなる。われわれも民の立場から、ささやかでも協力したいと考える。

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六本木ヒルズのヒルズカフェで開催した「にっぽん文楽 プレスプレビュー」にて


日本財団会長
笹川 陽平

産経新聞【正論】財政で「ダチョウの平和」許すな [2014年09月03日(Wed)]
「財政で『ダチョウの平和』許すな」


各省庁の来年度予算の概算要求が出揃い、各紙に掲載された。

財務省の厳しい査定で要求は大幅にカットされることを前提に決定したのかもしれないが、現下の日本の財政事情を無視した緊張感のない、目一杯の水膨れ要求に唖然とさせられる。

各紙も、我が国の財政事情と概算要求の大きな乖離に何の批判も論調もないのは、新聞の質の劣化を象徴しているのだろうか。

私は経済政策には半可通ではあるが、現下の財政情況には感覚的に危機感を持ってる。
ご批判とご指導を賜れば幸いです。

****************


産経新聞【正論】
2014年8月29日


財政で「ダチョウの平和」許すな

 ≪「国の借金」は1千兆円超≫
 経済には疎いが、「国の借金」が1千兆円を超えた日本の財政について専門家の話を聞くたびに「ダチョウの平和」という言葉を思い出す。

 ダチョウは危機が迫ると砂の中に頭を突っ込み、危険を見ないようにしてやり過ごすといわれ、「ostrich(ダチョウ) policy」(現実逃避策)といった言葉もある。目がくらむような巨額の借金を前にしながら、危機感が今ひとつ希薄なわが国の現状が、私にはダチョウの姿に見えて仕方がないのだ。

 財務省によると、国債や借入金、政府短期証券を合わせた「わが国の借金」は2013年度末で1024兆円。GDP(国内総生産)比2倍超の数字は莫大(ばくだい)な戦時債務が重なった終戦時に匹敵し、OECD(経済協力開発機構)加盟の34カ国を見ても、このような巨額な借金を抱える国はない。

 総額95兆円の今年度一般会計予算を家計に例えれば、月収(税収など歳入)54万円の家庭が毎月41万円の借金(国債発行)をし、月95万円の生活をしている状態。4分の1近くの23万円は借金返済(利払いを含めた国債費)に充てられ、差額の72万円が実生活費となる。

 それでも収入を18万円も上回り、これでは収入と支出のバランス(基礎的財政収支、プライマリーバランス)はとれず、借金は雪だるま式に増える。日本には1400兆円に上る個人金融資産があり、国債の大半を国内で消化しているため問題はない、とする意見も聞くが、資金の余剰幅は年々縮小しており、素人目にはどう見ても危険水域に達している。

 財務相の諮問機関である財政制度等審議会は4月、このままで推移した場合、半世紀先の60年には国と地方の債務残高がGDPの約4倍、8150兆円に達するとの試算を公表した。現在、集団的自衛権論議が盛んだが、このままでは安全保障より年々、累積する債務で国が自壊しかねない。

 そうした悲劇を避けるには誰もが財政の現状を直視し、危機感を共有する必要がある。ダチョウのように都合の悪い現実に目を閉ざす姿勢はもはや許されない。

 ≪「あれかこれか」の時代に≫
 4月の消費税3%引き上げに先立ち、マスコミ各社が行った世論調査では「やむを得ない」とする声が半数近くを占め、財政の現状に対する危機感はそれなりに広がってきている。

 政府は来年10月の消費税2%アップを予定通り実施するか、年内に結論を出すという。消費税1%に伴う税収増は約2兆円。歳入を増やす有力な手段であるのは間違いなく、国民生活に大きな影響が出るのも否定しない。

 しかし、日本財団の姉妹組織、東京財団が行った各種シミュレーションでは、社会保障費の引き下げなど大幅な歳出削減を見込んでも、消費税だけで財政収支のバランスを取るには、30%前後まで上げる必要が出てくるという。直ちに実現するのは不可能な数字で、消費税増税は財政再建策のひとつであっても、すべてではないということだ。

 財政を立て直すには、あらゆる制度・仕組みを見直し、総力を挙げて「入」を増やし「出」を減らすしかない。「あれもこれも」の時代から「あれかこれか」の時代に変わるということだ。毎年1兆円もの規模で膨らむ社会保障費の抑制も避けられず、医療や福祉の在り方も変わらざるを得ない。気力、体力を備えた高齢者や子育てが終わった女性が働ける「場」の整備も急務となる。

 「明日の日本」をどう築くか、政治家は議員定数、報酬削減を早急に実現し、有権者受けを狙った“ばらまき”と決別すべきだ。「先(ま)ず隗(かい)より始めよ」。それが自らの覚悟と範を示すことになる。

 メディアも消費税の引き上げの是非だけでなく、言論機関として大局的な視点に立って財政の現状と課題を国民に知らせ、広く議論を提起するよう期待する。

 江戸時代、米沢藩の上杉鷹山公は藩財政の窮状を藩民に分かりやすく説明するとともに目安箱などで幅広い知恵を集め、財政支出の削減と産業振興による収入増を実現することで領地返上寸前だった藩財政を立て直した。今、求められているのは、こうした知恵と行動だ。

 ≪国を挙げ立て直す気概を≫
 日本は戦後70年間ひたすら豊かさを求めて走ってきた。巨額の財政赤字はその結果である。少子高齢化でただでさえ負担増を余儀なくされる次世代に、漫然と巨額の債務を引き継ぐことは許されない。そうでなければ世代間の亀裂が深まり、世界に誇る年金や国民健康保険も非加入者の増加で崩壊の危機に直面しかねない。

 この国は焦土と化した敗戦やオイルショックなど多くの国難を、国民の団結と協力で克服してきた。必要なのは、危機感の共有と財政立て直しに向けた気概である。日本がどう財政を立て直すか。財政悪化に直面する世界の国々が試金石として注目している。
(ささかわ ようへい)

産経新聞【正論】「海の日」を前に再度提案する [2014年07月18日(Fri)]
「海の日」を前に再度提案する


産経新聞【正論】
2014年7月14日


 今年も21日に「海の日」を迎える。これを前にふたつの提案をしたい。ひとつは7月の第3月曜日となっている海の日の固定化、もうひとつは懸案の初等中等教育における海洋教育の強化である。

 ≪日定め首相が世界に声明を≫
 ともに「海洋国家日本」の存在に関わる問題であり、特に「海の日」に関しては日を定め、総合海洋政策本部長である首相が、海の平和を守る声明を世界に発信されるよう求める。それが国際社会における日本のプレゼンスを高める結果にもなる。

 国土交通省によると、海の日は世界の多くの国が設けているが、日本のように国民の祝日にしている国はない。1996年の施行以来7年間、7月20日に固定されていたが、2003年からハッピーマンデー制度の導入で第3月曜日に変更された。

 海の日の意義より連休づくりが優先された形で違和感が残る。日本の祝日は17日もあり、連休も多い。海の日を特定の一日に定め、首相が力強いメッセージを出せば、国民の受け止め方を前進させるきっかけにもなる。

 一方の海洋教育の強化。昨年1月の当欄でも、海に囲まれ大きな恩恵を受ける海洋国家として、07年に制定された海洋基本法や翌年の海洋基本計画で、学校教育での海洋教育の推進を謳(うた)いながら、改善が進まない現状を「画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く」と指摘、改善を求めた。

 現状は小学4年の理科と5年の社会に「海」が断片的に記されているものの、一昨年、東京大学、海洋政策研究財団とともに行った全国調査では70%が海洋教育という言葉自体を知らなかった。

 かつて盛んだった臨海学校も、プールの普及や安全に対する学校現場の配慮もあって姿を消し、ゆとり教育の中で生まれた「総合的な学習の時間」に、海に関する体験学習を取り込む学校も極めて少ない。これでは「仏作って魂入れず」で、海洋国家に相応しい人材育成は期待できない。

 ≪明確な位置付け欠く海洋教育≫
 学習指導要領で海洋教育が明確に位置付けられていないのが一因で、次の改訂版では海洋教育の強化を明確に打ち出す必要がある。学習指導要領はほぼ10年ごとに改訂され、次期改訂作業は当初17、18年と見られていたが、グローバル化に対応する人材育成の高まりなどで作業を前倒しし、東京五輪が開催される20年の完全実施を目指す方針と聞く。

 現在の学習指導要領は、小中学校が07年、高校が08年に改訂された。海洋基本法や海洋基本計画が制定、策定された年に当たり、その分、海洋基本法や海洋基本計画の目的を中央教育審議会の議論に反映できなかった事情がある。

 今回は文部科学大臣の諮問を受け中教審の議論を経て答申がまとまるまでに十分な時間がある。昨年、策定5年後の見直しが行われた政府の海洋基本計画も、前計画にはなかった学習指導要領の言葉を2度も使い、「学習指導要領を踏まえ、海洋に関する教育を充実させる」「必要に応じ学習指導要領における取扱いも含め、有効な方策を検討する」と積極的な姿勢を打ち出している。

 われわれも学識者を交えた海洋教育戦略会議で、学習指導要領の「総則」に「海洋の教育」もしくは「海洋」を、「総合的な学習の時間」の学習活動の例示にも「海洋の教育」もしくは「環境(海洋を含む)」をそれぞれ明記するよう提言した。

 「海洋」の教科を持つ国は世界にも見当たらない。理科、社会、歴史など、すべての教科に関連する海洋の特殊性からも、学習指導要領で明確な位置付けをしたうえで、各教科や総合的な学習の中で広く「海」を教えるのが目指すべき姿と考える。

 世界の人口は今世紀末にも100億人に達し、漁業資源だけでなく、海中、海底のエネルギー資源や領海、EEZ(排他的経済水域)をめぐる対立と緊張が一層、激しくなる。17世紀オランダの国際法学者グロチウスが唱えた「海洋の自由な利用」はとうの昔に終わり、国際的な秩序と協調の確立が喫緊の課題となっている。

 食糧、エネルギー資源など「母なる海」に対する人類の依存度は一層高まり、海の恵みをひたすら受けてきた海洋国家日本が果たすべき役割も必然的に大きくなる。

 ≪海洋国家日本が目指すべき姿≫
 未曽有の被害をもたらした東日本大震災の大津波は、漁業や水産業だけでなく、伝統文化も海と深く結び付いた地域社会の姿、さらに、海の視点を持たない防災がもはや成り立たない現実を浮き彫りにした。

 過日、文科相経験者4人とお話しする機会があった。英語や日本の歴史、伝統文化などの強化は当然として、海洋教育の一層の充実を図る点で異論はなかった。

 次期学習指導要領では、海洋教育の強化が間違いなく打ち出されると確信する。「海の日」を活用した外交戦略、海洋教育の強化とも海洋国家日本が目指すべき当然の姿であり、国際社会でこの国が負う責務でもある。
(ささかわ ようへい)
産経新聞【正論】日露交渉で「抑留者」の再提起を [2014年06月02日(Mon)]
日露交渉で「抑留者」の再提起を


産経新聞【正論】
2014年5月29日


 戦後の日ソ、日露交渉を見ていてどうしても納得いかない点がある。ソ連は1945年8月9日、翌春まで有効だった日ソ中立条約を破棄して参戦、旧日本兵ら57万人をシベリア、中央アジアなどに強制抑留し、極寒の地の飢えと重労働で5万5千人(いずれも厚生労働省推計)が命を失った。

 「日本の軍人は武装解除後、本国へ送還させられなければならない」としたポツダム宣言に反し、その非人道性は国際的にも明らかである。

≪「ボタンの掛け違い」≫
 しかし日本政府はソ連国民にその不当性を訴えることも、北方四島返還など一連の交渉でこの問題を取り上げることもしてこなかった。一方で、歴史的根拠が希薄な南京事件や慰安婦問題で有効な反論をしないまま守勢に立つ現状を見ると、自らの主張を控えることで相手の譲歩を引き出す「誤った忖度(そんたく)」や「ボタンの掛け違い」があるような気がする。

 外交は自らの主張が相手国や国際社会に認知されて初めて大きな力を発揮する。ロシア国民の多くがシベリア強制抑留の存在自体を知らない現状では、プーチン大統領が動ける範囲も限られる。

 膠着(こうちゃく)状態を打開するためにも、両国首脳が早い段階でシベリアにある抑留犠牲者の墓に共同参拝するよう提案する。謝罪の意を込め慰霊碑の建設も検討してもらいたい。ロシア国民が問題の重大性を認識し、日本国民の対露不信が和らげば懸案の平和条約締結交渉にも弾みがつく。

 10年ほど前、中央アジア・ウズベキスタンの首都タシケントにあるナヴォイ・オペラ・バレエ劇場を訪れたことがある。ビザンチン様式の美しいレンガ造りの建物で、壁面のプレートに、ウズベク語と日本語、英語で「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本人が建設に参加し、その完成に貢献した」と書かれていた。

 抑留された日本兵約500人が2年がかりで完成させ、66年にこの地を襲った直下地震で多くの建造物が倒壊する中、無傷で残り、「日本人が作った建物はすごい」と地元の語り草になっている。

 抑留者の最後の帰還は56年。政府は2010年、国の決断を促した前年の京都地裁判決を受け「戦後強制抑留者に係る問題に関する特別措置法」(シベリア特措法)をまとめ、ようやく抑留者補償に手を付けた。60年を超す空白が確固たる方針の欠如を物語る。

≪「非人間的な行為に謝罪」≫
 ソ連側に動きがなかったわけではない。ゴルバチョフ大統領(当時)は、歴代指導者では初めて犠牲者に「哀悼」の意を表明。1990年9月、クレムリンでお会いした際、「日本国民の反ソ感情を和らげるためにも日本兵士の墓に花を手向けてほしい」と要請すると、「建設的な意見だ」とその場で同意し、翌春の訪日途中、ハバロフスク郊外の日本人墓地に墓参してくれた。

 エリツィン初代ロシア大統領も93年10月に訪日した折、「非人間的な行為に対して謝罪の意を表する」と表明、日本政府も「両国民の和解の基礎を築く」と評価した。しかし、こうした経過は不思議なほど日露両国民に知られておらず、プーチン大統領がこの問題に言及したこともない。

 当のプーチン大統領は首相時代の2010年4月、ポーランド首相とともにロシア西部スモレンスク郊外にあるカチンの森事件の慰霊碑を訪れ、ひざまずき献花した。2万人を超すポーランド将校がソ連軍に殺害されたこの事件、ソ連側は一貫して「ナチス・ドイツの仕業」としてきたが、最後は国を挙げて真相解明を求め続けたポーランドの熱意が勝った。

 これに比べシベリア抑留は最終的な抑留者数など未解明な点が残るもののソ連参戦や強制抑留の不当性に関し争いの余地はない。

 1990年、東京で開かれた抑留関連のシンポジウムで、ソ連側代表のアレクセイ・キリチェンコ氏も昨春発行された「知られざる日露の二百年」(現代思潮新社)で、「北方領土問題よりはるかに深刻」な問題だった、と日本側の姿勢に疑問を投げ掛けている。

≪両国の将来に新たな可能性≫
 ロシアでは近年、バイカル湖以東を中心に人口流出が続き、地下資源の埋蔵地シベリアの人口は最盛期の830万人から600万人に減少し、日本との共同開発に熱い視線を注いでいる。実現すれば日本にとっても資源安全保障が前進し、ロシア沿海地方と北海道に挟まれた海域は“自由な海”として発展する可能性を秘める。

 プーチン大統領は今、ウクライナ問題で国際的にも厳しい立場にある。しかし戦後70年を経て平和条約すら締結できず領土問題に縛られた日露の現状は異常であり、これ以上、放置できない。

 北方四島の返還問題は「返せ」と叫んでいるだけでは前進しない。両首脳が強制抑留の犠牲者に対する参拝を通じて信頼関係を確認し、問題解決に向けた決意を共有してこそ、日露両国の将来に新たな可能性を拓(ひら)く。
(ささかわ ようへい)
「将来を嘱望される若手研究者へ」 ―日本科学協会研究助成および笹川スポーツ研究助成― [2014年05月23日(Fri)]
「将来を嘱望される若手研究者へ」
―日本科学協会研究助成および笹川スポーツ研究助成―


2014年4月25日
於:ANAインターコンチネンタルホテル東京


日本科学協会と笹川スポーツ財団の2014年度研究助成者が4月25日、発表され、「将来を嘱望される若手研究者へ」と題し挨拶させてもらった。両団体の紹介を兼ね、当日の挨拶要旨を掲載させていただく。詳しい情報は両団体のウェブサイトを参照いただけると幸いです。

日本科学協会
かつて茅誠司元東大総長とソニーの創立者・井深大さんが運営されていた。ある時、若輩の私に「我々もいい年齢になった。後継者を探している」と声が掛り、お引き受けすることになった。

両先生は月刊「生物と科学」の発行を中心に活動されていたが、私は渡部昇一先生等と相談の上、文部省(当時)の科学研究助成が受けられない研究者を対象に研究助成金を支援する事業を始めた。博物館、美術館の学芸員や図書館の司書をはじめ一般の秀れた研究も対象にしている。

昭和63年の開始以来、平成26年までの助成金額は46億7千万円。採択率は22.2%と厳しいが、この間、助成金を受けた研究者は計8003名、外国人研究者も64ヶ国880名に上っている。日本科学協会では、これらの人々のネットワーク化を計り、さらに高度な研究助成も用意している。

STAP細胞をめぐる理化学研究所や小保方晴子研究ユニットリーダーの問題で研究者の倫理感が問われている今日、研究者には真理の追求と同時に人間性豊かな人物に成長してもらいたいと願っている。

笹川スポーツ財団
競技スポーツ中心ではなく、今日の高齢化社会を予測し、子供から老人まで幅広い層の生涯スポーツ普及のために創設された。スポーツを科学的に研究する団体が日本に存在しないこともあって近年はスポーツ・シンクタンクとしても活動している。

研究テーマは@スポーツ政策に関する研究Aスポーツと街づくりに関する研究B子ども・青少年スポーツの振興に関する研究で、今年は37名の方々が選ばれた。


―挨 拶―


挨拶1.JPG


今日は将来を嘱望される若い研究者の皆さま方が研究助成を受けられ、心からお慶び申し上げます。

日本財団は、日本科学協会、笹川スポーツ財団の親財団でありまして、成熟した日本が抱えるさまざまな社会課題を見つけ出し、解決していくことを活動の柱としています。長い間の活動を通じて政治家、行政官、学者、NPO、その他多くの専門分野の方々と、国内だけでなく世界的にも幅広いネットワークを築いており、さまざまな社会課題をピックアップして解決に導くとともに、そのノウハウを別の政策に反映させていきたいと考えています。

例えば、最近、新聞紙上を賑わしている望まない妊娠から生まれた子ども、育てられない子どもたちをどのように養子縁組させるかといった問題。あるいは服役を終え社会に出た元受刑者が再び犯罪を繰り返す再犯問題。防止策として、多くの中小企業の経営者の皆さんに雇用するだけでなく親代わりになって育てていただくプログラムや、刑務所内の在り方にまで立ち入らせていただき、社会で再チャレンジできる仕組みを作ろうというようなことも始めています。

多くの障害者、特に聴覚障害者の皆さんの手話を世界が言語と認める時代になりました。しかし日本の聴覚障害者の学校では「読唇術」といって、1939年に作られた法律に基づき、健常者並みに人のしゃべる唇を見て理解しろという時代錯誤の教育を続けています。障害者教育の現場には手話が使えない先生がたくさんいるという問題もあります。

先ほどの養子縁組を含め、DV(家庭内暴力)やさまざまな理由で施設に預けられる子どもがたくさんいます。施設で18年間育ち、社会に出なさいといわれても、家庭や社会の仕組みをほとんど知らずに育つわけですから、社会に適応するには大変な苦労が付きまといます。

われわれは、そういう方々を愛情ある家庭の中で教育していく仕組みを作っていきたいと考えています。里親を希望してくださる方も沢山いらっしゃいます。しかし施設に預かる子供がいなくなると、施設で働く人の職場がなくなるという問題もあり、依然として「子供たちは全て施設で面倒を見るべきだ」という意見もあるようです。

極端な例ですが、里親に施設から子どもを引き取っていただいたところ、子どもから施設に「虐待をされている。助けてください」と電話が入ったことがあります。調べてみると「月に4、5回、夕飯に食べた残りが朝食に出てくる。食べ残したものを、また食べさせられて虐待されている」ということでした。施設では栄養士がついて毎日、カロリー計算された3食違う食事を出します。過剰な福祉政策には、こんな問題もあるのです。こういう課題を解決するのも日本財団の仕事です。

人口、1億2千万人の日本には一人平均10口座、全体で12億もの銀行口座があります。皆さんもお持ちではないかと思いますが、多くは使われることのない休眠預金口座で、一定期間を経ると銀行の雑収入として処理されています。多くの預金額は5,000円とか6,000円と小額ですが、全体では毎年約800億円にも上ります。

こういうお金は国民にきちんと還元して使うべきです。銀行が自分たちのルールで人様のお金を収入にするのは許されません。中央ではアベノミクスによる経済の繁栄が期待されていますが、地方に行けばシャッター商店街があり、担保がないため50万、100万のお金が借りられないケースもたくさんあります。お金は人間の血液と一緒で、毛細管まで資金が回って初めて経済は活性化されます。そんな訳で、こうしたお金を上手に活かせるような法律の制定を目指しています。

皆さまの仕事に対する支援も、日本財団の仕事の大きな一つです。皆さん方は未知の分野の研究、まさしく社会課題の解決を目指しておられる訳で、もう少し研究助成を増やしたいというのが正直な願いですが、まだ実現していないことに忸怩たる思いもあります。

皆さまに誇りに思っていただきたいのは、この研究助成の決定プロセスです。学校名や皆さんを指導する先生の名前は一切気にせず、あくまで一人一人の研究テーマ、提出された論文内容を審査して決めていただいています。採用されなかった方に対しても質問があればきちんと説明責任を果たすということで、審査の先生方にボランティアで協力いただいており、このような透明性のある組織はユニークだと思います。それだけに皆さんには金額の大小ではなく、きちんと評価されたことに誇り持っていただきたいと思います。

博物館や図書館、美術館の研究者にも対象を広げていただいていますし、小学校の先生が蝶の研究をされているとか、どこかの海岸の巻貝の研究をされているといったユニークな研究も採用されたと聞いています。皆さまの研究は最終的に人々のために存在するわけですから、社会とのつながりを大切にしていただきたく思います。

東日本大震災から6カ月たった時、政府が動かないものですから、国際放射線の専門家32人を福島に招待して「放射線と健康」という国際シンポジウムを開催しました。あくまで放射線と人々の健康の問題に限定した国際会議で、原発に賛成とか反対ということではありません。

チェルノブイリ原発事故の後10年間、われわれの研究診療車は地球を90周回るほどの活動をし、検査データを蓄積してきました。国際原子力委員会IAEAでは、最も信頼性の高い調査報告とされています。

ところが、福島原発事故では自称科学者や放射線の専門家が、テレビやその他の報道を通じて感情論や思い込みによる無責任な発言をし、多くの人々に恐怖と不安を与えました。科学者もしっかりとした倫理観を持ち人格的にも優れていないといけないと思います。分からないことに関しては「その分野を研究はしておりません」とか「具体的な知見を持ってないので発言できません」というのが正しい姿だと思います。専門家のような顔をして、この時ばかりとテレビや報道で名を売る学者が何人も目に付きました。

参加していただいた32人の放射線学者の多くは、私どもとともにチェルノブイリで汗をかいた仲間です。報道を通じて、福島はもちろんのこと、日本人全てに放射線の正しい知識を持っていただこうと、全員が参加して3時間半にわたり最後の質問が出尽くすまで記者会見を行い、日本政府に提言書を提出しました。提言書の中には「私たち科学者は、放射線に対する専門的な知識を持っていながら、これを優しい言葉で人々に伝える能力に欠けていた」との一文が入っており、私はここに科学者としての素晴らしい人格、倫理観を見る思いがします。

今年9月、もう一度福島で「放射線と健康」について会議を開催するつもりです。健康被害との関係で私は当初から1ミリシーベルトなんていうことは有り得ないと主張してきました。インドのケララでは天然の放射線が年間20ミリシーベルトもありますし、アルゼンチンやフランスの一地域など10ミリシーベルト程度のところは世界にいくらでもあります。1ミリシーベルト以下に除染することが不可能と分っていながら、日本政府が言わざるを得なかった、あるいは言ってしまったために現在の混乱が起きているのです。

京都大学名誉教授で、現在、福島県立医科大学特命教授の丹羽太貫先生のように、今も毎週のように福島の被災地に入り、放射線と健康問題、住民の不安や恐れについて5人、10人の人々に丁寧に説明する宅和集会を続けておられる人や、しばしば福島入りして住民に寄り添っておられる国際的に優れた外国の放射線学者もおられます。

テレビや新聞で激しく煽った人たちは、今、何をしているのでしょうか。皆さん方に科学者である前に優れた人間であるようお願いして本日のお祝いの言葉とさせていただきます。
「朝雲」―幻のメガフロート― [2014年05月07日(Wed)]
「朝雲」
―幻のメガフロート―


2014年3月20日


 4半世紀以上、世界各地でさまざまな事業に取り組んできた。記憶に残る一つに1995年から6年間続けられたメガフロートの官民共同研究がある。鉄製の箱を繋いで洋上に浮かべるメガフロートは「超大型浮体式構造物」「人口浮島」などと呼ばれる。

 共同研究では政府、造船会社、鉄鋼会社、日本財団が資金を拠出して技術研究組合を立ち上げ、メガフロートが空港建設にどこまで利用できるか研究した。

 前半は長さ300メートル、幅60メートルの浮体モデルを使った基本技術の研究開発、後半は神奈川県・横須賀沖に長さ1000メートル、幅121メートルの浮体モデルを浮かべ、YS11機などを使って250回を超す離着陸実験も実施。最終的にスーパージャンボジェット機の離着陸に必要な4000メートル規模の滑走路建設も十分可能との結論を得た。

海上空港としての機能を検証するために建造した実験用メガフロート.jpg
海上空港としての機能を検証するために建造した実験用メガフロート


 メガフロートを使った浮体工法は、羽田空港再拡張・D滑走路の建設に向け国土交通省が入札対象とした3工法の一つにも選ばれたが、主体となる造船会社グループが建設業界などの協力を得られず、入札も不発に終わった。

 最終的に鹿島建設を幹事社とする15社の共同企業体(JV)が落札したが、桟橋と埋め立てを組み合わせたJVのハイブリット工法に比べ、浮体工法がコスト、安全面で劣るなどといったことはなく、広い意味で造船業界の“政治力の弱さ”が敗因だったと記憶する。

 実験用メガフロートはその後、4分割して各地のフェリー桟橋などに転用され、忘れ去られた存在となっていたが、東日本大震災の福島第一原発事故に伴い、静岡・清水港で海釣り公園に使われていた一つが急きょ汚染水の貯蔵タンクに活用され、思わぬところで脚光を浴びた。

 もともとメガフロートは米空母艦載機の夜間訓練基地や難航する普天間基地の移設問題でも、しばしば候補に挙がった。

 近年はメガフロートを使った太陽光や風力発電、さらには大規模な未来の水上都市構想まで夢多き企画が提案されている。各国の沿岸域は埋め立て、干拓による高度利用が進んだ結果、浅瀬や干潟が姿を消し、深刻な環境問題にもなっている。

 メガフロートは水深の深い沖合にも建設可能で、環境にもやさしい。共同研究で得られた先端データには世界も注目している。メガフロートが幻から蘇る日も遠くないと感じている。
(ささかわ・ようへい=日本財団会長)

*3月20日、自衛隊の週刊新聞「朝雲」に掲載されたエッセーです。
産経新聞【正論】「沈黙は美徳」の時代は終わった [2014年04月21日(Mon)]

下記は、4月15日、産経新聞『正論』に掲載されたものです。
読者の皆さんのご批判を賜りたいと思います。

「沈黙は美徳」の時代は終わった


産経新聞【正論】
2014年4月15日


 中国、韓国の「日本攻撃」がとどまるところを知らない。安倍晋三首相の靖国神社参拝や集団的自衛権解釈の見直しを「戦後国際秩序に対する挑戦」「軍国主義の復活」と宣伝し、国際社会で日本を孤立させる意図もうかがえる。
 安倍首相を「右寄り」と危険視する一部欧米メディアの論調や、米国で相次ぐ慰安婦像の建立、州教科書における「日本海」と「東海」の併記など一連の動きは、国際的な情報戦での日本の敗北を意味している。

 ≪広報宣伝外交で後れ取る≫
 戦後の日本は、経済発展を目指す一方で政治的発言を極力抑制してきた。自己主張を控える姿勢が、戦争に進んだ戦前の負のイメージを払拭し、民主的な平和国家を目指す日本への理解につながるといった思いがあったかもしれない。加えて、わが国には沈黙を美徳とする風土もある。

 しかし、グローバル化が進む国際社会での沈黙は日本理解を妨げ、誤解を助長する以外の何ものでもない。日本が引き続き存在感を保ち世界に貢献するためにも、主張すべきは主張する確固たる姿勢を確立しなければならない。

 最近、パブリックディプロマシーという言葉をよく聞く。対外広報や人的交流、国際広報を通じ自国の考えや文化への理解を促進する広報宣伝外交を言うようだ。

 過日、読んだ「パブリック・ディプロマシー戦略 イメージを競う国家間ゲームにいかに勝利するか」(PHP研究所)によると、外交宣伝の主戦場であるワシントンでの日本の活動は中国、韓国に比べ弱く、その傾向は一層、顕著になりつつあるという。

 ワシントンは北京、ソウルと姉妹都市関係にあるが、東京の相手はニューヨーク。こんなところにも政治に重きを置く中国、韓国と経済中心の日本の違いが出ている。それ自体に問題はないが、政治的な情報発信に限れば日本の後れは否めない。

 ≪一方的な主張が独り歩き≫

 先月末、中国の習近平国家主席が訪問先のドイツで、1937年の南京事件について、「30万人以上が虐殺された」などと日本批判を展開、菅義偉官房長官が抗議する事態に発展している。

 中国政府は一貫してこの数字を堅持し、「南京大虐殺記念館」にも刻まれているが、学術的根拠はなく、姉妹財団の東京財団が2007年に開催した講演会でも、中国側研究者が「現在の資料で犠牲者数を確定することはできない」と指摘している。

 しかし米国などを訪問すると、多くの人が「30万」を信じているのに驚く。日本が有効な反論をしないまま、一方的な数字が独り歩きしているというしかない。

 慰安婦問題でも同じ思いがする。募集の強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官(当時)談話の作成に関与した石原信雄元官房副長官が2月の衆院予算委員会で、政治決着を急ぐあまり客観的裏付けがないまま談話が作成されたことを認めたうえ、最近の韓国政府の「日本攻撃」について「当時の日本政府の善意が生かされていないということで非常に残念だと思っている」と語った。

 これでは国の危機管理はできない。どんな理由であれ、いったん認めれば、その内容は新たな事実となり相手側の攻撃材料となる。今さら善意がどうのこうのと言っても話にならない。日本側の甘さこそ問われるべきである。

 ≪失いかねぬ国際的存在感≫
 過日、中国で評判を呼んだ老兵東雷(ブログ名)氏の「現代日本を怪物化した対日外交は失敗」と題したブログの日本語訳全文を本人の了解を得て筆者のブログに掲載したところ、日本の読者からも極めて大きな反響があった。老兵氏は英国や米国にも留学、政府職員として来日経験もあり、この中で「平和憲法に洗脳され、平和な環境の中で私権や自由を享受し、戦争からどんどん遠ざかっている日本人がどうやって軍国主義に向かうのか」としたうえで、「中国と韓国を除けば歴史問題で日本ともつれ合っている国はほかにない」と指摘している。

 対日姿勢に疑問を投げ掛ける同様の声は、中国だけでなく韓国にも多く、ましてASEAN(東南アジア諸国連合)各国を訪問すれば、「日本の積極的な発言」を求める声は極めて多い。

 仮に沈黙を続ければ、日本は存在感を失うばかりか、自国では不満がナショナリズムを高揚させ、相手国では多様で冷静な対日言論も育たない。結果、強硬策ばかりが加速する事態を招きかねない。

 中韓両国は歴史問題を外交、内政の切り札に異例の対日共闘体制を引き続き強める構えのようだ。国際社会には、地球温暖化や人口爆発、それに伴う食糧資源問題など緊急課題が山積している。

 日本は歴史・領土問題に冷静に対応する一方、グローバルなテーマで国際社会をリードし、国際社会の理解と支持を獲得すべきである。内向きの姿勢を捨て、「官」だけでなく「民」も交えた積極的な情報発信こそ、わが国の安全保障の確立につながる。
(ささかわ ようへい)

産経新聞【正論】祭りの力を被災地復興に生かせ [2014年03月17日(Mon)]
祭りの力を被災地復興に生かせ


産経新聞【正論】
2014年3月3日


 なんとなく日本全体に元気がない。間もなく発生から3年を迎える東日本大震災の被災地も、がれきの姿は消えたものの、街並みに以前の建物はなく、将来像が見えないまま住民の疲労感も増している。何よりも人々を元気付ける方策が必要である。

 そんな中で過日、BS放送で、祭りが世代から世代へ濃密な人間関係を作りながら伝承される姿を見て、これこそ絆、つながりの原点、日本を元気にする宝だと実感した。

 日本は世界でも稀(まれ)な祭りの宝庫であり、全国至る所に祭りがある。誇るべき宝を被災地の復興や過疎が進む地域社会の再生だけでなく、日本全体を元気にする「資源」としてもっと大胆に活用すべきだと考える。

 ≪日本全体を元気にする宝≫
 番組は関西に本社を持つ清涼飲料水会社が、CSR(企業の社会的責任)の一環として11年前から取り組む「日本の祭り」。たまたま2月中旬に見た際は、春の訪れを告げる静岡県掛川市の遠州横須賀三熊野神社大祭がテーマとなっていた。

 大祭は280年の伝統を誇り、城下町として栄えた掛川市横須賀の13町が13年に1度、奉納舞の大役を担う。画面では町の長老や青年が真剣な表情で子供たちに伝統の舞を引き継ぎ、中年の男性は「母の腹にいるころから祭りに参加していた」と郷土を愛する熱い思いを語った。

 われわれも姉妹財団がバイオリンの名器を売却して寄付してくれた資金を基に「まつり応援基金」を立ち上げ、これまでに被災地の162団体の祭りを支援してきた。中でも、三陸沿岸部は、浜ごとに神楽や鹿踊(ししおどり)、虎舞が継承される祭りの宝庫。震災後、「祭りがなくなれば、故郷を離れる人がもっと増える」「祭りこそ復興の決め手」といった声が沸き上がり、大津波で神輿(みこし)や山車、太鼓、獅子頭ばかりか演者も失い、開催不可能とみられる中、震災発生半年後の秋祭りを実現させた。

 支援先のひとつとなった岩手県釜石市の「虎舞保存連合会」が昨年10月の「釜石まつり」で行った虎舞フェスティバルには、仮設住宅に避難する被災者や県外に移り住む地元出身者も多数、姿を見せ、遠野市や青森県八戸市の団体も参加、例年以上のにぎわいを見せた。震災前に比べ虎舞を習う中高校生や、見よう見まねで太鼓を叩(たた)く幼児も増え、関係者からは「久しぶりに仮設住宅の被災者に笑顔が戻った」「街を去った人と残った人のわだかまりが少しは解消できた」といった声も出た。

釜石の虎舞.jpg
釜石の虎舞

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見よう見まねで一生懸命!


 ≪共通する地域社会崩壊の危機≫
 震災後、仮設住宅や県外の民間借り上げ住宅などに避難した被災者は47万人。復興庁などによると、その後、40%に当たる19万人が故郷や新たな土地で新生活をスタートしたが、今も28万人が住居や就業先を確保できないまま避難生活を送る。

 県外で暮らす約6万人の被災者の故郷への復帰希望は年ごとに低下し、故郷への帰還がかなわぬままストレスから酒に溺れる人も多いと聞く。報道によると、岩手、宮城、福島の3県警が確認した仮設住宅での孤独死は昨年8月時点で81人に上っている。

 もともと被災地の大半は震災前から人口減少が進む過疎地。新しい街づくりには、2カ所あった病院を1カ所に集約するような工夫が必要で、その分、地域社会の調整も難しく、高台移転や防災堤防に対する住民の意見も賛否両論に割れている。

 1995年、阪神淡路大震災に見舞われた神戸市は、人口150万人の大都市だったがゆえに、震災前の都市機能を復旧することで基本的に復興を実現できた。東北の被災地の将来像が見えてこないのは、過疎と震災に伴う人口流出が同時進行している点に一番の原因がある。

 2008年から人口減少に転じた日本では今後、過疎と高齢化が加速度的に進み、東北の被災地に限らず中山間地を中心に、多くの自治体が地域社会崩壊の危機に直面する。古くて新しいテーマだが、恐らく、これひとつで十分といった妙案はない。

 ≪人の心いかに繋ぎ留めるか≫
 支える人がいなくなれば地域社会は存続し得ない。インフラの整備や雇用の創出が欠かせないのは言うまでもないが、地域社会の維持・再生は住民の心をいかに繋(つな)ぎ留めるかに全てがかかる。

 全国各地で祭りの復活が目立ち、観光客の増加が地域興しに一役買っている。祭りが活発になれば伝統文化を受け継ぎ、これを守っていく人も増える。被災地では「祭りがあるから、この地を離れない」と言う声を何度も聞いた。

 被災地では正月の「春祈祷(きとう)」も終わり、間もなく全国各地で春祭りが始まる。遅れる被災地の復興や過疎地の再生、さらには日本社会全体を元気付ける活性策として、国、地方自治体は祭りをもっと積極的に政策に取り込むべきではないか。被災地の祭りの復興をお手伝いする中で、あらためてそんな思いを強くしている。
(ささかわ ようへい)
「朝雲」―不撓不屈の91年― [2014年02月28日(Fri)]
「朝雲」
―不撓不屈の91年―


2014年2月20日


「最後の帰還兵」小野田寛郎氏が1月、91歳で逝去された。1991年、福島県・塙町に開設された「小野田自然塾」を長年、支援させていただいた関係で何度かお会いした。

 新聞、テレビ、雑誌に膨大な“小野田論”が掲載されており、改めて論ずる立場にもないが、74年、フィリピン・ルバング島から29年振りに帰還された際、テレビ中継された両親との対面シーンは今も鮮明に記憶している。

 母親のタマエさんは深々と頭を下げる息子に「母が言った言葉を最後まで守ってくれ、ありがとうございました」と言葉を掛け、一呼吸おいて「えらかったのう」と涙を流した。

 その後、ご本人からうかがった話や手記などによると、陸軍中野学校を卒業して44年、フィリピンに派遣される際、タマエさんは「敵の捕虜となる恐れがある時は、これで立派な最期を遂げてください」と短刀を贈った。小学校1年の時、ささいなトラブルから友達の手にナイフでケガをさせた際には「人に危害を加えるような子を生かしてはおけません」と切腹を迫ったという。

 両親を敬愛する氏にとって、80年、川崎市で起きた「金属バット事件」は信じ難い事件だった。浪人生が両親を金属バットで殺害し、移住先のブラジルでも邦字紙に大きく報道された。

事件を機に、自然との触れ合いを通じた青少年の健全育成を思い立ち、4年後、富士山麓に子どもたちのキャンプ場、さらに小野田自然塾の開設にこぎつけ、2万組を超す親子を指導してきた。

塾の精神は「不撓不屈」。「親は心を鬼にして子どもを叱らなければならない時がある」「親が変われば子も変わる」と説き続けた。

「不撓不屈」小野田自然塾.jpg
塾の精神「不撓不屈」が刻まれた石碑


 昨年1月、人生の同志でもある町枝夫人とともに訪ねて来られ「私どもの仕事も体力的に終りに近づきました」と長年の協力に礼を述べられた。背筋をピンと伸ばした姿は90歳とは思えず、一層の活躍をお願いしたと記憶する。

 戦後日本は新憲法の下、しつけから教育まで全てが変わり、親の存在感も希薄となった。しかし子どもは、尊敬し時には怖い親の存在があってこそ健全に育つ。

われわれの社会は、小野田さんがルバング島のジャングルで闘い続けた29年間に、大切な何かを失った気がする。
(ささかわ・ようへい=日本財団会長)



*2月20日、自衛隊の週刊新聞「朝雲」に掲載されたエッセーです。
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