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産経新聞【正論】多様な人材活用で働き方改革を [2018年01月31日(Wed)]
多様な人材活用で働き方改革を


産経新聞【正論】
2018年1月22日

 「ダイバーシティー」(多様性)や「インクルージョン」(多様性の受容)という言葉がある。障害の有無に関わらず、誰もが人格と個性を尊重し合って生きる共生社会に向けたメッセージと理解する。

 日本財団でも2015年、「はたらくNIPPON計画」を立ち上げ、障害者の就労促進に向け全国100カ所にモデル事業所づくりを進め、反響の大きさに意を強くしている。

 ≪生活保護からの脱却を視野に≫
 世界保健機関(WHO)によると、何らかの障害を抱える人は世界の人口の10%、約7億人に上る。日本は約850万人。内訳は身体障害者393万人、知的障害者74万人、精神障害者392万人(17年・障害者白書)。高齢化の進行とともに新たな障害を抱える人も確実に増える。

 障害者の就労支援事業としては、一般企業への就職を目指して職業訓練を行う就労移行支援のほか、一般企業への就職が難しい障害者に就労の場を提供する就労継続支援A型と同B型があり、15年現在、65歳未満の障害者28万7000人が働いている。

 うちB型事業には重度の障害者を中心に約20万人が就労する。最低賃金制の適用はなく、「工賃」と呼ばれる支払いは月平均1万5000円。菓子の袋詰めなど軽作業が多いが、月20日近く働き1万5000円というのはどう考えても低い。月7万円前後の障害年金を合わせても自立は難しく、多くが生活保護に頼る現実がある。

 工賃は事業の売り上げから必要経費を除き残額を分配する形で支払われるが、一方で事業者には、A、B型とも収益とは無関係に、障害者1人を受け入れるごとに月12万〜18万円の給付金(支援報酬)が支給される。この点が事業者の収益意識が希薄な一因と指摘されてきた。
 「就業は訓練の場で収益とは無関係」「軽作業が中心で工賃が低いのは当然」といった雰囲気もあり、厚生労働省は賃金や工賃のアップ、障害者の一般企業への移行実績に応じて給付金を上乗せする成果主義を導入する構えだ。

 ≪潜在労働力の活用が先決だ≫
 はたらくNIPPON計画の事業は全国約40カ所で進行しており、早い段階で工賃3倍アップが見込める事業所も出ている。仮に工賃が月5万円を超えれば障害年金を合わせ月収は10万円を超し生活保護からの脱却も視野に入る。

 将来は国家財政に依存する立場から貢献する立場に変わることも期待でき、本人の自信ばかりか新たな労働力の確保、膨張する社会費用の削減にもつながる。

 あえて詳細に紹介したのは、障害者対策が健常者と区別する形で進められた結果、「障害のある人も、ない人も共に生きる社会」とは程遠い現実があることを知ってもらうのと、障害者以外にも多くの人が就労を通じて社会参加するために、本格的な働き方改革を待っている点だ。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、65年の日本の人口は8800万人。65歳以上が全体の38%を占め、15歳以上の労働力人口は4000万人と現在より40%も減り、将来の労働力不足を懸念する声も強い。

 その一方で、難病患者50万人、ひきこもり70万人、若年無業者60万人など、多くの人が就労意欲を持ちながら職に就けていない現実があり、16年現在、45万人の高齢者がハローワークに登録しながら7万人余りしか就業できていないことを示すデータもある。多くの女性が育児などで職場進出を制約されているのは言うまでもない。

 ≪ダイバーシティー就労の整備を≫
 労働力人口確保に向け移民受け入れの是非が議論されているが、こうした点を踏まえれば、国内の潜在労働力の活用と環境の整備こそ先決である。たとえば手話言語法が制定されると、全国で36万人に上る聴覚障害者の職場進出にも弾みがつく。

 途上国の急速な経済発展で、外国人労働者に過度な期待をするのは早晩、難しくなる気もする。

 AI(人工知能)やロボットの普及が労働の一部を代替する時代が来るのは間違いないと思うが、労働の主体が人間であることに代わりはなく、活用できる範囲には限界があるのではないか。

 職場の確保、働き方改革には何よりも企業の参加が不可欠で、4月には企業の障害者法定雇用率が現在の2%から2.2%に引き上げられる。今後、特例子会社や、施設でも企業でもない新しい労働の形「ソーシャルファーム」などを活用した企業の雇用枠拡大も進もう。

 労働力減少社会に対応し、働きづらさに直面してきた障害者らが「当たり前」で「普通」に働ける社会を実現するには、多様な人材を柔軟に受け入れるダイバーシティー就労といった新しい労働環境の整備こそ必要と考える。

 これを可能にする知恵や潜在労働力は国内に十分あり、その活用に向けた地道な努力が1億総活躍社会、ひいては少子高齢化時代の新しい社会の実現につながる。
(ささかわ ようへい)


産経新聞【正論】 [2017年12月11日(Mon)]
災害対策の基本は「自助」にあり

産経新聞【正論】
2017年11月30日

 「備えあれば憂いなし」の格言は、何よりも平時の心構えを説いた言葉と理解している。然るに最近、東日本大震災の被災地では自治体が防災訓練への参加者を集めるのに苦労し、防災に関する各種調査では防災グッズや食料を備える人が大幅に減少している、と報じられている。

 ≪防災意識の希薄化が目立つ≫
 東日本大震災から6年9カ月、熊本地震から1年7カ月しかたっておらず、首都直下型地震や南海トラフ大地震はいつ起きても不思議ではない情勢にある。加えて今年も九州北部豪雨をはじめ甚大な自然災害が相次いだ。

 災害から最終的に自分を守るのは自分である。災害大国・日本でそうした自助の精神がかくも希薄になっているのは、どうしたことか。先の総選挙では災害対策を公約に掲げる党も見当たらなかった。わが国の防災、とりわけあらゆる機能が一極集中する首都圏はこれで大丈夫なのか、杞憂する。

 「備えあれば憂いなし」の言葉は、中国春秋時代の思想家・孔子が編集した史書「春秋」の注釈書「春秋左氏伝」にあり、前段には「居安思危」(安きに居りて危うきを思う)、「思則有備」(思えば則ち備え有り)とある。平安無事のときにも危難に心配りをすればそれ自体が備えとなって、いざというときに慌てずに済むと説いている。自助こそ第一の教えだ。

 しかし、各種調査結果を見るといずれも大災害に対する防災意識が低下している。中には2014年当時、太平洋岸各県の大半で80%を超えた「2日分以上の食用品」を備える割合が3年後の今年、高知県など一部を除き50〜70%未満に落ち込み、自宅で防災グッズを準備する人も68%から30%も激減した、との報告もある。

 先に東京都内で開催された日本財団ソーシャルイノベーションフォーラムの分科会「災害大国ニッポン」に出席した川勝平太・静岡県知事は、南海トラフ大地震に備え浜松市の遠州灘沿いに高さ13メートルの防潮堤の建設を進めていることを報告する一方で、「災害は忘れたころにやってくる」と常に危機意識を持つ必要性を強調した。また大西一史・熊本市長は「行政がいくら努力しても住民を完璧に助けられるということは有り得ない」と自助の重要性を指摘した。

 ≪近代都市に抱く「甘い見通し」≫
 筆者は6歳の時、10万人を超す人が死亡した1945年3月10日未明の東京大空襲を経験した。住んでいた浅草周辺は米軍のB29編隊から投下される焼夷(しょうい)弾で一面が火の海となり、高熱で寝込んでいた母の手を引き上野の山を目指した。

 逃げる人や荷車で道路が大混乱する中、母が動けなくなり、延焼を免れた自転車店で水をもらって一晩泊めてもらい助かったが、翌朝、自宅に戻ると全てが丸焼け。遺体安置所となった東本願寺で、大勢の犠牲者に交じって知人のおばあさんが孫を抱いて死亡していた光景は今も忘れられない。

 その東京は戦後の廃墟(はいきょ)から一転して高層ビルが立ち並ぶ超近代的な都市に一変した。「木造家屋の減少で大震災時の火災発生の恐れは低下した」「一番の問題は帰宅困難者対策」といった声も聞こえる。しかし、悲惨な東京大空襲を体験した筆者には「あまりに甘い見通し」に見える。

 車をはじめ火災発生源は多く、東日本大震災では巨大津波で船舶燃料用重油タンクが倒壊、水面に広がった重油に引火し大火災となった宮城県気仙沼市の例もある。

 地震でなくとも、スーパー台風で東京湾に高波が押し寄せ100万人が暮らす江東区、墨田区など荒川流域で大規模な浸水が起きれば、ウオーターフロントに林立する高層住宅のエレベーターは止まり、上層階に暮らす人はどうするのか、人ごとながら心配になる。

 首都直下地震の被害対策を検討する有識者会議は13年、マグニチュード(M)7級の地震が30年以内に70%の確率で起き、最悪の場合、2万3千人の死者、95兆円の経済被害が出るとの予測を発表している。しかし発生時間や天候などさまざまな要素を考えると、現実にどのような混乱が起きるか、不確定要素が多い。

 ≪「想定外」の弁明は通用しない≫
 筆者のような高齢世代は幼時に「人生に一度は死ぬ思いをすることがある」と言われて育った。常に災害に直面するこの国に生きる以上、自分の命は自分で守るしかない。首都圏には高齢者に比べ防災意識が薄い若い世代が多く住む。そのためにも繰り返し住民に自助の心構えを呼び掛けていく必要がある。

 もちろん行政には、防災対策の強化が求められる。その上で、自助と皆で助け合う共助、国や自治体の公助がかみ合って初めて被害を最小限にとどめることが可能になる。東日本大震災や阪神淡路大震災(1995年)など度重なる大震災の経験からも、「想定外」の弁明はもはや、通用しない。

 小池百合子東京都知事にも、東京五輪・パラリンピックの成功と合わせ災害対策の一層の強化を望みたい。
(ささかわ ようへい)



産経新聞【正論】政策は国民に十分伝わったか [2017年11月01日(Wed)]
政策は国民に十分伝わったか


産経新聞【正論】
2017年10月19日


 政権選択の場である衆院選の投票まであと3日である。少子高齢化や北朝鮮情勢の緊迫化が進む中、各党、候補者は国民に公約や理念をどこまで示し得たか。

 率直な感想を述べれば、解散後の希望の党の誕生、立憲民主党の立ち上げなど、野党再編が予想を超えるスピードで展開し、有権者には各党の政策どころか新党の理念・目的さえよく見えない状況が続いている気がする。

 ≪裏付け欠く公約はポピュリズム≫
 例えば消費増税の是非(ぜひ)だ。2019年秋に8%から10%への引き上げが予定され、与党がこれに伴う増収約5.5兆円の一部を幼児教育・保育の無償化に充てるとしているのに対し、野党は同様の子ども支援策を掲げる一方で、引き上げの凍結・中止を主張している。では肝心の財源をどうするか、納得のいく説明はない。

 わが国はこれまで年金、医療、介護など社会保障の財源の多くを赤字国債で賄い、国の借金は約1070兆円と危険水域にある。問題の本質は財政再建であり、社会保障制度を今後、どのように維持するかである。

 このままでは国の借金はさらに膨らみ、次世代はその重荷に耐えられない。社会保障制度は早晩、行き詰まり、世代間の対立も深まる。打開するには増税か社会保障を削減するしかなく、欧米では選挙の主要な争点となっている。今回の総選挙は、各党が自らの選択を有権者に示す場であるはずだ。

 しかし、わが国では「いずれも反対」の声の前に、打開策が打てないまま国の借金が膨らみ続けてきた。家計金融資産が過去最高の約1800兆円になりながら個人消費が伸びない背景にも、老後の社会保障の姿が見えない現状に対する不安がある。

 乱暴な言い方になるが、2%の消費税引き上げで財政赤字が解消され、社会保障制度が健全に維持できるとは誰も考えていない。さらなる消費税の引き上げと給付の抑制など、社会保障制度全体の見直しが避けられないことも多くの国民は知っている。

 各党が子育て支援の強化を公約に掲げているのは、高齢者に偏った社会保障を全世代型に変え、幅広い理解を得るための試みとして評価する。だが、政策である以上、政権を担おうとする者に求められるのは、財源の裏付けを示すことである。それを欠く公約はポピュリズムにつながる。有権者が求めているのは、たとえ票の行方に影響しても信念を語る政治家の覚悟と潔さである。

 ≪防災が語られなかった不思議≫
 次いで災害対策。今年も7月の九州北部豪雨災害をはじめ想像を超える集中豪雨被害が相次ぎ、台風の巨大化も目立った。南海トラフ地震や首都直下型地震など巨大地震もいつ起きても不思議でない状態にあり、「安心安全」が叫ばれながら選挙戦で災害対策強化を訴える声が聞こえてこないのは不思議な気さえする。

 今回は、外交・安全保障に対する有権者の関心が、かつてなく高まりを見せている。北朝鮮の核実験やミサイル発射、中国の海洋進出が引き金になっているのは言うまでもなく、「平和」を唱えるだけでは国民の不安は消えない。

 焦点の憲法改正も、各党によって改正点に違いがあるものの前向きの公約が増えており、自衛隊の位置付けも含め、国際社会にも納得される議論を期待したい。「世界あっての日本」である。

 安全保障に関しては、政策的に自民党に近い希望の党と、安全保障関連法に反対してきた民進党には開きがある。民進党から希望の党に合流した候補には、国民に納得のいく説明が必要であろう。

 ≪若者の投票が日本を強くする≫
 安倍晋三首相が「国難」と呼ぶ少子高齢化は今後、一段と進む。日本人の平均寿命は2016年、男性が80.98歳、女性は87.14歳。この20年間で男女とも3歳以上延び、65歳以上の人口は昨年9月時点で3461万人、総人口比27.3%と過去最高になった。

 一方、今年4月現在の日本の子ども(14歳以下)数は総人口比12.4%の1571万人。1982年から一貫して減り続け、2050年前後には日本の総人口も1億人を割る。生産年齢人口(15〜64歳)2.2人で高齢者1人を支える現状はさらに厳しさを増す。

 こうした中、内閣府が8月に発表した調査では、過去最高の73.9%の人が現在の生活に「満足」と答えた。一方で前回14年の総選挙投票率は52.66%と過去最低を記録した。政治に対する期待が低下しているのかもしれない。

 しかし政治を抜きにして社会の改革は進まない。世の中が大きく変わる中での今回の総選挙では、とりわけ次代を担う若い世代には積極的に投票所に足を運んでほしく思う。

 公職選挙法の改正に伴い昨年7月の参院選に初めて参加した18、19歳の投票率は46.78%、全年齢平均より8ポイント近く低かった。今回、総選挙に臨む18、19歳は約240万人。ひとりでも多くの貴重な投票が、時にひ弱さが指摘される日本の政治を強くする。
(ささかわ ようへい)


産経新聞【正論】国土を荒廃させる「相続未登記」 [2017年10月11日(Wed)]
国土を荒廃させる「相続未登記」


産経新聞【正論】
2017年9月22日

 時代が変われば、あらゆる価値が変化する。人口減少時代を迎え、長い間、国民の優良資産であった土地や家屋も、土地神話の崩壊で東京など大都市の一部を除きマイナスの資産になりつつある。

 ≪私有地の20%が所有者不明≫
 相続しても固定資産税の納税義務や管理コストだけが残り、登記の書き換えを見送る人が増えた結果、国土交通省の推計によると、所有者の居所が直ちに判明しない「所有者不明土地」が全国の私有地の約20%、九州を上回る面積に広がっている。

 不動産登記は土地に対する権利保全と取引の安全に欠かせないが、現行の制度では義務ではなく、あくまで任意である。不動産価値が下落し取引の当てがなければ、登記見送りによる所有者不明の土地や建物、山林は間違いなく増える。

 既に被災地の復興や公共事業、固定資産税の徴収などに支障が出ており、「見捨てられる土地」が増えれば国土の荒廃は避けられない。国土を健全に維持していく上でも、これ以上、事態を放置することは許されない。

 姉妹財団の東京財団が2014年に全国1718市町村と東京都の税務部局を対象に行ったアンケートでは、回答を寄せた888自治体のうち557自治体が「土地所有者が特定できず問題が生じた」、238自治体が「土地が放置され荒廃が進んだ」、134自治体が「道路開設、災害復旧など、公共事業の実施に支障をきたした」と答え、予想以上に深刻な実態が浮き彫りになった。

 ≪被災地復興や公共事業に支障≫
 東日本大震災の被災地では明治時代の人が登記上の所有者となっていた事例もあり、高台移転や防潮堤の用地取得、災害公営住宅の整備が遅れる一因となっている。

 今年7月の九州北部豪雨災害の被災地・福岡県朝倉市で復旧活動に取り組む日本財団職員からは、所有者不明の空き家が多く、倒壊家屋の取り壊しや片付け作業が難航しているとの声も届いている。

 不動産需要が落ち込む地方都市や中山間地では相続登記を急ぐ必要がなく、未登記が2代、3代と重なった結果、相続対象者が膨大な数に膨れ上がり、特定作業が極めて困難になっている。

 12年、水源地域の土地売買の事前届を条例で義務化した北海道では、不動産登記簿上の土地所有者4166人に通知した結果、1881人があて先不明で返送され、その後の追跡調査で判明したのは27人にとどまった。

 人口1万5000人の九州の地方都市が県道建設の用地取得を進めたところ、予定地域の一画約200平方メートルが3代にわたり相続登記されていないことが判明。調査を進めた結果、相続人は累計150人にも上った。土地に関する台帳には不動産登記簿や固定資産課税台帳、農地台帳などがあるが、所管官庁は法務省、総務省、農林水産省などに広がり一元的に管理する仕組みはない。

 土地の一筆ごとに面積や境界、所有者などを確定し、土地管理の土台となる地籍調査も1951年の開始以来、2016年度末までに完成したのは52%にとどまり、100%終了している仏独や韓国に比べ大きく遅れている。

 日本の土地制度は人口が増え、経済が拡大した時代の産物であり、縮小社会では制度自体が機能しにくい。しかも相続登記を行わなくとも所有権が失われることはなく、登記後、住所を変更しても通知義務はない。不在地主が死亡しても、死亡届が当該自治体に通知される仕組みもない。

 民法は「所有者のいない土地は国に帰属する」としているが、相続財産管理人による清算手続きが必要で、自動的に国に帰属するわけではない。住民が土地の寄付を希望しても、現実に自治体が引き取るのは公共事業などに利用できる土地に限られ、相続放棄の手続きも不動産に限らず全財産の放棄が前提となる。

 登記を行う法務局は行政改革によって1995年の1003カ所から2015年には419カ所に減った。団塊の世代が後期高齢者となる25年以降、相続件数は増え、未登記による所有者不明の土地の増加は避けられない。

 ≪時代に合った土地制度の確立を≫
 人口減少で土地需要が縮小しつつある実態は、わが国の土地制度に合わないし、先進国の中で格段に強い所有権も国土保全の観点からは問題がある、と実感する。

 国は『経済財政運営と改革の基本方針2017』で所有者不明の土地の有効活用に向け、次期国会にも必要な法案を提案する考えと聞く。所有権をそのままに利用権を設定できる仕組みを検討する動きもあるようだ。事情はやや異なるが、買い手が付かない不動産を低価格で集め再活用を図る米国のランドバンク制度なども参考になるのではないか。

 少なくとも倒壊の恐れがある持ち主不明の空き家を迅速に撤去するような仕組みは、国民生活を守る上でも早急に強化されるべきである。時代に合った土地制度が早期に確立されるよう望む。
(ささかわ ようへい)

「私の覚悟」―座右の銘― [2017年10月06日(Fri)]
「私の覚悟」
―座右の銘―


“人間学を学ぶ”を売りにしている月刊誌「致知」の読者が最近、若者を中心に増え、発売部数も増加しているとのことである。

「私の座右銘」という連載に登場しろとのことでお受けしたが、私は漢学の素養に乏しく「座右銘」なるものは持たない。著名人が新聞や雑誌、テレビなどのインタビューで成功談とともに座右の銘を披露するのをしばしば目にするが、本当のところ、どの程度実生活の中で役立っているか、私には分からない。時に、単なる綺麗ごとに過ぎない印象も受ける。

もっとも座右銘を、「生活や仕事で心に留めておく言葉」、「自分への戒めや励まし」、「大切にしている言葉」といった程度に考えれば私にもある。「覚悟」の一言である。

私は父から引き継いだハンセン病との闘いやその他の支援活動に、いつどこで死んでもいいという“覚悟”を持って全力で取り組んできた。一度しかない人生を、今後も「覚悟」とともに生きたいと考えている。

月刊『致知』十月号連載
◎私の座右銘◎


覚悟


■指導者の「覚悟」が人や組織を動かす
かねて私は、50歳になるまではビジネスに取り組み、50歳を過ぎたら社会のために尽くす人生を歩もうと、「人生二度説」を唱えておりました。しかし、結果的には10年早い42歳の時に人道支援活動へと身を投じることを決意し、父・笹川良一が創設した日本財団の事業に携わることとなりました。

私が間近に見てきた父は、辛いとか、苦しいとか一切弱音を吐かず、ひたすら世界のために、人類のために、持てる智恵と情熱を惜しみなく尽くそうとする真の人道主義者であり、真の指導者でした。傷痍軍人の見舞いから就職の世話まで、父は本当に多くの方々の相談に乗り、援助を惜しみませんでした。そして、人間は蓋棺した後に評価を下してもらえばよいのであって、指導者の役割は人々の人気取りをすることではなく、自分の信念に基づいて「世の中はこうあるべきだ!」とはっきり主張していくことにあると言い、その姿勢を最期までぶれずに貫き続けました。

そうした父の生き方を引き継ぎ、私は社会的に恵まれない環境に置かれた人々へ目を向けた支援活動を最も重視してきました。なかでも、終生の仕事として長年取り組んできたのが、父が情熱を傾けながら志半ばに終わってしまったハンセン病の世界制圧です。

私がハンセン病との闘いに導かれた原点には、1965年、父の支援活動に同行して訪れた韓国のハンセン病病院での体験があります。私はそこで手足や顔が変形したハンセン病の患者と初めて接したのですが、それ以上に衝撃を受けたのは、どの患者も人生に絶望し、すべてを諦めたかのように人間らしい表情を全く失ってしまっていることでした。

しかし、父は全く臆することなく、患者たちの膿が出た手足をさすり、一人ひとりに言葉を掛け、激励しているのです。私はその光景を見て、「こんな世界があるんだ」と思わず動けなくなってしまいました。そして、これは自分が父から引き継がなくてはならない仕事なのだという思いを胸に刻んだのです。

私はこれまで世界中のハンセン病病院やハンセン病回復者が集団で暮らしている村などを訪問し、患者の方々を見舞い、父と同じようにその手を握り、肩を抱き、励ましてきました。また、ハンセン病蔓延国への治療薬の無料配布や患者を多く抱える途上国の国家元首にもできる限り会いに行き、目と目で向き合い、語りかけてきました。そうした活動を継続することによって、1980年代から現在までに1,600万人を超える人々が治癒し、ハンセン病蔓延国は激減しました。2017年8月現在、未制圧国はブラジル一国というところまで来ています。制圧とは、人口1万人当たりの患者数が1人未満になることをいいます。

しかし、世界制圧が達成されることで私のハンセン病の活動が終わるわけではありません。患者や回復者、その家族をいまだに社会が受け入れないという現実が世界には存在しているからです。ハンセン病は、医療問題であると同時に人権問題でもあるのです。

ハンセン病の人権問題への本格的な取り組みは2003年から始まり、私は国連人権委員会に働きかけ、その後改組された国連人権理事会に対してもハンセン病患者および回復者、家族への差別撤廃を粘り強く訴えていきました。その結果、2008年6月、日本政府の提案による差別撤廃決議が59か国の全会一致で決議されたのです。とりわけ嬉しかったのは、人権理事会総会で常に日本の提案に反対する中国とキューバが私の説得により共同提案国になってくれたことでした。

さらに、2010年12月には、国連総会において参加国百92か国すべての賛成を得て、「ハンセン病患者・回復者及びその家族に対する差別撤廃決議」及び付属する原則とガイドラインが採択されました。ハンセン病は世界が取り組むべき人権問題であることが、国連によって正式に認められるに至ったのです。

私はハンセン病との闘い、その他の支援活動においても、神に与えられた一度切りの人生なのだから、いつどこで死んでもいいという“覚悟”を持って、常に全身全霊を懸けて取り組んできました。この覚悟については姿勢として職員にも示し、失敗は自分がすべて責任を取るから思う存分仕事をしてほしいと伝えてきました。そして、本当の仕事は冷暖房の効いた部屋でできるほど甘いものではありません。問題点やその解決策は自ら現場に行かなければ見えてこないという信念から、私は世界中の現場を先頭に立って命懸けで走り回ってきました。それは78歳になるいまなお変わりません。やはり、上に立つ人間がいつ何時でも腹を切る、自ら責任をとるという強い覚悟を示していかなければ、人や組織を動かすことはできないと思うのです。

■日本人の素晴らしいDNAを後世に
戦後の日本社会は、一所懸命働き税金さえ納めていれば、あとは国が皆さんの面倒をみてあげますよ、という価値観のもと歩んできました。しかし、気がつけば少子高齢化や人手不足など、国だけでは解決できない様々な難題に直面しています。いまや私たち一人ひとりが自分の生活や国の将来に責任を持たなければならない時代がやってきたのです。

そうした現実を受け、日本財団では「休眠口座」の活用のための法整備、海洋資源の保全、海洋教育の強化を打ち出した「海洋基本法」の制定、障害者が働き自立できる社会づくりやパラリンピックの支援など、民間の立場から様々な取り組みを行ってきました。国の支援がなければ何もできないという声をよく聞きますが、かつての日本人はどうだったのか考えてみてください。例えば江戸時代には約280の藩がありましたが、どの藩も自ら藩校をつくって優秀な人材を育成し、自ら産業を興して財源を確保し、幕府から独立した高度な自治を実現していました。それに比べれば私たちは恵まれていると言えます。

やはり、いくら国の支援があっても、生まれ育った故郷、国に誇りを持って、自分たちの力で盛り立てていこうという意志が根本になければ、よりよい未来はつくれません。

江戸時代だけでなく、明治維新による近代化や、敗戦後僅か50年で世界第二位の経済大国に成長を遂げたことなど、私たち日本人には艱難辛苦を乗り越えていく素晴らしいDNAがあります。先の東日本大震災でも、日本社会の特性である「皆が皆を支えあう精神」が発揮され、世界中から賞賛されました。

その日本人の素晴らしい歴史、DNAを夢を持って語っていくことで日本人のマインドセットを果たし、子供たちのために夢のある国づくりをしていきたい。そのためにこれからも「覚悟」の二文字を深く心に刻み、先頭に立って走り続けていきたいと思います。

産経新聞【正論】臓器移植の普及こそ時代の要 [2017年09月11日(Mon)]
臓器移植の普及こそ時代の要

産経新聞【正論】
2017年8月17日

 世界保健機関(WHO)の2016年の世界保健統計によると、日本人の平均寿命は世界トップの83.7歳。男女とも戦後、30歳以上、寿命が延びた。経済成長に伴う食生活の改善とともに、誰もが安心して良質な医療を受けられる国民皆保険制度の確立(1961年)の影響が大きい。

 ≪世界最低水準からの脱却めざす≫
 しかし時代の変化に合わせ医療も変わらざるを得ない。多くの国で一般医療として定着しつつある臓器移植もそのひとつだ。わが国は1997年の臓器移植法施行から20年を経た現在も世界の最低水準にあり、中核である脳死後の臓器移植は年間100件に満たない現実がある。

 この結果、多くを親族や配偶者からの生体移植に依存、生体移植が不可能な心臓移植を海外に頼る傾向が強く、国際移植学会は2008年、各国に「自国内での臓器提供を増やす」よう求めるイスタンブール宣言を出した。これを受け、ヨーロッパ諸国やオーストラリアのように日本人の臓器移植希望者(レシピエント)の受け入れを禁止する国も出ている。

 心臓に限らず臓器移植でしか救命・延命ができない疾患は多く、その普及は国民の健康を守る上でも避けて通れない。そのためにも臓器提供者(ドナー)とレシピエントを橋渡しする国内唯一の組織「日本臓器移植ネットワーク」(JOT、門田守人理事長)の強化が欠かせない。

 5年後の国内の脳死移植を現在の約10倍、1000件まで増やすことを目標に、日本財団も今年度、微力ながらJOTのお手伝いをすることにした。成否は臓器の提供をどこまで増やせるかにかかる。国民の皆さまの理解と協力を求めたい。

 日本の臓器移植は1968年、札幌医科大で行われた初の「和田心臓移植」に対する不信や心臓死を重視する日本人の死生観もあって、欧米に比べ著しく立ち遅れる結果となった。

 ≪国民の意識にも変化の兆し≫

 2010年には、イスタンブール宣言を受けて臓器移植法を改正。それまで書面による本人の生前の意思表示が必要とされていた提供条件を、本人の意思が不明でも家族の承諾があれば可能と緩和した。提供数は増加傾向にあるものの16年はなお64件にとどまっている。

 JOTは生体移植を除き、脳死、心停止に伴う臓器提供の唯一の受け皿で、今年6月末現在、腎臓を筆頭に心臓、肺、肝臓などの移植を求めて計1万3450人が登録している。

 これに対し、提供数を人口100万人当たりで見ると、日本は0.7人。トップのスペインの50分の1、米国の37分の1、韓国の12分の1と国際的にも最低ラインにある。

 日本移植学会の資料などによると、心臓移植が望ましい患者は年間400人前後に上るが、登録者は10分の1にとどまる。しかも、この20年間にJOTに登録した1340人のうち、実際に移植を受けることができた人は337人、ほぼ同数の313人は移植を受けることなく死去している。

 肝臓や腎臓では臓器提供を待ち切れず、親族らから生体移植を受ける患者が90%を超え、ドナーの健康な体にメスを入れる生体移植が果たして好ましいのか、別の問題も出ている。

 一方で、国民の関心の確実な高まりも見られる。13年の内閣府の調査に「臓器を提供したい」と答えた人は43%に上り、この15年間で10ポイント以上増えた。免許証などに臓器提供の意思の有無を記入する人も同様に12%まで増加している。

 ≪1000件の目標達成は可能だ≫
 移植数が少ないとはいえ、日本は移植後の生存率が各国に比べ高く、移植医療のレベルは高い。小腸移植を除けばすべての臓器移植に保険が適用され、産経新聞厚生文化事業団運営の「明美ちゃん基金」のような民間の支援組織もある。

 今後、脳死に対する啓蒙(けいもう)活動、脳死移植を実施できる条件を整えた全国約900の病院の横の連携、JOTで現在32人にとどまる臓器移植コーディネーターの増員など運営を強化することで、5年後の脳死移植1000件の達成は不可能ではないと思う。

 高齢者を中心に全国の患者が32万人に上る腎不全を例にとれば、99%以上が1回5時間近くかかる人工透析を週3回前後受け、日常行動が大きく制約されている。移植の場合は免疫抑制剤の服用などを除けば健常者とほぼ同じ生活が可能とされ、人工透析に比べれば腎臓移植の方がトータルな費用も少ない。

 高齢化社会の到来で喫緊の課題となっている元気な高齢者の社会参加、ひいては40兆円を超えた国民医療費の抑制効果も期待できる。世界は高齢化社会の最先端に立つ日本の新たな社会づくりに注目している。臓器移植の普及は、これに応えるためにも、わが国が乗り越えなければならない課題である。
(ささかわ ようへい)


公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク
〒108-0022 東京都港区海岸3-26-1 パーク芝浦12階
Tel:03−5446−8800


「保健・人権賞」受賞 [2017年08月25日(Fri)]
「保健・人権賞」受賞


手前味噌のブログは気が引けますが、日本看護協会(会員数68万人)の機関誌「看護」8月号に、小生についての記事がありましたので、恥ずかしながら転載しました。

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受賞後のスピーチ.JPG
受賞後のスピーチ


5月27日(土)に行われた国際看護師協会(以下:ICN)第26回4年毎大会の開会式で、日本看護協会の推薦を受けた日本財団会長の笹川陽平氏に「保健・人権賞(Health and Human Rights Award)」が授与されました。

パク副会長から賞状を手渡される。右はシャミアン会長.JPG
パク副会長から賞状を手渡される
右はシャミアン会長


保健・人権賞は、保健や人権の分野で優れた人道的貢献を行い、成果を上げた人を表彰するもので、ICNにおいて看護職・看護関連団体以外に贈られる唯一の賞として2000年に創設。これまでの受賞者は、緒方貞子氏(元国連難民高等弁務官)、スティーブン・ルイス氏(元国連アフリカ・HIV/エイズ問題事務総長特使)、メアリー・ロビンソン氏(元国連人権高等弁務官)、元国際法律家委員会委員長)で、笹川氏は4人目の受賞者です。

笹川氏は1939年生まれ。2005年より日本財団会長を務めるほか、40年以上にわたって世界のハンセン病制圧や患者・回復者とその家族への差別・人権侵害撤廃への活動に取り組み、2001年からは世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧大使、2007年からは日本政府ハンセン病人権啓発大使を務めています。これらの活動や東日本大震災における被災者支援や復興への取り組み、ミャンマー少数民族の福祉向上活動、日本財団の世界各国での人道的な支援活動などが高く評価されました。

受賞に当たり、笹川氏は「ハンセン病の蔓延国を訪れる中で、子どもたちに将来何になりたいかを尋ねると、看護職になりたいと答える子どもが大勢いる。皆さんが如何に献身的に働き、病気やそのスティグマ(社会的烙印)に苦しむ人に寄り添い、多くの人々の心を捉えているかがよくわかる」として、ブラジルやインドネシアで出会った看護職のエピソードを例に、世界各国での看護職の貢献を紹介。「偏見を持たず、差別をせず、使命感をもってケアの提供に取り組むすべての看護職とともに、今回の栄誉を分かち合いたい。私たちの活動は道半ば。本日の受賞は、私たちの更なる挑戦を後押ししてくれたものと受け止めている。今後も活動を続け、『ハンセン病と病気に伴うスティグマのない世界』の実現をめざしていく」とスピーチし、会場からは大きな拍手が贈られました。
読売新聞【論点】海洋教育強化 今こそ必要 [2017年07月31日(Mon)]
海洋教育強化 今こそ必要


2017年7月14日
読売新聞【論点】
 

  海洋基本法が制定されて10年が過ぎた。「海洋に関する国民の理解の増進」をうたう基本法の趣旨とは裏腹に、近年、次代を担う若者の海に対する関心が希薄になっている気がする。

 日本財団が17日の「海の日」を前に行ったインターネット調査(有効回答数1万1600)でも、「海にとても親しみを感じる」との項目に対し、40歳代以上は肯定的回答が多数を占めたが、10〜30歳代は逆に否定的回答が上回り、若者の海離れをうかがわせる結果となった。

 海は今、酸性化・温暖化や漁業資源の枯渇、プラスチックごみによる環境悪化が急速に進んでいる。海に守られ発展してきた日本は今こそ、先頭に立って海を守る責任がある。

 そのためには、若者に対し、領土・領海や海洋資源に対する国の主権などへの理解を深める海洋教育の強化が欠かせない。5年前、全国の小中学校を対象に東京大学と日本財団などが行ったアンケート調査では、課外活動などで海洋教育に前向きに取り組む学校は20%にとどまったものの、80%を超す学校が「海洋教育は重要」と答え、海洋に関する教科書の記述を「十分」とする回答は5%にとどまった。

 文部科学省が今年3月に告示した小中学校の次期学習指導要領では、領土・領海に関する記述の充実が盛り込まれた半面、海洋教育の強化については不十分だった。中央教育審議会の審議では、海洋教育の充実を図る必要性が指摘されている。複雑・多様な海の問題を児童・生徒が理解するには、やはり海洋教育の強化が大切だ。

 安倍首相は昨年の海の日の国民向けメッセージで、「2025年までに全ての市町村で海洋教育が実践されることを目指す」と述べた。学習指導要領の改定を受け、来年春にまとまる第3期海洋基本計画では、海洋教育強化の具体策をぜひ示してほしい。

 海の日に関しても一言。1995年、国民の祝日に定められて以来、2002年まで7月20日に固定された。しかし翌年から、ハッピーマンデー制度で7月の第3月曜日になった。

 連休を増やすのが狙いだったが、直後に学校の夏休みを控える時期でもあり、さほどの意味があるとは思えない。国民の祝日となった「山の日」は8月11日に固定された。ともに海、山の「恩恵に感謝する」祝日の趣旨に照らしても、海の日を固定しないのはバランスを欠く。海洋国家日本の象徴である海の日が、早急に当初の7月20日に固定されるよう望む。

 海の危機に関しては、国連が6月に初の海洋会議を開催するなど、国際社会の関心も高まっている。海洋問題は、日本外交が存在感を発揮できる格好の分野でもある。国民の関心が高まれば、わが国周辺海域に豊富に存在する天然ガスの一種「メタンハイドレート」の活用など、フロンティア(未開拓の新分野)の可能性も広がる。官民挙げて海洋国家にふさわしい海洋教育強化が前向きに検討されるよう、改めて訴えたい。

産経新聞【正論】百年後をにらみ海の再構築を [2017年07月24日(Mon)]
100年後をにらみ海の再構築を


産経新聞【正論】
2017年7月3日


 温暖化・酸性化、漁業資源の枯渇、プラスチックごみの増大−。海の危機が急速に拡大しており、6月初旬には初の国連海洋会議も開催された。

≪なお薄い国際社会の危機感≫
 しかし、米国のトランプ大統領が、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減を目指すパリ協定からの離脱を表明するなど、陸や海の環境悪化に対する国際社会の危機感はなお薄い。

 海に関係する国際機関は国連食糧農業機関(FAO)、国際海事機関(IMO)、国連環境計画(UNEP)など9機関に上り、1993年の生物多様性条約など多くの条約、協定を定めているが強制力を欠き実効を上げるに至っていない。そんな危機意識から、海洋会議最終日の国連総会本会議で、筆者は世界の非政府組織(NGO)を代表して、国を超えて海の問題を話し合う政府間パネルの設置を提案した。

 わが国でも海を管轄する行政機関が9省庁11部局にまたがり、施行から10年を経た海洋基本法が十分機能しない現実がある。縦割りの各組織が横の連携を欠くのが一因で、政府間パネルでは各国が問題点や必要な対策を共有し、有機的な連携を強化したいと思う。日本はじめ各国が前向きに受け止めてくれるよう願っている。

 地球温暖化の原因となるCO2濃度は18世紀後半から19世紀にかけた産業革命以前に比べ40%増加、これに伴い平均気温も1度上昇し、パリ協定では気温上昇を産業革命以前に比べ2度未満に抑えるのを目標に、各国が独自のCO2削減目標を策定している。

 しかし現実には、各国がそれぞれの目標を達成しても地球温度はなお3度近く上昇するとされ、各地の海水温度も既に1度前後の上昇が見られる。

 この結果、種に適した水温の海域に魚が移動し、世界の魚の分布に大きな変化が出ているほか、大気中の過剰なCO2が海水に溶け込むことで酸性化が進み、豪州や沖縄では大規模なサンゴの白化現象も起きている。

≪深刻な乱獲やプラスチックごみ≫
 魚の乱獲も進んでいる。FAOは主要な魚種200種類のうち8割以上を「これ以上、獲(と)ってはいけないレベルにある」と警告しているが、依然、歯止めが掛かっていない。世界の人口70億人のうち30億人が水産物を動物性タンパク質の主要な供給源とし、健康志向の高まりもあって総消費量は、この40年間で2倍に増えている。

 日本財団がカナダなど世界の7大学・研究機関と2011年から取り組む国際海洋プログラム「海の未来の予測」によると、赤道周辺の商業種の漁獲可能性は50年までに40〜60%減少し日本産のすしネタが姿を消すといったショッキングな報告もなされている。

 プラスチックごみによる汚染も深刻だ。世界の生産量は12年、2億8800万トンに上り、米ジョージア大の調査によると、このうち1.6〜4.4%が海に流出。波間を漂ううち微小に砕け、海の生態系を壊し、海産物を通じて人間の健康に悪影響を与える恐れも指摘されている。中国やインドネシアなどリサイクルや廃棄処理が適切に行われていない地域からの流出が多く、UNEPは15年、プラスチックごみが生態系や漁業など海洋に与える経済損失を年間130億ドル(約1兆4500億円)に上ると報告している。

≪これ以上の負荷に耐えられない
 政府間パネルの設置と合わせ、国際協力による海底地形図の作成や国連の海事・海洋法課(UNDOALOS)と協力した海の人材育成も提案した。
 
 特に海底地形図は月や火星の表面がほぼ解明されている現在でも、領海や排他的経済水域(EEZ)を除いた公海の深海部を中心に85%が未解明の状態にある。当面、日本財団と大洋水深総図(GEBCO)指導委員会の共同作業として進め、各国に領海やEEZの未公表データや漁船、商船に装備されている測深機のデータの提供を求め、30年までに完成させたいと考える。

 成果をGEBCOの公式サイトで公開するほか、グーグルの検索サイトとも連携することで国際的な共有財産として台風や津波の進路予測、海底資源の発掘などにも活用できる。

 数年前まで海の危機は過剰操業に伴う漁業資源の枯渇が主たるテーマだった。しかし現在は海洋の温暖化や酸性化が深刻化し、元の状態に戻すのはもはや、不可能といった指摘さえ耳にする。

 人類は、17世紀のオランダの法学者グロチウスが唱えた「海は無限」「海洋の自由」そのままに、地球の3割を占める陸に比べ、7割の海を野放図に使ってきた。国連は地球の人口が半世紀後に100億人を突破すると予測しており、海はこれ以上の負荷に耐えられない。

 海の危機は「待ったなし」の状況にあり、“母なる海”が死ねば人類の生存は不可能になる。国際社会は100年、200年後をにらんで海の再構築に本格的に取り組まなければならない。
(ささかわ ようへい)




産経新聞【正論】「職親」の主役担うのは中小企業 [2017年07月05日(Wed)]
「職親」の主役担うのは中小企業

産経新聞【正論】
2017年6月5日

 企業が職を通じて親代わりとなり、刑務所出所者や少年院出院者の社会復帰を促す「職親(しょくしん)プロジェクト」がスタートして5年目。法務省など「官」との連携も進み、職親の言葉が犯罪白書にも載るようになった。

 5月上旬には新潟県上越市に地元企業11社が参加して全国5番目の拠点も立ち上がり、試行錯誤を重ねながら、着実な広がりに手応えを感じている。

 ≪出所後の手厚いケアが鍵に≫
 プロジェクトに関わって、不幸な生い立ちから愛情に飢えている出所者が多いのに驚く。彼らの立ち直りは、信用できる雇用主の存在があって初めて可能になる。大企業にこうした濃密な人間関係を求めるのは組織的にも難しく、職親には中小企業こそふさわしい、と実感する。

 中小企業はわが国の企業の99%、380万社に上る。職親が増えれば無事、社会復帰する出所者も確実に増える。情熱を持った企業の参加を強く求めたい。

 2016年版犯罪白書によると、出所者のうち過去最高の48%が再犯に走り、職のない出所者の再犯率は有職者に比べ3.4倍に上っている。出所後、新たな犯罪に手を染め刑務所に戻る率は2年以内が19%、5年以内が39%。

 職があっても昔の仲間の元に戻るケースや店の金に手をつけ姿を消す出所者も多く、入所中だけでなく、出所後のケアをどう手厚くするかが再犯を減らす鍵となる。

 これに対し政府は13年、「世界一安全な日本」創造戦略を閣議決定し、出所者の「仕事(職)」と「居場所」の確保に向け、東京五輪が開催される20年までに出所者を雇用する企業を3倍にする目標を打ち出した。昨年には刑務所や少年院の出所・出院予定者の年齢や資格、職歴などをデータベース化し、企業の問い合わせに応じる法務省矯正就労支援情報センター(コレワーク)をさいたま、大阪両市に設立した。

 ≪雇用主の強い決意が自覚促す≫
 国の契約雇用主制度には現在、大手企業を中心に約1万6000社が登録、経済界の支援で実質的な受け皿となる全国就労支援事業者機構も整備されている。だが、実際に雇用された出所者は約1400人にとどまり十分機能しているとは言い難い。

 これに対し職親プロジェクトでは、先行した大阪、東京、福岡、和歌山の計67社で79人が就労を体験、36人が半年間の研修を終了し、16人(20.2%)が現在も雇用を継続している。

 同種データはほかになく意見は分かれると思うが、20%の出所者が研修終了後も職場にとどまっている意味は大きい。プロジェクトでは、雇用主は出所者を雇っている事実を、出所者は前歴を明らかにするのを原則としている。それが企業と本人の責任と自覚を高め、社会の理解につながるとの判断だ。

 こうした対応は、オーナーが強い決意を持つ組織において初めて可能になる。プロジェクトの中核的存在である、お好み焼き「千房」(本社・大阪市)の場合は、中井政嗣社長の強い決意で職親の先駆者となった。

 現に67社の大半はオーナー経営の中小企業で占められ、新たにスタートした上越市のように、過疎が進む中山間地を舞台に地域ぐるみで再犯防止と地方創生を目指すプロジェクトもある。

 プロジェクトでは法務省や厚生労働省、職親企業やNPOなどが参加する連絡会議も発足し、問題点や取り組みを協議している。

 法務省の矯正行政は入所中の改善・更生を柱にしており、出所後に目配りした対応には限界がある。それでも、われわれが強く求めたモデル刑務所の設置が、全国8つの矯正管区のうち3カ所で実現することになった。社会の幅広い理解に向け、先駆的な試みが検討されることになる。

 ≪新たな官民協力の形に発展も≫
 今後は、入所直後から出所時を想定して社会復帰に向けた基礎学力から社会常識、さらに必要な技術を身に付けさせる方法や、入所者の特性や希望と、採用を考える企業側の条件を早い段階で付き合わせ、内定すれば入所中から職種に合わせた訓練を行うような工夫も必要になろう。

 官民が協力することで、これまでは不可能だった試みも可能になる。他地区でも職親プロジェクト設立の検討が進められているほか、新たに上場企業が参加する動きもある。

 出所者が安定して職に就けば本人の生活は安定し国の社会負担も減る。中小企業の慢性的な人不足も緩和され、近江商人の格言ではないが「三方よし」となる。出所者の就労が定着し、社会の理解が進めば、CSR(企業の社会的責任)を意識して前向きの姿勢に転ずる大手企業も出よう。

 極めて難しいテーマだが、新しい官民協力の形も見えつつあり、再犯防止推進法に基づく各省庁の具体策も年内にはまとまる見通しだ。成功モデルとして発展させることが、山積する社会課題の新たな解決策にもつながる。
(ささかわ ようへい)


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