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「海の日に想う」その4―世界が結束して海の総合管理を―産経新聞【正論】― [2015年08月03日(Mon)]
「海の日に想う」その4
―世界が結束して海の総合管理を―


産経新聞【正論】
2015年7月14日


 野放図に流れ込むゴミや汚水、乱獲による水産資源の枯渇、気候変動・温暖化に伴う海面温度の上昇や海水の酸性化…。海の環境が一段と悪化している。

 人類は海を自由に利用することで発展してきた。しかし、このまま環境悪化が進めば、人類の危機につながる。国際社会は今こそ結束して、次世代に持続可能な海洋を引き継ぐ態勢を整えなければならない。

 ≪漁獲量が40〜60%も減少≫
 今年5月、東京都内で開催された「島と海のネット」の国際会議。太平洋の島嶼(とうしょ)国キリバスのアノテ・トン大統領は「海洋環境の悪化・海面上昇に伴って、長く住み慣れた祖国から『名誉ある撤退』を余儀なくされる日が来るかもしれない」と述べた。

15.05.25 キリバス大統領.JPG
「島と海のネット」会議前にキリバスのアノテ・トン大統領と面談


 地球環境、とりわけ海の変化は地域差が大きい。この国が位置する赤道周辺の熱帯海域は最も変化が激しく住民の不安も強い。

 地質がもろいサンゴ礁からなる島の多くが水没の危機に直面し、温暖化の影響といわれる巨大台風も発生している。2013年11月、フィリピンを襲った台風ヨランダは90メートルに達する最大瞬間風速と4メートルもの高潮で、レイテ島などの住民6千人の命を奪った。

 水産資源も然り。乱獲などで漁業資源の70%が危機的状況にあり、世界全体の漁獲量も5〜10%減少している。熱帯海域の減少幅はこれに比べ、さらに高い。50年の商業魚種の漁獲量は現在に比べ40〜60%も減るというのだ。

 日本財団が4年前から世界の7つの大学・研究機関とともに取り組む「海の未来を地球規模で予測する」プログラムによると、広大なこの海域は規制も弱く、もともと乱獲による影響が大きかった。

 加えて温暖化による海面温度の上昇、さらに海が二酸化炭素など温室効果ガスを取り込み海水の酸性化、酸素濃度の減少が進むことで、貝類が殻を作る能力や植物プランクトンの発生率が低下。一方で魚は、それぞれに適した海水温とプランクトンを求めて冷たい水域に徐々に移動し、熱帯海域の魚が急速に減る結果を招いているという。

 ≪共有されていない危機感≫
 30年以上、海の問題に携わってきて、陸の問題に敏感な国際社会の海に対する反応があまりに鈍いのに、しばしば驚く。17世紀のオランダの国際法学者グロティウスが唱えた「海洋の自由な利用」の時代は「疾(と)うの昔」に終わっているのに、海に対する危機感が世界で共有されているとはとても見えない。

 当時、10億人に満たなかった世界の人口は今や70億人に膨れ上がり、半世紀後には100億人(国連推計)に達し、水産資源に対する世界の需要は今後も確実に伸びる。既にマグロなど人気の高い大型魚の不足も目立つ。

 国際連合食糧農業機関(FAO)によると、世界の漁獲量は大戦後、5倍近く伸び、20世紀末で約9千万トン。その後は大型船の導入など近代化が図られたものの漁獲量は横ばい状態にある。

 替わって養殖魚が同程度にまで増えているが、食としての安全性や、マグロを例にとると、出荷できるまでに、その体重の10倍、20倍ものサバやイワシが飼料として必要となり、貧困層の食の確保を一層難しくする、といった指摘もある。養殖だけで水産資源の落ち込みをカバーするのは難しいと思われる。

 ≪「海洋国家」日本が先頭に≫
 日本ももちろん大きな影響を受ける。わが国の水産資源の消費量は12年現在817万トン、世界の10%弱を占めるが、自給率は58%にとどまる。10年ほど前まで世界一だった一人当たりの消費量も減少傾向にあるとはいえ、依然、世界のトップクラスにある。

 海の変化に伴って、恐らく近海の漁場も大きく変わる。前述の海の未来予測プログラムでは、30年後の日本のすし事情を、ヒラメやマグロ、赤貝などは品切れ、逆にサバやスケトウダラは、おすすめ品になると予測している。

 さまざまな要素が複雑に絡み合い、解決策を見いだすのは確かに難しい。しかし海がこれ以上の負荷に耐えられないところまで来ているのも間違いない。

 世界の国々が地球環境全体を視野に、水産資源の保存・確保、温暖化防止に一致して取り組まない限り、海の未来は見えてこない。近年、夏場の海氷面積が大幅に減少し、新たな航路が現実化しつつある北極海も決してその例外ではない。

 わが国は漁業資源の開発や温暖化防止など海の再生に向けた豊富な知見と技術を持つ。何よりも海に守られ発展してきた国として、国際社会で積極的な役割を果たす責任がある。

 海洋政策を一元的・総合的に実施する目的で制定された海洋基本法も、十分に活用されているとは言い難い。今月20日には制定から20周年目の「海の日」を迎える。海洋基本法で総合海洋政策本部の本部長の立場にある安倍晋三首相には、ぜひ、海を守る各国の先頭に立っていただきたく思う。
(ささかわ ようへい)
産経新聞【正論】パラリンピック通じ共生社会を [2015年06月19日(Fri)]
パラリンピック通じ共生社会を


産経新聞【正論】
2015年6月3日


 2020年の東京五輪・パラリンピックまで5年余、日本は2度にわたって五輪とパラリンピックを同時に開催する初の国となる。前回1964年のパラリンピックは障害者スポーツを発展させる大きな契機となった。

 半世紀を経た現在、高齢化社会が進み、誰もが参加できるインクルーシブな社会の構築が大きなテーマとなっている。スポーツが社会に与える力は大きい。パラリンピックを成功させることが新しい社会を築く手掛かりとなる。

 ≪サポートセンターの立ち上げ≫
 しかし、選手の育成を含め競技団体の基盤はあまりに弱い。われわれは、長年取り組んできた「高齢者や障害者がともに住む街づくり」を教訓に「日本財団パラリンピックサポートセンター」を立ち上げた。オールジャパン態勢でパラリンピックの成功を目指したいと考える。

 初のパラリンピックは60年のローマ五輪で戦争負傷者を中心にした「ストーク・マンデビル国際大会」として開催された。パラリンピックの名称は日本人の発案。64年の東京大会で初めて使われ、88年のソウル大会から正式名称となった。2000年のシドニー大会から五輪開催都市での開催も義務化されている。

 64年大会には22カ国から500人を超す選手が参加し、現天皇陛下が皇太子として名誉総裁を務められた。渡辺允著「天皇家の執事−侍従長の10年半」(文芸春秋)には、大会終了後、東宮御所で開かれた慰労会で「日本の選手が病院や施設にいる人が多かったのに反して、外国の選手は大部分が社会人であることを知り、外国のリハビリテーションが行きとどいていると思いました」との感想を述べられた、と記されている。

 大会に先立つ61年、スポーツ振興法が制定されたが、五輪の施設整備が主眼で、所管の厚生省(現厚生労働省)にも障害者スポーツに対するビジョンはなく、日本選手のほぼ全員が療養先の病院や障害者施設からの参加だった。

 ≪定着していない障害者スポーツ≫
 その後、全国障害者スポーツ大会やジャパンパラリンピック競技大会などが整備され、2011年に成立したスポーツ基本法はスポーツを通じた国づくりを明記、14年には障害者スポーツの所管が厚労省から文部科学省に移管された。今秋には文科省の外局としてスポーツ庁も発足し、長く弊害が指摘された縦割り行政は改善されつつある。

 しかし障害者スポーツと一般スポーツの間には、組織面だけでなく、国民の目線にも垣根がある。テニス界の雄、ロジャー・フェデラーはかつて日本のメディアから「なぜ、わが国にあなたのような世界的選手が出てこないのか」と問われ、けげんな表情で「クニエダがいるじゃないか」と答えたという。

 クニエダ(国枝慎吾)は車いすテニスで初めて年間グランドスラムを達成した国際的なスーパースター。フェデラーが目標とするアスリートでもあった。こんな逸話にも障害者スポーツがスポーツとして定着し切っていないわが国の実情がある。

 サポートセンターには東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、JOC(日本オリンピック委員会)、JPC(日本パラリンピック委員会)は言うまでもなく、政財界やメディア、教育界、自治体関係者にも参加を求め、国を挙げた態勢でパラリンピックを盛り上げることになる。

 ≪注目される日本の取り組み≫
 受け皿となる競技団体の現状を見ると、東京パラリンピックで予定される22競技への出場を目指す国内の協会、連盟26団体のうち7団体は法人格を持たず、選手強化費が出ても経理処理など実務に対応できない状況がある。

 これでは選手強化は難しく、センターに各団体の事務所を設け、人的、資金的にサポートするほか、障害者対応が可能なボランティアリーダーの育成、パラアスリートの雇用促進、さらには途上国の障害者スポーツの育成などにも取り組むことになる。

 前回ロンドン大会で英国は北京大会を大きく上回る五輪29個、パラリンピック34個の金メダルを獲得、熱気でパラリンピックの入場券280万枚も完売し、大会は大成功に終わった。

 ロンドンを見るまでもなく、大会の成功は五輪だけでなくパラリンピックの成否で大きく左右される。メダル至上主義に走るわけではないが、成績が上がれば障害者スポーツに対する理解も広がり、競技の裾野も広がる。JPCが目標とする金メダル22個が実現するよう支援を強化したい。

 世界は今、超高齢化社会のトップを走る日本が、今後どのような社会をつくるか注目している。目指すべき社会は、年齢や障害の有無にかかわらず、体力・気力を備えた人が、その能力に応じて参加できる共生型社会である。

 東京パラリンピックはその試金石であり、来るべき共生社会に向けた大きな一歩にしたいと考えている。
(ささかわ ようへい)




産経新聞【正論】比残留2世の「国籍取得」を急げ [2015年05月08日(Fri)]
比残留2世の「国籍取得」を急げ


産経新聞【正論】
2015年4月17日


 戦後70年、なお未解決の戦後処理問題がいくつかある。戦争の混乱で日本人の父と離れ離れになり、いまだに日本国籍を取得できていないフィリピン残留2世問題もその一つ。法律面や事実関係に争いの余地はなく、政府が決断すれば解決できる問題でもある。

 2世たちは既に老境にあり、国籍取得は「時間との戦い」になっている。これ以上、解決が遅れれば、国の責任の放棄になりかねず、政府の早期の決断を求めてやまない。

 ≪忘れ去られた悲劇の存在≫
 フィリピン残留2世は、戦前、この国に移住した日本人男性と現地の女性の間に生まれ、戦争の混乱の中で母とともに現地に取り残された。当時は日本、フィリピンとも国籍法で「父系血統主義」を採っており、2世は生まれた時点で「日本人」となる。

 しかし父親の多くは旧日本軍に軍人、軍属として徴用され、戦死あるいは米軍による強制収容を経て強制送還された。多くの2世の父親の身元が分からず、判明した場合も父親の戸籍に2世の名前はなく、親子関係を証明できないまま無国籍状態にある。

 「敵国人の子」としてゲリラの攻撃対象ともなり、逃避行の中で父親との関係を裏付ける出生証明書や両親の婚姻証明書を捨てたケースも多い。移民の多くを占めた沖縄出身者の場合は沖縄戦の中で戸籍が焼失する悲劇もあった。

 加えて残留2世の存在は戦後半世紀近くも“忘れられた存在”だった。外務省が初めて調査に乗り出したのは1995年。2世の国籍取得に取り組む「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC)がまとめた最新の調査結果によると、確認された残留2世は3545人。うち約1600人は既に故人となっている。

 2664人の父親の身元が判明しているが、日本国籍を取得できたのは1058人。現在270人が新たに戸籍を作り日本国籍を取得する「就籍」の申し立てを東京家庭裁判所に起こしている。

 ≪対応に中国残留孤児と温度差≫
 就籍により既に日本国籍を取得できた残留2世は計153人。同様に現地に取り残された中国残留孤児約1300人が、同じ手続きで既に日本国籍を取得しているのに比べあまりに少ない。

 中国残留孤児の国籍取得が、1972年の日中国交回復後、30年以上も続けられているのに対し、残留2世の就籍申し立てが始まったのは2006年。この時間差もさることながら、国の対応にも温度差があった。

 中国残留孤児の場合は、日中両国政府が交わした口上書に基づき、中国政府が作成した孤児名簿を日本政府も認め訪日調査などを実施、家庭裁判所が就籍を認めやすい環境を整えた。

 中国残留孤児は両親がともに日本人で、満蒙開拓団など国策で現地に移住した。対する残留2世の父親は自己意思による移民で、母親も日本人ではない、と指摘する向きもあるが、当時の国籍法からも、ともに「日本人」であることに何ら違いはない。

 しかし残留2世は、国の積極的な取り組みもないまま長い空白時間を抱え、今となっては新たに父親との関係を裏付ける資料の発掘も難しい。

 最近、日系人会などの証言で父親が日本人と確認された2世は、フィリピン政府から認証証書の発行を受けられるようになった。一方で国籍を持たない残留2世の現地の生活は、形の上で「非正規滞在」に当たり、晴れて日本国籍を取得すると、長年、ビザの取得・更新などを怠ってきたとして、罰金の支払い問題が出てくる。

 現に日本国籍を取得し父親の墓参のため日本に一時帰国しようとした残留2世が、出国にあたり300万円を超す罰金の支払いを求められる事態も起きた。

 ≪国が先頭に立つ最後のチャンス≫
 貧しい生活を余儀なくされている残留2世に支払い能力はなく、問題の経過からも残留2世に責任はない。日本政府は認証証書の活用も含め早急にフィリピン政府と本格的な協議を行うべきだ。

 先ごろ「日本フィリピン友好議員連盟」(小坂憲次会長、80人)の中に残留2世問題に取り組む特別委員会が発足、超党派による議員立法で問題を解決する方向が確認された。同時に参加議員からは「今、解決しないと期限切れになりかねない」「ここまで放置したのは国の恥だ」という声も出た。

 まったく異存はない。新法を作らなくても、現在の「中国残留邦人支援法」の一部を改正し、残留2世をその対象に加えるなど、解決策はいくらでもあるはずだ。
 残留2世の平均年齢は76歳を超え、「日本人の証」を得るのに残された時間は少ない。日本財団はPNLSCとともに残留2世の国籍取得に取り組んできたが、民の力だけで問題を解決するのはおよそ不可能である。

 戦後70年の節目を迎えた今年は、国が先頭に立って問題を解決する最後のチャンス。国の名で行われた戦争の犠牲を国が回復してこそ、国の名誉は保たれる。
(ささかわ ようへい)

産経新聞【正論】防災に障害者の視点は不可欠だ [2015年03月13日(Fri)]
防災に障害者の視点は不可欠だ


産経新聞【正論】
2015年3月6日


 3回目となる「国連防災世界会議」が3月14日から5日間、宮城県仙台市で開催される。東日本大震災をはじめ各地の大災害では障害者や高齢者など「要援護者」が災害の矢面に立たされ、より多くの被害を受けた。

 これを受け、向こう10年間の世界の防災戦略を策定するこの会議では、今回初めて「障害者と防災」が公式会議の正式なセッションに盛り込まれた。

 ≪横浜、神戸に次ぐ世界会議≫
 会議には全国連加盟国193カ国の代表や国際NGOなど1万人を超す人が参加する。災害多発国としてハード、ソフト両面の豊富な知識を持つ日本は、今後の国際的な防災戦略を主導する立場にある。災害被害を少しでも減らすためにも会議では、要援護者を視野に置いた防災・減災害対策が打ち出される必要がある。

 外務省の資料によると、2000年から12年までに世界で発生した自然災害で29億人が被災し、120万人が死亡。損害額は1.7兆米ドル(約202兆円)に上り、被害の90%が途上国に集中した。

 こうした中、国連防災世界会議は1994年に横浜市、2005年には神戸市で開催され、横浜会議では「より安全な世界に向けての横浜戦略」が採択された。神戸会議では直前(04年12月)に22万人の犠牲者が出たスマトラ沖大地震・インド洋大津波が起きたこともあり、世界各国の閣僚級が参加して、15年まで10年間の「兵庫行動枠組」をまとめた。

 兵庫行動枠組では防災を国や地方の優先課題に位置付け、早期警報の向上、防災文化の構築、公共施設やインフラの耐震性の強化などを打ち出したものの、障害者に関しては「最も脆弱(ぜいじゃく)な地域やグループに焦点を当て、災害準備や緊急事態対応計画を準備する」といった簡単な記述を盛り込むにとどまった。

 しかし神戸会議の後、ミャンマーで13万人を超す死者・行方不明者が出た大型サイクロン・ナルギス(08年5月)、31万人の死者が出たハイチ地震(10年1月)、さらに11年3月の東日本大震災と大災害が続き、多くの障害者や高齢者、子供が犠牲となった。

 ≪向こう10年間の国際防災戦略≫
 日本財団は1986年、世界の防災に顕著な功績を挙げた個人や組織を表彰する国連笹川防災賞を設け、国際防災の強化を目指してきた。今回はこれら関係機関とも協力して東京やニューヨーク、バンコクなど世界7都市で障害者と防災をテーマにした国際会議を重ね、最終的に世界会議に「障害者と防災」のセッションを盛り込むことができた。

 東日本大震災で障害者手帳所有者1655人が犠牲となり、死亡率が当該地域住民の約2倍1.5%に達したことが初めて数字で裏付けられた点も契機となった。

 災害が発生した場合、障害者にはあまりにも多くの困難が待ち受ける。聴覚障害者は避難の呼び掛けがあっても情報を受け取れず、視覚障害者は避難しようにも電柱や建物の倒壊など周囲の状況を把握できない。倒壊した家屋の中に取り残された聴覚障害者や言語障害者は「誰かいますか」と声を掛けられても、返答ができない。

 車いすなど肢体不自由者が混乱の中で避難するのは難しく、避難場所に着いても車いすのため、人に遠慮せざるを得ない。避難生活で体調を悪化させ死亡する「震災関連死」も東日本大震災では既に約3200人に達し、阪神・淡路大震災の3倍を超えた。

 世界会議では兵庫行動枠組の後継となる新たな国際防災の枠組みを策定するほか、日本が多くの災害から得た教訓や防災技術、ノウハウ、さらに東日本大震災の経験や被災地振興の現状を報告。障害者と防災のセッションでは地域防災と障害者の関わりなどについて議論が行われる予定だ。

 ≪復興、地域創生にも道拓く≫
 今年は国際社会の共通の開発目標である「ミレニアム開発目標」(MDGs)の達成期限を迎え、9月の国連総会では「ポスト2015年開発アジェンダ」が採択される予定。年末には国連気候変動枠組み条約の「第21回締約国会議(COP21)」もフランス・パリで開催され、20年以降の世界の気候変動・温暖化対策の大枠が合意される見通しだ。

 近年の異常気象が地球温暖化の影響か単なる自然現象か、専門家の研究を待つしかないが、地震に伴う大津波と同様、巨大台風が引き起こす高潮も大きな脅威となりつつある。世界規模の災害が今後、間違いなく増える気がする。経済成長が著しい東南アジア諸国連合(ASEAN)などで引き続き新たな開発が進む。その場合、障害者や高齢者を守る視点をどこまで持つかによって発生する被害の程度も変わる。「弱い人々」に目線を合わせ防災・減災対策を取れば、その分、人的被害は確実に減るということだ。

 障害者に視点を当てた地域づくりこそ、安心して暮らせる地域社会の建設や東日本大震災の被災地復興、ひいては喫緊の課題である地域創生にも道を拓(ひら)く。
(ささかわ ようへい)

産経新聞『正論』気概を持って「将来の夢」を語れ [2015年01月30日(Fri)]
気概を持って「将来の夢」を語れ


産経新聞【正論】
2015年1月16日


 国内総生産(GDP)の2倍、1千兆円を超え、なお増え続ける国の借金を前にすると、「およそ世の中に何が怖いと言っても、暗殺は別にして、借金ぐらい怖いものはない」といった福沢諭吉の言葉(福翁自伝)を思い出す。借金は返さねばならず、返済が遅れれば、その分、負担は膨らむ。

 財政再建を急ごうにも「失われた20年」で落ち込んだ日本のGDPはいまだ20年前の水準に戻らず、世界に先駆けて65歳以上の高齢人口が25%以上を占める超高齢社会に突入し、社会保障費は一段と膨れ上がる。一方で国の支えとなる人口は2008年から減少に転じている。

 ≪各国が注目する日本の挑戦≫
 難問が山積する現状は国を大きく作り替えるチャンスであり、歴史を振り返れば日本にその力は十分ある。政権が取り組むアベノミクス、地方創生の成否こそカギであり、国が焦土と化した70年前と同様、ゼロから出発する覚悟こそ欠かせない。

 一足遅れて少子高齢化が進む世界各国も日本の“挑戦”に注目しており、新たな社会モデルの確立は日本が未来の社会に対して負う責務でもある。

 新しい時代を切り開くには、思い切った価値観の転換が欠かせない。戦後社会は権利の擁護と平等の実現に重きを置き、裏腹の関係にある責任、義務を二の次にしてきた。改革には何よりもまず、各自が現状の危機を認識し、自ら解決する気概こそ求められる。

 今年10月に予定された2%の引き上げが17年4月まで延期された消費税ひとつとっても、年金、医療、介護を中心にした社会保障給付費が人口高齢化で膨張を続ける現実を前にすれば、増税は避けられない選択である。

 高齢人口比率が日本より4〜8%も低い英、独、仏3国を見ても、消費税(国によって付加価値税)はほぼ20%、日本の2・5倍の水準にあり、引き上げをためらえば財政は一段と悪化する。わが国は高齢世代の年金を現役世代の保険料で支える賦課方式を採用しており、このままでは現役世代、さらに次世代の負担が過大になり、イノベーションを生む自由豁達(かったつ)な雰囲気も失われる。

 ≪戦後を主導した高齢世代の責任≫
 巨額な国の借金は、ある意味で豊かな戦後社会の付けでもある。

 その責任の多くは戦後社会を主導した高齢世代にある。しかし現役を退いた高齢世代が財政再建に貢献できる余地は少ない。恐らく消費税は、高齢者が財政再建に直接参加できる数少ない選択肢であろう。

 平均寿命が延び、一方で年金など社会保障の将来が見えない不安が高齢者を内向きにし、消費の落ち込みを招いている。先が見えれば消費も活発になり、消費税を通じてささやかでも財政再建に貢献することも可能になる。

 そのためにも社会の新しい受け皿が必要だ。日本人の寿命は戦後70年間で30歳も延びた。世界保健機関(WHO)は「65歳以上」を高齢者としているが、日本の65歳以上人口は60年には40%に達する。一律に高齢者と定義し“老人枠”に閉じ込めるのは非現実的であり、バランスの取れた社会を維持していくには無理がある。

 現に豊富な知識や優れた技術を持つ元気な高齢者はいくらでもいる。年齢で線引きすることなく気力、体力を備えた高齢者に能力、技術に応じた働き場所を提供する新しい社会システムの確立こそ急務である。労働力不足の解消だけでなく、高度な専門技術の継承、海外流出の防止も期待できる。

 同様にさまざまな資格・技術を持ちながら、これを生かしていない人たちの活用も一考である。例えば看護師。日本では現在、120万人が医療現場で働くほか、職に就いていない潜在看護師も55万人に上る。日本財団では全国各地への在宅看護センター設置を目標に看護師や潜在看護師に起業を促す育成事業をスタートさせた。

 医師にかかるほどではないものの糖尿病や高血圧など生活習慣病で“病気予備軍状態”にある高齢者のケアを強化するのが狙い。毎年1兆円近く膨張する医療費の抑制ばかりか、医師不足の中、地域創生に不可欠な医療インフラの強化にもつながると期待する。

 ≪世界に通用する社会モデルを≫
 日本にはこのほか食の安全や環境など世界をリードする知恵や技術、アニメやファッションなど若者文化、そして何よりも大きな財産として勤勉な国民性がある。これらを生かした新たなシステムを確立すれば、十分、世界に通用する社会モデルとなる。

 日本は敗戦から立ち直り、短期間に世界第2の経済大国となった。失われた20年でこうした能力がなぜ、機能しなかったのか、いまだに不思議な気がする。有効な将来像を描く努力、議論を怠ったとしか思えない。

 皆が国の将来を背負って立つ気概を持って「夢」を語り合うべきである。目指すべき将来が見えてきたとき、新たな飛躍が可能になり、高齢化が進む国際社会のトップランナーとなる。

(ささかわ ようへい)

産経新聞『正論』議員定数削減で地方創生を図れ [2014年12月01日(Mon)]
「議員定数削減で地方創生を図れ」


産経新聞【正論】
2014年11月27日


 急速に進む地方の人口減少を抑制し地域振興を図る「まち・ひと・しごと創生本部」がスタートした。成否は地域の行政、議会、住民がどこまで一体となって前向きの受け皿をつくれるかにかかる。

 日本では長年「三割自治」が続き、地方政治の“待ちの姿勢”が目立つ。ともすれば存在感も希薄で、とりわけ議会の不振が目立つ。最近も不明朗な政治活動費の釈明会見で号泣した前兵庫県議、東京都議のセクハラ・ヤジ、危険ドラッグ所持容疑で逮捕された前神奈川県議、航空機内で泥酔、暴言のうえ辞職した北海道議など不祥事が相次ぎ、地方議会の存在意義が問われる事態になっている。

 ≪地方議員はボランティア≫
 筆者は4年前、本欄に掲載された拙稿「国会は事業仕分けの聖域なのか」で、国会議員定数を「衆議院300、参議院100で十分」と書いた。今回は地方議会の定数を大幅に削減するよう提案する。現状は議員数が多すぎ緊張感を欠く結果になっていると考えるからだ。

 世界で最も住みやすい街といわれるカナダ・バンクーバー市。人口約60万人、議長を務める市長も含め市議会の定数は11、議員1人当たりの報酬は市民の平均的収入である年間約6万8千カナダドル(約711万円)。生業を持つ議員が多いのと市民の傍聴機会を増やすため、議会は原則、夕方に開会される。

 何も同市が特殊なのではない。もともと欧米の地方議会は名誉職、ボランティアの色彩が強く、大都市では年間900万円(ニューヨーク市)といった例もあるが、米国の平均報酬は年間約400万円、英仏両国では多くて数十万円、無報酬の自治体も多く、議員数も10〜20人が標準だ。

 これに対し、日本の同規模の都市の議員定数は多くが50前後。月70万円を超す報酬に期末手当、さらに号泣議員で問題となった政務活動費を加えると、年間収入は優にバンクーバーの2倍を超す。

 日本も戦前の地方議会は有力者による名誉職の性格が強かった。しかし戦後のGHQ(連合国軍総司令部)による一連の改革の中で地方議会の定数、報酬とも高い数字が定着することになった。

 現在、地方議員数は都道府県議会、市区町村議会を合わせ約3万5千人。平成の大合併で1万人以上減り、住民に対する直接説明会の開催などを盛り込んだ議会基本条例の制定など、改革を模索する動きも広がっている。

 ≪役割を果たしていない議会≫
 地方政治は首長、議員がともに直接選挙で選ばれ、相互監視を建前とする。議会には税金の使途など行政に対するチェック機能、条例など積極的な政策提言が期待されている。しかし現状は条例の95%が首長提案、99%は原案通り可決されており、議会が本来の役割を果たしているとはいえない。

 加えて多くの議会が委員会審議を原則非公開としており、住民にとって個々の議員活動は極めて見えにくい。高い報酬と議会の平日開催が議員の専業・職業化を生み、議会活動が形骸化・劣化する結果にもなっている。地方選の投票率が長期低落傾向にあるのも、ここに一番の原因がある。

 地方創生の動きは、民間研究機関・日本創成会議の分科会が5月、「約半数896の自治体が2040年に消滅する恐れがある」との“衝撃の予測”を公表したことから加速した。

 政府は「経済財政運営の指針(骨太の方針)」で50年後も維持する人口目標を1億人に設定、今後5年間の総合戦略を打ち出した。地域再生法など関連法の整備、さらに自治体への財源、権限委譲も進める方針だ。

 ≪再生にかける決意と覚悟≫
 今後は都道府県議会が中心となって、それぞれの将来ビジョンをまとめる番だ。地方再生の主役は言うまでもなく地方である。これまでのように地方交付税や国庫支出金を待つだけでは何も進まない。行政と議会が住民の意見を取り込み、地域全体が参加する再生の枠組みこそ求められる。

 そのためには地方の事情に精通し、住民とじかに接する議員こそ中核の役割を果たすべきである。バンクーバーのように夕方に議会や委員会を開催し、住民との直接対話の機会を増やすのも一考だ。

 そのためにも現在の地方議会の議員定数は明らかに多すぎる。

 名古屋市では河村たかし市長が議員定数、報酬の半減を提案し、報酬削減が実現した。これにより名古屋市議会の議員報酬は全国2位から207位(全国議員報酬ランキング)に落ちたとされるが、特段の不都合が出たとは聞かない。今後は議会が自ら定数・報酬削減を提案、住民の信頼回復を図るぐらいの度量があってもいい。

 人口減少はわが国が初めて直面する事態。どう乗り切るか、世界も注目している。江戸時代の人口はピーク時でも約3200万人だった。それでも全国約270の藩がそれぞれの創意工夫で独自の産業、文化を育てた。アイデアは生まれてくる。必要なのは再生にかける決意と覚悟である。
(ささかわ ようへい)


産経新聞『正論』「変革の時代に異才の発掘を急げ」 [2014年10月27日(Mon)]
「変革の時代に異才の発掘を急げ」


産経新聞【正論】
2014年10月20日


 「ギフテッド」(Gifted)という言葉がある。日本ではなじみが薄いが、欧米では神から贈られた極めて高い能力、あるいは先天的にこうした能力を持つ人をいう。社会にイノベーションを起こすのは恐らくこういう人たちだろう。発明王エジソンやアップル社の創設者でiPhoneなどを生み出したスティーブ・ジョブズはその代表だと思う。

 過日、DVDで見たジョブズの伝記映画は「規則を嫌い、現状をよしとしないハミ出し者や問題児こそ、世界を変え人類を前進させる」とのジョブズの言葉で最後を締めていた。

 急速に社会変革が進むこの時代、わが国にも隠れたエジソンやジョブズは必ずいる。そんな思いで、このほど東京大学先端科学技術研究センターと協力して「異才発掘プロジェクト ROCKET」を立ち上げた。

 ≪多様な人材育成が不可欠≫
 調和の取れた画一的な教育が日本の特徴だが、変革の時代には多様な教育制度による多様な人材が欠かせない。ささやかな実験的試みだが、将来の学校建設も視野に新しい人材育成モデルとして育てたく決意を新たにしている。

 いささか乱暴かもしれないが、ギフテッドに対する欧米と日本の取り組みの違いは狩猟民族と農耕民族の違いのような気もする。狩猟民族には集団を引っ張る強いリーダーが欠かせない。ギフテッド教育でも早期入学や飛び級、小中学生に対する大学講義の開放など、「個の独立」に向け積極的な育成策が数多く導入されている。

 対する農耕民族では、全体の「和」が優先される。個の自立より全体の調和、協調を重んずるのが日本教育の特徴で、“全員100点”を理想とする「結果の平等」と、個々の能力の育成を重視する「機会の平等」が長年、闘わされてきた。しかし2年間の高校在籍後、大学進学を認める飛び級制度以外に特段のギフテッド教育は見当たらない。

 ≪不登校の中に埋もれた才能≫
 IQ(知能指数)によるアプローチも、70以下の子供に特別支援学級が用意され、現在、国公私立の小中学校に10万人を超す児童、生徒が在籍するが、「高い子」に対する特別学級は用意されていない。民間の受け皿や支援態勢にも、欧米と日本では格段の差がある。

 加えて特異な個性や能力を持った子供には頑固で自分本位、他人の話を聞かない、といった傾向がある。ジョブズは興味のない科目の履修を嫌って半年間で大学を中退し、完璧主義者として仲間としばしば衝突した。エジソンは小学校に入学すると教師に「Why」を乱発、「ほかの生徒たちの迷惑になる」と3カ月で放校処分になった。

 協調性を重んじる教育が戦後の日本の復興、高度成長に大きな力を発揮したのは間違いない。能や茶道のような形の美しさを尊ぶ文化もある。しかし猛烈な勢いで社会変革が進むこの時代に、画一的な教育の中で育った優等生だけでイノベーションを起こすのは難しい。

 現在、全国の国公私立の小中学校で約1%弱、12万人の児童、生徒が不登校となっている。友人関係や親の過剰期待などさまざまな原因があり本格的に分析したデータはないが、突出した才能を持ちながら学校になじめず、不登校になった子供がこの中に多数いるのは間違いない。

 プロジェクト立ち上げ後、東京、神戸、福岡など全国5カ所で説明会を開催したところ、不登校の子供や親から800件を超す相談があった。

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説明会には不登校の子供を持つ沢山の父兄が


 学校への不適応の理由は「極めて高い能力を持つがなぜか字が書けず自信を失っている」「自分の関心・興味のあることしかやろうとしない」「授業中、好き勝手をして集団に入れない」「コミュニケーションができない」「こだわりが強く融通がきかない」などさまざま。中には知能検査でIQが150を超えた子もいた。

 プロジェクトのディレクターを務める東大先端研の中邑賢龍教授も「学校教育に適応できないような能力の中にこそ将来のイノベーションを可能にする才能が含まれている」と見る。

 ≪教育こそ国づくりの要だ≫
 応募は約600人。最終的に10人程度を選抜、常設の教室を設け、大学卒業まで各領域のトップランナーによる授業やオンラインによる基礎科目の配信などを行い、それぞれが持つ特異な才能を伸ばしたく考える。

 今月7日、青色発光ダイオード(LED)を開発した日本の研究者3人のノーベル物理学賞受賞が決まった。LEDはろうそく、電球、蛍光灯に次ぐ第4世代の光として社会に大きな変化をもたらしている。

 教育こそ国づくりの要である。本プロジェクトが国の教育制度に組み込まれ、社会を動かす偉大な才能が現れる日に向け、取り組みを強化したい。そのためにも多くのご意見、ご批判をいただきたく考える。


(ささかわ ようへい)

毎日新聞:大衆芸能「文楽」の再評価を [2014年09月19日(Fri)]
大衆芸能「文楽」の再評価を


2014年8月21日
毎日新聞「発言」


 ユネスコの世界無形文化遺産にも登録される人形浄瑠璃・文楽の経営が、公益財団法人文楽協会に対する橋下徹大阪市長の補助金見直しなどで厳しさを増している。

 文楽と同様、日本を代表する文化である歌舞伎に比べ観客動員数も劣る。人形の繊細な動きを伝える上で大劇場は不向きといった制約があるとしても、多くの文楽作品は歌舞伎にも取り入れられ、ともに大衆芸能として栄えてきた。何故、文楽は不振なのか―。

 そんな思いもあって過日、国立文楽劇場(大阪市)で開場30年の記念公演を見た。演目は近松門左衛門作の世話物「女殺油地獄」。

 低くて太い三味線に合わせ太夫が語る浄瑠璃はテンポも速く、ドラマ性も十分。独特の太字で書かれた床本を見ると難解な気もするが、公演では舞台の上部に字幕も用意され容易に理解できた。

 首(かしら)と右手を動かす主遣い、左手を担当する左遣い、足を動かす足遣いが一体となった人形の動きも絶妙の一言。主人公が油屋のおかみを脇差で殺害するクライマックスシーンでは、二つの人形が血と油の海でスピード感あふれる動きを見せ、「人間にできて人形にできない動きはない」という関係者の自信も納得できた。

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 世界には手遣い、指遣い、糸操りなど7種類に分類される人形劇が数多く存在する。しかし太夫の語りと三味線、人形が一体となった総合芸術ともいえる文楽の圧倒的な存在感、芸術性は群を抜き、海外の評価も極めて高い。

 世界に誇るべき芸術を当の日本人が知らないのは不幸である。現状は、多くの人が文楽の存在は知っていても、実際に見ることはない “食わず嫌い”に似た状態にあるような気もする。

 大阪で誕生して以来300年、古典文化、伝統芸術の性格が強まるに連れ大衆性、娯楽性が薄れ、庶民が気さくに楽しむ本来の姿が失われてきているのかもしれない。
 
 文楽の歴史は、戦後に限っても組合の分裂や、一時期経営を担った松竹の撤退など、苦難の連続だった。その中で1966年には東京に国立劇場、84年には国立文楽劇場が開場し、公的支援態勢も整備された。

 72年からは後継者育成に向けた研修制度も始まり、現在80人に上る技芸員(太夫、三味線、人形)の約半数を研修生出身者が占め、古典芸能のイメージとは逆に新作作りも盛んだ。新たなファンの掘り起こしに向けた親子劇場やオペラなどと同様、映像による対外発信も進められている。

 文楽はもともと「小屋掛け」と呼ばれた仮設劇場の公演が中心だった。飲食も自由で、観客は芸とともに開放的な雰囲気を楽しんだ。そんな場所を再現し、文楽の面白さを体感してもらうのも有効と思う。

 いずれも息の長い作業になるが、そうした努力が、ともすれば希薄になりつつある日本人の心を後世に伝えることにもなる。われわれも民の立場から、ささやかでも協力したいと考える。

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六本木ヒルズのヒルズカフェで開催した「にっぽん文楽 プレスプレビュー」にて


日本財団会長
笹川 陽平

産経新聞【正論】財政で「ダチョウの平和」許すな [2014年09月03日(Wed)]
「財政で『ダチョウの平和』許すな」


各省庁の来年度予算の概算要求が出揃い、各紙に掲載された。

財務省の厳しい査定で要求は大幅にカットされることを前提に決定したのかもしれないが、現下の日本の財政事情を無視した緊張感のない、目一杯の水膨れ要求に唖然とさせられる。

各紙も、我が国の財政事情と概算要求の大きな乖離に何の批判も論調もないのは、新聞の質の劣化を象徴しているのだろうか。

私は経済政策には半可通ではあるが、現下の財政情況には感覚的に危機感を持ってる。
ご批判とご指導を賜れば幸いです。

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産経新聞【正論】
2014年8月29日


財政で「ダチョウの平和」許すな

 ≪「国の借金」は1千兆円超≫
 経済には疎いが、「国の借金」が1千兆円を超えた日本の財政について専門家の話を聞くたびに「ダチョウの平和」という言葉を思い出す。

 ダチョウは危機が迫ると砂の中に頭を突っ込み、危険を見ないようにしてやり過ごすといわれ、「ostrich(ダチョウ) policy」(現実逃避策)といった言葉もある。目がくらむような巨額の借金を前にしながら、危機感が今ひとつ希薄なわが国の現状が、私にはダチョウの姿に見えて仕方がないのだ。

 財務省によると、国債や借入金、政府短期証券を合わせた「わが国の借金」は2013年度末で1024兆円。GDP(国内総生産)比2倍超の数字は莫大(ばくだい)な戦時債務が重なった終戦時に匹敵し、OECD(経済協力開発機構)加盟の34カ国を見ても、このような巨額な借金を抱える国はない。

 総額95兆円の今年度一般会計予算を家計に例えれば、月収(税収など歳入)54万円の家庭が毎月41万円の借金(国債発行)をし、月95万円の生活をしている状態。4分の1近くの23万円は借金返済(利払いを含めた国債費)に充てられ、差額の72万円が実生活費となる。

 それでも収入を18万円も上回り、これでは収入と支出のバランス(基礎的財政収支、プライマリーバランス)はとれず、借金は雪だるま式に増える。日本には1400兆円に上る個人金融資産があり、国債の大半を国内で消化しているため問題はない、とする意見も聞くが、資金の余剰幅は年々縮小しており、素人目にはどう見ても危険水域に達している。

 財務相の諮問機関である財政制度等審議会は4月、このままで推移した場合、半世紀先の60年には国と地方の債務残高がGDPの約4倍、8150兆円に達するとの試算を公表した。現在、集団的自衛権論議が盛んだが、このままでは安全保障より年々、累積する債務で国が自壊しかねない。

 そうした悲劇を避けるには誰もが財政の現状を直視し、危機感を共有する必要がある。ダチョウのように都合の悪い現実に目を閉ざす姿勢はもはや許されない。

 ≪「あれかこれか」の時代に≫
 4月の消費税3%引き上げに先立ち、マスコミ各社が行った世論調査では「やむを得ない」とする声が半数近くを占め、財政の現状に対する危機感はそれなりに広がってきている。

 政府は来年10月の消費税2%アップを予定通り実施するか、年内に結論を出すという。消費税1%に伴う税収増は約2兆円。歳入を増やす有力な手段であるのは間違いなく、国民生活に大きな影響が出るのも否定しない。

 しかし、日本財団の姉妹組織、東京財団が行った各種シミュレーションでは、社会保障費の引き下げなど大幅な歳出削減を見込んでも、消費税だけで財政収支のバランスを取るには、30%前後まで上げる必要が出てくるという。直ちに実現するのは不可能な数字で、消費税増税は財政再建策のひとつであっても、すべてではないということだ。

 財政を立て直すには、あらゆる制度・仕組みを見直し、総力を挙げて「入」を増やし「出」を減らすしかない。「あれもこれも」の時代から「あれかこれか」の時代に変わるということだ。毎年1兆円もの規模で膨らむ社会保障費の抑制も避けられず、医療や福祉の在り方も変わらざるを得ない。気力、体力を備えた高齢者や子育てが終わった女性が働ける「場」の整備も急務となる。

 「明日の日本」をどう築くか、政治家は議員定数、報酬削減を早急に実現し、有権者受けを狙った“ばらまき”と決別すべきだ。「先(ま)ず隗(かい)より始めよ」。それが自らの覚悟と範を示すことになる。

 メディアも消費税の引き上げの是非だけでなく、言論機関として大局的な視点に立って財政の現状と課題を国民に知らせ、広く議論を提起するよう期待する。

 江戸時代、米沢藩の上杉鷹山公は藩財政の窮状を藩民に分かりやすく説明するとともに目安箱などで幅広い知恵を集め、財政支出の削減と産業振興による収入増を実現することで領地返上寸前だった藩財政を立て直した。今、求められているのは、こうした知恵と行動だ。

 ≪国を挙げ立て直す気概を≫
 日本は戦後70年間ひたすら豊かさを求めて走ってきた。巨額の財政赤字はその結果である。少子高齢化でただでさえ負担増を余儀なくされる次世代に、漫然と巨額の債務を引き継ぐことは許されない。そうでなければ世代間の亀裂が深まり、世界に誇る年金や国民健康保険も非加入者の増加で崩壊の危機に直面しかねない。

 この国は焦土と化した敗戦やオイルショックなど多くの国難を、国民の団結と協力で克服してきた。必要なのは、危機感の共有と財政立て直しに向けた気概である。日本がどう財政を立て直すか。財政悪化に直面する世界の国々が試金石として注目している。
(ささかわ ようへい)

産経新聞【正論】「海の日」を前に再度提案する [2014年07月18日(Fri)]
「海の日」を前に再度提案する


産経新聞【正論】
2014年7月14日


 今年も21日に「海の日」を迎える。これを前にふたつの提案をしたい。ひとつは7月の第3月曜日となっている海の日の固定化、もうひとつは懸案の初等中等教育における海洋教育の強化である。

 ≪日定め首相が世界に声明を≫
 ともに「海洋国家日本」の存在に関わる問題であり、特に「海の日」に関しては日を定め、総合海洋政策本部長である首相が、海の平和を守る声明を世界に発信されるよう求める。それが国際社会における日本のプレゼンスを高める結果にもなる。

 国土交通省によると、海の日は世界の多くの国が設けているが、日本のように国民の祝日にしている国はない。1996年の施行以来7年間、7月20日に固定されていたが、2003年からハッピーマンデー制度の導入で第3月曜日に変更された。

 海の日の意義より連休づくりが優先された形で違和感が残る。日本の祝日は17日もあり、連休も多い。海の日を特定の一日に定め、首相が力強いメッセージを出せば、国民の受け止め方を前進させるきっかけにもなる。

 一方の海洋教育の強化。昨年1月の当欄でも、海に囲まれ大きな恩恵を受ける海洋国家として、07年に制定された海洋基本法や翌年の海洋基本計画で、学校教育での海洋教育の推進を謳(うた)いながら、改善が進まない現状を「画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く」と指摘、改善を求めた。

 現状は小学4年の理科と5年の社会に「海」が断片的に記されているものの、一昨年、東京大学、海洋政策研究財団とともに行った全国調査では70%が海洋教育という言葉自体を知らなかった。

 かつて盛んだった臨海学校も、プールの普及や安全に対する学校現場の配慮もあって姿を消し、ゆとり教育の中で生まれた「総合的な学習の時間」に、海に関する体験学習を取り込む学校も極めて少ない。これでは「仏作って魂入れず」で、海洋国家に相応しい人材育成は期待できない。

 ≪明確な位置付け欠く海洋教育≫
 学習指導要領で海洋教育が明確に位置付けられていないのが一因で、次の改訂版では海洋教育の強化を明確に打ち出す必要がある。学習指導要領はほぼ10年ごとに改訂され、次期改訂作業は当初17、18年と見られていたが、グローバル化に対応する人材育成の高まりなどで作業を前倒しし、東京五輪が開催される20年の完全実施を目指す方針と聞く。

 現在の学習指導要領は、小中学校が07年、高校が08年に改訂された。海洋基本法や海洋基本計画が制定、策定された年に当たり、その分、海洋基本法や海洋基本計画の目的を中央教育審議会の議論に反映できなかった事情がある。

 今回は文部科学大臣の諮問を受け中教審の議論を経て答申がまとまるまでに十分な時間がある。昨年、策定5年後の見直しが行われた政府の海洋基本計画も、前計画にはなかった学習指導要領の言葉を2度も使い、「学習指導要領を踏まえ、海洋に関する教育を充実させる」「必要に応じ学習指導要領における取扱いも含め、有効な方策を検討する」と積極的な姿勢を打ち出している。

 われわれも学識者を交えた海洋教育戦略会議で、学習指導要領の「総則」に「海洋の教育」もしくは「海洋」を、「総合的な学習の時間」の学習活動の例示にも「海洋の教育」もしくは「環境(海洋を含む)」をそれぞれ明記するよう提言した。

 「海洋」の教科を持つ国は世界にも見当たらない。理科、社会、歴史など、すべての教科に関連する海洋の特殊性からも、学習指導要領で明確な位置付けをしたうえで、各教科や総合的な学習の中で広く「海」を教えるのが目指すべき姿と考える。

 世界の人口は今世紀末にも100億人に達し、漁業資源だけでなく、海中、海底のエネルギー資源や領海、EEZ(排他的経済水域)をめぐる対立と緊張が一層、激しくなる。17世紀オランダの国際法学者グロチウスが唱えた「海洋の自由な利用」はとうの昔に終わり、国際的な秩序と協調の確立が喫緊の課題となっている。

 食糧、エネルギー資源など「母なる海」に対する人類の依存度は一層高まり、海の恵みをひたすら受けてきた海洋国家日本が果たすべき役割も必然的に大きくなる。

 ≪海洋国家日本が目指すべき姿≫
 未曽有の被害をもたらした東日本大震災の大津波は、漁業や水産業だけでなく、伝統文化も海と深く結び付いた地域社会の姿、さらに、海の視点を持たない防災がもはや成り立たない現実を浮き彫りにした。

 過日、文科相経験者4人とお話しする機会があった。英語や日本の歴史、伝統文化などの強化は当然として、海洋教育の一層の充実を図る点で異論はなかった。

 次期学習指導要領では、海洋教育の強化が間違いなく打ち出されると確信する。「海の日」を活用した外交戦略、海洋教育の強化とも海洋国家日本が目指すべき当然の姿であり、国際社会でこの国が負う責務でもある。
(ささかわ ようへい)
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