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笹川陽平ブログ(日本財団会長)

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「児童は悲鳴を上げている」―児童虐待問題― [2018年09月21日(Fri)]
「児童は悲鳴を上げている」
―児童虐待問題―


「世界中で日本ほど子どもが大切に取り扱われ、そして、子どものために深い注意が払われる国はない」、「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない」―。前者は明治時代に東京大学で生物学を講じ大森貝塚を発見した米国人エドワード・モースの「日本その日その日2」、後者は明治時代に日本各地を旅した英国の女性旅行家イザベラ・バードの「日本奥地紀行」の中の記述である。

そんな日本で児童虐待が増えている。2017年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待事案は13万3800件と過去最悪の数字となっている。「虐待」に対する社会の関心の高まりで対応数が増えた面もあると思われるが、20年前のほぼ10倍に達する異常な増加である。

こうした中で3月には、東京都目黒区で5歳の女児が両親から虐待を受け死亡する事件も起きた。十分な食事も与えられなかったと見られ、体重は同年代の子どもの平均を大きく下回っていた。部屋からは「もっとあしたからはできるようにするからもうおねがいゆるして」と書かれた女児のノートも見つかり、両親は保護者責任遺棄 致死の疑いで逮捕された。

女児は2016年と翌年、当時住んでいた香川県の児童相談所で一時保護され、2回目の保護が解除された後も、病院が女児のあざを確認し通報した。しかし保護措置はとられず、傷害容疑で書類送検された父親も不起訴となった。今年1月の目黒区への転居後には香川県の児童相談所から引継ぎを受けた品川児童相談所が家庭訪問したが、母親に会えたものの女児には会えないまま今回の死亡事件となった。

詳しく触れたのは、一連の経過に、適切な情報共有や関係機関の連携体制の欠如が見て取れるからだ。9月3日に東京都内で日本財団が主催した家族の様々な形を考えるシンポジウムでは、塩崎恭久前厚生労働大臣が「すべての子どもたちが愛されて育つために」と題して基調講演され、「市町村、児童相談所の職員体制および専門性の強化」、「適切な一時保護の実施」など「骨太の方針2018」に盛り込まれた対策を披露された。

一言で児童虐待防止といっても、子どもを救う仕組みと同時に、虐待に走る親が直面している問題の解決など根は深く、一朝一夕には解決しない。こうした中、日本財団が昨年11月、全国の20〜60代の男女1万人を対象にインターネット調査で里親への希望を聞いたところ、6%の人が「なってみたい」、「どちらかといえばなってみたい」と前向きの回答を寄せた。

虐待防止対策を進める上で家庭的な生活環境の確保は欠かせない。「里親になってみたい」と回答を寄せられた方々の願いが実現するために、是非、日本財団にご相談下さい。あらゆるご協力、ご相談に応じられるよう準備してます。

子ども達は皆さんを待っています!!


「中国出張」 [2018年09月19日(Wed)]
「中国出張」


今日から中国に出張いたします。

再開された日中の防衛交流で、今回は自衛隊が中国を訪問いたします。

現地では、要人との面談も予定しています。

帰国は22日です。

「経団連会長からの書簡」―私のブログへの説明― [2018年09月19日(Wed)]
「経団連会長からの書簡」
―私のブログへの説明―


2018年8月13日付で「経団連は今や軽団連?」の題名のブログを掲載したところ、翌日の14日に日本経済団体連合会の中西宏明会長(日立製作所会長)より長文のメールによる書簡を拝受しました。

真摯に心情を披瀝されておられますので、公平性の見地からも公開すべきと判断してブログ掲載についての可否を問い合わせましたところ、了解を頂きましたのでここに全文を掲載します。

尚、私のブログを未読の方もおられると思いますので、再度掲載しました。

※2018年8月13日付ブログ

「経団連は今や軽団連?」
―ネット公開中止に見る存在感の低下―


かつて経済団体連合会の会長は財界総理といわれ、政治指導者からも一目置かれる存在だった。

然るに最近は、労使の賃金交渉の主導権を官邸にとられ、経済政策もアベノミクスに追従するばかり。経団連には国家観も国民を納得させる経済政策も感じられず、官邸に追従する存在に成り下がってしまっている。そんな体たらくでも格式だけは高く、経団連序列も存在するそうで、旧態依然とした体質に変化はない。

かつて政府が「経済界からも民間大使を派遣したい」と発言したことがある。これに対し経団連の某幹部は「そんな安月給で責任の重い大使になる人はいない」と述べた。

「国民、国家のため」という、誰もが期待する高邁な意識の欠如に唖然とし、以来、筆者は失礼ながら陰では「経団連ならぬ軽団連」と呼ぶようになった。

7月12日付読売新聞朝刊に「経団連の会長会見 ネット公開中止」との見出しの記事が掲載されていた。なんと、経団連会長が行う定例記者会見の動画をインターネット上で公開するのをやめたという。1回平均の閲覧者が数十人と少ないためだという。これでは経団連職員ですら会長記者会見の内容を見ていないことになる。

閲覧者が少ないからネット上での公開を中止すると言うのでは、それこそまさに“軽団連”である。ネット社会の今日、理由を解明して財界総理の発言を一人でも多くの国民に伝わるよう努力するのが本来の対応であるはずだ。

経団連事務局の人を「民僚」と呼ぶことがある。時に「官僚」の補完勢力のごとき考え、振る舞いを揶揄して使われることもあるが、本来の意味は官僚にも対抗できる優秀な集団を意味する。

最後に一言、言わせてもらいます。
「軽団連さん、しっかりしてください!皆さんは日本の経済界の礎なのです。日本の将来は皆さんの双肩にかかっているのですー」

いや失礼しました。
「日本経済団体連合会」の誤りでした!


※2018年8月14日付、日本経済団体連合会 中西宏明会長からの書簡

拝啓
 初めてお手紙をお送りさせていただきます。日頃から笹川様のメールとエッセーを読ませて頂き、楽しませて頂いている愛読者の一人です。昨13日の「経団連は今や軽団連?」―ネット公開中止に見る存在感の低下―を拝読して失礼ながら私目の立場上一部の誤解は解いておきたいと思いました。私、中西宏明は本年5月31日より経団連会長に就任しております。

 ご指摘の点はいくつかありますが、主題に挙げられておりますネット公開中止についてから申し上げますと、経団連の会長は月二回の定例記者会見を持ちます。また毎月のように北海道から九州の各地域経済団体との地方経済懇談会を各地で開催し、そこでも毎回記者会見を実施しています。経団連会館内には所謂「財界記者クラブ」が存在し、そこには15社(何故か海外メディアとネット系メディアは入っておりません)の新聞、テレビ局等の報道機関が所属して専任で取材をしております。結果として毎週のように記者の方々と顔を合わせておりますので、会長就任早々の私には話題が予定調和的でマンネリ化しているように感じられました。そこで記者クラブの方々と率直に意見交換している中でネット中継の有用性についての議論があり、今回中止してみたというのが現実です。ご指摘の「経団連会長発言を一人でも多くの国民に伝わるように努力すべし」という点に関してはその通りと思います。多少閉鎖的な財界記者クラブ対応に囚われない発信を心がけて参ります。

 第二のご指摘は「労使の賃金交渉の主導権を官邸にとられている」とのこと。目下の日本経済の経済成長のボトルネックは個人消費の伸び悩みにあり、その解消策には賃金を上げる必要があるとのことから総理自ら企業経営者に対して賃上げを要請するという事実がございます。それも毎年繰り返しておりますので確かに異常と思われる方も少なくないと認識しております。一方、私の経営者としての感覚としては、第一にここ20年以上に渡る低成長時代に相対的に賃金の上昇を抑えすぎてきたと思ってきました。30才代の仕事に打ち込む年代の人の意識が「一生懸命にやろうがやるまいが大して賃金は変わらない」と思っているように感じ、これでは日本の経済成長はできないと感じました。第二に日本の終身雇用制が徐々にですが崩れてきたことがあります。その一面が不正規雇用の低賃金でありますが、ことはそれだけに限りません。人手不足問題、特に特定職能者の不足を背景に賃金水準の市場化が進展しています。経営者は働く方々に如何にやる気を出してもらえるかに日々腐心しているというのが現実であります。経団連では毎年秋に労働政策委員会を数回開催し、働き方に関するレポートを「経営労働政策特別委員会報告」として発行しております。

 三番目のご指摘は「経団連には国民を納得させる経済政策も感じられず、官邸に追従する存在」とのこと。確かに経団連は5年以上に渡るアベノミクスの成果を高く評価しております。何より実感として安倍政権以前に経済6重苦と言っておりました諸項は、エネルギーコストを除き大きく改善されました。精力的な地球を俯瞰する外交戦略でも顕著な効果を上げていると思います。一方でアベノミクスは金融、財政政策は大きく進めたが三本目の矢である経済成長については未だしとの見方をされ、この課題の主役は経済界だろうと指摘される方は多数派ではないかと思い、私自身もそう思っております。日本の高度経済成長を実現した経済モデルとは全く違った新たな取り組みを、国を挙げてやっていくことが重要だと考えています。その点については私自身、経団連副会長だった4年間に内閣府「総合科学技術イノベーション会議」の議員として、また「未来投資会議」の議員としてデジタル化を真正面に捉えた経済政策を政府、官邸に提言し科学技術基本計画と未来投資計画に反映して頂き、同時にそれに呼応した経団連の最重要施策として推進する方針を作って参りました。それが経団連の最重要方針“Society 5.0”の実現です。これが国民に納得いただけることになっておりませんのは我々の努力が足りないとのご指摘通りと思います。

 四番目のご指摘は「民間から大使」についてですが、某幹部の安月給云々の発言は直接関与しておりませんので詳細不明です。しかし、最近の経団連内でのこの種の議論は以下のようだとご報告申し上げておきます。第一に大使の任命に関して経団連は直接の関与はありませんが事実として経済界から何人かの大使が赴任されています。中には火中の栗を拾うような職務を果たされた方もおられ、経団連メンバーは称賛されています。第二に現在のような極めて不透明な国際環境の中で、各国駐在大使の役割は極めて重要であることに比し処遇は不十分だという意見です。給与そのものの額もさることながら、制度の不十分さ不合理が目立つと聞いています。いずれにしろ外交は基本的には国の機能であるものの、経済の急速なグローバル化の前面に立つ経団連として、政府と一体となった民間外交を展開しておりますし、今後一層の努力をして参ります。

 蛇足ですが「財界」という呼び方には私は抵抗感を感じています。全国約1400社がメンバーになっている経済団体連合会で、真正面から経済の課題解決に取り組んでいく組織であるように努力してまいります。今後とも率直なご意見をお願い申し上げます。
敬具


「ミャンマー和平交渉」―0泊3日の旅― [2018年09月14日(Fri)]
「ミャンマー和平交渉」
―0泊3日の旅―


15日(土)の深夜便でタイのチャンマイに出張いたします。

いつものように0泊3日の強行軍でタイのチャンマイに入り、停戦と平和構築についての話し合いです。

帰国は17日早朝です。
「子どもの幸せ 施設から家庭へ」―里親・特別養子縁組を考えるシンポ開催― [2018年09月14日(Fri)]
「子どもの幸せ 施設から家庭へ」
―里親・特別養子縁組を考えるシンポ開催―


親子支援から里親、特別養子縁組など、様々な家族のかたちを考えるシンポジウム「すべての子どもが愛されて育つために」を9月3日、東京・千代田区のよみうり大手町ホールで開催した。

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パネルディスカッション


特別養子縁組により自らも養親となられた宝塚歌劇団の元トップスターで女優の瀬奈じゅんさんによる「特別養子縁組で得た幸せ」、塩崎恭久・前厚生労働大臣の「真に子どもを大事にする国を目指して」の2つの基調講演のほか、専門家によるパネルディスカッションが盛会のうちに開かれ、共催していただいた読売新聞社など関係者に厚くお礼申し上げたい。

日本財団では半世紀近くにわたり全国里親会の支援、里親や特別養子縁組の普及・啓発など幅広い活動を続けているが、長年の取り組みで特に痛感するのは、わが国の里親委託率の低さと特別養子縁組の成立数の少なさである。子どもが家庭的環境で養育されるべきは言うまでもなく、米英両国では要保護児童の70%以上、オーストラリアに至っては90%以上が里親委託となっているのに対し、わが国では改善傾向にあるとはいえ2017年3月末の委託率は18.3%に留まっている。

残る特別養子縁組の2017年の成立件数は616件、米国の約12万件、英国の約4700件に遠く及ばない。制度面で見ると、日本は普通養子と特別養子を分け、特別養子縁組ができる年齢を6歳未満としているのに対し、米国は制限なし、英国は18歳未満と幅広い。

また、日本では特別養子縁組も原則、実親の同意が必要となり、不要なケースは「父母による虐待、悪意の遺棄など、子どもの利益を著しく害する場合」に制限しているのに対し、米英両国は裁判所が「子の最善の利益」、「子の福祉のためになる」と判断した場合などと柔軟に対応している。

読売新聞が行った調査では、全国69の児童相談所のうち65の相談所が、特別養子縁組が進まない理由の一つに実親の権利が強く、同意を得るのが難しい点を挙げたと聞く。何よりも考慮されるべきは「子どもの幸せ」である。わが国では乳児院で暮らす約3000人のうち20%には実親の面会が一切ないといった現実もある。

英米両国では、子どもを施設に預け、一定期間面会に来ないなど適切な対応を怠った場合、親権を消失させる制度も導入され、親権停止も日本が年間100件前後に留まっているのに対し英国では毎年5万件を超している。宗教、法律、文化など様々な違いがあろうが、子どもにとって一番幸せな「実の親の下での育ち」が何らかの理由で不可能な場合、どの選択肢が一番、その子どもの幸せにつながるか、ということであろう。

日本でも児童福祉法の改正で、子どもの養育は施設ではなく家庭を優先することが法律に明記された。古来、わが国では「子どもは社会の宝」と言われてきた。さまざまな理由で生みの親と暮らすことができない子ども達を一人でも多く温かい家庭で育てるためには多くの方々の協力が必要で、ましてや少子高齢化の時代、私たちは真剣にこの問題と取り組む必要がある。
「小さな球体に絶妙な生態系バランス」―地球と生物の共存の姿・エコスフィア― [2018年09月12日(Wed)]
「小さな球体に絶妙な生態系バランス」
―地球と生物の共存の姿・エコスフィア―


今から30年ほど前、テキサス州・ヒューストン大学の宇宙建築学部創設を支援したことがある。当時は「夢」と思われたが、現在の米露宇宙ステーションのドッキング等を見ると、この学部の果たした役割は大きく、宇宙飛行さえも派出して、今では有名学部となった。当時、私の説得に来日されたラリー・ベル(Larry Bell)博士より頂いた贈り物が、この「エコスフィア」である。

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「エコスフィア」(Ecosphere)はガラス製で、直径約10センチの密閉されたガラス玉の、中には空気、海水とほぼ同じ成分の人工海水、藻のほか、4匹の小エビが入っており、毎日、元気に泳ぎ回っている。

説明書には、NASA(米航空宇宙局)のジェット推進研究所が、人間が将来、宇宙で長く暮らすためのスペースコロニーの研究を進める中で生み出された「動物と植物が完全にバランスをとった世界」と記されている。

1日6時間程度、蛍光灯の光に当てると、藻は光合成によって繁殖し酸素を作る。エビは藻を食べ酸素も吸収する。エビが排出する二酸化炭素や排泄物(定期的な脱皮も含む)を微生物(プランクトン)が分解し藻を存続させる。この循環で成り立っており、水を替えたり餌を与える必要は全くないようだ。

AMAZONのサイトで案内を見ると、エビはハワイ産の「オパエウラ」。水温を15〜25度に保つ必要があり@強い日光などに当てると藻が成長しすぎ球体の中の生態系のバランスが崩れるA乱暴に動かしたりすると、地球で言う大地震と同様、エビの生死に関わるなどの警告も付されている。うまくいけば、エビの寿命が尽きるまでということだろうか、3〜5年も生きるという。

値段も1〜2万円のようで、“宣伝”するつもりは全くないが、仕事机の上に置き、日々眺めるうち、小さなガラスの水族館ともいえる球体の中に、これこそ動物と植物、あるいは海や地球と生物が共存する姿を感じ、あえてその“感動”を本ブログに書き残すことにした。

「日中平和友好条約40周年」―日本財団関係の歴史― [2018年09月10日(Mon)]
「日中平和友好条約40周年」
―日本財団関係の歴史―


日・中関係は、熱暑のせいで急速に雪解けしたのか、良好な方向に進み始めた。

筆者は「熱烈歓迎」「一衣帯水」「子々孫々までの日・中友好」などの言葉の問題ではなく、日・中は地政学的に離れ難い関係にある以上、常に何らかの政治的問題が発生することは避けられないと考えている。ただ、約2000年もの長きに亘り日・中関係がほぼ良好に推移してきたのは、世界史的に唯一の例である。

かつて江沢民が日・中は「歴史を鑑として未来に進もう」と発言された折、筆者は反論した。この言葉の中には近代史における日・中戦争を強く意識し、「日本は常に中国に多大な迷惑をかけてきた。反省しろ」との意味が含まれる。筆者は「2000年の歴史を鑑として未来に進もう」と「2000年の歴史」という長いスパンで日・中が理解することが未来志向への共通の基盤にあると考えたからだ。

日本財団及び関連団体の笹川平和財団、笹川記念保健協力財団、東京財団、日本科学協会等は、天安門事件当時の貧しい中国から今日まで、民間の立場からさまざまな相互理解のための活動を行ってきた。

30年続く中国医学生の来日プログラムは、既に3,000人を超える優秀な医者を養成した。北京大学を中心に有名10大学に設置した奨学金制度の修士・博士課程の卒業生は9,000人を突破、中国初の国際関係学院を北京大学内に設置、100大学が参加する日本を知るクイズ大会、65万人が学ぶ日本語学生に400万冊の図書寄贈と日本教科書の作成、人民解放軍と自衛隊の交流、国有企業の民営化へのプロセス指導、日本を知る100冊の中国語版出版、中国からの指導者の来日プログラムは累計約1万人を越える。

思い出すままに書き並べてみた。両国の違いを認め、お互いが相手国をよく知る努力を民間として行ってきたと自負している。日・中・国交回復後40年を迎え、今後の両国関係は「山高ければ谷深し」の喩えもあるように、政治、経済、安全保障等々、さまざまな問題が惹起することが予想されるが、日・中の未来志向の関係には、可能な限り山を低くする努力が必要ではないだろうか。

笹川良一ヤングリーダー奨学基金中国プロジェクトは今年で25周年を迎え、北京、南京、吉林、復旦、蘭州の各大学を訪問。来年は中山、内モンゴル、新疆(しんきょう)、重慶、雲南の各大学で祝賀式典を開催する予定である。

今回の訪問では多くの中国メディアが報道してくれた。ここに「人民中国」の日本語版があるので掲載したい。

中に秘話が一つある。

天安門事件が勃発し、西側の経済制裁を受け中国の経済が崩壊する危険性がある中、楊尚昆国家主席から人民大会堂での会談の中で、「日本の努力と協力で、何とか西側の経済制裁を解除して欲しい」との要請を受けた。竹下登先生をはじめとした日本政府の努力で、ヒューストンサミットにおいて海部首相(当時)の提案で西側制裁が解除され、日本は即、第三次円借款7,600億円を実施。これをきっかけに中国の驚異的な経済発展が実現したことを忘れないでいで欲しいものである。

以下「人民中国」のインタビュー記事です。

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「たった一人の夏休み」―孤独の楽しみ― [2018年09月07日(Fri)]
「たった一人の夏休み」
―孤独の楽しみ―


今年の8月の夏休みは、星野秘書の配慮で富士山麓の山荘に例年より長く滞在した。と言っても、例の現・元総理の来客や日本財団と関連団体との懇親会もあり、「目配り、気配り、心配り」で準備に相当時間を取られてしまった。

それでも趣味の草取りには延べ60時間余りは没頭でき、たった一日ではあるが、老妻も不在でたった一人の孤独な生活も満喫した。

しかし生来無精な私は、一人では食事もままならない。老妻が用意した電子レンジを利用したカレー、赤飯、それにインスタントラーメンのみの食事であったが、何とか電子レンジの使用を覚え、三食にありついた。

趣味の草取りは、早朝5時には庭に出て格闘を開始。小さな草一本一本を丁寧に引き抜く。時には四つん這いになって、一本の草も見逃すまいとひたすら抜き取る。腰や膝に痛みが走るが、禅の修業と心得て頑張り通す。

どんな小さな草も見逃さないぞ!.jpeg
どんな小さな草も見逃さないぞ!

草取り後を再チェック.jpeg
草取り後を再チェック


9時にはインスタントカレーで朝食をとる。時間は30分。ストレッチ体操で体を調整し、熱中症に用心してボトルに水を入れ、又庭での作業。12時30分にはインスタントーメンで昼食。1時には再度草取りへ。西日が富士山を赤く染める6時頃、一日の作業終了。

汗と泥まみれの衣服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。ペースメーカー使用で一級障害者の私は、風呂に入らずシャワーだけである。さっぱりした気分は労働の喜びであろうか。一日の労働を終えて山梨県産のワインを飲みながら読書を始めるころには鳥の鳴き声もなく、夜の静寂(しじま)となる。

「日本の近代」中央公論社、全16冊の最後の2冊を楽しみにしていたところ、ハンセン病チームの職員・伊藤京子さんが「会長、孔子の論語にハンセン病の記述があるの知っていますか」と、岩波新書の「論語」をわざわざ購入してプレゼントしてくれた。

一般的に「論語読みの論語知らず」という言葉があるが、私もその一人である。かつて読んだ記憶では、孔子が弟子の病気見舞いに窓から弟子に手をさし延べた場面は記憶にはあるが、弟子がハンセン病とは書いてなかったように思う。多分、私の記憶違いであろう。思いもかけず「論語」との格闘になってしまった。

雨が激しく振り出した。ショパンのピアノ協奏曲を聴く。ショパンと年上の作家、ジョルジュ・サンドが恋に落ち、地中海のマジョルカ島の僧院の一室で作曲したといわれる「雨だれ」は、いつ聞いても切ない思いになる。若かりし頃、妻とイタリアのベニスでショパンとジョルジュ・サンドが宿泊したホテルの同室に泊まったことを懐かしく思い出しながら、あれやこれや、時間の経つのを忘れて一人追憶に耽る。

夕食は電子レンジで「赤飯」をチンして終わり。

自転車操業のごとく、常に前だけを見て全力でペダルを踏んできた私の人生にとって、珍しく若き日への郷愁に浸ることが出来た。孤独の中に至福を頂いた夏休みでもあった。

現在、最も心を許せる息子の愛犬「ゴンタ」.jpeg
現在、最も心を許せる息子の愛犬「ゴンタ」です

「アフリカ賢人会議」―ラウンドテーブル― [2018年09月05日(Wed)]
「アフリカ賢人会議」
―ラウンドテーブル―


9月3日、北京では「中国アフリカ協力フォーラム」が始まり、「中国はアフリカに6.6兆円の支援の拠出を習近平国家主席が表明」と各紙で大きく報道された。

近年、中国のアフリカ進出は目覚しく、サブサハラ47カ国には既に100万人を超える中国人が居住しているが、中国人によるインフラ建設には現地の雇用はなく、借款金利も高く厳しい条件は「新植民地主義」との批判も急速に高まっており、今後の中国の動向が注目されている。

そんな折、日本ではアフリカにおける紛争や部族対立による地域の不安定な社会情勢解決に尽力してきた5人のアフリカの賢人に来日願い、サブサハラ47カ国が団結し、アフリカの問題はアフリカの人たちが自主的に解決するにはどうしたら良いか、議論していただいた。

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アフリカ賢人会議 安倍総理挨拶


彼らの経験を通じて得た知見を共有し、何が問題なのか、どのようにすれば解決できるか、アフリカの団結は可能か、ヨーロッパの旧植民地政策の呪縛からの解放は可能か、自国に誇りをもって平和で安定した国家建設にはどのような手法があるか、アフリカ諸国が国際社会で発言権を強化するにはどうしたらよいかなどを議論する中で、5人の賢人は等しく、長年に亘り静かで質の高い日本の支援を高く評価され、今後の日本の役割に大きな期待を表明された。旧宗主国の高圧的な態度には大きな不満もあるようで、今回のように、現代アフリカが抱える問題を腹蔵なく開陳する機会は初めてだと、熱のこもった話を聞くことができた。

今回のアフリカ賢人会議は外務省と日本財団の共催で行われたが、官邸もこのラウンドテーブルに注目し、安倍総理も冒頭挨拶と赤坂迎賓館和風別館での夕食会を主催して下さった。

安倍総理主催の晩餐会 赤坂迎賓館和風別館.JPG
安倍総理主催の晩餐会
赤坂迎賓館和風別館


この会議の発案は岡村善文アフリカ開発会議担当大使であるが、日本財団はアフリカの貧農に対する農業指導と6.000人を超える農業指導者養成を笹川アフリカ協会を通じて30年間共に汗をかいてきたこともあり、親交あるオバサンジョ元ナイジェリア大統領やベナンのソグロ元大統領、そして20年間交流が続いているモザンビークのチサノ元大統領がコアメンバーになった関係で、アフリカ議員連盟を創設した森喜朗元総理
と共に私も日本側のメンバーとして参加した。

議論の総括は、いずれ岡村大使がシサノ元大統領と協議の上、文書化される予定であるが、長旅の疲れも忘れて、8月30日はコーヒーブレイクもなく3時間半、土曜日の31日は午前中、熱のこもった会議となった。この結果をふまえ、今後より現実的な対応の一端を日本が担うわけで、その責任は重く、賢人たちの期待も大きい。

中国の巨大支援と異なる日本流の支援は、アフリカの諸問題を自主的に解決したいという賢人の強い要望にどう対応していくのか、大きな宿題を頂いたことになる。

※アフリカ賢人会議コアグループ
 シサノ元大統領          モザンビーク
 オバサンジョ元大統領       ナイジェリア 
 ソグロ元大統領          ベナン
 ムベキ元大統領          南アフリカ
 ムカパ元大統領          ダンザニア 
 森 喜朗元総理          日本
 笹川陽平日本財団会長
 岡本善文アフリカ開発会議担当大使

右から.JPG
右から、河野外務大臣、タンザニア・ムカパ元大統領、森喜朗元総理
モザンビーク・シサノ元大統領、安倍総理、ベナン・ソグロ元大統領
南アフリカ・ムベキ元大統領、ナイジェリア・オバサンジョ元大統領、笹川陽平

「有名人の災害寄付」―松井秀喜、本田圭佑― [2018年09月03日(Mon)]
「有名人の災害寄付」
―松井秀喜、本田圭佑―


寄付文化の醸成が我が国にとって重要な課題であることは、識者が常に指摘しているところである。

以前にも書いたが、所得当たりの寄付額が世界一なのはアジア最貧国の一つ、ミャンマーである。ただし、ほとんどは仏教寺院への寄付であり、驚きと同時に少々、残念な気もする。

東日本大震災の折に、日本はもとより世界中から寄付金が寄せられたのは記憶に新しい。芸能人やスポーツ選手からも随分、寄付が寄せられたが、当時はほとんどが匿名だった。寄付者が同僚などから「一人でいい格好をして」とか、業界、ひいてはメディアから「売名行為」と言われるのを恐れた結果である。

海外では、芸能人やスポーツ選手が率先して寄付をするのが常態化しており、これが寄付に対する一般市民の気持ちを刺激し、寄付文化が充実する結果につながっている。

わが国でも、何とか芸能人やスポーツ選手から実名で寄付をいただき、寄付文化醸成の一助になってほしいと念願していたところ、巨人、ヤンキースで活躍した松井秀喜さんとサッカーの超有名選手の本田圭佑さんから西日本豪雨災害に対し、実名で寄付を日本財団にいただいた。

寄付が匿名から実名に変わったのは画期的なことで、筆者の夢の一部が実現したとの思いを強くする。これを機会に「一人でいい格好をして」とか「売名行為」などといった考えを改め、スポーツ選手、芸能人等、有名人といわれる人の寄付行為が、金額を公表するか否かは別として、広く一般に報道されることは日本の寄付文化醸成に大きな影響力を持ち、国民の寄付への大きな啓蒙活動の役割を果たしてくれる。災害はもとより、さまざまな社会課題の解決に、国民の善意の寄付が拡大することを願っている。

日本財団では間接経費を一切頂くことなく、全額を被災地の復興支援活動に活用している。筆者は毎日、朝7時15分から9時まで寄付者への礼状にサインと感謝の添え書きをするのを日課としており、寄付者の増加を誠にありがたいことと実感し、感謝、感謝の毎日である。
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