「インドでのハンセン病制圧活動」
―マディヤ・プラデーシュ州とサラン氏―
マディヤ・プラデーシュには2003年以来の訪問であった。
ハンセン病の制圧は勿論だが、近年、回復者の生活向上にも力を入れており、全国800ヵ所のコロニーの代表者による「インド・ナショナルフォーラム」を設立。その組織の強化も重要な仕事になってきた。
「インド・ナショナルフォーラム」の初代会長P.K.ゴパール氏が引退され、二代目会長はアンドラ・プラデーシュ州の代表である情熱家ヴァガヴァタリ・ナルサッパ氏が就任した。彼を同行し、マディア・プラデーシュ州の代表であるサラン氏と共に、シヴラジ・シン・チョウハン(Shivraj Sing Chouhan)首相に嘆願書を提出した。
首相に調査報告するサラン氏


内容は、ハンセン病回復者が集団で生活するコロニーの生活改善に関するもので、主に年金の増額、食料配給カードの発行、職業訓練の実施等である。既に
8月20日の私のブログで記したように、最貧州のビハール州で、行政府が確認しているコロニーは27ヵ所、年金は200ルピーであったが、当方の調査でコロニーは64ヵ所であるとの詳細な調査報告書と、年金の1000ルピーへの増額要求に対し2000ルピーの回答を得て今議会で承認されることを報告した。
マディア・プラデーシュ州の150ルピーから1000ルピーへの増額要請は、個人的には全国統一でビハール州並みの2000ルピーにしたかったが、各州のコロニーの置かれている状況も異なり、サラン代表の嘆願書に従い1000ルピーで交渉した。
首相は就任前には国会議員を4期務めていた評判の高い政治家である。担当部署が掌握しているコロニー数はたったの10ヵ所だが、当方の調査結果では34ヵ所、1459世帯、3761人であるとの調査報告書も添えて嘆願書を提出した。最重要の年金月額150ルピーを1000ルピーへの増額要請について、首相は実施すると即答された。
会見後、サランに「よかったね」とねぎらいの言葉をかけたところ、「文書で回答をもらうまでは信用できない」とにべもなく言い放った。今までも再三再四の嘆願を無視され続けてきただけに、彼の心情は痛いほどわかる。「私はビハール州には何回も足を運んで実現できた。ここにも何回でも来るよ。共にみんなのために頑張ろう」と話したらようやく微笑を浮かべてくれた。
州の独立した行政機関である人権委員会では「何でもっと早く陳情にこなかったのだ。ここは州政府に、勧告だけでなく場合によっては実施させる権限もあるのだ。これからも遠慮なく利用してほしい」と激励された。帰り道、サランは「行きたくとも交通費がなくて行けなかったんです」とぽつりと言った。
翌日サランの案内でマガスプール・コロニーを訪れた。彼は松葉杖であった。昨日は大役のため、足に合わない義足を付けて痛みを堪えていたとは知らなかった。

松葉杖で現れたサラン氏にビックリ
コロニーでは「ササカワ・インド・ハンセン病財団」からの小額融資を受けて水牛を育て、ミルクを売る事業を視察した。薄暗い粗末な牛小屋には、一つしかないであろう古びた扇風機が回っていて、牛をいかに大切に扱っているか一目瞭然であった。サランに「君は財団からの支援で何かやらないのか」と聞いたところ「私は最後です。役得と思われたくないのでね」。頭のいい、あくまでも謙虚な男である。
今回のインド訪問中、駐在して活躍している日本財団職員の粟津知佳子より、「会長!! これからはコロニー訪問で見舞金を渡すのをやめて下さい。貰わないコロニーでは不満があるし、貰ったコロニーでも代表者が俺が貰ったと強弁する人もいて、問題になっていますから」との忠告を受けた。
いまでも物乞いで生活の多くを支えているコロニーの人たちが、私が訪れるというので歓迎の花飾りを買い、飲み物を買い、準備してくれた費用を彼等の生活費から出させるのは忍びなく、規模に応じて4万から多くて8万の見舞金を全員の前で激励の挨拶後に渡していた。しかし、歓迎式典のないコロニーでは見舞金を渡さなかったことも事実であった。
ささやかな感謝の気持ちも受け取る側によっては大きな波紋を呼ぶことになってしまう。粟津の忠告に従うことは当然としても、私の主義である目配り、気配り、心配り、感謝の気持ちも場合によっては害になることを知らされた。
サランほどの能力があれば、ササカワ・インド・ハンセン病財団から小額融資を受けて事業も出来るだろうに、「自分は最後だ」と言って、週に一度、密かに「物乞い」に出かけ、その金で34ヵ所のコロニーを束ね、組織の団結のために奉仕しているのである。
かつて、笹川良一は「巣鴨日記」の中で、昨日まで大臣だ大将だと威張っていた人たちが、巣鴨刑務所の風呂場で石鹸を取り合い、飯の量を多くしてくれと頼み込む姿を見て絶望したという。
「志」の高さは学歴でも貧富でもなければ役職によるのでもない。個々人の心に宿るものであることを、物乞いをしながら人々に奉仕するサランに教えられた。