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笹川陽平ブログ(日本財団会長)

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「ミャンマー停戦に関する談話」―日本政府代表として― [2018年02月15日(Thu)]
「ミャンマー停戦に関する談話」
―日本政府代表として―


私がミャンマー国民和解担当日本政府代表を拝命して5年になります。その間、ミャンマー政府、ミャンマー国軍と15の少数民族武装勢力との停戦交渉実現のためにタイ、ミャンマーを訪れたのは66回になりました。

今回、最も強硬派の新モン州党が停戦に署名しました。この5年間の交渉過程を考えると、誠に感慨深いものがあります。

以下、外務省からの談話と日本財団としてのステイトメントを掲載しました。

*****************

ミャンマー政府と少数民族勢力との停戦合意署名について
笹川陽平ミャンマー国民和解担当日本政府代表談話
(外務省からの発表)

平成30年2月13日

1 ミャンマー停戦協議において、ミャンマー政府とミャンマー少数民族武装勢力のうち新モン州党(NMSP)及びラフ民主同盟(LDU)が2018年2月13日に全土停戦合意文書(NCA)に署名したことを心から歓迎いたします。

2 ミャンマー政府は2011年より少数民族武装勢力と和平協議を行い、2015年10月15日にはカレン民族同盟(KNU)を始めとする8つ武装勢力と停戦合意に至っています。以来2年余、ミャンマー政府と停戦合意に至っていない少数民族武装勢力の双方が対話を継続し、信頼を深め、新たに2つの武装勢力が停戦合意に至ったことに心から敬意を表します。

3 前回の停戦合意に引き続き、この度の歴史的停戦合意の場に、国際社会からの証人として、日本政府を代表し、署名しました。

4 最初の停戦合意時の国際社会からの証人として、そしてミャンマー国民和解担当日本政府代表として、私はミャンマー政府と少数民族武装勢力の双方の信頼構築のため、両者に寄り添いながら対話を促進することに全力を尽くしてきました。また、停戦協議の当事者のみならず、和平を願うミャンマーの政治家、学識者、宗教関係者、市民活動団体、外交団そして既に停戦合意した武装勢力のリーダーとも対話をして、関係者の御協力御支援を得ながら、停戦合意に向けた環境作りに注力してきました。

5 日本政府は、先に停戦合意署名した武装勢力の住民や帰還民たちが安心して帰還・生活ができるようなコミュニティの復興に支援を行ってきています。日本の国際協力NGOとの連携の下、既にカレン州を中心に住居、学校、病院、橋や井戸の建設やソーラーパネルの設置事業を実施され、多くの帰還民が停戦の恩恵を享受しています。

6 今回の合意が少数民族を含むミャンマー全体の平和と安定そして発展につながることはもちろん、今もなお苦しい生活を余儀なくされている多くの住民達が安心して暮らせるようになることを強く期待しています。

7 ミャンマーの歴史的和平プロセスの国際社会からの証人としての重責を改めて認識し、日本政府が推進する国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の下、今後とも、国際社会と連携しながら、ミャンマーの和平プロセスの前進のために、引き続き最大限の支援を行っていきます。

*****************

ミャンマー停戦協定合意に関するステイトメント
日本財団 会長 笹川陽平

2018年2月13日


1. ミャンマー国民和解担当日本政府代表としてミャンマー停戦協議において、ミャンマー政府とミャンマー少数民族武装勢力のうち新モン州党(NMSP)及びラフ民主同盟(LDU)が2018年2月13日に全国停戦合意文書(NCA)に署名し、私も証人として署名しました。

2. ミャンマー政府は2011年より少数民族武装勢力と和平協議を行い、2015年10月15日にはカレン民族同盟(KNU)を始めとする8つの武装勢力と停戦合意に至っています。以来2年余、私はミャンマー政府と停戦合意に至っていない少数民族武装勢力の双方が対話を継続し合意に至るよう精力的に活動してきました。この度、NMSP及びLDUの2つの武装勢力が停戦合意に至りました。

3. 残る未署名グループについても合意を得ることができるよう全力をあげて今後も精力的に努力してまいります。

4. 日本財団は、これまで40年間にわたりミャンマー国民の福祉向上のために数多くの支援活動を実施してきました。医療、教育、農業、障害者支援といった分野、紛争被害者に対する人道支援活動にも力を入れています。特に2015年に停戦合意署名した武装勢力地域の紛争被害者や帰還民に対しては、2016年3月より日本政府の資金によりカレン州を中心とした20以上の場所で日本の国際協力NGOとの連携の下、既に1,000戸以上の住居建設をはじめ、ソーラーパネルの設置、学校、病院、橋や井戸の建設等が実施され、既に多くの紛争被害者や帰還民が停戦の恩恵を享受しています。日本財団はミャンマーの恒久和平のために更なる協力をしていく所存です。


2月5日(月) [2018年02月05日(Mon)]
2月5日(月)

5:00 中国・上海着

7:00 上海発

9:30 北京着

11:00 ホテル着

11:30 関係者との昼食

17:00 日中佐官級交流事業について
    中国人民解放軍中央軍事委員会国際合作弁公室の胡昌明主任(少将)との会談

胡昌明主任(少将).JPG
胡昌明主任(少将)


18:30 日中佐官級交流事業についての記者発表

在北京日本メディア記者発表.JPG
在北京日本メディア記者発表


19:30 関係者との夕食
「複合災害の恐れ」―災害大国日本― [2018年01月26日(Fri)]
「複合災害の恐れ」
―災害大国日本―


1月22日の大雪(積雪23cm)の日の夕方、赤坂、永田町周辺を通ると、冬用のタイヤやチェーンを用意してなかったのか、緩い坂道を登り切れない車が多く、後続の車が列を作り大混乱していた。

鉄道ダイヤは乱れ、高速道路は3日間も通行止めで、毎度のことながら災害に対する大都市のひ弱さが目につく。加えて翌23日には群馬県・草津白根山の本白根山が噴火、噴石で地元のスキー場で訓練していた自衛隊員1人が死亡、11人が負傷したとのニュースが飛び込んできた。

我国には111の活火山があり、首都直下型地震や南海トラフ大地震がいつ起きてもおかしくない。最近は富士山の噴火を予測する記事さえ、雑誌やWebでしばしば目にする。一連のニュースを見ながら、この国が災害多発国であり、誰もが災害とともに生きていかなければならない宿命にあることをつくづく実感する。

私は昨年11月30日付の産経新聞「正論」で「災害対策の基本は『自助』にあり」と書いた。大災害、時には大規模な複合災害が予測される中、最後に自分を守るのは自分しかいないという心構えの必要性を訴えたつもりだ。

あの大雪の中で大地震が発生したら?
台風通過時に大地震が発生したら?

私は昭和20年3月10日の東京大空襲の生き残りである。10万人余りが死亡、負傷者数十万人、東京中焼け野原で焼失家屋数は不明の生き地獄であった。それを思うと、今から対処する方法を個人個人が考えておく必要を痛感する。

災害対策ではしばしば「帰宅難民」が問題となっているが、複合災害では帰宅などできるわけもなく、会社に泊まるなど「自分で自分を守る」手立てをしっかり考えておくべきだろう。

大規模災害、ましてや複合災害が発生したら、行政の対応はほとんど無力である。個々人のサバイバル意識が高まっているのであれば幸いだが、水や非常食など災害の備えをする家庭が近年、大幅に減っているとの気になる調査結果もある。

「災害は忘れた頃にやってくる」
昔からの格言である。
しかし「備えあれば憂いなし」

今一度、災害対策の原点である「自助」の精神を確認しようではないか。

「勲章・褒章制度」―紺綬褒章― [2017年12月20日(Wed)]
「勲章・褒章制度」
―紺綬褒章―


勲章・褒章(褒章)制度は憲法の定める栄典です。勲章がその人の生涯を通じての功績を総合的に判断して授与されますが、褒章は、特定の表彰されるべき業績があればその都度授与されるという違いがあります。勲章・褒章の候補者は、各省庁の長が内閣総理大臣に推薦状を提出して決定されます。

勲章制度は春、秋に発表されご存知の方も多いので、ここでは褒章制度について説明します。

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紺綬褒章は、内閣府より認定された公益団体に対し、個人500万円以上、企業・団体1,000万円以上の寄附者を当該公益団体が省庁へ褒章の申請を行い、寄附者に交付されることになっています。また、複数回の方には飾板(金)や木杯も提供されます。

2.png


日本が抱える様々な社会課題、例えば「子どもの貧困」「障害者対策」「再犯防止活動」「子どもの難病対策」「文化・芸術活動の活性化」等々の解決のためには日本における寄附文化醸成は喫緊の課題です。

皆様も寄附により、社会課題の解決に寄与することを考えてみては如何でしょうか。

9月25日(月)・9月26日(火) [2017年09月26日(Tue)]
9月25日(月)

7:00 朝食

9:00 大統領府へ出発

10:00 エセベジ・カイッド・エセブシ(Mr. Beji Caid Essebsi)大統領面談

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世界3番目に高齢のエセブシ大統領(90歳!)と


12:50 モハメッッド・トラベルシ(Mr. Mohamed Trabelsi)社会福祉大臣面談

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トラベルシ社会福祉大臣


14:00 チュジニア労働総同盟 アッバースィー(Mr. Hassine Abassi)事務総長面談

Bチュジニア労働総同盟アッバースィー事務総長.JPG
アッバースィー事務総長


14:50 空港着

16.30 チュニス発

20:30 パリ着(空港待機約2時間)

23:30 パリ発


9月26日(火)

18:30 羽田着
9月20日(水) [2017年09月20日(Wed)]
9月20日(水)

8:00 英国王立国際問題研究所のデイヴィッド・ヘイマン上席研究員と朝食ミーティング

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ヘイマン氏と


11:00 ホテル発

12:00 ケンブリッジコテージ キュー・ガーデン(Kew Gardens)着

12:15 昼食

13:00 ミャンマー情勢についてレクチャー

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ミャンマー情勢についてレクチャー


13:45 第32回グレイト・ブリテン・ササカワ財団年次総会

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年次総会に出席

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ジョン・ボイド氏と久しぶりの再会

Dグレイト・ブリテン・ササカワ財団の理事たちと.JPG
グレイト・ブリテン・ササカワ財団の理事たちと


15:00 キュー・ガーデン見学

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広大な敷地のキュー・ガーデンは鳥たちにとっても憩いの場

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大きな大きな木の下で♪

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サボテンにも色々な種類があって興味深い

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4ヶ月でここまで育つという不思議な植物に圧倒!


19:00 キュー王宮(Kew Palace)で夕食会

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王宮で夕食会


22:30 ホテル着

「東日本大震災と絆」―神社こそ絆の原点― [2015年05月11日(Mon)]
「東日本大震災と絆」
―神社こそ絆の原点―


東日本大震災から4年が経過した。現地はまだまだ復興途上である。

大震災発生直後のメディアのキ−ワードは『絆』であった。「日本人としての絆」「被災者との絆を大切に」等々、多くのボランティアが被災者との絆を求めて復興支援に参加し、活動した。再三ご報告しているように、日本財団も多種多様な支援活動に取り組んできた。

絆とはなんだろうか? 辞書によると「断つにしのびない恩愛、離れがたい情実」とある。

私は絆の原点は神社にあると考えている。なぜならば、氏子たちは、古代から氏神に守られ、五穀豊穣に感謝して神に感謝の祭りを捧げてきた。被災地でも獅子祭の獅子踊りや太鼓、笛などを、爺、婆が孫の世代に教え、伝統を代々引き継ぐ中で、祭りの役割分担を決め、一致協力することでコミュニティーの結束を固めてきた。

日本財団では、鎮守の森がある神社こそ被災地の絆の原点と考え、祭りに使用する道具を180団体に、鎮守の森を復活させるための植樹を20カ所で、被災地の人々やボランティアの協力で行ってきた。社(やしろ)は流失、破壊されたが、被災者の皆さんには植樹した木々の成長を見守りながら、心の故郷である鎮守の森に思いを馳せていただきたく思う。

流出・崩壊した社(やしろ)は145カ所に上る。最近は、全国的に宮司が不足し、一人で20カ所もの神社を管理する宮司さんもいると聞く。神社はその氏子の寄進で成り立っており、全国的に運営が困難になりつつある。特に被災地では、氏子が仮設住宅や県外に移住した神社も多く、運営が一層困難になりつつある。

そうした中で宮城県石巻市雄勝町の葉山神社は、千葉秀司宮司の努力で社殿が再建された。この神社は雄勝法師神楽(国指定重要無形民俗文化財)の奉納で知られ、雄勝、女川地区にある18の神社の中核的存在でもある。

日本財団は1億4137万5000円を拠出して協力し、3月28日、無事、上棟記念奉祝祭が行われ氏子ら約500人が集まった。亀山紘市長も、震災後、これほど多くの町民が一度に集まったのは初めてと驚き、神楽の奉納をはじめ屋台の出店もあって、にぎやかな祭りとなった。

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沢山の人が集まり散餅・散銭の儀が行われた


姉妹財団である日本音楽財団がロンドンで売却したヴァイオリン「ストラディヴァリウス・レディ・ブラント」の代金11億6800万円も、日本財団・枡方瑞恵の努力によって、全額、伝統文化の復興のために活用された。

被災地の復興は、ともすれば住宅建設や道路、港湾の整備事業などに集中しがちだが、被災者にとって本当の復興は、何よりも心のケア、心の復興であり、日本財団も引き続き被災地復興に貢献したいと考えている。
「ハンセン病回復者の天皇皇后両陛下 謁見」―外国人回復者の感激― [2015年02月16日(Mon)]
「ハンセン病回復者の天皇皇后両陛下 謁見」
―外国人回復者の感激―


1月27日、日本財団と国際看護師協会が共催したハンセン病患者・回復者とその家族への差別撤廃の世界宣言「グローバル・アピール」は、安倍首相、令夫人のご出席を得て東京から発表されたことは既に述べた。

発表翌日の28日、天皇皇后両陛下は、当方2名とハンセン病回復者8名を御所にお招き下さった。

8名の回復者が二手に分かれて並び、天皇陛下と皇后陛下がそれぞれ別々に4人ずつとお話しをされ、その後、場所を交代されて全ての回復者にお声をかけて下さった。

私は、一人ひとりの手を握られ、肩を寄せ合うようにお話しされている姿を目にし、涙を禁じ得なかった。最後に「今なお病気は勿論のこと、差別に苦しんでおられる方々の指導者として活躍していただき、皆さんの生活がより良くなることを願っています」とのお言葉を頂戴した。

予定時間の15分を大幅に超えた謁見は40分にも及んだ。出席者全員が、このようなお立場の方から愛情深く心やさしく接していただき、励ましのお言葉まで頂いたことに、彼らがそれぞれの国でおかれている立場を考えると、「本当に夢を見ているようだった」と、感激を興奮した口調で口々に語ってくれた。

以下は、謁見後の記者会見での彼らの主な発言要旨です。

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★全国ハンセン病療養所入所者協議会
 森 和男会長(大島青松園)
 今日、両陛下と親しく面談させていただきました。私は10年ほど前に香川県の高松で、入所者7、8名と謁見を賜りました。
 私どもの療養所は小さな島にあります。大きな船は接岸できませんので、陛下の船は沖合に泊められ、20分ほど、入所者や職員200名余がお見送りしたことを、陛下は覚えていて下さいました。
 両陛下にお会い出来ましたことは、全国の療養所の入所者たちも喜んでいると思います。

★インド・ハンセン病回復者協会
 ヴァガヴァサリ・ナルサッパ会長
 家族からも、そして社会の人々からも手を握ってもらえない私ですが、今日はこのように両陛下が親しく握手をして下さいました。その瞬間に、私は自分がハンセン病を患い、いろいろな苦労をしてきたことを忘れました。苦しみがすっと消えました。ほんとうに忘れられない経験を、今日はいたしました。
 今日の御所での両陛下への謁見、これをメディアの皆様方から世界中に発信していただき、stigmaというものは如何なるものかということを正しく伝えていただく機会にもなったのではないかと思いますので、どうぞご協力をよろしくお願いいたします。

★クリスティ・レーン・イバルダローサ(看護師)
 私は、かつてハンセン病の島といわれたフィリピンのクリオン島から来ました。今日は、本当にこのような地位の高い方にお会いできたことを心から嬉しく思っております。私の国の大統領も、まだ天皇皇后両陛下にはお会いしていないのではないかと思います。私は非常に緊張いたしました。でも、天皇皇后両陛下が私のところに来てくださり、そしてお話をしてくださった時に、その緊張が全て解けてしまいました。なぜならば、両陛下ともお優しく、本当に心から私の言葉を聞いてくださったということで、私は嬉しく、また感激をいたしております。
 私は今回、本当に両陛下にお会い出来るということは、信じられませんでした。最初に、皇后さまが私のところに来てくださって握手をしてくださいました。私はフィリピンで看護師をしておりますと話しましたら、頑張ってねと、優しくお言葉をいただきました。また、天皇陛下にも握手をしていただき、私自身6歳の時にハンセン病に罹りましたけれど、早期治療で完治いたしましたとお話をさせていただきましたら、おじいさんは元気?と優しくお言葉をかけていただきまして、祖父は元気でフィリピンの療養所で暮らしているとお答えしました。

★ホセ・ラミレス
 アメリカのヒューストンから参りました。今日私が経験したことは、私がハンセン病と診断された時の、本当に全く逆のことでございました。私はハンセン病と診断された時、もう、生きた人間としては扱われず、教会で最期の祝福までしてもらい、そして療養所に入りました。しかし今日、両陛下にお目にかかれて、私は復活いたしました。両陛下が私に対して扉を開けて下さいました。それは何かと言いますと、差別をするstigmaの世界から、私だけでなく、私と同じ病気で苦しむ人たちのために、これからはその差別をなくして、新しい世界に飛び立っていくんだよというお言葉というか、お気持ちをいただきました。
 皇居を出る時、私の眼は涙でいっぱいで、本当に私は、特別な感激、感情を胸に抱いておりました。診断された時は、生きる屍同然であったわけですけれども、今、私は生きた人間としてハンセン病を考える、ハンセン病の回復者と共に新たな世界を作り上げていくことが、今日、私の経験したことでございます。
 両陛下に御礼を申し上げるとともに、日本財団の笹川会長にも、心から御礼を申し上げたいと思います。
 両陛下は握手をしながら、私の目を直接見てくださった。そして、テキサスのこともよくご存じで、一度テキサスに行きたいなぁとおっしゃっていただきました。皇后陛下は、私の母のこと、妻のことも聞いてくださいました。ハンセン病の世界の中での女性の役割というものを、よくよくご存じでいらしたようでございます。また、天皇陛下には治療薬のお話もさせていただきました。私がとても嬉しかったのは、天皇陛下が、このstigmaの意味についてよく理解していらしたということを、陛下のお言葉から読みとった時でございます。
 また、お二方が退出されるときに気がついたのは、皇后陛下がそっと天皇陛下に寄り添って、手を添えられて退出されたことでした。それは、本当に陛下に対しての皇后さまの愛情であると思います。
*ホセ・ラミレスは、体調が悪くて病院に行く時、救急車ではなく霊柩車で運ばれた経験があります。

★グントレッディ・ベヌゴパール(インド)
 素晴らしい経験でございました。まだまだ信じられない、まだまだ夢のように感じております。私どもハンセン病回復者が、グローバル・アピール、そしてシンポジウムに参加するために、日本にお招きいただいていたのですけれども、このように両陛下に謁見できるということは、本当に夢ではないかと思っております。
 まず最初に皇后さまにお会いいたしました。その時に、皇后さまは手を差し伸べてくださって、握手をしていただきましたが、こういう普通の距離をおいてではなく、隣りに寄り添って握手をして下さいましたことが、どんな時よりも素晴らしい経験でございました。
 私のことについてもご質問してくださいました。36年前に私はハンセン病に罹りまして、今は結婚して3人の子どもに恵まれております。子どもたちは教育も受け、仕事にも就き、一人はインドの役所に就職しております。
 続いて、天皇陛下にからは、どのような活動をしているのかというご質問をいただきました。私は笹川会長のご支援のもとに、いろいろ回復者のために活動している話とか、経済的には自立ができるようになってきたこと、差別、そしてstigmaも減少してきたというお答えをいたしました。

★パウルス(インドネシア)
 私は天皇陛下からいただいたご質問に、大変、感動いたしました。天皇陛下はインドネシアには島が多くあることをご存じでいらっしゃって、たくさんある島の中で、どのように皆さんがハンセン病のことについて教育活動を行っているのか。どのように今までやってこられたかについてのご質問で、そこまで考えていただいていることを大変嬉しく思います。
 私たちは、まだ今、苦しい状況の中で、インドネシアにおける差別に対して闘わなければいけません。今回のイベントを通じて、ここで学んだことは、政府、様々な機関からの支えがあることが、とても大事だと思います。インドネシアにおけるstigmaの差別をなくしていきたいと思います。
 皇后陛下からもお言葉をいただきました。皇后陛下は、インドネシアに2回来られたとおっしゃっていました。そのせいか、インドネシア人に対してはとても近い距離を感じているとおっしゃっておられましたので、私にそういうお言葉をいただいて、私自身、とても自信を持つことができました。その自信を持って、自分の国で、もう一度心を強くして、これからも活動してまいりたいと思います。
「ミャンマー出張」 [2015年01月30日(Fri)]
「ミャンマー出張」


2月2日(月)よりミャンマーに出張いたします。

ハンセン病の患者・回復者とその家族への差別撤廃を訴える世界宣言は、安倍首相、令夫人もご出席下さり、成功裏に終わりました。

既に報道されたました通り、28日、世界から参加したハンセン病回復者は、天皇皇后両陛下の心温まる愛情あふれる謁見に、感激ひとしおのものがございました。インドの回復者代表ナルサッパ氏は、「親族でも障害のある私の手には触れることがなかったのに、温かい御手で握手してくれました」と、涙ぐんでおりました。

ハンセン病関係の活動は、今夕の「文芸で見るハンセン病」で一段落しますので、月曜日から一泊でミャンマーに飛びます。

60年以上も続いた内戦を終結させるには、行きつ戻りつ、それでも少しでも前に進めるよう信頼関係を築く努力を続ける以外道はないと信じ、粘り強く努力しております。

帰国は4日朝の予定です。
「災害復興支援に300億円基金」―皆さまのご協力を!!― [2014年03月11日(Tue)]
災害復興支援に300億円基金」
―皆さまのご協力を!!―


日本財団は300億円の災害復興支援特別基金を設置することにしました。

東日本大震災により国民の防災に関する関心は一段と高まり、今後起こりうる首都直下型地震や南海トラフ巨大地震への対策は、日本にとって重要な課題となっています。

災害の対応について、国、自治体の果たすべき役割が非常に重要であることはご承知の通りです。しかし、東日本大震災では被害が深刻かつ広域にわたり、さらに、支援の中心的な担い手であるはずの自治体が被災してしまうなど、支援活動は困難を極めました。

被害の甚大さに加えて避難生活が長期に及んだこともあり、次々に様々な課題が生まれ、支援のニーズは複雑かつ多岐にわたりました。そこで重要な役割を果たしたのがNPO、企業、ボランティアの方々です。あらゆるニーズに対し、専門性を持ったNPOは勿論、全国から何かの役に立ちたいと集まったボランティアが支援にあたりました。大変厳しい状況にあったにも関わらず、被災者のためにそれぞれ全力を尽くしました。

例えば、日本財団との連携で「聴覚障害者への手話通訳支援」、「妊産婦のケア」、「臨時災害放送局の設置」、「MPO651団体の派遣協力」、「学生ボランティア約7,000名派遣」等々、その活動は多岐にわたり、現在も「漁業の復興」、「子供の教育」、「祭りの復興」その他多くの活動を展開中であります。

しかし、平時から災害で起こりうる様々な仕事を想定して準備をしておけばより迅速に効果的な活動ができ、もっと多くの被災者を支えることができたのではと反省しております。

日本財団は災害支援を活動の大きな柱としており、阪神・淡路大震災以降、東日本大震災を含め計40回の災害支援を行ってきました。2012年には次の災害に備えるための検討委員会を立ち上げ、これまでの経験を参考にしながら議論を重ねております。

この300億円の災害復興支援特別基金は、毎年50億円、6年間で積み立てる予定ですが、災害は明日発生するも知れません。300億円は緊急性に鑑み、予算変更して対応する準備も整えます。この基金がNPOやボランティアの迅速かつ柔軟な活動を支援し、被災地の多様なニーズに対応することで、少しでも多くの被災者を支えたいものです。より充実した支援活動を行うためにも、国民の皆様や企業からもご寄付をお願いしたいと思います。

以上が3月6日の記者会見の発表文です。

幸いNHKをはじめ、朝日、毎日、産経、東京、中日、各新聞社が報道してくれました。

**************


支援金のお願い


読者をはじめ、国民、企業、団体の皆様、将来、大地震や大水害などの災害に備えて支援金と義援金の違いにつきましては、度々このブログでも説明して参りました。

支援金は、災害発生時に活動するNPOやボランティア活動を支援するもので、「備えあれば憂いなし」。災害が発生してからの義援金のご寄付はすぐには役立ちません。是非、日本財団の300億円の災害復興支援特別基金に皆様の善意をさらに積み上げさせていただきたいのです。

支援金振り込み先

三菱東京UFJ銀行本店
普通預金 1660782
公益財団法人 日本財団

お問合せ

日本財団 03-6229-5111へ
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