国会議員の勉強会「たばこ1000円」(2008年6月11日)
毎日フォーラム「視点」
「たばこ1000円論」
2008年8月号
日本財団会長
笹川 陽平
安すぎる日本のたばこを大増税で欧米並みに
1000兆円の危機的財政赤字を考える一助にも
IT時代の情報の流れは速くて広い。今年3月、新聞紙上でたばこ一箱(20本入り)1000円への値上げを提案したところ、ネット上で広範な議論が展開され、私のブログにも膨大な数の賛否両論が寄せられている。
とかく慎重な国会でも、6月には超党派の「たばこと健康を考える議員連盟」(共同代表、中川秀直・自民党元幹事長ら7人)を立ち上がり、大幅値上げに向け前向きの検討が始まった。一方で落としどころとして1箱500円を模索する動きも出てきており、ここで改めて1000円提案を整理する。
今回、たばこ1000円をあえて提案した第一の理由は国、地方で1000兆円を超え完全に危険水域に入った財政赤字。約1400兆円の個人金融資産があるとはいえ、GDP(国内総生産)の1.5倍を超える債務残高は異常で、公的サービスが低下する一方、国民には公的負担の増加を求めざるを得ない。今後の国の形だけでなく、国民一人一人の生活設計にも影響する。
しかし事の重大性が公に語られたことはなく、国民に十分理解されているとも思えない。財政の現状や税の在り方について改めて国民に問う必要があり、そのための格好のテーマとしてたばこ増税を選んだ。とかくインナーサークルに陥りがちな党や政府の税制調査会の議論ではなく、議員立法でたばこ1000円を成立させるよう提案しているのも国会で広く議論を尽くしてもらうのが狙いだ。
困った時のたばこ増税
もちろん財源としてもたばこ税は大きい。3月に提案した時点では06年の年間消費量2700億本を基に、現在の1箱300円を1000円にした場合の税収増を国、地方のたばこ税すべて合わせ9兆5000億円と試算した。その後まとまった07年の消費量は2600億本で、それでも単純計算すれば9兆円を超える。
ただ税収を左右する値上げ後の消費量となると、3倍を超す大幅値上げだけに不透明。私は3分の1に落ち込んだ場合もなお3兆円の税収増が見込めるとしたが、日本学術会議は1000円になった場合、年間の消費量は1440億本に減るものの税収は6兆2000億円と現在より4兆円増加する、と試算している。
逆に日本たばこ産業(JT)は「大規模なたばこ離れを引き起こし、期待する増収効果は得られない」と大幅増税に反対している。現実にどの程度のたばこ離れが進むか、ふたを開けてみなければ分らない。
しかし、当面の課題である基礎年金の国庫負担金引き上げに伴う負担増2.3兆円に限れば、たばこ1本10円、1箱200円程度の値上げで、ほぼ消費税1%相当(2.4兆円)の増収が見込め確保可能ということになる。たばこ価格は最近、03年と06年に1箱20円の値上げが行われているが、前者は旧国鉄の長期債務処理、後者は児童手当の拡充が理由。文字通り「困ったときのたばこ税」として活用されてきた。
一部で浮上している1箱500円への値上げ案が、国民の反対が強い消費税増税の先送りを視野に入れているとすれば、喫緊の課題である税の在り方、財政の現状を国民に問うのは望むべくもない。中途半端な値上げは問題の本質を先送りするだけで、一層の財政悪化を招く結果ともなる。
さらに日本のたばこ文化との関係。1箱の価格は日本の平均300円に対し英国は1300円、仏780円、米国・ニューヨークでは1050円。危険性の警告表示も、外国では「喫煙は人を殺す」「喫煙者は早死にする」など過激な警告文と合わせ、のどに腫瘍ができた病人の写真などを包装に刷り込んでおり、肺気腫や脳卒中の高まる可能性を記すにとどまる国内のたばことは様相を異にする。
日本は価格、警告表示とも世界で最も寛大な国ということだ。その日本も04年には「たばこ規制枠組条約」を批准した。同条約は「たばこの消費等が健康に及ぼす悪影響から現在および将来の世代を保護する」と目的を明記し、広告・販売促進の禁止やたばこ税の引き上げを各国に求めている。現在の批准国は157カ国。大半の国がこの考えに立って脱たばこ社会の実現を目指している。
条約と法律のねじれ状態
ところが日本には、これとは別に、たばこ専売制度の廃止に伴い1984年に公布されたたばこ事業法がある。第1条の目的では「たばこ産業の健全な育成を図り、もって財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資する」とうたっている。たばこを「合法の嗜好品」とするJTの主張もこの法律が根拠。条約と事業法を並べると、「国の名で、有害なたばこ産業を育成する」ねじれた姿が浮かぶ。この点に、わが国のたばこ規制が徹底を欠く一因があるといっていい。
環境の違いはメーカーの対応にも反映し、世界でたばこ事業を展開し日本国内でも25%のシェアを持つフィリップモリスジャパンは外部向け文書に「たばこは危険で依存性があり、健康上のリスクを減らす唯一の方法は禁煙」と明記した上で「緩やかな値上げ」を提案、「増税には断固反対」とするJTと違いを見せている。
禁煙で経済効果も
とはいえ喫煙者が一方的に非難される現状には違和感もある。確かに喫煙は自らの健康だけでなく、他人に対しても受動喫煙により加害者となる。07年度、喫煙を理由に補導された青少年は60万人に上り、年間に発生する火災4万件のうち10%はたばこの不始末が原因となっている。
もろもろの経済的損失を7兆3千億円とみる医療経済研究機構の報告や4兆9000億円とする研究結果もあり、「愛煙家は既に2兆3000億円もの税貢献をしている」と言うJTの主張は説得性を欠く。仮に値上げで喫煙率が大幅に下がるのであれば、それも一つの経済効果ということになるからだ。
となると喫煙者が自己の立場を守るには、たばこの広範な悪影響を自覚したうえ、納得の上で高い税金を払うしかない。そうすれば惰性で1日何10本も吸う喫煙スタイルも変化しよう。そのためにも、たばこ値上げには強いインパクトが必要である。たばこ1000円の実現こそ、その条件を満たす。
【笹川陽平プロフィール】ささかわ・ようへい 1939年生まれ。WHOハンセン病制圧特別大使、ハンセン病人権啓発大使など多くの役職を努める。ハンセン病制圧活動がライフワーク。民間による公益活動の草分け的存在。海洋基本法の制定にも尽力した。公式ブログは
http://blog.canpan.ihfo/sasakawa/