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笹川 陽平
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「ASEAN-日本障害学生サミット」 [2018年12月27日(Thu)]
「ASEAN-日本障害学生サミット」


12月3日は国連で定められた「国際障害者デー」である。その日から2日間にわたって、日本財団に東南アジアの7カ国から計35名の多様な障害の当事者が集まった。彼らはいずれも日本財団の奨学金を受け、マレーシアのマラヤ大学、タイのチュラロンコン大学、フィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学などアジアのトップレベルの大学の公共政策大学院で学んだ方々である。

欧米と比較すると、アジアでは障害者の社会参画が進んでいるとは言い難く、政策立案者や経営者として社会の中でリーダーシップを発揮している人も少ない現状がある。今回、奨学生たちが自ら企画に参画し、ASEAN University Network-Disability and Public Policy Networkと日本財団との共催で行われた「ASEAN-日本障害学生サミット」は、アジアでリーダーとなることを目指す奨学生たちの間のつながりを深めると共に、在京の研究者や障害当事者の学生、企業との関係も構築し、アジアで障害者がリーダーシップを発揮していくためのネットワークづくりを後押しすることを目的に行われた。

イベントでは、奨学生たちによって構成される複数のグループに日本からの参加者が加わり、テクノロジーを活用して障害へ対応するための新しいプロジェクトの可能性が話し合われた。東南アジアの各国から様々なバリアを乗り越えて東京へやってきた奨学生たちは、サミット前日の深夜に到着した方も多かったと言うが、疲れも見せずに2日間にわたって熱心に議論に参加していた。奨学生たちには帰国後も国籍や障害を超えた議論を継続し、互いへのサポートと切磋琢磨を続けていただきたい。

以下、開会式での私の挨拶です。
**************

日本財団会長 笹川陽平
2018年12月3日

アーマッド教授、皆さま、本日は「ASEAN-日本障害学生サミット」に参加できることを嬉しく思います。

本日は、この場にASEAN諸国から50人を超える日本財団奨学生、卒業生、研究者および日本からの学生、研究者にお越しいただきました。私は本サミットは大変貴重な機会だと考えております。次世代の若きリーダーの皆さまが「テクノロジーによって障害を乗り越える」というテーマを議論するために集結されたからです。

私が一緒に活動している仲間には、障害の有無に関わらず、積極的に社会に貢献しているリーダーが多くいます。車椅子のエクアドル大統領、ろう者のEU議員、タイの盲人上院議員など政治的なリーダーシップを発揮している人。車椅子の日本人実業家や脳性麻痺のカナダ人投資コンサルタントなどビジネス界のリーダーもいます。彼らは、近い将来の皆さまの姿だと考えています。

彼らのような人たちが増えて、当たり前になっている社会。これが日本財団が目指すインクルーシブな社会です。

50年以上にわたり私たちが優先的に取り組んできたのは、ASEAN地域での聴覚、視覚、肢体障害者の能力開発です。

私たちは事業を通じて、できる限り多くの障害者が社会に参加できるようになることを目指しています。
   
聴覚障害者支援では、バイリンガルろう教育や手話言語学の推進を実施してきました。

視覚障害者支援では、教育と就労の機会拡大を目指し、ASEAN諸国でネットワークを構築してきました。

肢体障害者支援では約30年にわたり、カンボジア、タイ、スリランカ、インドネシア、フィリピン、ミャンマーで義肢装具士を養成してきました。

長年にわたる障害者の能力開発を支援する中で、私たちは、テクノロジーが障害者の生活を変えるということを実感してきました。

例えば、ASEAN地域で支援した現地語の点訳ソフトや読み上げソフトなどの機器は、視覚障害者の教育機会を拡大しました。そして今、急速なテクノロジーの進化によって障害者の社会参加に更なる可能性がもたらされています。

しかし、この障害分野におけるテクノロジーの可能性をさらに活かすためには、皆さまのリーダーシップが何よりも重要だと私は考えます。持続可能で効果のあるテクノロジーの活用方法を新たに生み出し、施策に反映させ世の中を変えていく。それが皆さまがリーダーとして期待されている役割です。

そのために、私たちは各国の障害者の活躍を支える当事者のリーダーを育成してきました。奨学生の数は、7カ国37名にのぼります。もちろん、その中には本日お集まりの皆さまも含まれています。

学際的なマインドと、情熱を持って行動する勇気のあるリーダー。皆さまには、ぜひ、そうしたリーダーの1人になっていただきたいと思っています。

この2日間、ASEAN地域と日本からの参加者の協力と協働によって、インクルーシブな社会を実現するためのイノベーティブでクリエイティブな新しいプロジェクトが提案されることを期待しています。そして本日のサミットで得た気付きを、皆さまの国の発展に活かしていただけることを心より期待しております。日本財団は、いつも皆さまを応援しています。

最後になりますが、AUN-DPP Network、マラヤ大学、東京大学、日本マイクロソフト株式会社の皆さま、そして本日お集まりの若いリーダーの皆さまに御礼申し上げます。

ありがとうございました。


社会貢献支援財団―表彰式― [2018年12月26日(Wed)]
「社会貢献支援財団」
―表彰式―


社会貢献支援財団は設立されて早47年。目立たないところで志高く、社会の底辺での生活を余儀なくされている方々に手を差し伸べ、長年に亘って黙々と利他の心(自分を犠牲にして他人の幸福を願うこと)で奉仕されている方々や、キリスト教でいうアガペー(無償の愛)で活動されている方々を探し出して表彰する財団である。

日本が世界一安心・安全な国といわれるのは、国内は勿論のこと、海外でも活動されているこのような方々のお陰であり、艱難辛苦を乗り越えた報告には、時として涙を禁じ得ない事もある。

以下、式典後の慰労会での私の拙い挨拶です。

****************

2018年11月26日
於:帝国ホテル

まずもって長年のご労苦が報いられて表彰された皆様方のご活動に、心から祝意と同時に尊敬申し上げたいと思います。

ご高承の方もいらっしゃると思いますが、日本財団は、今日表彰された方は勿論、ここにお集まりの皆様方のように、社会のために志高くご活躍をなさっている皆様方をご支援することも重要な仕事でございますので、皆様方のご活動の中で日本財団の協力が必要だということがございましたら、遠慮なく連絡いただきたいと思います。

今日はブラジルの巡回医療をなさっている先生の表彰もございましたが、日本財団は海外にいらっしゃる日系人の支援活動も大きな柱の一つで、南米、東南アジアなど、現地に移住された方々のための支援活動は、日系の若人の日本への留学から始まり、現地でお年を取られた方々の施設作り、あるいは病院作りということもやっておりますので、遠慮なくお話をいただきたいと思います。

戦後73年が過ぎ、皆様方のご努力によって日本は素晴らしい国づくりに成功したことは間違いございません。しかし少し現況を見れば、成熟した我が国におきましても、ともすれば国民の権利の主張が強くなりすぎ、政治家は国民を満足させるための仕事に奔走しすぎたため、様々な問題が出て参りました。

すでに1,100兆円を超える財政赤字が生じたのも、国民があまりにも権利の主張をしたがためで、そういう中で皆様方のように、身の周りの社会課題に気づき、それを解決しようということで第一歩を踏み出し活動され、それらを日本中に広げていくことが健全な日本国を反映させる大きな力になるわけです。皆様方は目立たない活動だと思っていらっしゃるかもしれませんが、安倍昭恵会長をはじめ、皆様方の活動をちゃんと評価し、見守っている人が社会にはたくさんいることにお気づきいただき、良い安全・安心な日本の伝統的な社会を世界のモデルにしていくための主導者であられることをご理解いただきたいと思います。

社会貢献支援財団の安倍会長の活発な指導力により、特に海外で活躍する方々への評価も始まりましたし、御自ら現場を見ていらっしゃることも先ほどのビデオでご覧になったとおりです。日本人の人を思う心、人に対する愛情、そしてより良い社会をつくろうという志が盛り上がっていくことにより、これがまた政治と相まってこの素晴らしい日本国というのが今や世界的に評価を受けているわけです。

世界で76%を超える人たちが現在の生活に満足しているという国は、日本を除いて世界にはありません。しかし我々はそれだけで満足するわけにはいきません。先ほど申しましたように、様々な社会問題も生じておりますので、これは国家だけ、政府行政だけでは解決できません。どうか皆様方のご活動をさらに幅広く広げていただくことによって、政府の政策だけでなく、我々国民一人ひとりも権利の裏には義務があることを自覚し、本来日本人が持っている心の優しさを多くの人たちが共有することによって、さらに世界から評価される素晴らしい日本国が誕生するのではないかと思っております。

皆様方の活動がさらに広がること、そして今まで参加していなかった方々がこのような活動に参加していただけるようご協力をいただきたいのと同時に、ご相談事がございましたら、日本財団をご活用いただくことが、我々にとって大変ありがたいことです。

今まで我々は、例えば、恵まれない子どもたちを救済するため、今45,000人いると言われておりますが、26年振りに社会福祉法の改正をお願いして、恵まれない子どもたちが施設で生活するのではなく、幼い子どもの生活は家庭が世界でございますので、養子縁組制度をさらに活発化する、養子縁組を増やすというようなことを進めています。

また先般は、耳の聞こえない方々が電話を利用するための「電話リレーサービス」というのがあるのですが、国に働きかけてもなかなか進みませんので、先駆的に日本財団が6年間行ってきました。その間、山や海で遭難したろう者7人を救助することが出来ました。諸外国では国がやっていることですので、今後は国でやっていただけるようなモデルをつくり、行政に気付いていただきたいと思っております。

日本は一億総活躍社会を目指しておりますが、罪を犯した方々も社会に出て活動したいという気持ちが大変強いのです。これも法務省にお話申し上げ、刑務所や少年院とタイアップして、彼らが社会に出てきちっと働けるような仕組みのモデルケース作りに協力をさせていただいています。

皆様方の活動の中からよりよい社会をつくるためのルールづくりや、73年間続いてきた社会の仕組み、構造も変えていく必要があるのではないかと私は思っておりますが、それは皆様方の活動からヒントが生まれてくるわけです。どうか日本がより良い明るい未来を次の世代に贈るため、皆様方のさらなる活動をお願いしたいと思いますし、日本財団もお手伝いをさせていただきたいと願っております。

皆様、本日は本当におめでとうございました。また社会貢献支援財団の安倍会長はじめ理事評議員の皆様、そして厳正な審査をしてくださいました選考委員の方々のご労苦、そしてご参会の皆様のご健勝をお互いに祝しながら、より良い明るく安心安全な日本をつくるために、或いはまた海外で活躍していただいている今日表彰された皆様方もそれぞれの国で大いに力を発揮していただけますように、頑張って参りましょう。

おめでとうございました。乾杯!

公益財団法人 日本財団 会長 笹川陽平

「私の考え」―日本財団について― [2018年12月03日(Mon)]
「私の考え」
―日本財団について―


2018年10月1日は日本財団の創立56回目の記念日です。特別な行事はございませんが、この機会に職員が集まり、私の日本財団に対する思いを即興で語らせていただきました。
乞うご批判!!

**************

 私は創立記念日自体にはあまり意義は感じておらず、未来志向で仕事をしていかなければと思っています。このような組織ができたのは多くの先人たちの努力の賜物です。興味のある人は、書籍や資料を読んでみてください。
 皆さん自身、自覚を持っているかわかりませんが、日本財団は、世界で唯一の組織です。世界中には日本財団よりも歴史の古い財団が数多くあります。それら財団には多くの資金があり、その資金を必要とする社会活動をしている方々に分配することが仕事です。
 しかし私は、25年ほど前に、日本の社会にない組織もつくらなければならないと考えました。当時は大変な批判を受けましたが、今はどうでしょうか。世界中の財団は、日本財団のように自らも仕事をする必要がある時代になっています。
 少子高齢化については今から30年も前に既にわかっていました。例えばなぜ笹川スポーツ財団をつくったかというと、競技スポーツ一辺倒のスポーツ界の中で、少子高齢化を迎えるにあたって、老人の健康のために生涯スポーツが重要だと考えたからです。
 地方自治体はそれぞれ国家から7割の補助を受けて成り立っています。地方は7割も国からお金を受けておきながら、それでもなお、無い無い尽くしで、疲弊しています。このような状態になっていることについても皆さん方に考えていただきたいです。
 財団というのは大体どこに行っても皆50歳以上の人たちが集まっています。世界で最も若い人たちが働いてる財団は日本財団です。皆さん方は、助成を申請される人への対応と同時に、色々な社会課題を見つけ出し、解決するために自らも汗をかいています。また、人様からお預かりしたお金を扱っているという強い責任感を持ち、経理と総務が中核となってしっかりと管理をして、裏から支えてくれています。そして、監査部が仕事をした後の監査をしてくれます。そこまで徹底した組織というのは世界で日本財団だけです。世界のトップランナーの財団として走っているのです。
 皆さんには、このことを誇りに思い、そのような組織がこれからどのように変わっていかなければいけないのかを考えてほしいと思います。私は常に皆さん方に、未来志向で変化、変化、また変化してもらいたいと考えています。世の中の変化に対応していかないと、頭が良くても生き残れないし、強い組織であっても、いずれ滅びていきます。人であれ組織であれ、社会の変化に対応したもの以外は残れないということを常々申し上げておりますから、私たちは組織を変えることをちっとも恐れる必要はありません。組織あっての人ではなく、人の働きやすい組織にしたいのです。
 我々は自由闊達に、それぞれの人の才能を十分に生かすような、風通しのいい柔軟な組織にしたいという思いから、オフィスや人事のあり方も変えています。決してすべてが良いとは思っていませんが、考えられる最善を尽くす姿勢を皆さん方に見てもらいたいと思っています。
 皆、今まで習い性となってたことを続けることが一番やりやすく、変化は好みません。しかし、それでは組織の存在意義がありませんから、私たちはあらゆることにチャレンジをしようではありませんか。
 何遍も申し上げていますように、リスクは私がとります。ですから、無謀なことはだめですが、遠慮なく大胆に、よく議論をし練り上げ、そして、上司に報告・連絡・相談をするという、そういう前提に立った上で、自由で闊達な組織でなければいけないと思います。
 そういう中で、今や戦後73年になりますが、私たちは戦争に敗れた結果、日本の伝統・文化を忘れて、新しい民主主義という名のもとに、民主主義を少し履き違えして権利の主張ばかりを繰り返してきて、今日にあります。国民の権利の主張に応ずることが政治家の役割であり、当選するためには、国民の願いをかなえることが良いことだという結論の結果が1,100兆円の国の借金となったわけです。それで本当に良いのでしょうか。
私たちは、民主主義の、自由・平等・基本的人権を学生時代に学びました。権利の裏には義務があるということも習ったはずですが、国民として一体どのような義務を果たせるのかということについては、私たち個人で考えてきませんでした。
 しかし、ここにきて、本当に政府や行政だけに任せていいのか、私たち自身が社会のためにも仕事をしなくてはいけないのではないかということで、NPOが生まれ、そして、社会的な活動をする人たちが生まれてきたわけです。今やこのような成熟した民主主義の日本においては、社会課題というものが益々細分化されていますから、政府や行政だけでは対応できない時代になってきています。
 そうは言うものの、日本に今5万とも言われるNPO、あるいは6万とも言われる一般法人が、どれだけ信頼を得てきちんと仕事をしているかと言われれば、1割あるかないかという状況ですから、ここに、社会も変わろうとしている中で矛盾があるわけです。マッチングがうまくいっていないんです。そこに、日本財団は存在価値があるわけですし、これから日本財団の目指すのは、ソーシャルイノベーションからソーシャルチェンジを生み出すことだと考えています。
 戦後73年の社会の仕組みの中で、様々な課題が生まれてきています。犯罪被害者、犯罪者の再チャレンジの問題、また、子どもの貧困、自殺対策、難病の子どもたちへの支援とその家族へのレスパイトの施設の支援など、すでに取り組んでいただいているものもあります。今、ソーシャルイノベーションという言葉で表現していますが、これからはソーシャルチェンジ、社会を変えていくためのリーダーシップを日本財団が発揮していきたい、そして、それができる職員がここに揃っていると私は思っています。
 私は日本財団という方法という言葉で何遍も皆さんにお話をしていますが、皆さん方の長い実績によって、今やどこの役所に行っても、日本財団と言うと一目を置いてくださいます。再犯防止については、歴代の法務大臣も財団に関心を寄せてくださっています。そして、社会課題をここで提起して、政治家、行政の専門家、学者、そしてメディア、あるいは、その道を極め活動しているNPOの皆さんなどに集まっていただき、問題点をたたいてもらって、ある程度の道筋がついたら日本財団がそれを実行するというわけです。そして、成功のモデルケースをつくることによって、行政が正しく効果的に、その問題の処理に当たっていくと、そういう問題提起とトップランナーとしての成功例をつくっていくというのが私たちの役目です。日本全国、全ての問題を日本財団が解決できる訳もないですが、確かな成功例をつくることによって、国土交通省は当然のこと、外務省、環境省、厚生労働省、文科省を含め、色々な役所が既に日本財団のやり方というものに注目をしてくれてますし、それだけでなく、国家の貴重なお金まで任せていただける立場になってきました。
 だからといって、私たちは政治家や行政の、お役所の皆さんに魂を売るようなことを決してしてはいけません。私たちの目指す方向に自信を持って進める協力者としての政府であり、国会議員であり、行政官であり、NPOの皆さんであって、私たちは毅然とするべきです。しかし、私たちは同時に、腰を低くして、人の話をよく聞き届ける心も持つ必要があります。
 私たちは決して傲慢な態度ではないですが、日本財団は資金を持ってるから傲慢だと受け取られることがかつてありました。羊羹を欲しい人が10人いれば、10人に薄く切ってあげれば、皆満足して、「日本財団って良い組織だな」と言ってくださいます。ところが、日本財団は10等分しないで、今社会に何が必要かということで、3等分しかしなかった。羊羹にありつけない残りの7人の人は、「日本財団なんて偉そうなこと言ったって、私のこんな良い仕事にお金を出さなかった。あそこは恣意的にお金を扱っている組織だ」と、そのように思われた時代もあります。
 しかし、それを我々は厳然として筋を通してやってきた結果、今日の日本財団があります。さらに、今や私たちは、モーターボートレースの交付金だけではなく、これからは日本全国から、できれば世界から、日本財団の仕事は素晴らしいから、あそこに協力したいという、そういう一般の寄附をもっと集められる組織に変革していきたいと考えています。もちろんボートレースのお金は貴重なお金ですが、それ以上に、やはり国民の皆さんが広く薄く浄財を日本財団に出していただくことで、お金の出し手と我々が一体感を持つことにより、日本の社会を変えていけるのです。
 今日も私の机の上には1万円の寄附者宛てのはがきが80枚位ありました。私はすべてに、添え書きと署名をして礼状を出します。こうした積み重ねによって日本財団を信頼していただけるよう、努めていかなければいけません。今、若い人たちが日本財団の知名度をもっともっと上げていこうと努力してくれていますが、知名度だけ上がっても何の意味もありません。その知名度によって、日本財団に寄附すればこんなにお金を活かしてくれる。領収書はすぐ来るし、礼状までついてくる。そのように国民との間に血の通ったつながりを持つことによって、世界でもユニークな日本財団というものが可能になってくると私は思っています。
 2020年オリンピックを迎えた後の日本の社会構造の変化の中で、日本財団がどうあるべきかということは、これからあなた方が考えなくてはなりません。私や理事長が「右向け右」と言う時代は終わりました。私たちは世界を回っているので、どこに問題点があるかということはよくわかっています。しかし、これからはそれを皆さん方一人一人が考える時代なのです。
 現場には問題点と答えがあります。ですから、日本財団は出張を制限するようなことはしません。できるだけ現場に行って、現場で汗をかいてる人の話を聞き、現場を見てほしいのです。良い人とめぐり会ったときに良い仕事ができるんです。どんどん現場に行き、社会の中で生じている様々な問題を、日本財団が先頭切って、日本財団という方法で問題を解決していき、さらには、成功のモデル例をつくることによって、様々な方にそれを参考にして広げていただくという、パイオニアの役割を皆さん方にお願いしたいのです。
 国際的なハンセン病や海洋問題もやらなければいけませんが、一方で、やはり自分の住んでる国内における問題にも、大胆な皆さんの発想で取り組んでもらいたいので、どういう問題にどのように取り組んだらいいのかということを考えながら仕事をしてもらいたいと思っています。
 常に皆さん方に戦略と戦術ということをお話をしてきました。富士山に登りたいというのは戦略です。そのために、いつ、どの道からどういう方法で登るのかというのが戦術です。しかし、時として戦術論だけで終わってしまっています。こんな仕事をしてみたい。では、その取っかかりのところで、この問題の解決が将来どのように広がりを持って社会に反映できるのかという、戦略と戦術を明確に意識して、事業を開発してもらいたいというのが私の強い望みです。もう私も理事長もいい年になりました。もう皆さん方ができる時代になってきたんです。あとは、それぞれの人生観にかかってくる問題です。
 どのような人生を歩みたいのか。何となく生活ができれば、それで良いのか。それとも、この世にたった1回の生をうけた以上、私はこういう人生を歩みたい、こういう形で死にたい、そういう人生観をできることなら持っていただきたいと思います。
 そのためには、やはり皆さん方の読書量が圧倒的に少ないと感じています。もちろん仕事に関わる本も読んでいただきたいですが、特に日本の明治以降、あるいは、大正、昭和と激動の中に生き抜いてきた立派な日本人がたくさんいらっしゃいます。小説を読むのも良し、歴史を読むのも良し、何でも良いです。決して有名人だけでなく、印象的な人生を歩んだ人が何千、何万といらっしゃいます。そういう中に必ずや、こういう生き方もあるんだ、あるいは、こういう考え方もあるんだというヒントがありますから、現在の売れている本だけ読んでいては少し物足りないところがあります。
 私たちは、日本人としてのDNAを受け継いで今日いるんですから、DNAのもとのところ、中間の部分をちゃんと勉強していかないと、なぜ私たちは今ここに存在するのかがわからなくなってしまいます。
 ですから、人物を書いた本も読んでください。私自身、色々な人の人生の歩みを見ながら、これからどういう人生を歩もうかと、それと日本財団でどのようにやっていこうかと考えます。1年に127日も休みがあるんですから、家族や友人との時間も必要ですが、一人静かに本をひもとき考える時間というのも、やはり人生にとって大変重要なことだと、私は思います。
 皆さん方には、何となく年をとってしまったのではなくて、目指す方向、考え方が実ってここまで来たというような形になってもらいたいと思います。ああ、良い中年になったな、良い人生を送れたな、良い友人を持ち、そして、良い家族を持ち、あるいは自分自身の趣味を活かし、そして、ああ、あの人の本が役に立ったなと言うためには、もう少しそういう本を読んでいただきたいです。
 全部読まなくても、一部で良いです。本当に恐るべき精神力を養った人もいます。人格が円満で、あれもこれもできるのは素晴らしい人もいますが、あの人は変な人だと言われる人も大事です。あの人、変な人だというのは、今の常識では考えられないから変な人であり、先を読む人は現在の常識から考えると変人です。ソーシャルチェンジを起こす日本財団は、皆変な人になってもらいたい。気宇壮大な考えを持ち、先を見る変な人になってもらいたいと思います。慶応義塾大学の創設者である福沢諭吉先生は「文明論之概略」の中で、いつでも世の中を変革する人は少数者だと書いています。恐れないで大胆な意見と行動を期待しています。
 日本財団は自由で開かれ、透明性と説明責任をきちんと果たしていきます。その過程を通じて、日本になくてはならない存在であり、いずれ、世界にとってもなくてはならない、そういう日本財団に皆さん方とともにしていこうではありませんか。
ありがとう。

「短所を長所に変えた日本の発展」―島根県・海士町の高校魅力化に期待― [2018年11月14日(Wed)]
「短所を長所に変えた日本の発展」
―島根県・海士町の高校魅力化に期待―


10月26、27の両日、島根県の海士町を訪問した。海士町は、島根半島約60キロ沖合の隠岐諸島のうち、島前(どうぜん)と呼ばれる3つの島のひとつである中ノ島である。奈良時代から流刑地として知られ、承久の乱(1221年)に敗れた後鳥羽上皇らがこの島に流された。島全体に史跡も多い。

半世紀前、7000人を数えた人口は現在約2300人。島唯一の隠岐島前高校は10年前、新入生が28人まで落ち込み廃校の危機に直面したが、高校魅力化プロジェクトを立ち上げて全国から島留学生を募り、一転して全国から学生が集まる注目校になった。Uターン、Iターンの住民も目立つようになり、少子高齢化、過疎が進行する中、高校を活用した地域づくりのモデルとして全国的にも注目されている。

日本財団も2016年のソーシャルイノベーションフォーラムで事業に取り組む「地域・教育魅力化プラットフォーム」(岩本悠共同代表)を特別ソーシャルイノベーター最優秀賞に選び、全面支援している。プロジェクトスタート10年を迎え、新たな魅力化構想を議論する「島会議」に出席するのが目的で、出席した高校生らを前に今後への期待も含め、私なりの熱い思いを述べた。

以下、私の挨拶の概略です。

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島会議で挨拶の機会をいただく

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海士町での会議で100人を超えるものは稀だと町長が教えてくれた

*************

2018年10月27日
於:海士町中央公民館


戦後70数年が経ち、成熟した日本社会には様々な課題が出てきています。長く続いた社会的仕組みが疲労してきており、このあたりで変えないといけない。国、行政のレベルだけで解決できないことは、本日の島会議に出席されている経済産業省、文部科学省の人が指摘された通りです。

国は1100兆円に上る借金を背負っています。国民一人当たり860万円もの借金を抱えていることになります。そういう中で国民の74%が「今の生活に満足」と応えています。こんな国は世界にありません。

消費税2%の引き上げが問題となっていますが、わが国の予算は国債に大きく依存し、2017年度予算で見ると、月給60万円の人が100万円の生活をしている構造になっています。こんなことがいつまで続くでしょうか。経済学者はいろんなこと言います。しかし過去のデータに基づく推測・予測ばかりで、未来志向の話が出たことはありません。だから日本にノーベル経済学賞をもらった人はいないのです。

政府も行政も、自分たちだけで解決できないことにようやく気付き始めました。偉そうな言い方になりますが、私たちは「日本財団という方法」で社会課題を見つけ、官、民、学に広く参加してもらい解決策を探っています。例えば、日本には望まない妊娠など何らかの事情で実親と暮らせず、施設で育つ子どもが4万5000人もいます。1歳から18歳まで一人当たり1億円以上を掛け、乳児院や児童養護施設で養育されます。

しかし、18歳で社会に出た途端、ひとりになります。一方で、日本には不妊治療を受ける夫婦が40万組もいます。子どもにとって家庭に勝る環境はありません。養子縁組で双方をつなぎ、子どもの幸せを確保する方法もあるはずです。

国は1億総活躍社会とか、いろんな花火を上げ、新聞も書きます。しかし花火だけでは問題がさらに深刻化します。私たちは、そういう社会課題を見つけ「日本財団という方法」で解決を目指しています。例えば、少年院や刑務所を出た人の再犯防止。少年院を出た人は若く、一方で労働者は不足しています。20万人、30万人も海外から労働者を入れようという時代です。上川前法相、谷垣元法相のほか矯正局長ら法務省幹部も参加してくれました。メディア、学者、NGOも交えて解決策を探り、方向性が出たら日本財団がまず全国にいくつかの成功事例を作る。うまくいけば予算を付け国の施策とする。日本財団ではこんな方法で問題の解決を目指しています。

60万円の収入で100万円の生活をしていたら日本は破綻します。戦後70数年、私たちは「あれが足りない、これが足りない」、「国や行政は何してるんだ」と権利ばかり主張し、政治家はそれに応えることで票をいただき議員バッジを付けています。権利の裏に国民としての義務があるという意識が全く欠如しています。

島前で始まったことは単なる教育の改革ではありません。欠点を長所に変える素晴らしい取り組みです。何の資源もない日本が、今は3番目になりましたが、経済大国になったのは資源も何もない欠点を長所に変えたからです。その原点は教育、人づくりです。その人づくりを文科省の指導に従って缶詰教育でずっとやってきた。結果、今は制度疲労に陥ってきた。だから教育の在り方を変えて行こうという試みが、この島前高校をモデルに始まったのです。

日本が抱えている課題は教育の改革だけでなく、たくさんあります。例えば、私たちは山間部に住むお年寄りのところにモノを売りに行く車を提供している。山の中に入っていくと、おばあさんが今度来るときは正露丸、おじいさんに求心を買ってきて欲しいと頼むが、薬事法違反になるので真面目な運転手ほどできない。そんな規則や法律がたくさんあるのです。

私は1年のうち40%は世界を回っています。現場には問題点とそれを解決する答え、欠点を長所に変える方法があります。それを実践しているのがここ海士町です。教育を切り口に自分たちのところに誇りを持ち、人が集まってくる。単に島前高校の問題だけではありません。皆さんは日本の社会の仕組みを変えるきっかけ作りをやっている。素晴らしいことです。

この国は70数年前、灰燼に帰して何もないところから今日の日本を作りました。教育も当時はそれでよかったが、70年間の制度疲労、さらに教育が多様化してきた分、変わらなければいけない。この子は何に興味を持っているのか、どういう道筋を歩んでくれたらいいのか、それを見つけてあげるのが教育であり先生の役目です。算数も国語も理科もすべてできる子がいい子ということでは、これからの社会に対応できないし、国も成り立ちません。  

もちろん学者も高級官僚も必要です。しかし、その人たちだけで社会ができるでしょうか。イギリスでは13歳で理科系に行くか文科系にいくか分けている。それぞれの職業がみんな素晴らしい、誇りがある職業だと教えていかなければならないと思います。極端かもしれませんが「環境問題が大変だからごみ収集をやります」ということでも素晴らしいことじゃないですか。

その子の特性が何か、教室の中だけでは見えません。いろんなことを見せることが必要です。私どもの姉妹財団B&Gで以前、「少年の船」や「若者の船」による体験クルーズを実施、計5万8千人の小中学生や若者が参加しました。小笠原やグアム、サイパン、オーストラリアなどを訪問、朝6時からの甲板掃除に始まり、きちっとした生活をさせ、北海道の子どもと鹿児島の子どもが話しをすると言葉が通じない。それで日本は広いと実感し、船に関する職業に就いた人もたくさんいます。子供をもっと教室から表に出していただきたく思います。

頭でっかちな子どもばかりを育てても国家は成り立ちません。種の起源を書いたダーウインは、「頭がいい人が社会に残るのではない。強い組織、団体が社会に残るのでもない。唯一残るのは、社会の変化に対応する組織であり人である」と言っています。その社会の変化の先頭に立つのが彼らです。そういう社会の変革の先頭に立つ人は変人です。小泉純一郎氏は総裁になったとき「変人が首相になった」といわれました。変人というのは先を見ているから変人なのです。変人というのはほめ言葉なのです。

私は今、東大の先端技術研究所と組んで突出した能力を持った子どもたちを勉強させています。学校では変人、変わった子どもたちです。空、あるいは昆虫にしか興味がない。あるいは1日2百枚の絵を描く子、色々います。学校へ行けば変人と言われ不登校になる。しかし先端研に来ると和気あいあいと活発に議論をする。変人と呼ばれる人がいたらほめてあげるべきです。社会から“抹殺”してはいけない。

海士町が島前という学校を切り口に、かつて日本にあった素晴らしいコミュニティー、地域の再生に取り組まれることが格差社会、ひいてはコミュニティーの崩壊でギスギスした社会をもう一度、健全な社会に作り直すためにも必要であり期待しています。

C.JPG
隠岐島前高校生から質問を受ける

B.JPG
出席した高校生からは「自分も色々な体験をしなくちゃと心底思えた」と会議の感想が語られた


「社会貢献支援財団表彰式」 ―挨拶― [2018年08月15日(Wed)]
「社会貢献支援財団表彰式」


社会貢献支援財団は1971年に設立された団体で、47年間、日本の各地で長年にわたり「地の塩」として困難な生活者への支援や、自らを省みず人命救助をされた方々を表彰する団体で、安倍昭恵会長を中心に精力的に活動しています。
―挨拶―

2018年7月6日
於:帝国ホテル

ご紹介賜りました日本財団の笹川でございます。
まずは長年のご労苦が認められて表彰されました皆様方に、心からのお喜びと尊敬の気持ちをお伝えしたいと思います。

18.07.06 社会貢献支援財団表彰式.jpeg
祝賀会で挨拶


私自身、日本にいる限りこの会には毎回出席させて頂いておりますが、若い時から少々涙腺が緩い方でございまして、お一人おひとりの紹介を受けるたびにどうやって涙をこらえるかというのが私の修養になっております。そして、年に2度になりました社会貢献支援財団の表彰式典で皆様方のご活動を見るたびに、私自身も啓蒙を受け、まだまだ頑張らないといけないという気持ちでいっぱいでございます。

もうすぐ80歳になりますが、年に5か月は世界中の僻地を回って活動させて頂いております。とくにハンセン病の制圧、そして差別の撤廃のために活動していますが、これも今日表彰された方々のご努力が私自身の活動の精神的な糧になっているわけで、改めて感謝を申し上げたいと思います。

日本は今、安倍総理大臣の下で一億総活躍社会の高い理想を掲げて実現を目指して活動していますが、国だけで達成出来るわけではございません。むしろ国よりも今日表彰されたような皆様方が日本の社会の隅々を見渡し、どこに社会課題があるのかということに気づかれて活動して頂く過程の中で、一億総活躍時代にしなければいけないという高邁な政策が出てきたものだと思っています。

日本の報道では、悪いニュースが良いニュースですので、先ほど盲導犬を拝見しましたけれども、犬が人間を噛んでもニュースになりませんが、人間が犬を噛めば必ずニュースになるんです。そのように現在の報道では悪いニュースこそ良いニュース、良いニュースほど悪いニュースということで、なかなか良いニュースは報道されません。こんなことを言うと、私がバッジをつけていれば翌日には国会でいじめられるのですが、有難いことに民間人ですから無視され、批判を受ける立場でないのは大変ありがたいことす。

報道はされなくても、日本社会の長年にわたる伝統と申しますか、人を助ける、或いは困っている人がいたら手を差し伸べるという自然な無私の行為というものが、今日の健全な日本社会を作ってきたのではないかと思います。今日表彰された皆様のような方々のご活躍によって社会の基礎の部分が支えられているわけで、皆様方の活動と同時に、一人でも多くの方々にこういう活動に参加することが日本人としてごく当たり前になるように活動の輪を更に広げるようなお力添えを頂ければ、さらに素晴らしい日本になるのではないかと思います。

たびたび報道の話をしますが、新聞その他メディアは悲観的なことばかりを報道しますが、そうではありません。日本は歴史的に災害大国でございますが、災害のたびに復興して更に強い強靭な国になってきました。皆様方の活躍は未来を明るくするために、そしてこれからの日本の社会を背負う若い人たちのモデルになっているのです。若い人たちはちゃんと見ていますので、必ず皆様方の跡を継いでやってくださるものだと私は未来を信じていますし、これからの若い人たちに大きな期待を持っております。

少子高齢化で様々な問題がありますが、これまで困難を乗り越えてきた日本国ですから、皆様方こそがこれからの明るい希望に満ちた日本をつくる重要なお役目をしていらっしゃるわけです。これに続く若者たちもたくさん出てきています。私が務めている日本財団でもそういう若者たちを勇気づけて、彼らに明るい未来の日本をつくるために、そして世界のために貢献する若者をつくろうと努力をしているところです。

今回、社会貢献支援財団は50回ということで、特に海外10か国から表彰をされた方々が来日してくださいました。安倍昭恵会長ともお話したのですが、アジアの中で、グラスルーツで社会の底辺の人を支え、勇気づけ、彼らに夢と希望を持たせるために活動している人たちをアジアの中からも選んで表彰する制度をさらに拡大したらどうでしょうかと申し上げていたところですが、グローバリゼーションの時代ですから、日本だけではなく、アジアの皆様方と連帯して頂いて、持っているノウハウ、長年のご苦労、専門的知見というものをアジアの方々にも共有していくということで、更に社会貢献支援財団が発展していただきたいと思っております。

安倍会長は単に名前だけの会長ではありません。先ほどご紹介がありましたように、先頭を切って表彰された方々のところにお邪魔し、どのような活動をされているかをつぶさにご覧になり、それを更に財団の活動の中に活かしていきたいとご活躍くださっています。また、選考委員そして理事の皆様方も、心を込めて日本の社会を良くする、アジアを良くする、世界を良くするということにお力をいただいております。これは政治だけで出来るものではありません。私たちは権利の主張も大事ですが、人間として権利の裏には義務がある。もう少し深く突っ込めば、一人ひとりの人生をいかに心豊かに過ごしていくかということを考えれば、皆様のような活動をすることが心豊かな恵まれた人生を歩む最大の方法ではないかと思います。皆様方の活動が特別なものではなく、ごく当たり前の、日本人としてやらなければいけない、そういう義務もあるのだというような社会になるようにお力添えを頂いて、明るい未来の、社会全ての人が幸せに生活できる日本国にしなけれませんし、そのモデルをアジアに、そして世界に広めて頂き、日本人の誇りを、皆様方を中心にして更に広めていければいいと思っております。

どうぞこれからも力強いご活躍をお願い申し上げ、涙があふれるばかりの皆様方のご活動を思いますと、心から感謝を申し上げたいと思います。皆様の活動が社会にどれほど大きな影響と勇気を与えているかということについては心の中で誇りをもっていただき、今後ますます活動を活発にされることをお願い申し上げます。長い間、本当にご苦労様でございました。そして、今日を機会に、新たな一歩としてさらなるご活躍を祈念申し上げます。

「平成30年7月豪雨」―記者会見― [2018年07月17日(Tue)]
「平成30年7月豪雨」
―記者会見―

西日本の豪雨災害について、7月9日に日本財団の緊急支援を記者発表しました。残念ながら、10日付の各紙及びテレビは、被害状況の記事満載で、財団の報道が限られたのは残念でした。

ここに記者会見の内容をアップします。特に支援金と義援金の違いについて、読者の皆様にSNSで広く発信のご協力をお願いします。

以下、記者会見での発言です。

**************

「平成30年7月豪雨」という正式名称が気象庁から発表されました。日本財団では1995年阪神淡路大震災以降、全国各地で発生した災害に対し合計58回にわたる支援活動を行ってまいりました。災害対応における日本財団の基本方針は、災害が発生したら一刻も早く、そして的確に行動することを信条としております。

今回の災害につきましてもいち早く先遣隊を派遣し、災害現地での情報収集や調査、自治体やNPOとの連携体制の構築を既に始めております。その結果を踏まえて第一弾の支援を決定し、実行することを発表します。

毎年各地で水害が発生する我が国でも、これだけの広域で同時多発的に発生するのは非常事態です。本災害に対応するには、政府、自治体による公的な取り組みは当然としても、このような広域災害時こそ民の力が必要不可欠です。日本財団は過去の災害復興支援のノウハウをいかした支援活動を展開してまいります。

ことに我々の過去の経験上の推定から、最低でも延べ50万人のボランティアを出動させないと対応ができないと思われます。これは国民レベルでの支援活動を必要としています。

東日本大震災や熊本地震、九州北部豪雨など、これまでの大規模災害を経験したた自治体は多くの専門的な知見や経験をもっており、今回被災した自治体は経験が乏しいため、政府による積極的な調整のもと、被災を経験した、特に東日本大震災を経験した自治体からの人員の派遣・ご指導を賜ることで即時対応が可能になります。ですから、経験されて専門的知見を持った方の派遣をお願いすることが、行政が即刻に対応するために必要不可欠です。

続きまして私どもの支援策ですが、避難所、在宅被災者への支援として、特に東日本でもそうでしたが、避難所支援、食糧支援その他はもう各企業や団体が経験済みで、この点についてはあまり心配しておりません。しかし、避難所における災害関連死が多く発生します。最大の問題は何かと申すと、これは東日本でも熊本でもそうでしたが、限られた環境下でのトイレの問題です。緊急に配備されたトイレは建設用のもので、私も経験しましたが、三段の階段を上るのに手すりがない、中に入っても持つ場所がない。これでは不安定なご老人達はほとんど利用でませんので、どうしても我慢してしまうというケースが多々生じます。そうすると運動不足でもあり足に血栓が出来ますので、健康管理上、非常に深刻な場合も起こります。そのため我々としては簡易トイレを配備したます。

(トイレを見せながら)
このように階段がなくて座れるトイレが絶対必要です。しかもこれは瞬時に殺菌をして1人ずつ終わったら封ができるようになっている最新のものです。熊本の経験から、これが必要だということを私達は考えております。

このトイレを1台30万円ですが、1,000台を各地域に1時間でも早く現場に到着させたいと、既に発送してます。「簡易トイレ」という名前ですが、衛生的にも非常に精密なトイレです。

医療・福祉関係のボランティアも緊急に必要です。また、関連死のなかには、体育館は床が硬いため、各行政が既に持っている段ボールベッドと言うものを集中的に避難所に緊急輸送させることで、ご老人が十二分に安心して睡眠を取れるようにします。

なお、先ほど申しましたように、避難所での運動不足の上にトイレも我慢しますと足に血栓が出てきます。血栓防止のタイツや靴下のようなものも必要です。我々が熊本で経験してこれが必要だということで、血栓防止のソックスも配布します。

一番大事なのは、災害が起こってから時間の経過とともに、被災者のニーズや要望がどんどん変わってきます。東日本では2ヶ月たってもまだ即席ラーメンが大量に届き、とても全て食べられませんでした。私たちは、東日本で余ったものを和歌山豪雨の時に運んだということもありました。そのように、日々変わる状況を調べるために私たちは「震災が繋ぐ全国ネットワーク」という20の専門的な組織と共に活動しています。彼らと一緒に避難所における状況調査とともにそれに適応した対応をとるべく、既に動き出しています。

例えば東日本の時には、推定して人口から割り出してどのくらいの妊婦が存在するのかということを推定すると、現地で出産できる施設の数が不足していましたので、東京まで運んで東京助産婦会の協力で無事出産させたさせたという例もあります。そういう専門家を派遣させて、ニーズ調査を徹底的にやります。

毎度のことで悲しいことですけれども、亡くなられた方には即刻100,000円の弔意金を支給させていただきます。

先ほど申し上げました推定延べ50万人必要とされるボランティアにつきましては、NPOボランティア団体への支援を今まで通り500,000円から3,000,000円提供しますが、今回は大変広域ですし、ボランティアの受け入れ運営は、各地にある社会福祉協議会が行うことになっています。しかし経験のない社会福祉協議会が多々ありますので、この点について、我々が持つ専門的な知見で指導・協力する活動も開始しています。

今回の水害では、これから暑くなって参りますので、水が引けた後、汚水その他が混じった土の処理に一般ボランティアの活動が大変重要になり、特に専門的な知見のあるボランティアが必要です。

過去の例では、医療福祉系や一部損壊した家屋を直すために重機を使えるボランティアが必要で、重機の免許は4日でとれますので、ぜひとも重機をボランティアの必要性を報道して下さい。

日本財団は、重機メーカーと連携がとれていますので即対応できます。また、重機とまでいかないまでもチェーンソーなどが使える人たちもいないと家屋の整理ができませんので、そういった方々の参加についても皆様方のご協力をいただきたい。

また、我々民間団体として、下記二点を政府に要望します。

被災経験のない自治体においては、東日本大震災、大規模災害の経験を有する自治体から職員の派遣が出来るように政府としてご助力いただきたい。
ボランティア活動される方々には高速道路の通行料を無料にしていただきたい。

今回のこの広域災害をどう見るかですが、既に皆様方が度々報道されている通り、南海トラフの災害が予測されている中で、今回は地震津波は入っていませんが、今回の広域災害をきちっと政府、行政、民間で協力して50万人を動員し、秩序正しく早急に処理ができるというノウハウを今回身につけておきませんと、その何倍何十倍となる南海トラフが発生しますと、全く対応ができないという事態も十分に考えられますので、今回のこの広域の災害を日本財団としては大変重く捉えております。

度々申し上げますが政府、行政、民、三者揃って早急に対応していくということが肝心ではないかと思っております。

日本財団としては、今回の災害支援には100億円程度必要と考えており、多くの浄財が必要です。義援金や救援金と支援金の違いは、東日本大震災の時にからずっと申し上げております。義援金や救援金は6ヶ月、10ヶ月、場合によっては1年経ってから被災者に配られるものですが、日本財団の支援金は即対応するために必要なお金で、広く国民からの浄財の寄付を日本財団にいただけるようご協力いただきたいと思います。

※支援金窓口
電話:0120-533-236
メールアドレス:kifu@ps.nippon-foundation.or.jp
「日本財団在宅看護センター」―自宅での看取り、看護師の力こそ― [2018年07月06日(Fri)]
「日本財団在宅看護センター」
―自宅での看取り、看護師の力こそ―


日本財団では地域に根差した医療・看護を目指し、その拠点となる在宅看護センターの起業家育成事業に取り組んでいる。笹川記念保健協力財団(喜多悦子会長)と共に取り組むこの事業は、2014年のスタート以来4年間に計50人が受講し、うち39人が既に北海道から九州まで45カ所に訪問看護ステーションや「看多機」と通称される看護小規模多機能型居宅介護事業所を立ち上げている。

事業では、地域医療強化の志を持つ看護師が8カ月間にわたり、保健専門職として地域社会における将来の看護の在り方から事業所運営に欠かせない財務・税務・労務まで幅広く学び、在宅看護センターの起業を目指す。

多くが病院で最期を迎える中、高齢者の90%が自宅での人生の締めくくりを望んでおり、終末医療を充実させるためにもCURE(病意を治す)とCARE(気にかける)双方に気配りできる看護師さんの力が今後、一層、必要となる。

6月1日、第5期生の開講式が日本財団ビルで行われ、17人に参加いただいた。大学病院や訪問看護ステーションで看護師長や所長を務めた人も含め経験豊かな受講者が多く、受講式の挨拶で崇高な志に感謝し、日本財団として可能な限りの支援をさせていただくことを約束した。

以下は当日の挨拶要旨です。

***************

日本財団は、障害者や子どもの貧困問題、望まない妊娠で生まれた子どもたちの養育問題など、幅広い社会課題に取り組んでいます。児童福祉法も30数年ぶりに改正され、子どもの養護は施設から家庭中心に舵が切られ、特別養子縁組に関しても理解が広がっています。

犯罪被害者対策、刑期が満了した犯罪者の社会での居場所づくり、あるいは貧困家庭の子どもたちの居場所確保も積極的に進めています。成熟した社会には様々な社会課題が存在し、見えにくい部分もたくさんあります。これを一つひとつきちっと是正していくことが、これからの社会に望まれることと考えています。

特に高齢者問題は、在宅ケアを人生の終わりとし、「終わり良ければすべて良し」でありまして、大部分の方々が自宅で人生を締めくくりたいと望んでいるのはご承知の通りです。ですから、どうサポートしていくかが大変重要なテーマなのです。

もう40年も前になりますが、日野原重明先生と共にこれからは予防的・教育的医療をやらないといけない。病気になってから病院に来たのでは遅いということで、戦略的な取り組みを始めました。当時は予防医学という言葉もなく、血圧を測るのも聴診器を使うのも医者以外は禁止でした。

そういう時代に、予防医学に必要な健康管理はどうあるべきかという予防医学の重要性を訴える傍ら、人生の締めくくりに当たる終末医療、特にガンに関してはまだ日本にペインクリニックの考え方すらなかった時期ですから、ピースハウスという末期がん患者の施設を作り、これを一つのモデルケースとして全国に広げていこうということで日本看護師協会にもご努力、ご協力をいただき、ホスピスナースの養成に取り組みました。

最初の16人は、1人を除き全員、病院を退職して参加されました。そんなものを勉強して何になる。この忙しい中、東京まで行って6カ月間勉強するというのなら我が病院には必要ないという時代でした。以来、看護師さんより医師の方が時代遅れだということを痛切に感じています。

医療が専門化、細分化され、胃のことは分かるけども肝臓は分からない。終末医療についてはほとんど関心がないといった風潮の中で、その人の家庭環境や生活を理解しながらトータルに健康管理することが不可欠になっています。養成した4,000人のホスピスナースの人たちは、本当によく頑張ってくださいました。

意欲のある看護師さんが、日野原先生が実践されたチーム医療の中心的な役割を果たし、民家というか、自宅を終末医療の場所に提供してくださる方々もたくさん出てまいりました。そこを日本財団が改装その他の支援をし、簡易ケアハウスというものも全国展開してきました。

さらに喜多悦子先生から、究極の在り方として、在宅看護という大きな仕事をやりたいと口説かれ、私もこれが人生の最後を締めくくる究極の医療の在り方だと理解し進んできたわけで、今後も全国に在宅看護センターの起業家を育てていきたいと思います。

皆さんはこれから企業経営者になるわけです。人を使っていかなくちゃいけない。使われる立場と使う立場は全く違います。人を使う上では様々な難問にぶつかると思います。必要なのは目配り、気配り、心配りです。この3つを常に意識しながら対処することが人間的な信頼関係を作る基本です。働いていただいているという感謝の気持ちを持って起業することが大変重要です。社員10万人の企業だろうが、5人、10人でやっている企業であろうが、原則は一緒です。

今年も心ある方が17人も集まってくださり、研修を受け事業を起こしていただき、そして多くの皆さんの看取りをやっていただくという大変崇高な仕事をやっていただくわけで、日本財団としても皆さんを全面的に支援していきます。

私どもは海外からの留学生その他2万人以上の修士・博士課程の人の奨学金制度を進めてきました。普通は奨学金が終わるとお仕舞いです。日本財団は奨学金が終わってからの付き合い、そういう人たちとのネットワークを構築してそれぞれの分野の人たちと連携し、さらに新たな社会課題に挑戦していく仕組みつくり、仕事をさせていただいています。

これはむしろ卒業式に言う話ですが、終わった後の日本財団との連携が大変重要です。日本財団は皆さんと生涯お付き合いをさせていただき、社会を隅々から変えていきます。物事は中央から政策を出して解決していくやり方と、日本財団のように末端の草の根から問題提起して解決し、これを社会課題の解決策として中央政府に持っていく手法があります。

在宅看護の起業家としての皆さんの志を心から尊敬しています。皆さんは人類愛に基づく崇高な精神をお持ちになっているわけで、日本財団は皆さんの相談相手になります。お金も知恵も出します。

皆さんの先輩は既にあちこちで起業されており、私もいくつか見せてもらいました。国ではできないようなことを、目を輝かせ、志高くやっていただいている姿を見て感動しております。皆さんのこれからの活躍を心から期待しています。

第5期生のみなさんとの集合写真.JPG
第5期生のみなさんと

「仏マクロン大統領へ遺憾の書簡」―ハンセン病に対する差別発言― [2018年06月29日(Fri)]
「仏マクロン大統領へ遺憾の書簡」
―ハンセン病に対する差別発言―


私は、仏マクロン大統領および伊サルビーニ大臣の発言に対し、世界保健機関(WHO)のハンセン病制圧大使、日本政府ハンセン病人権啓発大使を務める立場上、マクロン大統領によるナショナリズムをハンセン病になぞらえた発言およびサルビーニ大臣のハンセン病比喩表現を用いた反論に遺憾の書簡を送付しました。

報道によると、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は6月21日、「最も重い表現を使って言わせてもらう。欧州を憎悪する人は大勢いるが、それは今に始まったことではない。われわれは今、彼ら(ナショナリスト)の台頭を目撃している。ハンセン病のように、欧州の至る所で、二度と現れることはないだろうと思っていた国々でもだ」と発言しました。

また、それに対してイタリアのマッテオ・サルビーニ内務大臣は、「われわれはハンセン病のポピュリスト(大衆主義者)かもしれないが」という表現を用いつつ反論しました。

私は、このような表現はハンセン病に対する誤解を助長し、否定的な固定観念を深く根付かせ、ハンセン病の患者、回復者、そしてその家族に対する差別を助長する恐れがあることを指摘しました。

「国を代表するリーダーの言葉は影響力が大きく、言葉の選択には注意を払っていただきたい。」
完治する病であるにもかかわらず、世界の一部の地域では今なお、ハンセン病患者、回復者とその家族がスティグマ(社会的烙印)と差別に苦しんでいます。

患者、回復者の人権を守るため、2010年12月には、国連総会が、ハンセン病患者、回復者とその家族に対する差別撤廃の原則とガイドラインを承認する決議を、フランスおよびイタリアを含めた全会一致で採択しました。

私は、「今回の発言を契機に、マクロン大統領およびサルビーニ内務大臣には、ハンセン病患者、回復者がおかれている状況を理解し、この国連決議の意義を広めるためにご協力を要請したい」と述べました。

以下は、マクロン大統領及びイタリアのサルビーニ内務大臣へ送付した書簡の日本語訳です。

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閣下

日本からご挨拶申し上げます。世界保健機関(WHO)のハンセン病制圧大使、日本政府ハンセン病人権啓発大使としてこのお手紙を記しています。

閣下がナショナリズムの台頭をハンセン病と結びつけてお話しされたことを最近の報道で知りました。これは、ハンセン病に対する誤解を助長し、否定的な固定観念を深く根付かせ、ハンセン病の患者、回復者、そしてその家族に対する差別を助長するだけであり、最も嘆かわしい比喩であります。

この病気に対するスティグマを強めたり、ハンセン病回復者に苦痛を与えたりすることが閣下の意図でないことは、疑う余地はありません。しかし、今回の場合、結果的にそうなってしまったと言わざるを得ません。閣下のお言葉は広く多くの方に伝わり、影響力がありますゆえ、言葉の選択において細心の注意を払っていただくよう、強くお願い申し上げます。

完治する病であるにもかかわらず、世界の一部の地域では今なお、ハンセン病患者、回復者とその家族がスティグマ(社会的烙印)と差別に苦しんでいます。患者、回復者の人権を守るため、2010 年 12 月には、国連総会が、ハンセン病患者、回復者とその家族に対する差別撤廃の原則とガイドラインを承認する決議を、フランス(イタリア)を含めた全会一致で採択しました。

今回のことを契機に、閣下には、ハンセン病患者、回復者がおかれている状況をご理解いただき、この国連決議の意義を広めるためにご協力を賜りたく存じます。

敬具

「海洋研究所設立」―スウェーデン・マルメ市― [2018年05月28日(Mon)]
「海洋研究所設立」
―スウェーデン・マルメ市―


デンマーク空港から長い橋を渡って約40分でスウェーデンの港町マルメに到着する。

このマルメ市には、国際海事機関(IMO)が設立した主に途上国の海事関係者を養成する世界海事大学(WMU)が設立されて35年になる。キャンパスはマルメ市の協力で運営されているが、海事大学の主要学科や学生の2割は日本財団の協力で運営されている。

今やグローバリゼーション時代の中、人類生存の鍵を握るのは、人口爆発と急速な産業の近代化によって静かにしかも急速に悪化している海洋環境であり、このまま推移すると、海洋は人類の生活の負荷に何時まで耐えられるのかが心配である。

筆者は海洋環境の良好な保全には千年、1万年単位で対策を必要とする人類共通のテーマと考え、この度、世界海事大学の付属として「笹川海洋研究所」を設立した。

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Global Ocean Instituteの建物


以下はその折のスピーチです。

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WMU-Sasakawa Global Ocean Institute 開所式典

本日は、大いに期待をされてきたWMU-Sasakawa Global Ocean Instituteの開所式でご挨拶をさせて頂けることを、とてもうれしく思います。本インスティチュートは、これから持続可能な海を次世代に継承できるよう、人類の道標を担っていくわけですが、今後の話をする前に、これまで歩んできた過去の道のりについてまずお話させて下さい。

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式典で挨拶


私たちが海洋分野のプロフェッショナルの育成を開始したのは1980年代ごろです。当時、グロティウスが唱えた「海洋の自由な利用」という考え方は既に終わりを告げ、国際社会は一丸となって、国連海洋法条約(The United Nations Convention on the Law of the Sea:UNCLOS)を採択致しました。

この条約により、各国の管轄権の及ばないエリアに存在する海洋資源の利用と管理については「人類の共同財産」であるという原則が適応され、人類は新たな海洋管理の道を歩みだしたのです。

この新しい海洋管理のレジームを支え、そして次世代の海洋専門家を育成するため、日本財団は数々の専門機関等とパートナーシップを結び、若手プロフェッショナル向けの奨学金事業を開始しました。その記念すべき第1号がWMUとのパートナーシップだったことは、いまでも私達の誇りです。

これまで海洋学、気候変動、そして水産資源管理から海洋ガバナンスの分野にいたるまで、140カ国、1,200名以上の海洋専門家を育成してきました。

世界に目を向けると、この約30年で目まぐるしい変化を遂げました。世界人口は大きく増加し、世界経済も急激に成長しました。しかしながら、それは同時に地球環境、特に海洋環境に、今までにない負担をかけることとなったのです。

信じ難いことですが、この40年間で世界の海洋生物の個体数は50%も減少したと言われています。海洋生物資源の乱獲は、生態系のバランスを崩すだけでなく、沿岸で暮らし、漁で生計を立てている人々の生活を脅かしています。更に自体を悪化させているのは気候変動と地球温暖化です。これらは海の酸性化と海面上昇を引き起こし、それによって海の複雑な生態系は多大なダメージを与えています。

海洋管理の面では、新しく発見された海底資源の開発は、深刻な法的・政策的な問題を投げかけています。海全体の3分の2を占める公海の管理という課題も未だに解決策は見いだせない状態です。各国が権利を主張し合い、利害が衝突するなか、一つの共同財産であったはずの海は分割され、もはや一つではなくなってしまいました。

みなさま、私達が直面する海の課題は日に日に深刻化しています。私たち自身も、未来に引き継ぐべき海の資源を奪うことに無意識に加担していることを自覚しなくてはなりません。このまま有効的な対策をとらなければ、人類は経済活動を維持していくどころか、存在すら危ぶまれるのです。

IMOや海事産業および他の関係者たちは、海洋への悪影響を軽減する様々な努力を試みてきました。しかし、断片的に個々の国々や、枠組みが取り組んでいる今日では、残念ながら持続的な解決策を見出すことはできません。

無論、1982年の国連海洋法条約はグローバルな海洋管理の基盤であり、これを成し遂げたことは人類にとって大きな成果であることは間違いありません。しかしこの条約にもはっきりと、統合的な海洋管理の重要性を指摘しています。残念ながら、この条約の草案者たちは、海洋空間に起因する全ての問題が総合的に扱われるための友好的なメカニズムを導入しませんでした。

専門家が寄稿した報告書、”Ocean Governance: Security, Stability, Safety and Sustainability” でも、現状の断片的なアプローチの限界を指摘しています。当報告書はIMO IMLIのディレクターを勤めるアタード教授が総監修しました。

海洋問題が総合的に取り扱われるためには、新たな海洋管理のレジームを設立する必要があります。そしてそこには、Seventh Generation of Stewardshipの原理がなくてはならないと考えています。これは、かつて北米の先住民たちが生み出した原理であり、コミュニティで発生するあらゆる課題(個人的、政治的、社会的)に対して、7世代先の子孫への影響を考慮し、対処することを定めています。この原理を国際社会が有言実行することができれば、海の未来、そして人類の未来は確実によい方向に向かうでしょう。

この構想を具現化するためには、やはり、海と人類の1000年先のビジョンを描き、そこに辿り着くために達成すべきマイルストーンと、それらをサポートする分野横断的かつ科学的根拠が必要です。本インスティチュートがその役割を果たせると私は信じています。

これまでの人材育成事業の長年のパートナーであり、海事から海洋へと視野を拡大してきたWMUと、本事業を共にできることを私達は幸運に思っています。ともに、この研究所を国際的な産官学をつなぐハブに育て上げ、そして7世代のスチューアドシップの原理にならって、本インスティチュートの先導のもと、人類は持続可能な海を達成することができるでしょう。

この航海の舵取りを担うことになるインスティチュートのディレクター、ローナン・ロング教授には、あなたのリーダーシップの元、インスティチュートのミッションを達成できると大いに期待しています。

我々が力を合わせれば海が沈黙の苦しみから開放されるときは必ず来ると信じています。その実現に向けて、そして愛する海と、次世代のために、私達一人ひとりが役目を果たしていきましょう。

ありがとうございました。
「ちょっといい話」その94―パラオ共和国― [2018年05月11日(Fri)]
「ちょっといい話」その94
―パラオ共和国―


4月12日から、一泊三日でパラオを訪れた。

太平洋の島嶼国の一つであるパラオ共和国は、戦前、日本の南洋庁があった所で親日家が多く、多数の日本語が残っており、氏名に日本名の方も多い。

6代目の大統領は姓がナカムラで、現在の駐日大使はマツタロウが姓となっている。

太平洋戦争の激戦地であるペリリュー島では、先年、天皇・皇后両陛下が慰霊に訪問されたことを記念し、以来、ペリリュー島では4月9日が休日となっている。

パラオと日本財団の交流は、かつて笹川良一に、「本島であるコロール島とペリリュー島との間の運搬船が破損して往来が不可能になって困惑している。支援していただけないか」と当時の大統領より陳上があり、新造した船『日本丸』を支援したが、これも数年前に台風で破損。二代目『日本丸』を支援した。また、海域の不法操業や犯罪防止のための巡視船や小型警備艇とその施設も支援した。

パラオと日本財団の長い交流の歴史から、恥ずかしながら、財団を代表して上下両院で同国三人目の名誉国民に推挙された。

以下、その時のスピーチです。

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国会には各大臣らも出席

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パラオの名誉国民というこの上ない誇りある栄誉をいただいたことに加えて、本日ここに歴史かつ由緒あるパラオ国民議会でお話をさせていただく機会を得たことは、私の人生の中でも忘れがたい名誉であります。

ご存知の通り、私たちの海は、本当に危機的な状況に瀕しているにも関わらず、国際社会は今も海洋権益を巡る国家間による争い、そして募る核の脅威などにより、身動きが取れない情況にあります。

そんな中、気候変動に伴う海洋環境の変化、水産資源の枯渇やプラスチックをはじめとする海洋ゴミの問題は、国土の面積よりもはるかに広大な美しい海を抱える島嶼国のみなさんにとっては、本当に切実な問題かと思います。

パラオは、2015年にMarine Sanctuary構想をこの議会で決議し、2020年からの実施に向けて精力的な活動を続けるほか、2020年にはOur Ocean Conferenceの主催についても表明するなど、海洋保全(Ocean Conservation)のための先駆的な取組みをリードしています。

しかし、人類が向かっている軌道を真に変えるためには、さらなる協調と連携が必要です。隣国でもあり、歴史的にも深い関わりを持つ私たち日本とパラオは、世界の海の問題の解決することができる理想的なパートナーシップが築けると信じてきました。

日本財団は、パラオの海、そして私たちの海を守るためにパラオに対する支援や連携を今後もおしみなく継続していきます。そしてこのパートナーシップは、世界の海を守るための国際社会の取組をリードすることができると信じてきました。そして、私達が実施した多様なステークホルダーを巻き込んだイノベーティブな事業は、まさに、各国が協力することによって何が達成できるのかを国際社会に示すことができた、よい事例と言えるでしょう。

この事業では、パラオ、日本、アメリカ、オーストラリアが手を結び、ミクロネシア3国の海上保安能力強化に取り組みました。ミクロネシア3国の中でも供与された小型艇を効果的に活用するなど、プロジェクトに精力的に取組んでいるパラオ政府との間では、2015年にパラオと日本の海洋アライアンス構想に関する覚書を締結しました(21st Century Palau Japan Ocean Alliance)。

これは、日本財団のパラオに対する期待の表れの一部でもありますが、この構想に基づく具体的な支援策の一つでもある、40m型巡視艇「KEDAM」とDMLE (Division of Marine Law Enforcement)の新庁舎の引渡しを先の2月に無事終えることができました。

覚書に基づく支援策は、海上保安能力の強化のみならず、パラオにおけるにエコツーリズムの普及を中心とした、パラオの海を持続可能な形で発展させるための包括的な内容となっています。また、海の問題のみならず、パラオが抱える社会的なその他の課題についても、レメンゲサウ大統領とは個別にお話をさせていただいています。

島嶼国が抱える社会的な課題に対して、日本財団として何ができるのか、また、日本政府と共にできることがないのかなど、今後も引き続き大統領との対話を行っていければと思います。そして更にはパラオ国民の生活や意識の改善につながるような支援をしたいと考えています。

私は、常々、私たちの美しい海を次世代に引継いでいくためには、1000年先を見据えたビジョンや取組みが必要ではないかと訴え続けています。

2017年6月にNYで開催された国連世界海洋会議(UN Ocean Conference)では、国際的な海洋管理を統括する政府間パネルを新たに創設することが必要ではないかとの提案もさせていただきました。いくつかの国からは、この提案に賛同する意見も既にいただいています。

人類がこれからも永遠に海と共に生きていくためには、海に寄り添い、海のことを本当に憂い、想う人々がまずは手を取り合い、つながっていくことがなくてはなりません。我が二カ国の国民たちで実現できると信じています。そして国際社会に対し、手を取り合うことによって生まれる力を示してけるでしょう。

忘れないで下さい。私たち日本とパラオの人々は、共に海の人(Chad ra Daob:アーダラ ダォブ)であることを。
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