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ノーマン・ボーログ博士と米国議会名誉黄金勲章 [2007年07月30日(Mon)]

左からペロシ下院議長、ボーログ博士、ブッシュ大統領





「ノーマン・ボーログ博士と米国議会名誉黄金勲章」


米国議会初めての女性下院議長、ナンシー・ペロシからノーマン・ボーログ博士・米国議会名誉黄金勲章授章式の招待状が届いた。

米国には軍人を除いて勲章制度はない。
あるのは今回の議会名誉黄金勲章(Congressional Gold Medal)と大統領自由のメダル(Presidential Medal of Freedom)の二つがあるだけである。

議会名誉黄金勲章は、上下両院の2/3の賛成で決定されるもので、第1回の受章者は1776年、ジョージ・ワシントンであった。

以下、年代順に主な受章者を書き出してみる。

1909年 ライト兄弟
1928年 リンドバークとエジソン
1962年 マッカーサ元師
1969年 ウィンストン・チャーチル
1979年 ジョン・ウェイン
1997年 フランク・シナトラマザー・テレサ
1998年 ネルソン・マンデラ2000年 パウロU世法王

私はゲスのカングリで、フランク・シナトラの受章は、マリリン・モンローをケネディ大統領に紹介した功績に違いないと考えていた。

しかし、これは大変な誤りで、1997年の受章であるから、ケネディ大統領とは関係のないことがわかった。それにしても、マフィアとの関係も噂された俳優の受章理由は良くわからない。

なお、大統領の「自由のメダル」は大統領の判断で決定する。

米国では、なぜかノーベル平和賞と大統領メダルと議会名誉黄金勲章を3大賞と称し、3賞受賞者は、マンデラ、ウィーゼル、マザー・テレサ、マーチン・ルーサー・キング牧師で今回のノーマン・ボーログ博士は5人目であるとの説明があった。

受章式は国会議事堂のロトンダ・ルームで催された。


受章に際し、挨拶をするボーログ博士



読者ご承知の通り、米国の国会議事堂はキャピトル・ヒルと呼ばれる小高い丘に建ち、向かって左側が上院、右側が下院となっており、中央のドームの下がロトンダ・ルームで、建国の歴史が油絵で描かれている由緒ある場所である。

約150名ほどの少数の出席者ではあったが、格調高い式典であった。

壇上には
ボイヤー(下院共和党院内総務)
ホイヤー(下院民主党院内総務)
マッコーネル(上院共和党院内総務)
ライド(上院民主党院内総務)
ペロシ(下院議長)
ブッシュ大統領が並び、
大統領と上下両院の首脳が一堂に会した、珍しい光景であった。

しかし、気のせいか、支持率30%のブッシュ大統領に精彩はなく、初めての女性議長であるペロシの引き立て役のような感じがした。挨拶も取り立ててコメントするほどのものではなかった。

ノーマン・ボーログ博士は今年93歳。ガンと闘いながら、今も貧困国での食料増産の指導を行っている。

1984年、エチオピアで発生した飢饉を解決するために、インド、パキスタンでの食糧増産に成功し、『緑の革命』でノーベル賞を受賞されたノーマン・ボーログ博士に協力を要請した。

以前、京都大学の今西錦司博士、東京農大の近藤典生博士、そしてノーマン・ボーログ博士、父と私の5人で昼食を共にしたことがあり、そのご縁を頼りに協力を要請したわけである。

父の連絡に博士は「72歳になったので隠退を考えているので勘弁して欲しい」との返事であったが、
父から「私は85歳でもアフリカに行って働く。72歳の貴男はまだ青年だ。隠退するには若すぎる」との再三の要請が功を奏し、それ以来、、笹川アフリカ協会の会長として、サブ・サハラ以南のアフリカの農業指導をされている。

このプロジェクト名は「ササカワ グローバル2000」という。この名前はサブ・サハラのアフリカに浸透しており、ガーナにはササカワという名前のサッカー・チームがあり、子供にはササカワという名前の子供も多数いる。

アフリカの人々に、貧しいながらも3食腹一杯食べさせたい。この夢の実現のために、我々は20年間頑張ってきた。今日も仲間が、アフリカの灼熱した大地で貧しい農民と共に汗をかいている。

最近、援軍が現われた。ビル・ゲイツがこの事業に興味を示してくれたのである。なんとか彼から資金調達をしたいと、案を練っているところである。
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コメント
一口に20年と言っても、生まれた子が20歳になるまでの期間。
地道にコツコツ続ける事の大事さを感じると共に、一念は岩をも通すとはこの事だと感じました。
Posted by: mayami  at 2007年07月31日(Tue) 08:02

さすがわ「ササカワ」会長ですね
日本の農業改革も高齢者社会を迎えてかなり急速にすすんでいるように思います
ビル・ゲルツさんの支援を求めようとは面白いですね
スピルバーグ監督とビル・ゲルツ氏のおふたりの方から楽しいお誘いがありそうに思いますクローバー
しかし、農業のイメージって困った まだまだなのですね
Posted by: 金丸千恵  at 2007年07月31日(Tue) 01:10