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第2回 中曽根康弘と安・竹・宮 ゴルフ会 [2007年07月06日(金)]

第71〜73代、長期にわたり内閣総理大臣を務められ、89歳になった現在でも元気な中曽根康弘先生                   (官邸ホームページから転載)



「第2回 中曽根康弘と安・竹・宮 ゴルフ会」


1987年8月、中曽根首相(当時)は「ニューリーダー」と呼ばれる安倍晋太郎竹下登宮澤喜一の各先生とゴルフを共にされた。

誰とはなしに第2回、中曽根先生と安・竹・宮(安倍晋太郎、竹下登、宮澤喜一)のゴルフを実現しようとのことになり、不肖、私が連絡役となった。日付は忘れたが1990年8月のことであった。

抗癌剤の影響か、安倍先生の体調は思わしくなく、前日の夕食会もほとんど手をつけられなかったが、気力を振り絞って18ホールを中曽根、竹下両先生とプレーされた。

宮澤先生は参加を確約されていたが、急遽、江沢民との会談がセットされたことで、帰国途上の上海から北京へ戻られた。

結局、第2回・中曽根と安竹宮ゴルフは、宮澤先生の欠席で実現しなかった。

ちなみに安倍晋太郎先生のゴルフはこれが最後となり、翌年5月、逝去された。

東大大好き人間の宮澤先生は、ある時、竹下登先生との会合で「竹下さんの早稲田大学入学時には入学試験がありましたか」と質問されたことは、有名な話として残っているが、竹下先生は大人の対応でニコニコして無視されたらしい。その竹下先生の尽力で宮澤先生は首相になられた。

スーパー・エリートとして活躍された先生ではあったが、政治家としては、人情の機微には薄い人であった。

今や「安・竹・宮」は旅立たれた。

中曽根先生のご長命を祈るのみである。
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コメント
 また、宮澤元総理の話になりますが、おっしゃる通り、東大中心のお考えの方だったのでしょうね。あなたは何年卒ですか、と聞かれるときは、「東大の」が当然の枕詞だったという話でしたが・・・。
 ともあれ、憲法問題に一家言のある宮澤、中曽根両元首相でした。中曽根元首相には、ますます発言をしていただきたいものです。議論は盛んにしておかなくてはいけないと思います。
Posted by: 橋本 靖明  at 2007年07月06日(金) 10:57