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「ハンセン病制圧活動記」その49―インドネシア― [2019年02月14日(Thu)]
「ハンセン病制圧活動記」その49
―インドネシア―

星塚敬愛園機関誌『姶良野』
2019年1月号

WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平

昨年2017年11月11日から16日の6日間、インドネシアの首都ジャカルタと北東部のゴロンタロ州を訪問した。この半年で2回目の訪問である。インドネシアにおけるハンセン病の新規患者数は16,826人(2016年)で、この数はインド、ブラジルについで世界で3番目に多い。2000年にWHO(世界保健機関)の制圧目標(人口1万人に1人未満になること)は達成しているが、現在、州レベルでは全34州のうち12州がこの水準を満たしていない。今回は、未制圧州であるゴロンタロ州で、ハンセン病対策の視察を行うとともに、ジャカルタでは副大統領や州知事と面談してハンセン病対策の強化を要請した。

日本からジャカルタを経由し2日がかりでスラウェシ島にあるゴロンタロ州に到着した。活動初日は朝から地元のラジオ局でのトークショーに出演した。ガラス張りのスタジオには、司会者、保健局のアリフ医師、ハンセン病回復者団体「ペルマータ」のアル副代表、筆者が入った。司会者の軽快な声とともに番組がスタートし、アリフ医師がゴロンタロ州におけるハンセン病の現状を説明した。私からは、世界のハンセン病事情を紹介し、「みなさんが怖い病気だと思っているハンセン病は実はそれほど怖いものではありません。もし、皮膚に白い斑紋を見つけたらすぐに病院に行ってください。薬も無料で、障害が残らずに治りますよ。ラジオを聴いている皆さん、家族でチェックをしてください」と訴えた。アル副代表は6歳のときに発病したが恥ずかしくて病院に行かなかったため、手に障害が残ってしまった自らの経験を語り、早く病院に行くことの大切さを訴えた。つくづく当事者自身の話は、説得力があると感じる場面である。この番組の特徴はリスナーからの質問を受ける時間があることだ。質問の中には「患者と一緒に食事をすると感染するのか」といった誤解に基づく質問もあり、1つ1つ丁寧に答えた。これまで、外国のテレビやラジオのトークショーには何度も出演する機会を得ているが、地域住民の率直な疑問に答える番組は初めてで、画期的だと感じた。今後はこうした機会を増やしていきたい。

写真@ラジオ番組に出演。筆者隣がアル副代表.JPG
ラジオ番組に出演。筆者隣がアル副代表

午後には、ハンセン病患者を診察する病院を訪れた。頭にはイスラム教特有の白い「ヒジャブ」という布を被り、清潔感のある白い制服の看護師達が迎えてくれた。雨季であるはずなのに太陽が肌を刺すように暑く、中庭にはサボテンが生い茂り、近くで咲く真っ赤なハイビスカスとのコントラストはまさに南国特有の原色の風景である。ここは1942年に旧日本軍が武器庫として建設した後、ハンセン病専門病院として使用され、現在では一般診療も行う地域の総合病院として年間17,000人の患者が訪れている。

病院の裏には回復者の住む黄色い壁の古い建物があった。私を迎えてくれた回復者1人1人を抱きしめ、挨拶を交わした。そばにいた地元のメディアに、「これまで数千人の人と握手し、抱擁を交わしたが、ハンセン病には罹らなかった」と語りかけ、ハンセン病がうつりにくい病気であることを説明した。次に花柄のヒジャブを被った年配の女性に、「お母さん、調子はいかがですか。私と握手したら、100歳まで生きられますよ」と冗談を言うと、素敵な笑顔を返してくれた。道を挟んだ向かい側には田んぼが広がり、草を食んでいる牛の傍には、藁葺き屋根の小屋が並んでいた。小屋はレンガ火鉢を作る工場として使われていた。火鉢を売ることで彼らは現金収入を得ているのだそうだ。

写真A病院の裏に住む人々と交流.JPG
病院の裏に住む人々と交流

夜はTVRIというテレビの生放送に出演することになった。地元保健局の担当者、回復者団体のアル副代表と私が参加し、午前中のラジオ同様に司会者の進行で視聴者の質問に答える形式の番組であった。まずハンセン病について保健局の担当者が説明し、続いて私は病気だけでなく差別の問題も同時に解決しなければいけないことを伝え、そのことを両輪がうまく回らないとバイクは動かない事を例えに、前輪を病気の問題、後輪を差別の問題として説明した。視聴者からは「ハンセン病になったらどうすればいいのか」や、「ハンセン病患者が妊娠したが生まれてくる子供に問題はないか?」などの質問が寄せられたことに対し、ハンセン病は遺伝する病気ではなく、簡単にはうつらないことを強調した。視聴者とのやり取りを通じて、病気に対する誤解がまだまだあることに愕然とした。

写真Cその場で質問を受けるテレビ生番組に出演.JPG
その場で質問を受けるテレビ生番組に出演

2日目、リンボト小学校で試験的に行われているハンセン病の啓発活動を視察した。幹線道路沿いにあるこぢんまりとした学校の校庭には、200人ほどの児童が目をキラキラさせて私たち一行を歓迎してくれた。私は、「両親からハンセン病は怖い病気と言われているかもしれないが、薬があるので治るようになったと家に帰って話して欲しい」とお願いすると、大きな声で「約束します」と答えてくれた。彼らが帰って家族に正しい知識を伝えてくれることを願い、学校を後にした。

写真B配布されたハンセン病に関するリーフレットを熱心に読む小学生たち.JPG
配布されたハンセン病に関するリーフレットを熱心に読む小学生たち

学校から車で10分ほどのところに回復者が住んでいるというので訪れた。火事で廃墟のようになったイスラム教寺院に住む一家で、夫と死別した母と子供3人が、1週間前に別の州から引っ越して来たばかりという。母親は病院に行くのが遅れたために、左手には障害が出ていた。2ヶ所目は、入り組んだ住宅街の奥に住む高齢の女性で、一度薬を飲んだが副作用が苦しくて途中でやめてしまったために、再発したという。女性のかたわらにいた「大工になるのが夢だ」と言う孫に、私からおばあさんがちゃんと薬を飲むように見ていて欲しいとお願いした。

3日目、出張の最終日は、ジャカルタで要人との面談で、最初にアニス州知事とお会いした。アメリカで教育を受けた若手気鋭の政治学者から政治家に転身し、次の大統領の有力候補とまで言われている。知事には、インドネシアでのハンセン病対策の強化を要請することに加え、ハンセン病回復者団体「ペルマータ」の認知度を上げることだった。そのため、「ペルマータ」のパウルス代表とアル副代表にも会談に同席してもらい、直接彼らの話を知事に聞いてもらった。会談のあと予想を超える数のテレビや新聞社がこのことを報道してくれたことも大きな収穫だった。ハンセン病対策はメディアの協力が欠かせない。我々の活動を報道してくれ有難いことであった。

ジュスフ・カラ副大統領との面談は、2005年にマラッカ・シンガポール海峡の安全確保とハンセン病対策への協力を要請した時以来となる。 副大統領は、海運会社のオーナーであり、ハンセン病蔓延地域のひとつマカッサル出身でもある。私は、「病気が治っても酷い差別が残っているインドネシアのハンセン病を根絶したい。そのため、最重要国として、できるだけ多く訪問したい」と強調した。副大統領は、「私の故郷もハンセン病が蔓延し、昔は多くの施設があった。あなたの活動に心から感謝する」と労ってくれた。

最後に、日本財団が10年に渡って支援している義手や義足を作る義肢装具士養成学校を訪れた。毎年15〜20人の義肢装具士を養成している。来年夏には支援を終え、インドネシア政府にすべての運営を引き継ぐことになっている。卒業生は東南アジア諸国をはじめ海外でも活躍している。私達の訪問を、全校生徒に加えて、卒業生までもが歓迎してくれた。印象的だったのは、「ペルマータ」のアル副代表が義足の製作過程や、リハビリの様子を熱心に見ていたことだった。ハンセン病患者・回復者の中には義足を必要とする人も多く、仲間のために学んで帰りたいという気持ちが痛いほど感じられた。彼は、今回の全行程に同行し、「ペルマータ」を全国組織にしていくことを目標にしたいと言ってくれた。

今回の訪問では、ラジオやテレビを通じて直接視聴者からの質問を受けることで、地元の住民がどんな疑問を持っているのかを知ることができ、対話の重要性を感じた。インドネシアは私の活動の重点国であり、2018年は6回訪問したいと計画している。
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会長さんの行動力、発信力さらにタフさに脱帽! 飛騨弁で「タメラッテ クレンサイ」 健康にお気をつけて、お元気でお仕事を!
Posted by: 蒲池龍之助  at 2019年02月14日(Thu) 13:24