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「ハンセン病制圧活動記」その47―インドネシアのハンセン病対策 ― [2019年01月24日(Thu)]
「ハンセン病制圧活動記」その47
―インドネシアのハンセン病対策 省庁の垣根を越えて動き出す―

大島青松園機関誌『青松』
2018年11・12月号

WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平

2018年10月1日から6日の5泊6日でインドネシアの首都ジャカルタと地方都市であるマルク州アンボン市を訪問した。本訪問直前の9月28日に同国中部のスラウェシ島にて地震と津波が発生し多くの方が犠牲となった。スラウェシ島は本年3月に今回同様ハンセン病制圧活動で訪れ、豊かな自然に囲まれた美しい都市が印象的であったが、報道を通じて大きな被害を受け変わり果てた姿を目の当たりにし、しばし言葉を失った。犠牲者並びにインドネシア国民の皆様に深い哀悼の意を表する。そして緊急事態の中ハンセン病制圧活動を重視し訪問を受入れて下さったインドネシア政府に改めて感謝申し上げたい。

写真1.jpg
スラウェシ島での地震災害への募金活動を行う若者たち


インドネシアは東南アジア南部に位置する国家で、赤道をまたいで16,000を超える世界最多の島で構成される国家だ。人口は世界第4位の約2億5,000万人を有し、イスラム教徒が9割を占める。2000年にハンセン病の制圧を達成しているものの、2002年以降患者数が増加傾向にあり今尚17,000人ほどのハンセン病患者がいる。この患者数はインド、ブラジルに次いで世界で3番目に多い数字だ。今回の訪問では、どのように患者数を減らし、また、差別・スティグマを社会から取り除いていくにはどのような方策が効果的かについて中央政府・地方政府そして回復者組織であるPerMaTaと議論を重ね、メディアを通じて広くインドネシア国内へ周知するための活動も行った。

10月2日早朝、インドネシアのハンセン病回復者団体PerMaTaの代表パウルスさんと副代表のアルカドリさんが我々の宿泊するホテルまで会いに来てくれた。今までハンセン病制圧活動を共にしてきた仲間であり、今回の旅でも行動を共にする心強いパートナーだ。PerMaTaは現在インドネシア国内に4つの支部をもち、今回の旅中に訪れるマルク州アンボン市で5つ目の支部を開設する予定なのだ。ひとしきり再会の喜びを分かち合った後、国民福祉担当調整省でのハンセン病啓発会議に出席するため車でホテルを出発した。ホテルから国民福祉担当調整省までの距離は10キロにも満たないが、車で優に1時間以上もかかる。なぜならジャカルタは世界一とも言われる渋滞都市だからだ。通勤に向かう車、いたるところで乗客を拾うバス(インドネシアにはバス停がなくどこでも乗降可能)、そして道路を縦横無尽に疾走する大量のバイク。国の発展・活気を象徴するかのような熱気に満ちた交通事情を体験し、目的地である国民福祉担当調整省に到着した。

写真2.JPG
渋滞が半端ないジャカルタ市内


因みに、調整省という名前は日本では聞きなれない名前だが、インドネシアの行政機構の特徴的な省なのだ。日本では各省庁は独立しており、所謂縦割り行政に陥りがちだが、ここインドネシアは複数の省を統括する調整省がある。国民福祉担当調整省は宗教省、保健省、社会省、文化・初中等教育省、研究開発・高等教育省、村落移民省などを管轄しており、関係省庁の連携が円滑になるよう、その名の通り「調整」している。ハンセン病についてはこの国民福祉担当調整省が主導権をもって、今回はじめての啓発会議を開催してくれた。

シギット国民福祉担当調整省次官は、5年間ハンセン病のクリニックで勤務した経験もあり、ハンセン病への造詣が大変深い。シギット次官から「クスタ(インドネシア語でハンセン病のこと)の問題は病気だけでなく、差別・スティグマが伴います。ですから、保健省だけでなく様々な省庁が協力して解決に当たらなければならない問題であり、調整省の責任者として関係省庁の担当者を集めた啓発会議を企画しました」と説明された。私は長年ハンセン病制圧活動に従事し各国の取組を見てきたが、中央政府の高官レベルで関係省庁が協力して啓発会議を開催した例はあまりなく、このような先進的な取組に興奮を覚え、期待に胸を膨らませて会議に臨んだ。

啓発会議には、国民福祉担当調整省とその管轄にある宗教省、保健省、社会省、文化・初中等教育省、村落移民省、そして別の調整省の管轄下にある内務省、通信・情報省、労働省からの担当官が30名ほど詰めかけていた。冒頭保健省よりインドネシアにおけるハンセン病の現状が説明された。ハンセン病の患者を少しでも多く見つけ治療することの必要性は理解しているものの、担当者にとって患者が増えることは職責から問題になることを恐れるケースもある。そして患者にもハンセン病と診断されることへの恐怖・恥という概念が根強く残っており、なかなか活動が上手くいかないといった現場の切実な本音が共有された。この様子をじっと聞いていたシギット次官は「私は、新しいクスタの患者を発見することに対して恥ではなく名誉を与えたいと思います。新しいクスタの患者を発見することは名誉と考えましょう」と提案した。私はシギット次官の考えに賛意を示し、患者を見つけることは不名誉でも恥でもなく、社会が持っている差別・スティグマという病気も啓蒙することが肝要であること、そして、このような省庁横断型で取組むことの重要性を改めて伝え、次回の会議にも必ず参加することを約束した。

写真3.JPG
左からPerMaTaの代表パウルスさん、シギット次官、筆者、副代表のアルカドリさん


その日の夕刻、ジャカルタ・ポストの取材を受けた。記者のアリ・ヘルマワンさんは若くして編集幹事に抜擢された人物で、母親が元ハンセン病患者ということもあり、ハンセン病の正しい知識を広く社会に伝えていくことに大変意欲的な好青年だ。私からは、省庁横断型でハンセン病対策を進めようとしているシギット次官の取組を紹介し、ハンセン病の薬は無料で早期発見・早期治療で完治すること、従って差別をしてはならないと社会を啓蒙し、患者が自ら病院へ通うようになれば、患者をゼロにすることが出来ることを伝えた。アリさんは力強く頷き、引続きメディアの視点から啓発を進めていきたいと話してくれた。
翌日10月3日、ジャカルタから東に約2,500キロに位置するマルク州アンボン市に移動した。飛行機で約4時間かかる距離だ。アンボン市はインドネシア東部最大の都市で人口37万人を擁する。1999年にキリスト教徒とイスラム教徒による「マルク宗教抗争」のため多数の死者が発生し、現在でも対立が完全に収束したわけではないとのことだが、印象として治安はそこまで悪くはない。しかしこの町のハンセン病有病率は2017年の統計によれば1万人に2.49人であり、紛れもなくハンセン病対策が遅れてしまっている地域なのだ。ジャカルタに勝るとも劣らない雑然とした交通渋滞に巻き込まれながら空港からホテルへ移動し、その日は翌日からの活動に備えた。

10月4日早朝、マルク州知事主催の会議に参加するため知事庁舎へ向かった。庁舎に到着すると知事の姿はまだなく、しばらく会議場で待つことにした。少しすると州職員の様子が慌しくなり、程なくして多数の職員に随行されたマルク州知事のサイード・アサガフ氏が会場へと現われた。州職員が会議よりも知事への気遣いに追われている様子に、当地のハンセン病対策がどのようなものになっているのか一抹の不安を感じながら会議に臨んだ。

会議には州の保健局をはじめとする関係部局に加え軍・警察の担当者も合わせて3人ほど参加していたが、各人のテーブルには一枚の書類もなく、今日は何の会議なのか、何故自分たちが参加しているのか十分情報が共有されていない参加者も多数いるようだった。私の長年の経験で、全く形式的な会議であったが、これからも具体的成果が出るまで何遍でも訪問を続けるつもりだ。

午後は、インドネシア国営テレビに出演した。私はここ数年ハンセン病制圧活動で訪れた国では可能な限り現地のテレビ・ラジオ番組に出演することにしている。なぜなら、ハンセン病に関する正しい知識を多くの方に知って頂くには何より現地メディア、特にテレビ・ラジオは発展途上国の経済的に貧しい地方都市でも多くの家庭で所有しており啓蒙活動には有効な手段なのだ。

インドネシア国営テレビ局はアンボン市の小高い岡の上に位置している。局からは美しいバンダ海と雄大なアンボンの自然が調和したなんとも贅沢な景色が広がっていた。番組に出演するのはPerMaTaの代表であるパウルスさん、マルク州疫病対策部長のリタさん、私の3人だ。番組では私が発言している最中にイスラム教のお祈りの時間が始まったとのことで生放送ながら3分間中断が入るといったインドネシアならではの事情も体験しつつ、家族で互いに皮膚をチェックしハンセン病の早期発見・早期治療に務めることの重要さ、そしてハンセン病は神罰でも呪いでも遺伝でも、風邪のように強く伝染する病気でもなく、薬を飲めば治る病気で恐れるものではない、とのメッセージをパウルスさん、リタさんと一緒に伝えた。

写真4.JPG
国営テレビの1時間番組に出演


翌10月5日はインドネシアの公共ラジオ放送の朝の番組への出演から始まった。このラジオ番組の特徴は、視聴者からの質問・相談を受け付けその場で答えることにある。我々が気付かないハンセン病に関する素朴な質問から、ハンセン病患者自身からの体調に関する相談まで、視聴者が日々の生活で疑問に思っていてもなかなか知る機会がない生の情報を伝えるからこそ番組への関心も高いようだ。今回の放送では短い時間ながら全部で6つも質問を頂戴した。中には「インドネシアのクスタ制圧にどのように日本が貢献していくのか」といった国際感覚に溢れた質問もあった。日本の活動がインドネシアの人々に期待されていると同時に、期待に応えるよう責任感を新たにした。

アンボン市長との面談と啓発会議については、事前に私の訪問と会議開催が決まっていたのに市長は不在であった。他に緊急の用件が発生したのかも知れないが、率直に言って落胆と同時にこの地域での取組みの不関心を感じた。市長不在の啓発会議が終わりに差しかかった頃、回復者団体PerMaTaの代表であるパウルスさんがおもむろに立ち上がり自己紹介をした上で、ハンセン病回復者は手を挙げて欲しいと会場を見渡した。不安な表情を浮かべつつも、10人程が手を挙げるとパウルスさんは「回復者団体PerMaTaがここアンボン市に支部を開設することについて皆さん賛成ですか」と質問した。挙手した回復者は戸惑うような素振りを見せたが、ハンセン病患者・回復者に対する差別・スティグマがない社会をつくっていくというPerMaTaの使命・役割を熱く語りかけた。初めは雲を掴むような様子で聞いていた回復者も、パウルスさんの真っ直ぐな志に突き動かされたのか、パウルスさんがもう一度PerMaTaのアンボン支部開設の是非を尋ねてみると、みな力強い声で賛成と答えた。パウルスさんは「私はPerMaTaの代表として、ここにPerMaTaのアンボン支部を正式に開設します」と高らかに宣言した。

写真5.JPG
PerMaTaのアンボン支部に参加することを表明してくれた回復者の方々と


今回のインドネシア訪問では、省庁の垣根を越えてハンセン病の制圧活動に取組み始めたインドネシア政府、そしてその強力な支えになるであろう回復者組織PerMaTaの成長など多くの希望の萌芽を感じることが出来た。この希望の萌芽が花開くよう、これからもインドネシアを頻繁に訪問し、ハンセン病制圧活動に協力していきたい。

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コメント
この度、権威あるガンジー平和賞のご受賞、心よりお慶び申し上げます。
今後もご健康にご留意され、ご活躍くださることをお祈り申し上げます。
全日本剣道道場連盟事務局 一同
Posted by: 全日本剣道道場連盟  at 2019年01月24日(Thu) 15:40

笹川 陽平会長樣
本日新聞報道で、「ガンジー平和賞」の受章を知りました
誠におめでとうございます
長年の地道な活動が認められて
本当に良かったと思います
「一隅を照らす」という言葉を
深く噛み締めました
Posted by: 礼三郎  at 2019年01月24日(Thu) 11:05