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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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「ハンセン病制圧活動記」その44―インド東部のオディッシャ州を訪問して― [2017年09月20日(Wed)]
「ハンセン病制圧活動記」その44
―インド東部のオディッシャ州を訪問して―


大島青松園機関誌『青松』
2017年7・8月号

WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平


3月17日から22日までインドのオディッシャ州とデリーを訪問しました。ハンセン病の回復者と家族が暮らすコロニーを訪問すること、また彼らの尊厳や人権の回復、そして生活状況の改善を州と中央の政府に訴えることが主な目的です。なお、インドでのハンセン病制圧活動は今回で56回となりました。

実は今年の1月末から2月初めにかけても、ハンセン病差別撤廃のイベントであるグローバル・アピールと蔓延州訪問のためにインドを訪問しており、そのときにオディッシャ州を回る行程を組んでいました。しかし出発直前になって、オディッシャ州で選挙が始まるので、訪問を延期して欲しいとパートナー団体であるインド・ハンセン病回復者協会(APAL)から連絡が入り、急遽予定を変更しました。そして1ヶ月後に改めて訪問することになったのです。
 
インド東部に位置するオディッシャ州はかつて貧困地域でしたが、近年鉄鉱石や石炭など鉱物資源が採掘されるようになってから、大手企業が進出し、産業が急速に発展しています。そのおかげでインドの中では珍しく電力の供給が安定した州となり、私が滞在している間は一度も停電がありませんでした。しかし、この豊かになりつつある州でもハンセン病の問題は依然として残っています。インド保健省の報告によると昨年発見された新規患者は10,174人で、これは全国の約8%にあたります。また、人口1万人のうち患者の割合を示す有病率は1.35で、インド全体の0.65を大きく上回り、WHOの制圧基準をいまだ達成していない数少ない州です。
 
首都のデリー経由で、オディッシャ州の州都ブバネーシュワルに飛行機で移動しました。空港の前には、インド・ハンセン病回復者協会(APAL)の州リーダーであるウメシュ氏やその他のメンバーたちが太鼓やタンバリンを叩いて大勢で出迎えてくれ、マリーゴールドの花輪をいくつも首にかけてくれました。彼らの生活が楽ではないことを考えると、このプレゼントは嬉しいようで、少し申し訳ない気持ちでした。

@APAL州リーターのウメシュ氏と2年ぶりの再会.JPG
APAL州リーダーのウメシュ氏と2年ぶりの再会


早速行動開始です。空港から直接向かったのは、B.K.ミシュラ人権委員会委員長です。同席した州リーダーのウメシュ氏は、この委員長に対して住居環境の改善について23件の要求を提出しています。強制力はないものの、委員長は非常に協力的で、会合にハンセン病の現状学習のためオリッサ州立大学法学部の女学生15人を出席させるなど、ミシュラ氏の真面目な対応が感じられました。私からも、回復者の生活改善について再度お願いをして会談を終えました。

会場を移して行われた医療従事者との会合では、オディッシャ州の活動が報告されました。報告によると、政府主導のLCDC(ハンセン病患者発見キャンペーン)というプログラムを昨年9月から10月にかけて行った結果、4,498人の患者が発見されたこと、「ASHA」と呼ばれる保健ボランティアが蔓延地域の世帯を一軒一軒回り、皮膚などに症状が出ていないか確認する活動などが成功しているとのことでした。

次に向かったのは、メヘルダ州保健省事務次官との会合です。次官から、州が新規患者の発見に努めているだけではなく、障害のある患者に対して再建手術やリハビリテーションを行って社会復帰を促す取り組みについての報告がありました。それに対して私から「新規患者数が多いということは、それだけ早期発見のための活動が積極的に行われている証拠で、活動を高く評価したい」と伝えました。

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メヘルダ州保健省事務次官との会合


翌日は州都のブバネーシュワルから車で3時間ほどのデンカナルという地域を訪問しました。街を少し離れるとのどかな田園風景が広がります。牛がのんびり寝ていたり、ブーゲンビリヤなどの色鮮やかな花々が咲いていたりするのを見ていると、長旅の疲れが消えていくような気持ちになります。

地域保健センターでは、患者の発見活動をする保健ボランティア「ASHA」と呼ばれる女性たちが、青と紺色のサリーを身にまとって私の到着を待っていました。彼女たちによってハンセン病とわかった男性、女性、子どもからお年よりまでさまざまな患者10名が村から私に会うために保健センターまで足を運んでくれていました。なかには11歳の少年もいましたが、早期発見・早期治療のおかげで障害がありません。このことは少年の未来を明るいものにします。私は「ASHA」の人々に向かって「ハンセン病は発見が早いと障害が残らない病気です。皆さんの活動は人の人生を明るくする誇り高い活動です」と激励すると、彼女たちは誇らしげに微笑みました。

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「ASHA」(中央)と彼女が見つけた患者さんと


ブバネーシュワル近郊のラムクリシュナパリー・ハンセン病コロニーでは、住民300人のうち、90人が障害者証明書を持っており、そのほとんどは職業欄に乞食(*)と書かれていたのには驚きました。コロニーのリーダーは「住民には土地の所有権がなく、いつ追い出されるか気が気ではない。また政府からの支援金が十分ではなく家族を養うことができない」と悲しそうに陳情されました。私は「州リーダーのウメシュ氏が私に同行して首相や知事に直接皆さんのお願いを伝えます。私もできるだけ皆さんの生活が改善されるよう支援します。希望を持ってお互いにがんばりましょう」とエールを送りました。

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コロニー住民のみなさんを激励


オディッシャ州滞在中、州首相をはじめ、主席事務次官、保健家族福祉大臣、社会保障・障害問題担当次官、社会保障・障害問題担当次官、障害者問題委員会委員長など多くの政府要人との面談が分刻みで行われました。要人との面談では、私から「ハンセン病のコロニーに住む人々は自立して生きていく努力をしているが、乞食をする以外に生きるすべがない重度の障害者や高齢者がいる。私はコロニーから乞食をゼロにするためにさまざまな支援を行っているが、民間組織の努力では限界があるので、ぜひ行政の力を貸して欲しい」と簡単に説明したあと、ウメシュ氏やAPALのメンバーから直接要望を伝えるよう促しました。いつもは周りの人が驚くほど大きな声で話すウメシュ氏ですが、緊張のせいでしょう、小さな声で額に玉のような汗をかきながら神妙な顔でコロニー住民に対する土地の名義取得や特別支援金サポートについて説明し、それらをまとめた資料を要人に手渡しました。その結果、ほとんどの要人からは積極的に検討するとの返答がありました。面談終了後にウメシュ氏が「昨日は面談で渡す資料などを作成していて、寝られませんでした。試験が無事に終わった気分です!」と興奮を隠し切れずに言った時の笑顔が忘れられません。

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州の保健大臣(左)に資料を渡すウメシュ氏


大勢のメディアが集まった記者会見では、私の方から「ハンセン病は治る、感染力が弱い、差別は不当であることを市民に理解してもらえるよう、協力をお願いしたい」と訴えました。翌日には今回の我々の訪問について20以上の記事が様々な媒体に掲載されました。メディアを通じてハンセン病に対する正しい知識が多くの市民に伝わることを願います。

慌しいオディッシャ州でのハンセン病活動を終えて、デリーに移動しました。
デリーでは、WHOのインド代表、中央政府の保健省主席次官、保健省副大臣らに、オディッシャ州の状況を伝え「地方ではハンセン病担当者のポストが空席のところがある。草の根レベルの活動を絶やさないためにも人材を確保して欲しい」との要望を出しました。
中央政府は2月の予算会議でハンセン病対策予算の増額を決定し、副大臣からは LCDC(ハンセン病患者発見キャンペーン)を3年間継続することが確定したと聞き、各州との連携強化のもとに一人でも多くの患者の救済に積極的な姿勢を示されたことは大いに評価したいと思います。

インド独立の父、マハトマ・ガンジーは当時社会の最下層に置かれていたハンセン病の患者の境遇を変えるために国づくりのマニフェストにハンセン病の解決を取り上げました。ハンセン病とその差別のないインドの実現は、ガンジーの夢でもあり私の夢でもあります。その達成を見届けるまで、私は何度でもこの国を訪れ、関係者と共に闘いたいと思います。

(注)インドでは乞食(ベガー)と言う言葉が通常使われます。ご了解ください。


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