産経新聞【正論】工賃3倍増で障害者対策強化を [2016年11月04日(Fri)]
工賃3倍増で障害者対策強化を 産経新聞【正論】 2016年10月28日 ≪生活保護に頼る現状から脱却≫ 日本には働いても月1万数千円の収入しか得られない人たちがいるのをご存じだろうか。障害の程度などから一般事業所での雇用が困難とされ「就労継続支援事業」で就職に必要な知識や能力の向上を目指す障害者のうち、特に雇用契約が難しいとされるB型事業で働く人たちだ。 全国で約1万事業所、20万人に上り、国も工賃倍増計画を打ち出しているが、「障害の有無にかかわらず、すべての国民が共生する社会」を目指す障害者総合支援法(2012年公布)の理念には程遠い現状にある。 障害のある人は全国で790万人。全体の社会参加、生活アップを促進するには、まずはボトムにある20万人の工賃アップこそ先決と考える。仮に3倍に底上げできれば、障害者手当を含めた月収は10万円を超え、生活保護に頼る現状から脱却する道も開かれ、社会保障費の抑制だけでなく、障害のある人の自信にもつながる。 障害者総合支援法に基づく就労支援施設には、全国約3000カ所、約5万5000人が働く就労継続支援A型の事業所とB型事業所の2つのタイプがある。 ともに一般企業への就職は難しいとされているが、A型は雇用契約を結び都道府県が定める最低賃金以上が支払われ、月平均賃金は12年現在約6万8700円。これに対しB型は障害の程度が比較的重い人たちが対象で雇用契約はない。最低賃金を大幅に下回るため支払いも工賃と呼ばれ、額も月平均約1万4800円にとどまる。 この結果、月6万〜7万円の障害基礎年金を受給しても生活を維持するのは難しく、多くが生活保護に頼る現実がある。地域にもよるが、障害者1人が最低限の生活を維持するのに必要な収入は月10万円前後とされ、仮に工賃が現在の3倍の4万5000円前後になれば、この数字は達成でき生活保護に依存する必要もなくなる。 実現すればA型事業所で働く障害者の賃金だけでなく、就労支援施策の対象となる18〜64歳の障害者320万人の待遇改善にもつながるはずだ。 ≪必要な事業者の意欲刺激策≫ しかし就労不可能な重度の障害者も多く、国が10年前にスタートした工賃倍増計画も思うように進んでいないのが実態だ。日本財団が全国2000カ所以上で取り組んできた古民家改修などによる障害者の就労場所の整備も、働き場所の拡大にはなったが賃金アップにはつながらなかった。 背景には、就労作業が長年、障害を理由に工賃の低い軽作業を中心に用意されてきた歴史がある。従って今、何よりも求められるのは、障害者を「社会的弱者」として「保護」の目線で見てきた行政や事業者の意識改革である。 近年、障害のある人が働く食品工場やレストラン、喫茶店やパン工房など、成功事例が全国的にも増えており、事業者には障害者の工賃・賃金アップに向けた新たな顧客獲得や個々の障害者に合わせた付加価値の高い仕事の開拓が求められる。 その上で、就労継続支援事業制度の一定の見直しも必要と考える。現行では就労支援事業の指定を受けた事業者には、障害者1人当たり月14万〜15万円の基本報酬が、事業に伴う利益の有無や多寡と関係なく給付される。 これでは事業者の意欲を高めるのは難しいし、障害者の支援よりも、事業者の報酬確保が優先される結果になりかねない。事業者の前向きの取り組みを期待するには、やはり事業者の意欲を刺激する工夫が必要と考える。 利益が増えれば、まずは障害者の工賃アップに反映させるのは当然として、事業者の報酬にも何らかの上乗せができるような仕組みが検討されてもいいのではないか。そうなれば事業者にも新たな企業チャンスとなり、双方が「ウィンウィン」の関係になる道も開ける。 ≪1億総活躍社会にもつながる≫ われわれも「民」の立場で、障害がある人の働く場所づくりに向けた就労支援プロジェクトを新たにスタートさせた。多くの事業を成功させた高知の関係者を組織に招き、協同で地方創生に取り組む鳥取県では工賃3倍、その他地域でも高賃金の障害者就労モデルを、全国の100カ所を目標に整備したいと思う。 あわせて障害者就労の専門家の育成などを進め、ささやかでも「みんながみんなを支える社会」の創造に貢献したいと考える。 パラリンピックの盛り上がりを見るまでもなく、障害者を健常者と区別する社会の目線は確実に姿を消しつつある。今後は少子高齢化に伴い労働力不足が深刻化する半面、障害のある高齢者は確実に増加する。 B型事業所で働く人も含め、1人でも多くの障害者が普通に働ける職場を開拓することが、障害者の社会参加の機会を増やすだけでなく、安倍晋三内閣の「1億総活躍社会」、誰もが参加できるインクルーシブな社会、ひいては地域の活性化につながると確信する。 (ささかわ ようへい) |