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「天皇・皇后・両陛下へのご進講」 [2015年01月28日(Wed)]
「天皇・皇后・両陛下へのご進講」


一部新聞で報道されましたように1月13日、皇居で70分にわたり、天皇・皇后両陛下に世界のハンセン病の現状をご進講する栄誉に浴しました。両陛下はこれまでに全国12カ所の国立ハンセン病療養所と2カ所の私立病療養所すべてをご慰問されています。

私は約40年間、医療面でのハンセン病の制圧とスティグマ(汚名)や偏見、差別の撤廃といった人権面での戦いを世界で続けてきました。ご進講の中では、日本財団と笹川記念保健協力財団の活動、さらにモーターボートレースの創設から日本財団が世界で展開する人道支援活動まで、ご説明させていただき、モーターボート関係者にとっても光栄な出来事でした。

両陛下は世界のハンセン病の現状について深いご関心をお持ちでした。ハンセン病に効能のあるプロミンから、なぜ唯一ブラジルだけが今もなお制圧に成功しないのか等々、ご下問は専門的で多岐にわたりました。私が2カ月に1回、英文で発行するニューズレターで、ハンセン病に関する両陛下のご活動を紹介させていただいた記事もご覧いただきました。

ハンセン病は古くから世界に広く存在し、人々が恐れてきましたが、奈良時代に悲田院、施薬院をつくられた光明皇后の時代から現在まで、ハンセン病について、日本の皇室ほど深い関心をお持ちの方はいないと思います。

私とハンセン病の出会いは、ほぼ半世紀前の1965年、当時、韓国大使を務められた金山政英氏が父・良一を訪ね、ハンセン病患者用の病院建設に協力を要請された折、同席したのが始まりでした。父は即座に了解し、病院の完成式典では、絶望した表情の入院患者一人ひとりの手を握り、肩をやさしく抱いて励ましていました。そんな父の姿に感動し、ハンセン病との闘いを心に誓いました。

この話を申し上げると、皇后陛下は「金山さんは懐かしいお方です。あの時、韓国からハンセン病について悲しいお手紙が届きました。しかし私には何の力もございませんので、金山さんや高松宮殿下にお願いすることにしました」と、当時をしみじみと振り返られた。

私は金山大使が来訪の折、「美智子妃殿下も心配されておりますので」と付言されたことをはっきり記憶していましたが、ご進講ではあえて大使の名前だけに留めました。しかし、皇后陛下はその時の経緯をお話し下さり、今の韓国のハンセン病についてのご下問があり、「現在はほとんどおりませんが、移民労働者の中に発見されることはございます」とご説明申し上げたところ、「それはよかった」と、心から安堵なされたご様子でした。

お話をうかがううち、私の長いハンセン病との闘いが皇后陛下のお導きだったことに気付き、感動を覚えるとともに、ハンセン病との闘いに対する決意を新たにしました。
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コメント
笹川陽平会長のハンセン病との出会いについての記事を見て驚きました。以下の内容です。

私とハンセン病の出会いは、ほぼ半世紀前の1965年、当時、韓国大使を務められた金山政英氏が父・良一を訪ね、ハンセン病患者用の病院建設に協力を要請された折、同席したのが始まりでした。(抜粋)

私は、お父様であられる笹川良一先生とは直接お会いしたことはないのですが、私の大先輩の方で、笹川良一先生が韓国に来られた際に金浦空港によくジープで迎えに行かれた方がいらっしゃいます。その方から、よく笹川良一先生のお話を聞いていました。ハンセン病への取り組みを笹川良一先生が始められた経緯は、書物で読んで知っておりました。

ただ、今回、笹川陽平会長の「天皇・皇后・両陛下へのご進講」の記事を読んで、そのきっかけが、元韓国大使の金山政英先生であることを知って、びっくりいたしました。

私も、1980年代中頃に、渋谷駅を降りて金山政英先生にお会いしにうかがったことがあったのです。とても気さくな方でやさしい笑顔の方だったと今でもその時がはっきりと思い出されます。

ハンセン病に関して、元韓国大使の金山政英先生から、笹川良一先生へと救済のお願いがあって、現在があり、その思いが笹川陽平会長を通して「天皇・皇后・両陛下へのご進講」へと連結されていることを知って、今の私は、その事実に対する驚きと感動に満ちております。

偉大な救済と歴史を作るのは、こうした方々なんだなと思いました。誰かがやらなければならないことを、始められた方がいたから、ハンセン病の救済の歴史が始まったのです。

その初めの第一歩を歩まれた金山政英先生のことを、今、こうして思い出して興奮して眠れません。私に対しても気さくにお話しをしてくださった当時の金山政英先生のやさしい笑顔が、今、はっきりと思い出されます。そのご縁というものを大切に感じています。

笹川陽平会長、このお話しを語っていただき感動を与えてくださり、感謝しております。ありがとうございます。















Posted by: ちあきえいじ  at 2015年02月22日(Sun) 03:21

先日の夕刻、ニュースの音声がTVから流れてまいりました
ハンセン病・・と
もしやと画面を見ると笹川会長がハンセン病の撲滅に邁進する各国の代表者を陛下に紹介されていらっしゃるところでした
会長のお名前が報じられなかったのは残念でしたが、誇らしさと天は全てを承知されておられる事への感謝を分けて頂いた気分でした
日本財団は我が国の誇りです
Posted by: 錦古里 正一  at 2015年01月30日(Fri) 10:16

笹川陽平 会長様

久々にコメントさせていただきます。
ハンセン病と皇室とのかかわりが光明皇后の時代からであり、連綿と現代まで続いているという日本皇統の素晴らしさを改めて認識いたしました。
佐藤優著「日本国家の神髄」の中で「日本の皇統を支えるものは政治家でも官僚でもなく、自分の能力を他者のために用いるという気構えのある個人である」というフレーズを地で実施しておられる会長にはこれからも健康第一に汗を流していただきたく存じます。
Posted by: 大山  at 2015年01月28日(Wed) 09:41

私はNPO国際障害者ピアノフェスティバル委員会(前ピアノパラリンピック委員会)の迫田時雄でございます。
ピアノパラリンピックとして すでに国際大会をバンクーバー。 ウイーンなど3回開催し国際的に多くの素晴らしいユニークな障害ピアニストを育ててきました。いま私どもは2020年の東京オリンピックへ向けてアート部門でのエントリーをめざし人材育成に取り組んでいます。さらに新たな人材を求めて、各地でデモンストレーションコンサートを行っていますが、これらの施設で私どものメダリストたちのコンサートを開かせていただけるところをご紹介いただけませんでしょうか?ピアノが1台あれば十分です。
携帯、090−8940−3496  迫田時雄
Posted by: 迫田時雄  at 2015年01月28日(Wed) 08:42