毎日新聞:大衆芸能「文楽」の再評価を [2014年09月19日(Fri)]
大衆芸能「文楽」の再評価を 2014年8月21日 毎日新聞「発言」 ユネスコの世界無形文化遺産にも登録される人形浄瑠璃・文楽の経営が、公益財団法人文楽協会に対する橋下徹大阪市長の補助金見直しなどで厳しさを増している。 文楽と同様、日本を代表する文化である歌舞伎に比べ観客動員数も劣る。人形の繊細な動きを伝える上で大劇場は不向きといった制約があるとしても、多くの文楽作品は歌舞伎にも取り入れられ、ともに大衆芸能として栄えてきた。何故、文楽は不振なのか―。 そんな思いもあって過日、国立文楽劇場(大阪市)で開場30年の記念公演を見た。演目は近松門左衛門作の世話物「女殺油地獄」。 低くて太い三味線に合わせ太夫が語る浄瑠璃はテンポも速く、ドラマ性も十分。独特の太字で書かれた床本を見ると難解な気もするが、公演では舞台の上部に字幕も用意され容易に理解できた。 首(かしら)と右手を動かす主遣い、左手を担当する左遣い、足を動かす足遣いが一体となった人形の動きも絶妙の一言。主人公が油屋のおかみを脇差で殺害するクライマックスシーンでは、二つの人形が血と油の海でスピード感あふれる動きを見せ、「人間にできて人形にできない動きはない」という関係者の自信も納得できた。 世界には手遣い、指遣い、糸操りなど7種類に分類される人形劇が数多く存在する。しかし太夫の語りと三味線、人形が一体となった総合芸術ともいえる文楽の圧倒的な存在感、芸術性は群を抜き、海外の評価も極めて高い。 世界に誇るべき芸術を当の日本人が知らないのは不幸である。現状は、多くの人が文楽の存在は知っていても、実際に見ることはない “食わず嫌い”に似た状態にあるような気もする。 大阪で誕生して以来300年、古典文化、伝統芸術の性格が強まるに連れ大衆性、娯楽性が薄れ、庶民が気さくに楽しむ本来の姿が失われてきているのかもしれない。 文楽の歴史は、戦後に限っても組合の分裂や、一時期経営を担った松竹の撤退など、苦難の連続だった。その中で1966年には東京に国立劇場、84年には国立文楽劇場が開場し、公的支援態勢も整備された。 72年からは後継者育成に向けた研修制度も始まり、現在80人に上る技芸員(太夫、三味線、人形)の約半数を研修生出身者が占め、古典芸能のイメージとは逆に新作作りも盛んだ。新たなファンの掘り起こしに向けた親子劇場やオペラなどと同様、映像による対外発信も進められている。 文楽はもともと「小屋掛け」と呼ばれた仮設劇場の公演が中心だった。飲食も自由で、観客は芸とともに開放的な雰囲気を楽しんだ。そんな場所を再現し、文楽の面白さを体感してもらうのも有効と思う。 いずれも息の長い作業になるが、そうした努力が、ともすれば希薄になりつつある日本人の心を後世に伝えることにもなる。われわれも民の立場から、ささやかでも協力したいと考える。 日本財団会長 笹川 陽平 |