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日本財団・春の交流会 [2012年04月29日(Sun)]
春の交流会.jpg


「日本財団・春の交流会」


一年に一度、日本財団ではボートレース関係者や助成金を受けて全国で活躍されている様々な関係団体を招待して交流会を行っています。

以下はその時の挨拶です。

*********************


2012年4月6日(金)
於:ANAインターコンチネンタルホテル


昨年は開催することができなかったこの交流会ですが、本日は多くの方にお集まり頂き大変有り難く存じます。ご承知の通り、日本財団はボートレースの収益金をいただいて運営しています。昨年度は不景気にも関わらず10%近く売上が増えたと聞いております。ボートレース関係者の日夜の努力に心から感謝申し上げるとともに、私たち日本財団は誠心誠意、この貴重なお金を社会のために活用致します。

本日は日本財団を通じてボートレースのお金を有効に活用していただいている諸団体の皆様にも多くお越しいただいております。

日本財団は阪神淡路大震災から28回連続して地震、台風、水害、油流出事故などの災害救助に出動してきました。ただし、募金活動を行ったのは今回の東日本大震災が初めてです。大変有難いことに既に約50億円の寄付を頂戴しておりますが、今後更に40億円以上いただける見込みがあり、上手くいけば100億円近いお金が集まることになります。これがどれ程すごいことかと申しますと、800万部や1000万部を発行している大手の新聞社が1年間かけて集めた寄付が35〜36億円ということですので、その倍以上の浄財を日本財団が頂戴することになります。

このように日本財団に多くの寄付が集まるきっかけとなったのは、私がウェブサイトで「義援金と支援金の違い」を申し上げたことでした。災害が起こると、まずは人命尊重ということで自衛隊、消防、警察が出動しますが、それが一息つくと、今度はNPOや学生ボランティアたちの出番となります。しかし、彼らを支援するスキームが日本にはありません。NPOの皆様方は普段から日々困難な財政の中で活動されていますから、とても被災地で活動するための資金的余裕はありません。場合によってはスタッフの補充やその他様々な経費がかかりますが、この費用はどこからも出ないのです。私たちは阪神淡路大震災でこのことを経験していましたので、迅速に約700団体に対して活動資金を提供し、広域にわたってご活躍いただきました。

一方で多くの方が「被災地の皆さんのために何かしてあげたい。でも何もできないからせめて寄付という形で支えたい」という方々の気持ちがなかなか被災地には届きませんでした。あえて名前は申しませんが、4,000億円近い「義援金」が集まりながら被災者の手に届くまでには相当な時間がかかりました。また、その報告も不十分でした。そのような意味では、今回の震災では「支援金」の重要性を多くの方々にご理解いただき、日本財団に寄付してくださったものと思っておりますし、大切に使うのは当然のことで、報告責任もしっかりと果たしてまいりたいと思います。

被災地には多くのボランティアが入っていますが、日本財団が震災の一年前に立ち上げた「日本財団学生ボランティアセンター」の学生たちが素晴らしい活躍をみせてくれました。ボランティアは現地に行けば立派な活動をすると思われている方がたくさんいらっしゃいますが、これは大きな間違いです。ボランティアというのは悪く言えば烏合の衆です。出発前にきちんと心構えを確認し、活動について勉強していただく必要があります。学生ボランティアセンターでは、活動中の怪我を防ぐために長靴の中に敷く薄い鉄板を支給するほか、事前説明会を開催し、津波が来た時の対応方法なども指導しています。これまでに全国から4,000人が参加して下さっており、全ての参加者にボランティア証明書を発行しています。この証明書を教授に提出すると出席扱いにしてくれるところも多々あるそうです。

日本財団では、このようにNPOやボランティアへの支援を通して復興支援に取り組むと共に、自らがプロジェクト構築から実施までを行っております。

その一つが、死者・行方不明者のご家族に対する弔慰金・見舞金の支給でした。阪神淡路大震災は建物の崩壊だけでしたが、今回の震災では津波が全てを奪いました。当然、現金も流されていますから、亡くなられた方に線香や花を手向けたくても出来ないご遺族の方々がたくさんいらっしゃったのです。そこで死者・行方不明者のご家族に5万円をお渡しすることにしたのですが、町役場の職員は多くの方が亡くなっており、その中で復旧・復興対応にあたっていましたから、皆さん疲労困憊されていました。このような状況でしたから、配布は我々自身で行うことにしました。そこで財団やボートレース関係者が一丸となって被災地全てを回り、直接お渡しさせていただきました。

配布のスキームについては様々な議論を行いましたが、同地域の異なる場所で配布する場合、家族の誰かがそれぞれの場所で受け取ってしまう、つまり二重取りや三重取りの可能性も懸念されました。しかし結論を申し上げれば、対象者約1万9千人の91.6%にあたる1万7千人を超える方にお渡ししたなかで、二重取りは1件もありませんでした。ただし家族間での情報伝達が上手くいかず、奥様が近くの小学校で受け取り、別の用事で役所に行っていたご主人がその場で受け取ったため、家に帰って二重取りしてしまったことが分かり、役所へお返しに見えたということがありました。もう1つは、行方不明の家族の分を受け取られたものの、20日後に病院で見つかり、お返しに見えたケースもありました。あの当時、お金を返しにくるのはそう簡単なことではなかったはずです。車は流されてしまった上に、特に沿岸部の道路は破壊されていましたから、歩くのも困難な状況でした。このように日常新聞を見ていても分かりませんが、私は実体験として「日本人はなんと道徳心が高く規律のある国民か」ということを改めて実感しました。これは東北地方に限らず、日本人が持っている優しい倫理観ではないかと思います。

私たちは、活動するにあたりじっくりと考えることも大切ですが、何より現場主義を重要視しています。オフィスでは見えない問題も現場にいると様々な問題が見えてきます。例えば、弔慰金・見舞金の支給のために被災地を訪れた時のことです。さっそく支給に関する周知をしようとしたのですが、避難所の掲示板以外に情報伝達手段が見当たらないのです。そこでラジオにその可能性を見出した私たちは、18の臨時災害放送局に対して立ち上げや運営に係る支援を始めました。ところが、そこで新たな問題が発覚しました。被災者のほとんどがラジオを持っていなかったのです。避難所に逃げた方はもちろん、家庭にもラジオがないという方が数多くいました。至急、ラジオの調達を試みたところ、国内では確保できないことが分かり、中国のあるメーカーに直接オーダーするなどして計4万2千個を調達し、被災各地に配布しました。

また、今回の活動の中で、私たちは避難所などが抱える問題をしっかりと把握するために専門家らによるアセスメントを徹底して行いました。そこから明らかになったのが、妊産婦や障害者の問題です。

例えば、震災1ヶ月後、宮城県の約700ヵ所の避難所でミルクの配布状況を調べたところ、その配布率はたったの8%でした。恐らく、妊産婦を探し出して配布するというところまで手がまわらなかったのでしょう。私たちは東北3県の出生率から割り出して、5,000〜6,000人前後の妊婦がいることが分かりましたので、安心して出産できるサポート体制、或いは環境整備を行いました。

また、避難所には障害のある方も多くいらっしゃいました。特に知的障害者を抱えたご家庭では、避難所や仮設住宅で夜中に奇声を上げたり暴れたりというのは、親御さんにとっては居た堪れない状況です。従って私たちは障害者とそのご家族が余分な気を遣わずに生活できる施設を作りました。しかし、本来であれば在宅で暮らす障害者に対しても支援を行う必要があるのですが、個人情報保護法により障害者の方々の情報を行政から入手できなかったこともあり、支援が遅れている状況です。災害時にいかに法律や規則を柔軟に対応させるのかは今後の大きな課題です。

さて、私たちの見るところ、復興には早くて5年、遅れると7年くらいかかります。ここでいう復興とは、仮設住宅を出て自分の家を建て、定住することです。皆様も報道でご承知のように、仮設住宅は抽選ですからお隣や近くに住んでいる人が同じ集落の人とは限りません。少し大袈裟かもしれませんが、集落が違えば殆ど他国の人のようなもので、みな同じ日本人だと思うのは大きな間違いです。例えば、ある集落の方たちは外国人がボランティアに来て「初めて外国人を見た」と仰っていました。これには正直私も驚きましたが、つまり、集落によって文化やしきたりは全く違うのです。いずれにしろ、仮設住宅はあくまで仮設であり、落ち着いた生活ができる環境ではありません。従って一日も早く自分の住居で住めるように、我々も必要な支援を行っていく所存です。

また、岩手、宮城、福島の3県には4,500以上の神社ありますが、そのうち1,500の神社が大なり小なり被害を受けました。東日本大震災からの復興のキーワードである「絆」の原点は神社にあります。神社で行う五穀豊穣の祭には多くの村人が参加しますが、そこに向けて大人たちが近所の若者や子どもに踊りや笛、太鼓を教え、そうすることで村人の絆を深めてきたという伝統があります。そこで私たちは、鎮守の森を復活させることによって絆の原点をきちんと守っていく必要があると考えました。ちょうど私たちの姉妹財団である日本音楽財団からストラディバリウスを競売にかけて得た13億円をいただきましたので、それで伝統文化復興基金を立ち上げました。この基金からこれまでに太鼓だけでも400個ほどを支援させていただきましたし、村祭の衣装や道具も日に日に揃ってきていますから、今年の秋の収穫祭では活気のある姿が見られるのではないかと思っています。

東日本大震災における日本財団の活動の一部を紹介させていただきました。詳しくは日本財団のウェブサイト「ROADプロジェクト」をご覧下さい。皆様の引き続きましてのご支援をお願い致します。

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