CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
日本財団会長 笹川陽平ブログ日本財団会長 笹川陽平ブログ笹川陽平プロフィール笹川陽平バイオグラフィー
日本財団会長 笹川陽平ブログ
日本財団会長 笹川陽平ブログ

日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

«「国立駿河療養所」 | Main | 「ペルー訪問」その4―緊急手術成功―»
東北地方太平洋沖地震応援基金
Google
<< 2014年04月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
プロフィール

笹川 陽平さんの画像
笹川 陽平
プロフィール
ブログ
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/sasakawa/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/sasakawa/index2_0.xml
国立療養所「松丘保養園」 [2012年02月19日(Sun)]
国立療養所「松丘保養園」

国立療養所松丘保養園は、青森県青森市に位置する日本最北のハンセン病療養所である。

勿論患者はおらず、平均年齢81.6歳、121名の回復者の皆さんが静かに生活されている。

ハンセン病との闘いのために設立された笹川記念保健協力財団の初代理事長・石館守三先生は東京大学初代薬学部長で、日本でハンセン病特効薬「プロミン」を始めて合成された方です。子供の頃、薬問屋の実家の手伝いで薬を届けるため、よくこの療養所に行かれたそうです。青森県名誉県民で、熱心なクリスチャンでした。

本文はこの療養所に投稿したものです。


***************


インドでのハンセン病制圧活動


機関誌「甲田の裾」
2012年4月号


WHOハンセン病制圧大使
笹川陽平


2011年8月1日から4日まで、インドの首都デリーを訪れました。

私にとってインドは第二の故郷ともいえ、ハンセン病制圧活動でこれまで40回以上足を運んでいます。通常一度の訪問で2、3の地区を、各2、3日かけて駆け回り、今回のようにデリーだけで4日も滞在することは初めてです。しかし、デリーは政治の中心で、医療・社会の両面からハンセン病制圧活動を進めるには、政治家や官僚など政策を司る方々の理解は欠かせません。そのため今回はデリーでの業務に集中し、インド各州の保健省次官と更なるハンセン病患者の削減に向けて話し合う会議や政府要人との面談、訪日経験のあるインド国会議員との会合、そしてインドでのハンセン病患者・回復者の自立支援のために設立したササカワ・インド・ハンセン病財団の理事会出席等々、の活動をしました。

WHO(世界保健機関)は、人口1万人あたり患者が1人未満になることを、その国における公衆衛生上の問題としてのハンセン病の制圧と定めています。1985年に未制圧国は122カ国を数えましたが、現在唯一ブラジルが残っています。そのブラジルも2015年までには制圧を実現すると政府が公式に発表していますが、手放しで喜ぶことはできません。制圧を達成したことで新規患者発見の努力を怠ってしまい、患者数の減少が停滞する国が実際に現れています。

現在世界のハンセン病患者の約7割が暮らすインドも、このような制圧後の患者数の下げ止まりに頭を悩ませる国です。この国は2005年に制圧を達成したものの、年間約13万人の新規患者がいて、その数は横ばい状態を続けています。また、インドに限らず言えることですが、「ホットスポット」といわれる限られた地域には、いまだ多くの患者が存在します。国単位で病気が達成されたインドも、28の州と7つの特別区のうち、2つの州と1つの特別区で患者が1万人当たり1人を超えています。さらに細かい行政単位である地区レベルの状況を見てみると、650ある県のうち、209県で未だ制圧していません。そして、この未制圧地区を有する州は、32のうち半分の16に上ります。この数字を見るだけでも、インドは更なる制圧活動への努力が必要です。

WHOハンセン病制圧特別大使として、このようなインドの状況は決して見過ごすものではありません。今年の5月中旬にジュネーブでWHO総会が開かれた際、チャンドラムリ中央政府保健次官と会談し、この懸念を伝え打開策を協議しました。次官は真剣に私の話に耳を傾け、すぐにその場で蔓延州の保健次官を集め、ハンセン病対策についての会議開催を決断しました。その結果わずか2ヵ月半という短期間で今回の会議の開催にこぎつけたという素早い判断と行動力に私は感服しました。

8月4日、デリー市内の会議場に、チャンドラムリ次官をはじめ、インド保健省高官および蔓延州16州のうち13州14人の代表が出席、WHOからもメナブデWHOインド事務所代表を含む専門家が集まり、活発な議論が展開されました。

会議の冒頭、チャンドラムリ次官と、保健省事務次官であるスリヴァスタヴァ博士は、制圧後も厳しい状況が続くインドのハンセン病問題について、政府として真剣に取り組む必要があることを認識していると強調し、ハンセン病担当官を全ての県に配置するなど、これらを通じて適切な対処を行っていくと決意表明しました。また、メナブデ代表は、ハンセン病は治る病気であることを人々が十分に理解し、患者や回復者を社会の一員として受け入れなければならないと病気の医療面に加えスティグマや差別など社会面の問題についても言及しました。さらに、インド国内の患者の1割が子どもたちであることを憂慮し、子どもの患者を減らすための特別な対策を講じるべきであると語りました。

続いて、保健省ハンセン病局や各州の代表、WHO、NGOによるプレゼンテーションや意見交換が行われ、論議の中でいくつかの問題点が浮かび上がりました。議論の中心は、制圧基準を達していない16州の209県において、いかにして効果的に患者を見つけ出し、適切な治療を行うかということでした。保健省ハンセン病担当局のアグラワル事務次官は、一般の医療システムにハンセン病患者を発見するためのノウハウを組み込むことや障害のある人へのリハビリテーション・ケアの充実などをあげ、現場のニーズに基づいた医療サービスを提供していく必要性を強調しました。会議後、アグラワル次官には他の病気に比べ、ハンセン病患者の絶対数が少ないため政府の中でハンセン病対策の優先順位が下がっていることを憂慮し、更なる政治的コミットメントの重要性について理解を求めました。

デリー特別州のバゴティア博士は、患者の50%が他の州からの移住者で、正確な患者数を把握するのが非常に難しいと発言。またオリッサ州のパトナイク博士は、州内の遠隔地に暮らす部族民の間で病気が蔓延していることへの懸念を示し、フィールドの状況に即したきめ細かい対策が求められていると指摘しました。オリッサでは国として制圧達成した後も油断せず、草の根レベルで患者発見のために奔走し、新規患者発見のたびに一定の報酬を得ているヘルス・アシスタントのトレーニングや、各地域の保健所の細かい状況把握なども精力的に行っていると発表しました。国際ハンセン病団体連合(ILEP)のアリフ博士も、新規患者の障害率や病気の進行状態をケースごとに把握することが、結果的に早期発見・治療の要になると強調しました。

インドでハンセン病制圧活動が活発化することになったのは、日本財団が主要関係者を招き開催した東京やゴアでの会議でした。今回の会議がきっかけとなり更なるきめ細やかな活動がインド全州、全地域で展開されることを願っています。

また、滞在中には様々なインド国家指導者と会談し、ハンセン病問題についてじっくり話し合う機会がありました。社会正義・エンパワーメント省のワスニック大臣に対しては、コロニーに住む回復者の中に今でも物乞いで生活を余儀なくされている人が多くいること。我々が請願し昨年11月にインド連邦議会の陳情委員会が発表した報告がハンセン病回復者に対し全国一律2000ルピー(約3500円)の年金を保障することを説明、更なる年金保障の充実をお願いしました。大臣はハンセン病により障害を持つ人々の生活を保障する責任が社会にはあり、現在の年金制度のスキーム(高齢者年金や障害者年金)の中で、総括的に対応したいと発言しました。

また、インド国家人権委員会のバラクリシュナン委員長には、昨年12月に国連総会で可決された「ハンセン病患者・回復者及びその家族に対する差別撤廃決議」を紹介、各州に徹底周知の協力依頼をしました。委員長は関係省庁や政府、各州の人権委員会に勧告を出せるので、今後もハンセン病と人権について情報提供をしてほしいと依頼されました。

ハンセン病の差別的法律撤廃を求める報告書を発表したバーガット・シン・コシヤリ国家陳情委員会委員長には、ハンセン病がもたらす医療面・社会面の問題について引き続き協力要請をしました。また、WHO東南アジア地域事務局長のサムリー博士とは、インドの他、東南アジア地域全体におけるハンセン病の状況について意見交換を行いました。


コシヤリ委員長へ、病気がもたらす医療・社会両面からの問題解決のための協力を依頼


そして、姉妹財団である笹川平和財団が行っているインド国会議員招聘プログラムを通じて訪日経験のある議員の方々とのレセプションが、インドの経団連にあたるCIIで開かれました。来日経験者の中には有力者も数多く、首相No.1候補と言われるラフル・ガンジー氏やディネッシュ・トリヴァディ鉄道大臣、パラム・ラジュ国防副大臣、有力ジャーナリストのタルン・ビジェイ氏、ハンセン病問題に詳しいマドゥ・ゴウド・ヤスキー氏などがいます。レセプションには、国会初日の多忙な中で集まった9名の国会議員と、ハンセン病回復者も参加し、和やかな歓談の場となりました。



インド国会議員とのレセプションで挨拶


ハンセン病患者・回復者が人間としての尊厳を回復し、平等な機会を得るには、これら国会議員や行政、メディアの協力が不可欠です。一方、私はハンセン病回復者の自立をサポートするため2007年にササカワ・インド・ハンセン病財団(SILF)を設立し、このたびニューデリーで開かれた第10回理事会に出席しました。この財団は、回復者の経済的自立のための生活向上事業)、コロニーの子どもたちのための奨学金事業などを展開、またワークショップなどを通じて社会に対する啓発活動も行っています。生活向上事業はコロニーから提出される申請書に基づいて、手工業や家畜の飼育、売店運営などの事業に小口の融資を行うもので、現在までに94件の事業が選考委員会で承認されています。これまで物乞いを生活手段としてきた回復者にとって自分の力で事業をし、利益を出すことは並大抵なことではありません。成功を収める事業もあるなかで、思うように進まず、SILFスタッフの頭を悩ませていることもありますが、何事も失敗を恐れていては成果が期待できません。スタッフや州リーダーの根気ある情熱と努力の継続により、近い将来すばらしい結果が生まれるものと確信しています。



回復者の生活向上のための家畜の飼育事業


今回の訪問は、まさしくハンセン病が抱える医療と社会の二つの側面をインドの各界の指導者への理解促進と啓発を行う上で有意義な旅となりました。病気で苦しむ人々を治療することや社会的差別やスティグマから回復者を救うこと、このどちらが欠けてもハンセン病問題は解決いたしません。世界の7割の患者が暮らすインドでこの問題の解決なくして、世界の解決もあり得ません。一人でも多くのハンセン病患者・回復者、そしてその家族が苦しみから解放されるため、私は決して歩みを止めることなく活動していきます。
このエントリーをはてなブックマークに追加
コメントする
コメント