チャドという国 [2010年08月30日(月)]
![]() リビアのカダフィー大統領のポスターを持つ人々 「アフリカ・チャド訪問」その1 ―チャドという国― 7月18日〜21日、エチオピアに続いてチャドを訪問した。 チャドと聞いただけでは、アフリカに特別の関心を持っている人以外、どの辺に位置するか思い浮かべることは難しいだろう。 チャドはスーダン、中央アフリカ、カメルーン、ナイジェリア、ニジェール、リビアと国境を接する内陸国で、国土面積は日本の約3.5倍とはいうものの、北部地域はサハラ砂漠を擁する乾燥地帯、南部は比較的降水量があるサバンナ地帯である。 1960年にフランスから独立以降、人口の50%を占めるイスラム教勢力(北部)と35%のキリスト教勢力(南部)の対立が激化。1980年代からはイスラム教勢力間での対立も顕在化しクーデターや内戦を繰り返す事態で、現在も不安定な政治情勢が続いている。 首都ンジャメナ及び北部のアベシェの空港には旧宗主国・フランスの軍隊が駐屯しており、又、スーダンから流入する難民25万人、中央アフリカから2万人の難民対策や治安維持のため2500人の国連PKO(ピース・キーピング・オペレーション)部隊も展開していた。 ここには日本大使館は存在せず、外務省からは避難退去勧告の出ている国で、日本とはほとんど縁のない国の一つ。世界で最も汚職が蔓延し、外国からの投資もなく経済は疲弊。国民の80%が貧困に喘ぐ世界最貧国の一つである。 ![]() 砂漠の商人?笹川陽平 「儲かりまっか」 「ぼちぼちでんなぁ」 ただ、最近南部で石油が発見され、隣国カメルーンを抜けて輸出されるパイプラインも完成。大いに経済効果が期待されるところではあるが、石油代金の行方は定かでなく、その効果はいまだあらわれていないと識者は嘆く。 私は今までに日本財団の仕事で115ヶ国を訪問しているが、チャドはその中でも特異な国の一つであった。首都ンジャメナには、リビア資本で建てられた9階建てのケンピンスキーホテル以外に高い建物はなく。首相官邸も保健省も平屋で、二階のある建物すら少なかった。 通常、発展途上国においては至る所に国家元首の写真が飾られている。このケンピンスキーホテルのロビー正面にもデビー大統領の写真が飾られていたが、その横にカダフィー大統領(リビア)の写真が並列して飾られていたのは通常あり得ないことで、リビアとこの国の親密な関係を推察させるものであった。 この地の果ての国にもグローバリゼーションの波は遠慮もなく押し寄せ、ホテルのペプシコーラはリビア製、米はタイ米、石鹸はインドネシア製であった。 スーダンとの国境近くの東部ワダイ州の都・アベチェへは、悪路しか交通のアクセスはなく、仕方なく国連機で訪問した。国連機はスーダンから流入する10数ヶ所の難民キャンプをカバーするため、1日40本が離発着し、ちょっとした航空会社だと空港長は自嘲ぎみに説明してくれた。 近年アフリカ諸国への中国援助はすさまじい。チャドとて例外ではなく、国会議事堂を中国の支援で建設中であり、このアベチェにも中国の援助で近代的な太陽電池による外灯付きの素晴らしい道路が完成、使用されており、更に郊外に150キロメートルの幹線道路を建設中と聞いた。 ンジャメナを離れる7月21日には、アフリカ18ヶ国の首脳の集まるサヘル・サハラ諸国共同体サミットの開催日で続々各国首脳が到着。昼の12時にホテルから追い出されてしまった。 WHO(世界保健機関)のチャド事務所代表バリー博士が、建設中の国会議事堂内の敷地に建った巨大な長方形のテントは、リビアのカダフィー大統領が滞在中に使用するものだと説明してくれた。 ![]() スクープ写真! パリでもニューヨークでも、カダフィーはホテルには宿泊せずテントを使用することは知っていたので、これは特ダネとばかり同行の富永夏子にホテルの最上階より撮影してもらったが、警備の兵士の姿が目撃できないので、念のためにホテルマンに問い合わせしたところ、カダフィーはンジャメナに保有する住宅に滞在しており、あれは会議のサービス用テントとのことであっけなく特ダネ写真は吹っ飛んでしまった。 それにしてもカダフィー人気は絶大で、いつ通るともわからない沿道に多くの人が歓迎のリビア国旗やカダフィーの写真ポスターを持って立ち尽くしていた。 今回の訪問の主目的であるハンセン病制圧活動については、国際会議の準備で超多忙の中、ナディンガー首相に更なる努力を陳上。ボゲナ保健大臣(女性)は伯母がハンセン病であったことを告白され、私の訪問を機会に、更に活動を強化することを約束してくれた。 次回のブログに詳しくこの国のハンセン病事情を記載するが、訪問の目的はほぼ達成された。勿論、今後とも彼等の活動を注意深くウォッチする必要は当然であるが、情況とコンタクトする人々を知ったことは、今後の活動に大いに有益であった。 (次回9月1日は、「チャド訪問・ハンセン病制圧活動」です) |













