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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

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牛糞とチャット [2010年08月27日(金)]

牛を上手に操る子どもたち


「エチオピア訪問」その9
―牛糞とチャット―


エチオピアは世界で10番目に牛の多い国だと、ガイドのジョセフが説明してくれた。首都のアジスアベバではそれほどでもなかったが、確かに南部のジンカを中心に牛、牛、牛の群れである。

少数民族であるムルシ族やハマル族にとっては最も大切な財産であり、頭数の多さは富の象徴で、貨幣の役割も果たしている。

車を走らせていると、インド系の会社が建設中の道路の真ん中を幼気ない子供達が多数の牛を上手に鞭で操りながら悠然と歩いている姿に多く出会う。固められた道路の上は、至る所、数十キロにわたり、まるで牛糞を引きつめたようである。

子供の頃、東京大空襲で焼け出され居候をしていた大阪の家では50羽ほどの名古屋白色レグホンを飼育しており、学校の行き帰りには長さ2メートルもある針のついた糸を持たされ、毎日、田んぼの「イナゴ」をとっては針に通し、一杯にしてニワトリの餌としてご主人に渡すのが日課だった。

この家はやたらとシジミの味噌汁を食べるのにも子供ながら閉口した。翌日、私はシジミの殻を金槌で叩いてニワトリの餌を作るのが役割であった。

小さな野菜畑もあり、爺さんと糞尿を薄めた肥料を担がされるのだが、前側を担がされる子供の私は、背が低いため糞尿が背中にかかり嫌な手伝いであった。

昭和21〜23年頃は住居の近くの立派な舗装道路には走る車は少なく、牛車も馬車も少なかった。休みの日には箒と塵取りを持たされ、畑の肥料用に牛馬の落とす糞を拾うのだが、落とされた糞は既に誰かに拾われているので、牛馬が落とす迄ついて行くのである。運がよければ一時間ほどで結構な量となったが、二時間近く歩いても取れない時もあった。

ジンガで至る所に落ちている牛フンを車窓から眺めながら、エチオピアの農業も有機肥料が不足して化学肥料に頼っているが、この道路の夥しい牛糞を集めれば相当な量であり、誠に勿体ないことだと、幼い日の思い出が甦った。

ところで、ジンカの町ではいたるところにチャットという葉っぱが売られている。神棚に供える榊のようなもので、これを2時間かけて噛み飲み込むことでハイになれるそうで、一束140円である。

たぶん台湾の檳榔(ビンロウ)のように覚醒作用があるらしく、長距離トラックの運転手の愛用品であるという。合法的なもので、イスラム教の第4番目の聖地ハラリ地方では子供以外ほとんど常習で、午前中に噛み始めると頭がしゃきっとして能率があがるとのこと。

運転手・ブルハンの76歳のおばあちゃんはまさに「病膏肓に入る」の例えの通り、庭にチャットを栽培して毎日、新鮮なチャットを朝から一日中噛んでぼうっとしているのが楽しい日常生活らしい。

すすめられて試しに新芽のところを噛んでみたが、味もなくなんの変化もなかった。



チャットを噛んではみたものの・・・




(次回8月30日は、「チャドという国」です)
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コメント
その2
と述べている。むかしの殷都の南を東西に流れる濮水(ボクスイ)という黄河の支流があった。この川は鄭の地で黄河の本流から分れ、衛を通って今日の濮陽あたりで大湿原に注いでいた。
 おそらくそこには桑林が茂っていたのだろう。
「鄭衛の音」「桑間濮上の音」とは、この地方の音楽をさす、儒家たちは、それが殷の消費的デカダンの音楽だ、といってけなしているのだ。
 だがそり実例として『詩経』の衛の地の歌をとってみると、べつに「淫」と言われるほどのものではない。

いずこに野草を採らん、
沫(マイ)の郷(さと)よ。
誰を思うとかや、
美しき孟姜よ。
我を桑の中(あいだ)に期(ま)ち、
我を上宮に要(もと)め、
我を淇水(キスイ)のほとりに送る。(衛の地の中部、ヨウフウ 「桑中」の詩)

「孟姜」とは姜姓の家のあね娘のこと。この詩は、なんのことはない、桑畑のおデートを歌ったものだ。今日なら大手を振ってステージに登場しそうな歌である。ところがこの詩の序を書いた儒家は、「男女あい奔(はし)り、・・・・政は散、民は流、止むべからず」と注している。風流で浪漫的なことが、すべて「淫」だときめつけられてはたまらない。のち、漢の歴史家司馬遷さえも、なおその偏見につらわれていた。
「中山は地薄く人多く、なお殷の紂王の余民あり。民俗、狷急(ケンキュウ)にして、機利を仰いで食す。・・・・倡優・女子は琴をならし、屣(シ サンダル)をはき、貴富に媚び後宮に入りて、諸侯にあまねし」(『史記』「貨殖列伝」)
 たぶん歌姫や芸人も、この殷の遺民のなかから生まれたものだろう。市井の遊民の代表とされた屠殺業者も、ひょっとしたら殷の遺民の出かもしれない。
 亡国の歴史が、社会の「偏見」と「差別」のもとになつてくる。おそろしいことではないか。
Posted by: 夕焼け  at 2010年08月29日(日) 09:46

その1
 「桑」「麦」もノスタルジーの世界にいざなう。

 殷を征服した周の人たちも、ものごとを冷静に計算して、それに道理をからませた。周の配下に帰した広大な領域では、この見方がいわゆる常識となつた。それからみると殷の遺民、つまり宋国の連中は、過去にしがみつき、力の計算ができず、世の中のテンポに調子をあわせることができなかつた。「亡国の民とはつまり落伍者の群れである」という通念が成立してしまつたのだ。
 宋国に集まった遺民たちは、たとへ「まぬけ」といってあざけられようとも、されなりに一つの小天地を築いて、定着することができた。だが殷末の都安陽と、そり離宮のあった朝歌あたりの殷の遺民は、周の王族のたてた衛の国の民となつた。殷人が、一定の土地を必要としない「商業」のもとを開いた。商業がおこれば消費文明が芽をふき出す。すこしでも珍しい品をこしらえて、利をかせごうとする。利益が蓄積されると、遊び金が流れ出す。というわけで、春秋の衛の国、さらにそのあとにおこつた趙の国など、今日の河北省南部〜河南省北部の境あたりが、古代の消費文化の中心となつた。
それは質実を旨とした周人からみれば苦々しい。しかも消費文化は肝腎の戦力には約にたたない。むしろ戦力をむしばむのだから、周人としては「商」の悪口を言わざるを得なかったのだ。
 そこで消費文化は「淫」というレッテルを張られ、淫なるものはすべて殷人が中国にもたらしたものだ、と見なされるようになつた。儒家の雑文を集めた「礼記」という古典がある。
そのなかでは、
「鄭と衛の音は乱世の音楽なり。慢にちかし。桑間濮上(ボクジョウ)の音は亡国の音なり。その政は散、その民は流、上をそしり私を行い、止(とど)むべからざるなり」(「楽記」)
Posted by: 夕焼け  at 2010年08月29日(日) 09:45

その2
 蚕の繭の取引は、重量で取引される。
販売代金を受け取ったときの嬉しさと安堵感、そして両親は私のために勉強机を購入してくれた。

 私は、上京と共にその机を大切に勉強道具の一つとして持ってきた。
 その後も、繰り替えされる転勤のつど家財道具の一つとして持つて歩いた。

 そのうちに、長男が高校を卒業するまで勉強机として利用し、いたずらして机の面に孔が出来ていた。
 二男は自宅から通学できたこともあつて大学卒業するまで勉強机として利用していた。

 子供達は社会人となり机はお役御免となつたが、その後も転居は繰り返されたが、自宅を購入した今、我が家の一室に鎮座している。
 捨てられることもなくである。

机を見ると、父・母そして祖母、弟と過ごした越し方の日々に思いが行く、そして、温かき認識の日向に溢れくるものを感じざるはいられないのである。
 
Posted by: 夕焼け  at 2010年08月27日(金) 16:34

その1
 皇后さまは蚕をかつていますね。

 蚕は、春子、夏子、秋子、そして晩秋と一年ら四回飼育することができる。
 桑の木の古株には、「きくらげ」や「もだし」などのキノコがはえる。
 地桑には沢山の実がなる。
また、この根は薬効があるらしく、桑の根を乾燥させ煎じ薬として服用していた村の婆さんの効能の言辞が思いだされる。

 蚕も卵から幼虫になつた頃は本当に埃のように小さく、その幼虫を買ってきて、桑の葉を包丁で刻んで注意深く育てる。

 夏の頃になると、熟して黒ずんだ桑の実よりも、黄色く色づいたビワの実、それに川辺に生えているイタブの実と子供はそれを食する、当時は大変に美味しく感じられた。

 春先には、野いちごの味は格別である、冬にも杉林などの下地に生えるイチゴの実はかっこうの野鳥、渡り鳥の餌となつていた。
 当時は、鶫など捕獲するため、水辺や森の中に罠を仕掛けていた。
 寒い日でも、一山登ると体がポカポカしてくる。

 夏から秋にかけ、台風が到来する、蚕を飼っていると食べさせる桑の葉が濡れていては大切な蚕が病気になる。
 低い鼠色の雲の流れを見ながら、桑の葉を竹製の籠に一目散に詰め家に運ぶ。

 いよいよ蚕がまゆを作る頃になると、蚕の身体を日に透かして透明度を観察する。
 透明度が上がれば、蚕を藁で作った巣作り装置入れる。
蚕は周囲の状況を判断し、次第に糸をかけて、少しずつ蚕の姿が糸で隠れてシルエットがぼんやりとして見えなくなつていく。
Posted by: 夕焼け  at 2010年08月27日(金) 16:34

 笹川さんの少年時代の思い出に接し、感じ入りました。戦中の疎開先での土まみれの日々は、笹川さんの感受性を支える心のインフラになっているのでしょうね。
 昨年はボーローグ博士の追想についてお話をうかがい、大変お世話になりました。笹川さんのアフリカでの農業協力についても、この「心のインフラ」が働いているのだと思います。
 私はアフガニスタンの農村に滞在した時、食べ物というと固いナンとクワの実やクルミしかなく、少々ひもじい思いをしましたが、じきにクワの実のほのかな甘さがたまらない美味に感じるようになりました。そんな時、口ずさんだのはクワの実の歌詞が出てくる「夕焼けこやけ」でした。
 私たちが途上国のことを考える時、日本の過去を実体験、追体験として心に秘めておくことが重要だと改めて思いました。(朝日新聞記者・竹内幸史)
Posted by: 竹内幸史  at 2010年08月27日(金) 13:52

 今の人は知らないのでしょう。

日本でも、牛を農作業や牛糞を醗酵させて堆肥として利用していた。
 あるいは、子牛をとり現金収入にしていました。
つい昨日まて、農家は牛の餌に雑草を刈る、そして食べさせる。
 牛は、物資の運搬など人間の労働を担ってくれるから宝物であった。

 牛の糞が牛小屋にたまると、鍬で掻き出し籠にいれで醗酵場所に積んでおき、自然発酵させる。

 そして充分に醗酵したのちの牛糞を畑にまく。
人糞とて、同じような手順で醗酵させる。
 今の環状八号線は、人糞を畑に運ぶ道であったとか?
西武新宿線は、都心から人糞運搬の鉄道であったとか?

 たばこ栽培は、肥料のよしあしに左右される。牛糞は塩分を含むから長くまくと土壌の塩分濃度があがり土地が劣化する。
 連作障害を防ぐには、良質の有機肥料にたよらなければらなない。

 麦の作付けは、連作障害を防いでくれる。

 植物というものは、動物以上に獰猛である。
植物の生育には、窒素、燐酸、カリ分は絶対に欠かせない。
 化学肥料は化学的手法でこのような物質を抽出する、収量の増加は化学肥料におうところが大きい、しかしマルサスの人口論、これが人口増加をもたらす。

 同じ燐酸でも、生物の骨などを構成する燐酸と化学肥料の燐酸とでは構造が異なる。
おいしい野菜や米などを作るためには、有機肥料に頼らなければならない。

 我々は、食べ物を無駄にする、猛烈に何を斟酌することなく、獰猛な植物を食べている。
 自然の循環の法則を考慮すれば、人間も食や生活について謙虚ででなければならない。
 食べ物の命を決して無駄にしてはいけないのである。
食べすぎ、美食を続けることは良くない、食べられることに感謝することである。

 窒素、燐酸、カリを直接摂取し分解する微生物もいる。
人間が輩出する有機物を微生物が分解する。

 水の活性処理、嫌気性処理というものがある。
有機物を分解する活性汚泥法、全酸化法、散水櫓槽法、・・・・・

 我々は、動物や植物が死滅すれば、我々も完全に死滅することを知らなければならない。
 人間は謙虚でなければららないのである。

 日本人の生活レベルを全世界の人類に適用すると、地球は2.5個必要となるという。
 我々は、自然の摂理に反する生き方をしていることを知るべきであろう。

Posted by: 夕焼け  at 2010年08月27日(金) 12:12

エチオピア訪問記事で、会長の幼少時代の思い出に接し、あのような原体験があっての、今日のご活躍と、感銘しました。世の中の一世紀の発展を記憶に残しながらの、社会貢献や色々な着想。とても興味深く拝読しました
Posted by: 角保恵喜  at 2010年08月27日(金) 10:59