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「聾者(ろう者)と手話」その3 [2010年01月29日(Fri)]

絵を使ってわかりやすく紹介


「聾者(ろう者)と手話」その3
〜手話の表現方法〜


日本語対応手話は、文字通り音声日本語を遂語的に「変換」しているもので、本来聾者が使用している「日本手話」とは異なる。日本手話は聾者の間で自然発生的に生まれたもので、日本語とは文法も異なる。手の動きや形だけでなく、顔の表情やあごの動きまでもが文法的な機能を持っている。

例えば、「食べる」を手と指で表現した一語に様々な表情が伴うと、「食べる」の後に軽くうなずくと「食べます」

あごを引き、眉を上げ、相手の目を見て静止すると「食べる?」

あごを軽く出して戻すと「食べなさい」

目をつむり、軽く首を横に振ると「食べません」

ゆっくりと軽いうなずきを何度かくり返すと「食べるだろう」
になる。

名前こそ「手話」だが、実際は「手と顔」の言語である。

人差し指一本と顔を使って「不思議、私、ウソ、音、思う、ドイツ、もう一度、スムーズ」と8つの言葉になる。不思議(人差し指で顎を指す)なことだ。

言語学的にはあまり意味はなく、聾者の間で自然発生的に完成され、地方の方言もあるようである。

片手で「あいうえお」48文字の指文字もある。あまり知られていない地名や人名に使われる。モスクワ、ガーナ、トンガなどの地名。オバマ、リンカーン、クリントンのような人名に使われている。

さて、問題なのは、日本手話と日本語対応手話の違いである。

「日本手話」は独自の文法を持つ音声を伴わない手話で、指だけでなく、顔の様々な部分や手の位置などで言葉を表現する。

「日本語対応手話」は、音声日本語と同じ文法を用いる。時には「てにをは」などの助詞を一つひとつ表現することもある。

例えば、「私はりんごを食べる」の日本手話では「私」「食べる」「りんご」となるが、日本語対応手話では「私」「は」「りんご」「を」「食べる」となる。

したがって、聴者が手話を学ぶ場合、日本手話の方が望ましい。ただ、手話通訳士として認定を受けるには、日本手話と日本語対応手話の両方を理解しなければならない。今は聾者の中にも日本語対応手話を使う人も多く、通訳者は両方を習得することが望ましいとのことのようだ。

参考図書:「手話の世界を訪ねよう」
     亀井伸孝・著、岩波ジュニア新書

なお、著者の亀井氏は、日本財団の姉妹財団である日本科学協会の研究助成を二度受けておられる。

2004年:「フランス語圏西アフリカにおけるろう者と手話に関する言語人類学的研究」
2008年:「フランス語圏西アフリカにおけるクレオールアメリカ手話の記述的研究」
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コメント
本文についての書き込みではありませんが、上記のコメントに関して、「盲聾の世界は一つのカルチャー」と言う箇所が気になりましたのでコメントいたします。「異文化教育」と言う表現がどの様な背景のもと使われているのか知りませんが、サブカルチャーとしての手話の世界は、一社会における文化多様性の現れであると理解します。故に、異文化という表現は、共に生きると言う意味で、適切とは言い難いと考えます。その「異文化」を構成しているのは、手話を使う方々のみではないと言う考えが、笹川さんのお考えなのではないでしょうか。多くの事に、興味を持つことは大事だと考えますし、そう言った意味で、上記の書き込みの内容を報告されていると思いますので、批判的なコメントではありません。逆にこのようなコメントを書かせていただくきっかけになった事に感謝いたします。
Posted by: GW  at 2010年02月02日(Tue) 09:26

はじめてコメントさせていただきます。「ろう者と手話」のブログ、大変興味深く拝読いたしました。

ご縁がありましてそちらで行われた勉強会に何度か参加させていただきました。今は会社組織の中でNGO部門をつくり、そこで11年ベトナムとモンゴルで教育支援活動をしてまいりました。その中で、「ろう」の子供たちと関わる縁ができ、当団体でも奨学金と言う形で修学支援をすることができるようになりました。しかしながら、なかなかその枠を拡大したり発展させたりすることは難しく、今はそのつながりを個人レベルで細々とつないでいるところです。「聞こえない」ということへの正しい理解と言いますか、認識と言いますか、それが何よりも容易ではないとしみじみ思います。

日本財団様が聴覚障碍に対して真摯な取り組みをされていることは以前より知っておりましたが、会長自身がこれほど深く熱い想いをお持ちであることに感動しております。何がそこまで動かしているのでしょう。大変無礼とは存じますが、想いをお尋ねしたくなりました。

私は「ろう」の子供の親です。
Posted by: 村上徹也  at 2010年02月01日(Mon) 10:34

今日はじめてにメールの内容をずっと読ませていただきました。素晴らしい人育てをされていることに、感動しています。
私たち風の会もさびれかけた小さな商店街に、古民家「風の館・塩屋」を再建し、11年目になります。日本財団の郷土学の支援事業を受けて、町並みや歴史・歳時記を高齢者を高齢者の知恵と子供たちの発想と元気をいただいて様々な活動をを楽しんで企画しています。1月13日にはモンゴルの子供たちの暮らしを知ってほしくてモンゴルチャリテーコンサートを開催したくさんの方々から子供たちへと募金をいただきました。4月には橘川よしひろさんのチェロコンサートを予定しています。小さな風でも起こすことで少しでも変化が起きる!それを期待して今度はどんな風を吹かせようかなと考えています。
これからは時々メールをあけてみて風を起こすヒントをいただきたいと思っています。ありがとうございました。
Posted by: 風の会 森田加代子  at 2010年01月30日(Sat) 14:38

笹川さん、
一つひとつ「おかしい」ところに光をあててくださってありがとうございます。オーストラリアは進んでいて、しどにーにある盲聾児童のための学校に、盲、聾ではない子どもを持つ親たちが「盲聾の世界は一つのカルチャー」だとして、異文化教育の一環としてわが子をその学校に入れたいと願い、ウェイティングリストさえある、と聞きました。      原 不二子
Posted by: 原 不二子  at 2010年01月30日(Sat) 13:04