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高見山関定年退職 [2009年05月20日(Wed)]


「大相撲」その1
〜高見山関定年退職〜


東関親方(高見山関)が今場所限りで相撲界を去ることになった。

思い起こせば高見山関は、確か19歳で高砂部屋に入門。1967年3月には新十両となり、その後、日本相撲界の長い歴史の中で初の外国人関取となった。

慣れない異国の相撲社会で一生懸命稽古に励み、股割の稽古の辛さにおもわず涙し、「目から汗が出た」との名言を吐きながら、大きな眼(まなこ)を手で拭ったこともあったという。

ハワイ州のアリヨシ州知事(当時)より父・良一に、高見山関の幕内入りを機会に後援会長に就任してほしいとの依頼があった。父にその気は無かったが「国際親善のために」との知事の強い希望を最後は受け入れた。父が後にも先にも大相撲と縁があったのはこの時だけである。

高見山関は律儀にも、毎場所番付を持って父のところに報告に来た。雲を突くような大男ではあるが、父の前に出ると心なしか小さくなっているように見えた。

父は「アメリカ人の代表として頑張れよ!! 礼と節が大切だ!! それにしても君は腰が高い。仕切りの時はこうやって・・・」と、背広を脱いでワイシャツ姿で昔とった田舎相撲を思い出して低い仕切りの姿勢をとった。高見山関は「ハイ!!ハイ!!」としわがれ声で返事をしながら父の姿を見ていた。父の主催する消防の全国大会、吟剣詩舞振興会、競艇関係の集まりにも、時間があれば必ず参加してくれた。

また、子供たちに躾を訴えるために流した山本直純作曲の「火の用心」のコマーシャルは、笹川良一、山本直純、高見山の三人組で、月曜日から日曜日まで毎日歌詞を替え、長く放映された。今でもウェブサイト・ユーチューブにアップされているらしい。

高見山関が昭和47年(1972年)7月の名古屋場所で、13勝2敗で外国人力士として初めて優勝した折、関係者でお祝金を集めて送金することにしたが、高見山関は銀行通帳を持っておらず、朝潮親方の了解を得て口座が開設された。それまでどのように生活していたか知らないが、相撲社会の不思議な生活の実態を垣間見た気がした。

父は結婚式の仲人も務めた。
引退の断髪式は人気を呼び、満員の観客の中、父は式が終了するまでの3時間余り、直立不動で参加者への礼をとった。

日本名「渡辺大五郎」君の第二の人生に幸多きことを祈りたい。
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コメント
「目から汗が出た」との明言、は「名言」の間違いではありませんか。
Posted by: UEHARA  at 2009年05月20日(Wed) 09:50

笹川さん、

お父さまの一般には知られていない一面ですね。
人間関係の基本の礼と節、国際関係とて同じですね。
あらためて敬服しております。

原 不二子
Posted by: 原 不二子  at 2009年05月20日(Wed) 09:03