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プラチャンダ首相・退陣 [2009年05月25日(Mon)]

プラチャンダ首相(右)と会談(2008年12月)


「ネパール最新事情」
〜プラチャンダ首相・退陣〜


昨年12月に続き、ハンセン病制圧活動のためにネパールに入った。

訪問一週間前には、地方で国連の車両3台と軍の車両が破壊される騒ぎがあった。組織的な反政府活動ではないらしいが、現在のところ犯人は不明である。

ネパールの南部・インドとの国境地帯に広がるタライ地方は、今なお散発的な騒動が頻発しており、そのたびに道路が封鎖される。タイヤを燃やして4〜5時間の道路封鎖はしばしばである。企業との雇用問題などでも、このような道路封鎖が恒常的に行われているようだ。

ネパール共産党毛沢党主義派は、一般の予想を反してネパール制憲会議選挙に大勝、第一党となり、プラチャンダ党首は首相に就任したが、過半数には遥かに及ばず、王制廃止と連邦共和制が議決されただけで最重要事項である憲法制定のための草案は難航し、議会は迷走を続けている。

したがって首都・カトマンズでは、選挙後も政治の安定は得られていない。プラチャンダ首相はマオイストの最高指導者としてネパール国軍と戦った相手であり、国軍は当然、首相を信頼していない。

国軍の人事権を掌握したい首相は、国軍トップのカタワル陸軍参謀長の更送を示唆した。ところがこれが大問題となり政局は極度に不安定になりかねないところ、ネパールに影響力の強い駐ネパール・インド大使の強力な説得により、プラチャンダ首相もしぶしぶ了解。

現在は小康状態ではあるが政局は極めて流動的であると、4月25日、カトマンズ(ネパール)滞在中にブログにアップしようと準備していたが、英国に出張している間の5月4日、各紙朝刊で「ネパール毛派政権崩壊」「プラチャンダ首相退陣表明」「ネパール政情不安」などの見出しで首相退陣が報道された。

プラチャンダ首相と共に戦ったマオイスト約2万人の兵士は、武装解除(実際、武器は相当隠匿されている)の上、毎日がキャンプ暮らしである。首相にとって、マオイスト兵士の国軍への統合が最大の政治的課題であるが、強行突破には失敗した。

5月21日、ジュネーブ滞在中にプラチャンダの後任首相は、ネパール統一共産党出身のマダ・マク−ル・ネパール首相のもとに連立政権を樹立。毛沢東主義派は連立に不参加との情報を得た。

これも即アップすればニュースとして新鮮であったのに、土・日曜日の新聞各紙に報道されてしまった。別に新聞記者でもないので「まあいいか」と思いながらも証文の出し遅れ、葬式済んでの医者頼みで、正直なところ、少し残念な気持である。

いずれにしても、今後ともネパール国軍はマオイスト兵士の統合を認めるはずもなく、マオイスト兵士2万人の処置は極めて難しい問題である。2010年5月までの新憲法制定による新生ネパールの建国は不可能となり、ネパールの政治は当分の間不安定な状況が続くことになる。
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