中国人民解放軍佐官級訪日団・表敬 [2008年11月15日(土)]
![]() 両国の友好を支える新たな仲間(中央・筆者) 「中国人民解放軍佐官級訪日団・表敬」 挨拶要旨 2008年10月20日 日本財団ビル8階 このたびの来日に際し、心から歓迎申し上げます。 私は昨夜、アメリカから帰ってきました。また明朝から大連、フィリピンに出かけます。今回はタイミングよく皆様にお会いすることができ、大変嬉しく思います。 日中間の佐官級交流は皆様方のご理解とご努力により、順調に成果を挙げてきた9年間だと思います。今回の訪問でも皆様方には広く日本の実情を知っていただければと願っています。 既に62年前になりますが、私が7歳の頃、東京は空襲を受け、一晩で10万8千人が命を失いました。そして数十万人が傷つきました。私の街では、空襲のときの第二避難場所として隅田川が指定されていましたが、子供だった私は水の側に行くのが怖かったため、母親と二人で一晩中街中を逃げ回っていたのです。 結果的に川に逃げた私たちの街の人たちは、油が流れていたために川が火の海になってほぼ全員が命を落としました。運良く私たちは助かったのです。私たちは死体の山から街の人たちを見つけ出し、名前を貼る作業をしました。この体験は生涯忘れることは出来ませんし、平和の大切さを身を持って経験しました。 私は現在、世界中を飛び回っています。年の三分の一を海外での仕事に当てているのですが、海外に出かけると平和の重要性を実感することができます。 世の中、軍人が戦争好きだと思っている人は圧倒的に多いようですが、私は最も戦争が嫌いな人たちが軍人だと信じて疑いません。そのような意味から日中両国の軍人が顔を合わせ、意見を交わし、相互理解を深めることは大切であり、その重要性を考え、このプログラムを開始しました。 両国の軍人同士の意見が一致することは、国が違いますからあり得ないとしても、意見の違いを知ること、そしてお互いのことをよく知るために努力することが大切だと思っています。 何十年間も連れ添ってきた夫婦間でも、ときとして喧嘩をすることがあります。まして国と国との関係が常に穏やかであるわけがありません。しかしながら、中国と日本との2000年という長い歴史を振り返れば、世界の歴史にはない、素晴らしく穏やかな二国間関係があったことは断言できます。 ただ60年、70年という期間を区切れば二国間の間に問題があったことも事実です。これからの中国を背負って立たれる皆様方は、この機会によく日本を見ていただき、平和で穏やかな二国間関係が築けるようお願いしたいと思います。 |










