「政情不安のギニア訪問」その1 [2008年07月07日(月)]
![]() 「政情不安のギニア訪問」その1 ギニアと名のつく国は、ギニア共和国、赤道ギニア共和国、ギニアビサウ共和国と、アフリカに3カ国存在する。 今回のギニア共和国は、私にとって108番目の訪問地であった。日本の本州ほどの面積に人口980万人、ボーキサイトのほかに有力な天然資源もない米を主食とする国である。 6月17日ロンドンで、国際海運四団体の代表と、クアラルンプールで11月に開催される国際会議の打合せ後パリ経由でギニア共和国入りし、ハンセン病制圧活動をする予定であった。 先に現地入りしていた笹川記念保健協力財団の松本事務局長より「17日、コナクリ空港は入国管理の警察官が賃上げ問題から職場放棄で空港閉鎖」の第一報が入り、予定通り18日にギニア入りするか否かの判断を迫られた。 まず、パリで合流予定の女性職員2名にはパリから帰国を指示の上、空港再開なら私たち5人は訪問を決断。その後、WHOギニア代表部より「町は沈静化しており空港再開」の連絡を受ける。予定通り18日夜、8時30分コナクリ空港到着。 機内は情報を知った乗客のキャンセルか、ガラ空き状態であった。空港は意外なほど平穏でサンガレ・ハジャ・マイモナ・バー保健大臣の出迎えを受けて闇の中をホテルに直行した。 |











機内は情報を知った乗客のキャンセルか、ガラ空き状態であった。空港は意外なほど平穏でサンガレ・ハジャ・マイモナ・バー保健大臣の出迎えを受けて闇の中をホテルに直行した。