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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

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フジサンケイビジネス アイ掲載 [2008年06月09日(月)]
※5月29日付け、フジサンケイビジネス・アイ「地球コラム」に『成人式迎えた「人間回復の橋」』が掲載されましたので、お時間がある時にでもご高覧いただければ幸いです。




【笹川陽平の地球コラム】 成人式迎えた「人間回復の橋」


2008/05/29
FujiSankei Business i.


未来をつなぐ架け橋に
 国内初のハンセン病隔離施設「長島愛生園」がある岡山県・邑久町の長島。この島と陸をつなぐ邑久長島大橋が開通して20年目の5月9日、「人間回復の橋」の成人式を祝う式典が現地で行われ「ハンセン病と人権」のテーマで講演する機会を得た。

 長島は周囲16キロ、瀬戸内の美しい海に囲まれ全島が国有地。新緑の中、赤や白のツツジが咲きウグイスの声も聞こえた。国の隔離政策に基づき1931年、長島愛生園、7年後には邑久光明園が建設され、全国から1万人を超す患者が収容された。島で息を引き取った人は6000人に上る。

 橋の長さは135メートル。現在は海幅が90メートル近くあるが、架橋以前は30メートルしかなく、定期船が唯一の渡航手段だった。しかし声を上げれば届きそうなわずか30メートルが、患者にとっては社会から隔絶された絶望の距離でもあった。現在、入所者は両園合わせて584人。平均年齢も80歳を超す。

1996年の「らい予防法」廃止以後、新たな入所者はない。どの人も既に治癒しているが、高齢や後遺症に加え長い隔離政策の中で社会とのつながりを失い、両園を「終(つい)の棲家」とする人が多い。

 国の政策を違憲とした2001年の熊本地裁判決を待つまでもなく、隔離政策が長い歴史の中で心の深層にまで染み込んだ偏見、差別を助長したのは間違いない。1980年代に多剤併用療法(MDT)と呼ばれる治療法が確立しハンセン病が完全に治る病気となった現在も根強い偏見が残る。
(邑久光明園ホームページから転載)

式典で邑久光明園の牧野正直園長も「橋はハンセン病で隔離の必要がなくなった証といわれた。しかし20年たった今日、胸を張ってそう言えるか、残念ながら言えない」と語った。

 そんな話を聞きながら、講演ではハンセン病患者・回復者の7割を占めるインドを中心に世界の現状を報告した。この国では日本財団が中心となってMDTの無料配布を進めた結果、1100万人が治癒し、不可能とみられたWHO(世界保健機関)の制圧目標「人口1万人当たり患者1人以下」を達成、医学的な意味でのハンセン病の制圧には目途が付いた。

 しかし、偏見・差別という社会的側面は依然、深刻。回復者やその家族は働く意欲、能力もありながら教育、就業の機会を奪われ、物ごいの生活を余儀なくされている。回復者の人権が回復されない限りハンセン病の解決はなく、私はこの数年、医学的制圧をオートバイの前輪、差別の撤廃を後輪にたとえて「ハンセン病の制圧は、両輪がうまくかみ合って初めて達成できる」と訴えてきた。

 オートバイを例にとるのは、数年前、ハンセン病の制圧活動で途上国に出掛ける途中、機内で見た革命家チェ・ゲバラの伝記映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」に由来する。映画は医学生であったゲバラが友人と中古バイクで南米の旅を続ける内容。

途中で見つけたハンセン病施設が患者を社会から隔離する形で運営されているのを知り、強引に対岸の施設まで泳いで渡り、貧しい患者とともに自らの誕生日を祝った。患者と社会を切り離す「隔離政策」を批判する感動的な内容であった。

 長島では一昔前、泳いで島からの脱出を試み、おぼれ死んだ患者もいたと聞く。講演では「皆さんの闘いの成果を参考に、回復者が社会に復帰し尊厳と権利を確保しながら生きていく社会をつくりたい」と訴えた。

「人間回復の橋」が文字通り「未来をつなぐ架け橋」となるよう望んで止まない。
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