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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

東北地方太平洋沖地震応援基金
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■活動状況はマンスリー・レポートからご覧いただけます。
2月2日(木) [2012年02月02日(木)]
2月2日(木)

14:00 聖路加国際病院を退院

14:20 日本財団で書類整理、決済、事業打合せ

17:00 退出
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2月1日(水) [2012年02月01日(水)]
2月1日(水)

18:00 ペルーより、成田着
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1月31日(火) [2012年02月01日(水)]
1月31日(火)

6:00 ペルーより、ロサンジェルス空港着

12:10 ロサンジェルス空港発、成田へ
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日・中・国債持合い裏話 [2012年02月01日(水)]

金融対話の公開シンポジウム


「日・中・国債持合い裏話」


日・中関係は間歇泉(かんけつせん)のように、一定の期間を隔てて反日・反中の声が高まる。

今や経済的には輸出・入共に中国がトップで、両国にとって最重要なパートナーの一国でありながら、特に政府間レベルの交流は形式的な会談が多く、両国首脳が胸襟を開いた個人的な信頼関係の確立には程遠い状態にある。

グローバリーゼーションの時代、首相や外務大臣など、閣僚の海外での活動は優先課題であるにもかかわらず、伝統的な国会運営の慣習に束縛されて極端に機会が少なく、日本のプレゼンズが急速に低下していることは残念至極のことである。国会では首相や閣僚が欠席すると「国会軽視」と猛々しい。その実、会議で居眠り議員が多く存在することは他国ではあり得ないことで、世界の一大奇観といってもよい。

対中関係は「同文同種」などと今だ誤解する向きもあるが、まったく異なった国であり、政治体制である。我々は中国の実態をよく知る努力を継続しなければならないし、中国にも現在の日本を知る努力を懸命にしてもらいたいものである。

筆者は長く中国との民間レベルの交流に携わってきたことは「隣人・中国人に言っておきたいこと」(PHP出版社)でご存じの方もおられるだろう。

その一つが民間の我々が仲介する自衛隊と人民解放軍との交流で、既に10年を経過し第二次の交流がスタートしたところである。関係者のほとんどが初めての訪問で、交流内容は単に軍事施設を視察するだけではなく、農村訪問、若者との対話等、国民生活の実態を知ることも重要な目的でお互いに新鮮な驚きを体験しており、今や両国政府の高い評価を得るまでに成長してきた。

日・中金融対話も、中国の強大な経済力に支えられた国際金融市場の存在感の中、形式的対話の域を出ていなかった。そこで笹川日中友好基金は、両国の金融専門家に議論の場を提供し、昨年末で第3回目となった。非公開の意見交換の場も設置。年々両国の代表者間の信頼醸成も進み、昨年末には一部合意形成の成果があった。

昨年12月8日、当方の招待で来日した張宇燕・中国社会科学院世界政治経済研究所所長は、日本側専門家との対話の席上で下記の提案を行った。

1. 中国は資本市場を開放し、日本は決められた額の範囲内で中国市場に参入し、国債や企業債券を購入できる仕組みを提案。 
 
2. 中国の中央銀行と日本の中央銀行、財政部と財務省が協定を結び、一定額の中で外貨準備を保有できるようにする。

3. 中国はこのような準備通貨化から始め、日本・アジアの国と協定を結ぶ。

4. 東京のオフショア人民元市場創設が実現すれば、日本企業と日本人は日本の中央銀行を通じて保有している人民元を中国に回流させられる。

5. 日本円と人民元の拡大について、両国の中央銀行はアジア独自の決済メカニズムを構築できないか。


その後の金融協力を巡る日中政府の動きに照らしてみると興味深い。


平成23年12月20日 日本経済新聞1面
「中国国債、日本が購入 最大100億ドル首脳会談で合意へ」

平成23年12月20日 閣議後の記者会見で安住財務相
「中国国債購入 お互いにメリット大」

平成23年12月25日 日中首脳会談
「日中両国の金融市場の発展に向けた相互協力の強化ファクトシート」
 (1)両国間のクロスボーダー取引における円・人民元の利用促進
 (2)円・人民元間の直接交換市場の発展支援
 (3)円建て・人民元建て債券市場の健全な発展支援
 (4)海外市場での円建て・人民元建て金融商品・サービスの民間部門による発展慫慂
 (5)上記分野における相互協力を促進するため、「日中金融市場の発展のための合同作業部会」の設置

等々、野田首相を支える財務省や関係当局の努力ではあるが、笹川日中友好基金もささやかな日・中両国の橋渡しにお役に立ったのではと考えている。
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1月30日(月) [2012年01月30日(月)]
1月30日(月)

10:40 退院

12:00 WHOペルー フェルナンド代表



WHOペルー フェルナンド代表


12:30 ホテル着

12:40 関係者との昼食

19:30 関係者との夕食

21:00 ホテル発

22:00 ペルー空港着

24:00 ペルー発
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―大統領、閣僚との会談―「ミャンマー訪問」その8 [2012年01月30日(月)]

世界海事大学の笹川フェローもたくさん駆けつけてくれた


―大統領、閣僚との会談―
「ミャンマー訪問」その8


新首都ネピドーは実質2日間の滞在であったが、ティン・セイン大統領との会談、政権基盤である与党USDP(連邦団結発展党)のテー・ウー総書記及び中央委員5名と会談、ワナ・マウン・ルイン外務大臣とは2014年のミャンマー・アセアンサミットへ向けての人材養成支援について、アウン・チー労働・社会福祉大臣とは障害者の組織化と国際障害者芸術祭の開催について、テイン・テー辺境国境大臣とは辺境地域での小学校建設の拡充について、チョウ・ミンUSDP中央委員(前保健大臣)とは伝統医療薬品の配布事業について会談。ソー・テイン工業大臣、ミャ・エイ教育大臣はティン・セイン大統領との会談に同席され面識を得た。

ヤンゴン市長とは旧知の間柄で、単なる表敬訪問。

スーチー女史との会談は、既に12月27日、28日のブログにアップしたので割愛。

今回は大野修一国際担当の発案で、今まで日本財団、笹川平和財団などが援助した奨学生や協力者がはじめて一同に会した。

国連平和大学奨学生、世界海事大学奨学生、障害者、学校建設、伝統医薬品配布、公務員研修、ハンセン病等々の当事者や協力者約100名が出席して下さり、久し振りの顔合わせに賑やかで楽しい会となり、今後、連携を強化してネットワークを構築することになった。

ミャンマーの参加者のほとんどが赤ワインを飲み、日本人関係者はビールと、珍しい色分けとなった。ワインはミャンマー製だが、雰囲気も良かったせいか合格点であった。中国で赤ワインが健康に良いとの情報は知られているが、ミャンマーまで情報が流れているとは・・・。フランスのセールスプロモーションは秀逸。にもかかわらず、近年、多くの国々でワイン生産が始まり、高級品を除き、フランスワインの販路が急速に衰えていることは皮肉である。



ミャンマー人は手に手に赤ワイン


要人面談にキャンセルのない珍しい出張でもあった。
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1月29日(日) [2012年01月29日(日)]
1月29日(日)

入院・治療
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1月28日(土) [2012年01月28日(土)]
1月28日(土)

5:30 ホテル発

6:00 ペルー空港着

8:00 ペルー空港発

9:00 ウカヤリ州着



ウカヤリ州に日本財団の中古福祉車両が


9:30 アマゾニコ・デ・ヤリナコチャ病院

9:40 WHO・保健省ハンセン病担当者より、ハンセン病状況についてのプレゼンテーション

11:00 ハンセン病患者、回復者さんたちとの会合



ハンセン病患者、回復者の皆さんと



ハンセン病回復者の方々と


13:30 病院関係者との昼食

16:00 空港着

18:30 空港発

21:15 リマ着、入院
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1月27日(金) [2012年01月27日(金)]

高層ビルが立ち並ぶペルー市内


1月27日(金)

9:30 ホテル発

10:40 フジモリ元大統領 訪問

16:20 日本人ペルー移住百周年記念病院



日本人ペルー移住百周年記念病院


18:40 ペルー日系人協会新年会 挨拶


ペルー日系人協会新年会
 

22:20 ホテル着
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―ティラワ工業団地・視察―「ミャンマー訪問」その7 [2012年01月27日(金)]
―ティラワ工業団地・視察―
「ミャンマー訪問」その7


12月18日は日曜日。所在ないので、ヤンゴン近郊から車で1時間ほどの外国企業向けのティラワ工業団地の視察に出かけた。

広大な工業団地・13平方キロメートルの敷地は、側溝も整備され受け入れ側の準備は整っているように見えたが、日本企業の進出は、投資保護の法律が制定されるまで相当な時間が必要だとは、関係者の説明であった。

中国や韓国はパイオニア精神に溢れ、法律が未整備でもどんどん投資する。そのためミャンマー当局には日本企業は出遅れているように判断されてしまうらしい。

道路を挟んで反対側の区画はすでに稼働しており、盛んに大型トレーラーに満載されたチーク材の大木が運び込まれていた。バングラディッシュ、インドへの輸出だというが、丸太での輸出は禁止なのに不思議な光景を目にした。

ヤンゴンからは曲がりくねった粗末な鉄道が単線で入っており、一日2〜3便の列車が運行しているという。よく脱線しないものと、日本の鉄道との差の大きさにびっくりであった。無人駅の近くには使用済みのブルートレインが2〜3輌放置してあった。



懐かしのブルートレインを背に


いざヤンゴンに戻ることになって、車輌のクラッチの故障が判明。運転手は懸命に迎えの車の手配に走り、やっと代替車がくるというが30〜40分経っても現れない。ミャンマーでは1時間のところを40分と短く言う癖があるらしく、ヤンゴンからネピドーの移動も5時間では到着しなかった。日本の大使館員が言っていた見通しの方が正しいことを知った同行の富永夏子が、通りがかりの軽トラックを止めて交渉してくれた。

彼らにとってヤンゴンは逆方向にも関わらず快く協力してくれた。狭い荷台には新聞記者も含めて10人が乗り込んだ。長老の会長からといわれ、運転手とガラス越しに背を向けて進行の逆方向に座った。下にはエンジンルームがあるらしく、しばらくすると尻が熱くなってきた。軽トラックなのでクッションは粗末で、油断をしていると突然直下型の地震のように真下からドスンっと震動が体を直撃する。舌を噛まないように奥歯を嚙みしめて座っているが、手でつかまるところもない。



トラックの荷台に乗りこむが・・・


日が暮れてくると後続車両のライトが容赦なく目に入る。座禅を組むがごとく小1時間を耐えホテルに到着。一行10人、肉体労働者の如く軽トラの荷台より飛び降りる。

冨永夏子が御礼を差し出すが頑に受け取らない。それではと帽子をプレゼントしても「ただただ好意でやったことですから」といって一行10人が見守る中、さわやかな笑顔を残して走り去った。



心優しい運転手さんは、笑顔を残して走り去った


ミャンマーの人々は敬虔な仏教徒が多く、謙虚で慎み深い性格である。ミャンマーでの支援活動を開始した当初も、内心はともかく、なかなか彼等の方から援助してくれとの言葉は口に出なかった。今回もミャンマー人の暖かい友情を経験した。

発展途上国では、援助が足りない、私たちは貧しい!! 援助を受け取るのは当然だと猛々しい人々が多い世界で、ミャンマー人は特別である。日本が戦後の食糧難の時代、たびたび米の無償援助をしてくれた国、戦後の賠償を放棄してくれた親日国ミャンマーを忘れてはならない。

部屋で鏡を覗くと、浅黒い地肌の尻の両側がくっきりと赤くなっていた。
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