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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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「北朝鮮ミサイルの謎」 [2016年02月10日(Wed)]
「北朝鮮ミサイルの謎」


2月7日、北朝鮮は予告通りミサイルを発射した。

この暴挙は、国内は勿論、国際的にも厳しく批判されており、国連安全保障理事会では厳しい決議案が採択されることになるだろう。

各報道機関は北朝鮮について、有識者を含めてあらゆる角度からの議論がなされているが、一つだけ話題になっていない問題がある。

それは、どのようにしてあのミサイルを開発したかということである。

1980年代、ソ連の短距離弾道ミサイル『スカッド』をエジプト経由で入手。これを基にして開発を加速させ、90年代に完成した中距離弾道ミサイル『ノドン』の射程距離は約1300キロで、日本のほぼ全域が射程に入った。今回のミサイルは約13000キロと見られ、アメリカ東海岸でまで攻撃する能力を持つらしい。
(2月8日付毎日新聞朝刊)

1980年代にエジプトから入手した『スカッドB』を分解して調査・研究しただけで、このような急速なミサイル開発の進歩につながったのかどうか、私ははなはだ疑問に思っている。

2月8日付朝日新聞によると、毎日新聞の1980年代説より10年早い1970年ごろ、旧ソ連から短距離弾道ミサイル『スカッド』を導入して研究。そして、80年代に『スカッドB』『スカッドC』の試射に成功、実戦配備とある。しかし、1970年代の旧ソ連はブレジネフの時代で、彼は北朝鮮嫌いであったとされている。したがって、この朝日新聞説にも疑問符がつく。また毎日新聞の1980年代にソ連製の最新兵器である『スカッドB』をわざわざエジプトから入手したというのも疑問符がつく。

かつて私は、チェルノブイリの原発事故後の子供たちの健康被害救済活動で、10年間にわたりロシア(ソ連)で活動した。ロシア第6病院か第9病院かは忘れたが、爆発直後の救助活動で、被爆した重症患者をゴルバチョフ夫人と共に見舞ったこともある。その際の同行者は、日本の経団連に相当するロシア産業同盟のヴォリスキー会長であった。

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チェルノブイリ原発事故で負傷した重症患者を見舞う(モスクワの病院)
(右)ゴルバチョフ夫人(当時)、(中央)ヴォリスキー会長、(左)笹川


ヴォリスキーは、1982年11月から1984年2月まで、ブレジネフの後任としてソ連最高指導者であったアンドロポフの補佐官でもあった。ある時私はヴォリスキーに「北朝鮮を嫌っていたブレジネフなのに、後任のアンドロポフは何故北朝鮮にミサイル技術を提供、支援したのか」と聞いてみた。温和なヴォリスキーは瞬時に顔を真っ赤にして「君は何でそんなことを知っているのか」と興奮した顔で聞き返してきたので、「いやちょっと、疑問に思っていたので」と言葉を濁して逃げたことを思い出す。

この話から推測すると、毎日新聞の記事も朝日新聞の記事も正確ではなく、アンドロポフ政権下、何らかの理由で北朝鮮に直接ミサイル技術を提供したことになる。その後北朝鮮は、ワシントンのホワイトハウスを直撃できる大陸弾道ミサイルの開発に向けて国運をかけて懸命に開発を続けてきたのだが、各国のインテリジェンスは、北朝鮮の開発力に対して半信半疑の状態を長く続けてきた。しかし、北朝鮮はアメリカとの交渉の強力カードであるアメリカ直撃の手段を手に入れるまで、核開発を含め、絶対に止めないだろう。

それなのに北朝鮮は反中国、親アメリカなのである。かつて北朝鮮の幹部は私に「アメリカは怖いお父さん。我々北朝鮮はわんぱくな子供だ。色々悪いことをしても最後にお父さんは許してくれる。バンコ・デルタ問題、テロ国家指定からも解除してくれた」と言っていた。北朝鮮は今もお父さんは最後には許してくれると信じているのか。アメリカの北朝鮮に対する強硬姿勢は、これからは、多分、不変であろう。

北朝鮮は「アメリカへの片思い」の気持ちは通じないことを早く知るべきである。
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2月9日(火) [2016年02月09日(Tue)]
2月9日(火)

7:30 財団着

8:30 鳥取関連事業打合せ

9:00 2015年度第4回審査事業打合せ

10:00 理事会
 
11:30 北京出張打合せ

13:00 「春の交流会」打合せ

15:30 塩田澄夫 元海上保安庁長官

16:00 鳥取プロジェクトの情報発信事業に関するメディア向け説明会

17:30 メディアとの懇談会
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2月8日(月) [2016年02月08日(Mon)]
2月8日(月)

7:25 財団着

8:30 海野光行 日本財団常務理事

11:00 鈴木俊一 衆議院議員

14:30 世耕弘茂 官房副長官

15:00 小池保夫 日本モーターボート競走会会長

16:30 久代登志男 ライフプランニングセンター理事

17:30 菅 義偉 官房長官

18:00 伊藤 隆 東京大学名誉教授
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「ちょっといい話」その61―バチカンからの返書― [2016年02月08日(Mon)]
「ちょっといい話」その61
―バチカンからの返書―


バチカンの教皇様のハンセン病についての誤った引用発言については、是正をお願いする書簡を送付してきた。

返書も頂戴しているが、もっと建設的に世界のカトリック信者の皆様にハンセン病についての正しい知識を理解していただくため、未来志向の啓蒙的な会議の開催を提案していたところ、積極的な返書が到着。バチカンの希望に沿って、6月10日、11日開催で、急遽準備を開始することになった。

下記はバチカンからの書簡です。

******************


2016年1月12日


笹川陽平様

ハンセン病の患者・回復者その家族の皆様の苦しみを取り除くとともに、病気の制圧に向けて努力されるあなたの素晴らしい活動にお礼を申し上げます。

あなたは最近のローマ教皇猊下へのお手紙で、日本財団と当ローマ法王庁保健従事者評議会との共催によるハンセン病についてのシンポジウムを行うことをご提案になられました。このシンポジウムは特に、ハンセン病に関する情報を交換し、病気とそれがもたらす社会的スティグマについての認識を高め、世界から差別をなくすための戦略を考える会議であります。

病気が完全に治る病気であること、それでいながら苦しむ患者、回復者の状況をわれわれもよく認識しています。そして、私どもローマ法王庁保健従事者評議会は日本財団からの会議共催のお申し出を歓迎いたします。これに関して、私どもとして、本年6月10日、11日を期日として、当評議会のグッド・サマリタン(苦しむ人の友)財団の後援のもとで実施することをご提案いたします。参加される方々は、同時に12日にバチカン聖ピエトロ広場で行われる障害をもつ病に苦しむ方々のための法王様による記念のごミサにも参加していただきます。

私どもとして、このシンポジウムが、国際機関、団体、教会団体などハンセン病の問題にあたっている諸組織やハンセン病の患者・回復者の方々にご参加いただくものとなることを期待します。私どもはすでにラウルフォレロ財団とマルタの騎士団に協力を要請いたしました。私どもの願いは、ハンセン病に対する社会的な認識を高めることに加えて、ハンセン病の患者、回復者、その家族の間でももっとも苦しい状況に置かれ疎外されている方々を対象に具体的な救済のイニシアチブを策定し行動を強化することを考えるところにあります。

このシンポジウムを組織するために、2月の第2週以降あるいは3月初旬にローマでお会いしてご相談できればと存じます。そして、また、シンポジウムにご招待するべき、組織、団体、人々などをご存知でありましたらお知らせいただけますと幸いに存じます。

今後の継続的で実りある協力を楽しみにし、お返事をお待ちいたします。

Zygmunt Zimowski
President of the Pontifical Council for Health Care Workers
ジグムント・ジモウスキー
ローマ法王庁保健従事者評議会議長

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2月5日(金) [2016年02月05日(Fri)]
2月5日(金)

15:50 ロンドンより、羽田着

16:50 財団着
    書類整理、打合せ

18:10 財団発


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産経新聞【正論】ミャンマー支援の一層の強化を [2016年02月05日(Fri)]
ミャンマー支援の一層の強化を


産経新聞【正論】
2016年1月28日


昨年11月の総選挙で最大野党・国民民主連盟(NLD)が大勝したミャンマーの新政権の発足が目前に迫った。次期大統領の候補者名はまだ明らかになっていないが、誰が大統領になろうと新政権の最大の課題が国民和解と民主化、経済発展にあることに変わりはなく、日本に対する期待も極めて大きい。

 ≪和らぐ国軍の警戒感≫
 大勝したとはいえNLDが国軍や官僚機構の協力なしに政権を運営するのは難しく、NLDを率いるアウン・サン・スー・チー氏も総選挙後、まずは国軍との和解を目指し、手を打ってきた。

 昨年12月には自らを15年近く自宅軟禁した旧軍政のトップ、タン・シュエ元国家元首に会い、「過去を問わない」と伝え、NLDの支持者に対しても敗者となった現政権関係者への心遣いを求めた。

 昨年10月、15の少数民族武装組織のうち8組織が停戦協定に応じたのを受け、年明けに首都ネピドーで開催された連邦和平会議の開会式でも「一部とはいえ停戦が実現したことに感謝する」とテイン・セイン大統領や国軍に対する配慮を見せた。

 一連の言動に、スー・チー氏に対する国軍の警戒感も和らぎ、テイン・セイン大統領も総選挙の成功を「ミャンマー民主化のマイルストーン」と位置付けた上、「政権移譲を秩序正しく行う」と表明している。

 少数民族、とりわけ停戦協定を見送った7組織との和解はNLDの勝利、さらに「国民和解を最優先課題とする」としたスー・チー氏の発言を受け、双方の歩み寄りに拍車が掛かりそうだ。

 しかしコーカン族やワ族、さらにイスラム系のロヒンギャといった15組織とは別の存在もあり、国際社会は性急な結論より、長い目で見守る姿勢が必要だ。

 全民族との和解は、今も建国の父と慕われるスー・チー氏の父、アウン・サン将軍の夢でもあった。少数民族の自治権の拡大や連邦制度の在り方など難問も多く、筆者もミャンマー国民和解担当日本政府代表として一層の努力をしたい。

 ≪スー・チー氏の指導力に期待≫
 「アジア最後のフロンティア」と呼ばれるミャンマーへの各国の外交攻勢は今後、激しさを増す。特に隣国・中国は長い間、軍政とも親密な関係にあり、2011年に棚上げされた中国資本によるミッソンダム(北部カチン州)開発など懸案問題も多い。昨年6月にはスー・チー氏が中国を訪問、習近平国家主席と会談しているが、どのような話が交わされたのか、ベールに包まれたままだ。

 スー・チー氏は父に対する国民の尊敬、長年、軍政と闘ったカリスマ性を生かしNLDを大勝に導いた。しかし憲法が定める資格条項の制限で今のままでは大統領になれない。

 大統領は上院、下院と両院の4分の1を占める軍人議員から計3人の候補者を出し、連邦議会の全員投票で決まるが、2月1日の議会招集を前に、いまだに候補者名が公表されていないのは、スー・チー氏の立場をどうするか、憲法との兼ね合いも含め、検討されているのが一因とみられる。

 ミャンマーでは、資格条項を凍結して大統領に就任する、といった“うわさ”も流れているようだが、スー・チー氏は「私がすべてを決める」とも述べており、いかなる結果になるにせよ、スー・チー氏がこの国を引っ張っていくのは間違いない。

 スー・チー氏は1980年代に京都大学東南アジアセンターの客員研究員として来日した経験もあり「民主化を進める上でも日本を見習うべきだ」との考えを持つ。

 ≪積極的平和外交のモデルに≫
 日本は欧米各国が経済制裁を行った軍政時代も含め長い間、人道支援に取り組み、民政化後も3千億円を超す債権を放棄する一方、政府開発援助(ODA)を通じた手厚い支援を続け、各国の債権放棄にも筋道を付けた。

 今月23日にはNLDの経済委員会メンバー15人が日本財団の招待で各国に先駆け日本を訪問、財務省や日本銀行、金融庁などを視察、意見交換を進めている。日本に対する信頼の高さを示しており、日本外交の特筆すべき成果と言っていい。

 与党・連邦団結発展党(USDP)が大敗したとはいえ、テイン・セイン大統領は政権発足後わずか5年間で国際社会も驚く民主化、経済発展を実現した。インド、中国という巨大市場に隣接するミャンマーはアジア最貧国から豊かな国へ脱皮する大きな可能性を秘める。スー・チー氏が現政権の路線を継承・発展させ、豊かな国づくりを進めるよう期待する。

 総選挙と前後して、一部メディアは政権による不正選挙や、大敗に反発した国軍が動く可能性を指摘した。この国ではこのような事態がもはや、起こり得ないところまで民主化が進んでいる。

 日本は引き続き、ミャンマーに手厚い支援を続けるべきである。それが、安倍晋三首相が目指す積極的平和外交のモデルともなる。
(ささかわ ようへい)



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2月4日(木) [2016年02月04日(Thu)]
2月4日(木)

7:00 朝食

10:00 ロンドン市内散策

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ちょっと英国紳士風?


13:00 林景一英国特命全権大使と昼食

15:15 ホテル発

16:20 空港着

19:00 ロンドン発、羽田空港へ

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2月3日(水) [2016年02月03日(Wed)]
2月3日(水)

7:00 朝食

8:45 グレイト・ブリテン・ササカワ財団理事 デイビッド・ コープ氏

10:00 UK Health Protection Agency(英国健康保護庁) デイビッド・ ヘイマン会長

13:00 ジミー カーター元アメリカ大統領、デスーザ イギリス上院議長らとの昼食会(貴族院にて)

久しぶりの再会となったカーター元大統領と.JPG
カーター元大統領と久しぶりの再会

お元気そうで何よりである.JPG
お元気そうなお姿にホッ!

昼食会.JPG
昼食会


17:30 カーター元アメリカ大統領によるレクチャー(貴族院にて)

18:30 レセプション
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「社会貢献支援財団」―安倍昭恵会長― [2016年02月03日(Wed)]
「社会貢献支援財団」
―安倍昭恵会長―


「社会貢献支援財団」は、1971年「日本顕彰会」として設立され、2001年に「社会貢献支援財団」に改称。目的は、広く社会の各分野において、社会と人々の安寧と幸福のために尽くされ、素晴らしい活動をされながらも報われる機会の少なかった方々を顕彰する財団です。

今日までの45年間で11,800人以上の方々が表彰されています。

2014年6月、公私共にご多忙の安倍昭恵令夫人に無理を承知で会長へのご就任をお願いしたところ、社会的意義をご理解くださり、快諾されると共に活気ある財団活動をされておられます。

昭恵令夫人は昔から社会活動にご熱心で、障がい者問題をはじめ、社会的弱者の救済活動を幅広く続けおられ、海外では、特にミャンマーの僧院における子供教育に造詣が深く、自らも多くの小学校を建設されています。

以下は昨年行われた表彰式での私の挨拶です。

************


 2015年11月30日
於:帝国ホテル


本日は瑶子女王殿下のご臨席を仰ぎ、そして安倍昭恵会長の下で、厳粛にも盛大な式典がここに無事終了いたしました。今回表彰された皆様方に心からお祝いを申し上げます。

私は今、表彰を受けられる皆様方の表情を拝見して共通することに気付きました。安倍会長から表彰状を受け取られる時の優しい眼差しは、皆さん共通のものですが、その中に大変強い意志のある眼力を見ることができました。この強い意志こそ皆様方のすばらしい活動を支えてきたものだろうと思いました。

私の務めております日本財団は、広く世界を対象にさまざまな弱者のための救済活動を展開している組織です。我国には約5万といわれるNPO法人があります。しかし、現実に活動を継続されているところは、あまり数字を言うといけませんが、極々わずかなのです。なぜかと申せば、何か社会のために役立ちたいという気持ちが強い方ほど、5年6年7年でお疲れになってやめてしまわれるのです。わたくしは日本の多くのNPO法人などをご支援させていただいた経験から申し上げており、このような感想を持っています。

ご自身の活動について「見返りを求めない」。これは今日表彰を受けられた皆様共通の考えですね。たった一度の自分の人生をいかに充実したものにして生きて行くか、生きるってどういうことなのだろうか。自分の納得した人生を歩みたいということが肝心で、その結果として、社会のために役立っているということだと思います。社会のために役立ちたいという気持ちが先にたつと体のどこかに力が入り、途中で疲れてしまうのです。ですから、私たち自身のたった一回の人生をどのように生きようかということならば、これは30年でも50年でも続くわけで、それが結果として人様の役に立ち、又、喜びを分かち合えることができることだろうと思います。

安倍会長は単に名前だけの会長ではありません。自ら率先して現地視察のために海外にも行って下さっております。ご主人様は皆様ご承知の方でございまして、一億総活性化の活躍の時代をつくろうということで、高い立場から日本の政治家あるいは行政を活用し、日本が活気あふれる世界のモデルになるような平和で力強い、そして国民一人一人が愛情あふれる、そういう充実した日本国をつくろうとした努力をなさっていらっしゃいますが、安倍昭恵夫人は、その反対の草の根レベルから世の中の諸問題を解決しようと、皆様方のような方々のご協力を得て、グラスルーツからの活動を展開されておられます。

皆様のような強い意志を持った人たちが何百倍何千倍も増加すれば、日本の国はかつてのように人に対する思いやりがあり、愛情があり、助け合っていく。そういう日本人本来が持っていた社会になるのではないでしょうか。最近は物質文明が発達し過ぎて物があればいい、お金があれば幸せになれるというふうな錯覚した時代になってしまいましたが・・・もう一度日本人本来が持っている日本人の心を取り戻したものです。

この日本が「経済で栄えて精神で滅ぶ」とは、私の父、笹川良一の言葉でございます。人間生きて行くためには、勿論、お金も必要でしょう。しかしそれ以上に日本人一人ひとりの心です。心が豊であるということは、そこに生きる力が出てくるのです。ここにお集まりの皆さんはそれをお持ちでございますので、知らない人たちにお分けいただいて、まわりの人を一人でも二人でもそういう気持ちにしていただいて、本来の日本人の優しい、しかし強靭な精神力を持った日本人が増えて行くことが、結果的には日本が豊になり、力強くなり、世界の平和に貢献できる、そういう日本国になるのです。

皆様方の益々のご健康でご活躍をお祈りしますと同時に、この日本国が元気のある、そして精神的にも豊かな助け合いの出来る、そういう国にしようではありませんか。
やりましょう!
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2月2日(火) [2016年02月02日(Tue)]
2月2日(火)

10:00 羽田着

11:40 羽田発

15:00 ロンドン着

16:30 ホテル着

18:00 関係者との夕食

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夕食に頼んだオックステール(oxtail)料理
味は美味しかったが量が多い!
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