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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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「ハンセン病制圧活動記」その38―バチカンでのハンセン病国際シンポジウム― [2016年12月02日(Fri)]
「ハンセン病制圧活動記」その38
―バチカンでのハンセン病国際シンポジウム―


松丘保養園機関誌『甲田の裾』
2016年3号

WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平


 6月7日から6月13日までバチカン市国を訪れました。今回の目的はハンセン病の国際シンポジウムに参加するためです。「ハンセン病患者・回復者の尊厳の尊重と総合的なケアに向けて」と題した本シンポジウムは、ローマ教皇庁保健従事者評議会、善きサマリア人財団と日本財団が主催で開催しました。キリスト教の総本山であるバチカン市国で、世界中のハンセン病回復者と宗教指導者が一堂に会して、宗教とハンセン病との関わりについて議論を交わすことは初めてのことです。 

写真@.jpg
シンポジウムに参加したハンセン病回復者の方々と


この会議は、2013年にフランシスコ教皇が、教皇庁の出世主義を「ハンセン病のように悪しきこと」という差別的な比喩として使われたことに対し、私からこのような表現を教皇様がされることは一般の人々のハンセン病に対する誤解を助長する恐れがあるため、再びないようお願いの書簡を送ったことがきっかけでした。ハンセン病についての社会の誤解を解き、患者、回復者、その家族に対する差別をなくすことを目的とした社会啓発のための国際会議が必要であると考え、教皇庁と日本財団で共同開催することを提案して実現したものです。

 シンポジウムは6月9日、10日の2日間にわたって開催され、45カ国からハンセン病回復者をはじめ、宗教指導者、国連人権理事会諮問委員、医療関係者、NGO関係者、回復者、市民ら約250人が参加しました。

写真A.jpg
45カ国約250人が参加したシンポジウム


宗教指導者からはローマ・カトリック教会、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教の代表からハンセン病の宗教的解釈と救済の事例が紹介されました。中でもイスラム指導者の「慈悲を持って病人に接することがイスラムの教えであり、家族のつながりを切ってはならない、病人を癒さなければならないことはコーランに書いてある」とのスピーチは特に印象深く、改めて宗教の果たす役割に期待したいと感じました。

また、日本、インド、ブラジル、ガーナ、中国、韓国、フィリピン、コロンビアから回復者が登壇し、ライフヒストリーと差別解消に対する取り組みが共有されました。長島愛生園の石田雅男氏は「10歳で発症し、長島愛生園に入所した。プロミンの出現によってハンセン病は治る病気となり、人権意識がよみがえった。その後、仲間と一緒に『らい予防法』の廃止運動に関わってきた」と戦後まもなくの様子を振り返り「現在、日本のハンセン病資料館を記憶遺産への登録を目指して取り組んでいる。大変な仕事だが、残酷で悲惨な歴史を繰り返してはいけないという思いがある限り、自分たちの使命だと思っている」と現在の活動と目標を力強く語りました。石田さんの生き様や取り組みは、不当な差別や習慣が残っている国の回復者にとって大いに勇気付けられるものであったと思います。

写真B.jpg
自らのライフヒストリーを語る石田氏


シンポジウム2日目の最後には、議論や発言を元に纏められた「結論と提言」が発表されました。社会に残る偏見・差別により、いまだにハンセン病患者、回復者とその家族の人権が十分に確保されていないことが指摘され、偏見・差別の解消に向けて、宗教界も重要な役割を果たしていくべきと明記されました。また、偏見を助長するような用語、特に「leper」の使用は避けるべきとの提言がなされました。

翌日6月11日は、回復者と国連人権理事会諮問委員とのセッションが行われました。これは、各国におけるハンセン病差別の状況を共有し「ハンセン病差別撤廃のための原則およびガイドライン(P&G)」がどの程度普及しているかを国連人権理事会諮問委員が確認する場として設けられ、回復者の声が直接人権専門家に届く有意義なセッションとなりました。また後半は各国の回復者よりそれぞれの課題や取り組みが紹介されました。コロンビアの発表者の「政府の対策は進んでいない。差別解消のためには自分たちが中心になって行動を起こさなければならない」との言葉は、その他の回復者を奮起させたようでした。

6月12日の日曜日はサン・ピエトロ寺院広場で「いつくしみの特別聖年」の教皇行事として開催された「病者と障がい者のための聖年」特別ミサに参加させて頂きました。世界中からおよそ7万人の障がい者、医療関係者、福祉関係者、キリスト教信者、一般参加者が集まり、フランシスコ教皇の話に熱心に耳を傾けていました。この日は朝から小雨が降っていましたが、ミサが始まる前に雨がピタッとやみ、空が明るくなってきたのを見たとき、私はこのミサもシンポジウムも神様に祝福されている証をみたような感動を覚えました。

ミサの中でフランシスコ教皇から「『病者と障がい者のための聖年』の一環としてローマでこのほど、ハンセン病を患った人々の治療のための国際会議が開かれた。感謝の念をもって開催者と参加者を歓迎し、この病気との闘いにおいて、実り多き取り組みが成されるよう切望する」とのメッセージがあり、会場から大きな拍手がおこりました。中でも、カトリック信者の多い南米やフィリピンの回復者の感動は一際大きいようでした。全世界で約12億人の信者を有するローマ・カトリックの総本山であるバチカンからハンセン病の差別撤廃のメッセージが発信されることで、社会に大きな影響を及ぼすことが期待されます。

写真C.jpg
ミサに先立った8日に教皇にお会いする機会を得ました


これまでに何度かお話したかもしれませんが、私はハンセン病の問題の取り組みをモーター・サイクルの例えを使います。前輪は医療面の問題、後輪は社会面の問題、そのふたつが同じ速度で回転しなければ、問題の解決は困難です。医療面の問題については、多剤併用療法(MDT)の導入により、これまで世界中でおよそ1600万人の患者が治療されてきました。しかし、社会面の問題、すなわち偏見や差別は根強く残り、患者や回復者、またその家族を深く苦しめています。宗教はこれまで多くの人に思いやりの心や勇気を与え、苦しみを癒す役割を果たしてきました。宗教指導者、回復者、そして私たちが問題を共有し、共に活動を行うことで、患者や回復者の苦しみを軽減し、彼らが自らの尊厳を回復することを支援することができると信じております。

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12月1日(木) [2016年12月01日(Thu)]
12月1日(木)

休暇
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11月30日(水) [2016年11月30日(Wed)]
11月30日(水)

9:00 菅井明則 笹川平和財団常務理事

9:30 宮本正顕 笹川アフリカ協会常務理事

13:30 Dr. Milena Djordjevic ベオグラード大学Sylff運営委員

15:00 日本財団国際フェローシップ合格者オリエンテーション 挨拶

16:30 衛藤征士郎 衆議院議員

18:30 井本勝幸 グレート・メコン・センター代表
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「ハンセン病制圧活動記」その37―インドネシア訪問記― [2016年11月30日(Wed)]
「ハンセン病制圧活動記」その37
―インドネシア訪問記―


多摩全生園機関誌『多摩』
2016年11月号

WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平


 2016年3月13日から16日にかけて、インドネシアの首都ジャカルタ、東ジャワ州のスラバヤとマドゥラ島を訪問した。インドネシアへの訪問は2014年1月以来2年ぶりで15回目となる。今回は、インドネシアの制圧未達成の州の中でも群を抜いて新規患者数が多い東ジャワ州の状況を視察することと、同州で開催される「世界ハンセン病の日」についての集まりに出席することであった。

 インドネシアは、2000年にWHOの制圧目標(人口1万人に1人未満になること)は達成したが、新規患者の数は毎年16,000〜19,000人の間を推移している。この新規患者数はインド、ブラジルに次いで世界3番目で、ASEAN諸国の中では突出して多い。また、国レベルでは制圧は達成されたが、州レベルで見ると全34州のうち12州が制圧の数字を達成していない。特に今回訪問した東ジャワ州はその12州の中で最も新規患者数が多く、その数は国全体の40%の割合を占める高蔓延地域である。インドネシアではハンセン病患者や回復者、その家族への偏見が根強く残っており、国内に“ハンセン病コロニー”と呼ばれるハンセン病患者や回復者とその家族が住む居住区が今なお多く存在している。

 初日にまずWHO(世界保健機関)のインドネシア事務所を訪問した。ジャカルタの交通渋滞は世界的にも有名で、空いていれば10分とかからない事務所まで約40分かかった。WHOインドネシアのハンセン病担当官アナンダ氏からの説明によると、東ジャワ州の2004年〜2014年の新規患者発見数は横ばい状況で、患者の早期発見が遅れており、その対策のために病気、感染、障害、偏見、差別をゼロにする「Zeroストラテジー」を立てたという。また、WHOのグローバル・レプロシー・プログラムの責任者であるエルウィン・クールマン氏がインドのデリーにある本部から駆け付けてくれ「新規診断患者数が一時的に増えてもよいから、患者発見活動を促進することが大切で、早期診断を実現して感染の広がりを押さえるとともに、障がいが残るケース数を下げることを目標としている」と報告した。私は「それらの計画を成功させるには、メディアの協力が不可欠であることと、医師のハンセン病に関しての知識不足、家族の一人がハンセン病になったら同居家族を診察することの重要性」などについて話した。

WHOでの意見交換を終えてそのまま飛行場へ向かい、約1時間半、インドネシア第二の都市東ジャワ州の州都スラバヤに到着した。

 翌日は、田舎道だが綺麗に舗装され、緑が広がる道をマイクロバスで約1時間走り、ハンセン病の回復者93名とその家族が住んでいるサンバーグラガー村を訪ねた。社会福祉省のサポートによってできたという小さなホールには、お年寄りから小さな子供まで約100人が集まってくれていた。私は「ハンセン病は治る病気です。もし子供たちの身体にハンセン病の徴候であるパッチ(皮膚が白色になった箇所)を見つけたらすぐにお医者さんに見てもらってください」と伝え、同行したメディアにも協力を要請した。

@サンバーグラガー村の人々に歓迎される.JPG
サンバーグラー村の人々に歓迎される

Aホールに集まった人々と.JPG
ホールに集まった人々と


 目もくらむ気温35度を超える暑さの中、歩いて併設するサンバーグラガー病院に向かうと音楽が聞こえてきた。病院の広場で職員が歌とダンスで迎えてくれたのだ。これは「パッチを見つけよう!」という曲に踊りをつけたもので、家族同士でパッチを探し合うための啓発キャンペーンのために作られたものだった。

 病院を案内される。2週間前に入院したというスギノさん(50歳)は右手、右足に潰瘍がある。村でただ一人ハンセン病になったが、お金がかかると思い、誰にも言わず5年間放置していたという。近所の人が病院に行った方がいいと教えてくれたが治療が遅れたために後遺症が残こり妻と子どもから見放されてしまったとのことだった。

Bサンバーグラガー病院に入院されている方々を見舞う.JPG
サンバーグラガー病院に入院されている方々を見舞う


 中庭で足を洗い合っていた、ショーレンさん(30歳)とハディリさん(36歳)は兄弟で弟は左足が義足だった。ハンセン病の治療薬は無料である。この兄弟もスギノさんもハンセン病とわかってすぐに病院に来ていたら彼らの人生はこんな悲しいことにはならなかったはずである。これだけ世界を駆け巡り、ハンセン病の正しい情報伝達の重要性を訴え続けてきたが、このような状況を見ると自分の力のなさを反省せざるを得ない。

 病院スタッフへは「みなさんの専門知識を使って他の病院のハンセン病に対する知識の向上を行ってください。また、歌とダンスは、言葉の通じない部族へのハンセン病の知識普及にとても効果的です。CDを一枚日本に持ち帰り、世界中でこの歌と踊りを普及させましょう」と述べたところ、皆さんにこやかに大きな拍手をしてくれた。

 翌日はまだ薄暗い早朝5時に宿泊施設を出発しマイクロバスでマドゥラ島へ向かった。1時間ほど走るとインドネシアで一番長い、スラマドゥ大橋を通過。対岸に靄がかかったマドゥラ島がうっすらと見えてきた。この島の人口は約360万人で、マドゥラ族が多く生活しており、マドゥラ族は全国で1,000〜1,500万人いると言われインドネシアに住む民族の中でジャワ族、スンダ族に次ぐ人数だそうだ。橋を渡って更に1時間程走ると、インドネシアの伝統的な作りの大きな赤い屋根のサンパン市の市庁舎に到着した。朝食の準備をしてサンパン市副市長と市の保健局長が我々を待っていてくれた。

 サンパン市のアバディ保健局長は、「サンパン市では、ハンセン病に対して強い偏見と差別が残っているが、それは市の住民の30%が貧困生活を送っており、就学期間が平均4年間しかなく小学生レベルの教育しか受けられていないことが原因だ。そのために字が読めなかったり言葉がわからなかったりするので、ハンセン病の知識普及は困難を極めている」。また、副市長のブディオノ氏は、「家族間で身体にできたパッチを見つけようという啓発キャンペーンをスタートさている。家族やボランティアの力を借りて早期発見できるように努力をしていきたい」と述べた。

「世界ハンセン病の日」の会場である市民広場には野外に赤と白の布で飾られたテントが張られ、小中学生たちを中心に市民が800人くらい集まっていた。スブ保健次官は挨拶で、2016年の世界ハンセンの病の日に合わせた啓発キャンペーンについて「パッチを見つけよう。早期発見すれば治る家族同士で身体をチェックし合いどこかにパッチを見つけたらすぐに病院にいくことで早期治療につなげよう」と熱弁を奮った。

C啓発キャンペーンでのあいさつ.JPG
啓発キャンペーンで挨拶

D多くの小中学生が啓発キャンペーンに参加.JPG
多くの小中学生が啓発キャンペーンに参加


 啓発キャンペーン開始は、保健省のスタッフ、集まった大勢の子供たち、私も含めた来賓まで“パッチを見つけよう!”ダンスで盛り上がり暑い日差しの中でのダンスで汗びっしょりになってしまった。この活動は、今年は東ジャワを皮切りに、南スラウェシ、中部スラウェシで実施し翌年以降インドネシア全土に拡げる予定だという。

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軽快なキャンペーンの歌とダンスに挑戦!


 我々は確実に実行されて具体的成果が出るよう関係者の意識が低下しないよう注意深く協力していく必要がある。どこまでもハンセン病との闘いは燃える情熱、どんな困難にも耐える忍耐力と成果が明確になるまでの継続的努力が我々には求められている。インド、ブラジルも大切だが今年来年中はインドネシアでの活動を強化したいと考えている。



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11月29日(火) [2016年11月29日(Tue)]
11月29日(火)

10:00 理事会

11:00 ロジャー・シングルトン卿

12:00 「自民党児童の養護と未来を考える議連との勉強会」於:自民党本部

13:20 ユネスコ勉強会

15:00 「子どもの貧困プロジェクト」事業打合せ

15:30 金元天馬氏(北京三方好文化国際文化伝播有限会社創立者)

16:10 高瀬 寧 外務省中南米局長

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11月28日(月) [2016年11月28日(Mon)]
11月28日(月)

7:20 財団着

9:30 クリスマスカード用写真撮影

10:30 社会貢献支援財団表彰式典

12:20 祝賀会 挨拶

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社会貢献者表彰式典レセプションで挨拶


13:50 中井一平 読売新聞西部本社社長

14:15 笹川ヤングリーダ奨学金プロジェクト(Sylff)フォーラム 挨拶ビデオ撮り

14:35 岡村邦夫 在カメルールーン大使

16:00 勝俣宣夫 丸紅相談役
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「老妻の一言」―第三の居場作り― [2016年11月28日(Mon)]
「老妻の一言」
―第三の居場作り―


我が家は孫10人の臨時託児所を開設する時以外は老妻と二人だけである。といっても、食事が終われば書斎に直行となる。

この短い食事の時間が曲者である。老妻は食事中、私の海外旅行中に報道された時事問題の説明となる。私は旅先でも同行の富永夏子のパソコンから大概の時事問題は承知しているが、老妻がどのような解釈をして説明するかが楽しみで、知らぬ顔で聞くことにしている。というより、聞く振りをして酒を味わっている。

私は結婚前に家庭では仕事の話は一切しないと約束しているので、一方的な聞き役である。たまには相槌の一つでもと思い
「なぁ!!和代(老妻の名前)、オレはもうすぐ78歳になるが、この歳まで世界中を飛び廻って仕事が出来るとは実に有難いことだね。本当に日本財団に感謝しているよ。そう思わないかい。」
「何をおっしゃってるの?世界を飛び廻っているのはあなたを乗せた飛行機でしょう」
「????」
「あなたは機内で好きなお酒を飲みながら読書して、あとは寝るだけでしょ。」
「????」

老妻になって私への愛を失ったのかと一瞬疑ったが、正気に戻って反省するに、前述の通り、家庭内では仕事の話は一切しないので、老妻の知識は機内までなのである。現地でマラリヤと闘いながら6時間も9時間もかかる腸捻転を起こすような悪路の中での車の移動や、朝食は勿論のこと、夕食さえ食べられないような過酷な活動は知らない。時には詳しく説明してやりたいとも思うのだが、男の意地はこれを許さない。

ところで、最近日本財団では第三の居場所作りを実現したいと考えている。現在の大半の子どもたちは学校と家庭の往復だけのようだ。

昔は下校したらカバンを家に投げ込んで米屋の店先や消防ポンプを格納している小屋の前に集まり、上は中学生から下は幼稚園児まで、缶蹴り、鬼ごっこ、縄跳びなどで日暮れまで遊んだものだ。時には縁台で年寄りの話を聞いたり将棋を教わったこともある。あまり遅くまで遊んでいると、オバサンたちに「早く帰りなさい」「宿題はやったの」と叱られ、都会でもこのようなコミュニティーが存在していた。

しかし今は、大人でも退職すると行くところがなくなり、家でブラブラしていると妻との関係が悪化する人も多いという。退職者には「教養と教育」が必要だと知人に聞いたことがある。「教養とは、今日用事がある。教育とは、今日行くところがある」ということらしい。

様々な経験のある退職者には、社会への奉仕活動をしていただくことが健康上も精神衛生上もよろしいのではないだろうか。第三の居場所は、このような子どもたちが学年差を超えて集い、一緒に遊んだり勉強したり、シングルマザーの子どもたちには食事も出来る場所を提供し、退職者や高齢者も子どもたちのために協力してもらう施設のことで、ボーイ&ガール、バアチャン&ジィチャンから「B&G」という名前をつけた。世代間を超えた新しいコミュニティー作りは、近々、埼玉県戸田市に第一号施設がオープンする。

残念なことか幸運なことか、私は当面現役なので、第三の居場所は飛行機の中である。

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11月26日(土)・11月27日(日) [2016年11月27日(Sun)]
11月26日(土)

7:30 自宅発

9:10 羽田発

12:20 北京着

15:30 北京大学の指導者及び賈慶国院長他と会談

16:00 北京大学国際関係学院設立20周年記念式典

17:00 卒業生との座談会

18:30 卒業生や教官との交流会


11月27日(日)

5:30 ホテル発

8:25 北京発

12:45 羽田着

14:00 自宅着
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11月25日(金) [2016年11月25日(Fri)]
11月25日(金)

7:30 財団着

8:30 熊本地震事業打合せ

10:00 ユネスコ勉強会

13:00 評価委員会

15:30 ムスリム・デモクラット世界フォーラム共同開催者
    ヌルル・イッザ・アンワル(マレーシア国会議員、人民正義党副党首)
    タハ・オズハン(トルコ国会議員 外交委員会委員長、前首相首席補佐官)
    ラヒマ・イマ・アブドゥルラヒム(インドネシア ハビビ・センター理事)
    シャダ・イスラム(ベルギーNGOフレンズ・オブ・ヨーロッパ政策研究部長)
    リーム・アブ・ハサン(元ヨルダン社会発展大臣)

16:30 スピーチ打合せ

18:00 笹川記念保健協力財団・忘年会
    日野原重明先生 105歳誕生祝い 

16.11.25 日野原先生と笹川.jpg
40年来の主治医、日野原重明先生の105歳の誕生祝い

     
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「中国出張」 [2016年11月25日(Fri)]
「中国出張」


明日から1泊で中国・北京に出張いたします。

今から20年前、中国には1000を超える大学がありましたが、国際関係を教える修士・博士課程はありませんでした。そこで、今は亡き東大の衛藤審吉先生の協力を得て、北京大学に国際関係学院を設立、支援を続けてきました。

今や中国で最も人気のある学部になり、非常に優秀な学生を輩出しています。

この度、北京大学主催の20周年記念式行事に招待されましたので、訪中し、スピーチを予定しています。
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