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笹川陽平ブログ(日本財団会長)

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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「読者の皆様へ」―夏休みを頂きます― [2018年08月17日(Fri)]
「読者の皆様へ」
―夏休みを頂きます―


酷暑というより酷熱ですね。

夏季休暇で山荘に入り、毎日、草取りと読書に没頭します。そのため8月20日より31日まで、ブログを休ませていただきます。

読者の皆様も体調管理に十分ご留意され、有意義な夏休みをお過ごし下さい。


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「NPOの信頼向上に向けて」―活動報告のない団体の自動抹消を― [2018年08月17日(Fri)]
「NPOの信頼向上に向けて」
―活動報告のない団体の自動抹消を―


特定非営利活動促進法(NPO法)が1998年に施行されて20年になる。都道府県や政令指定都市からNPOとして認証された法人数は今や約5万2000、社会福祉法人や一般社団・財団法人などを加えると10万を超える。

多くは社会のために懸命に活動しており、その存在意義は大きい。ただ、中には退職後、名刺なしでは諸々の会合に出席しにくいといった理由で「今回NPOを設立しました」と得々と語る人もいる。旧来の肩書社会、名刺社会の悪弊であり、調べてみると、ほとんど活動実績がないことが分かる。

休眠状態の組織も多数存在しており、以前には風俗営業者がNPO法人を取得した例もあった。最近ではNPO法人が売買され、“NPO法人の信用”をバックに行政に入り込み利権につながる道具として悪用されたケースや、法人名義で多数の口座を開設、詐欺に悪用された例も報道されている。

真面目に活動しているNPOの皆さんには全くもって迷惑な存在であり、CSR(企業の社会的責任)に熱心な企業にとっても玉石混交の中から信頼に値する優良NPOを選ぶのは難しい情勢にある。

NPOは現在、設立趣意書や議事録、事業内容・目的など明記した定款など、申請書類に不備がなければ簡単な審査で法人格を取得できる。立ち上げ費用も20万円以上かかる株式会社と違い数千円で済む。

高齢者、子育て、貧困、難病、災害などあらゆる社会課題解決にNPOに対する期待が高まっており、NPOに対する信頼を確保する上でも、筆者は以前から2年間、活動報告、会計報告のない法人は自動的に認証を抹消すべきだと指摘してきた。法人登録の折に各々のNPOに登録番号を付与し、活動や報告のないNPOを行政が自動抹消するような方法もあっていいと思う。

日本では2016年4月、NPOに対する唯一の評価機関である非営利組織評価センター(JCNE)が設立された。優良NPOや一般財団を評価認証するのが狙いで、日本財団が全面的に支援している。世界各国の認証団体でつくる国際組織ICF0の準会員にもなっており、JCNEの活動を通じて日本のNPO活動を一層強化・発展させたいと考えている。

それにしても、悪貨が良貨を駆逐しないよう、特定非営利法人(NPO法人)の見直しを早急に検討するよう願いたいものである。

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「社会貢献支援財団表彰式」 ―挨拶― [2018年08月15日(Wed)]
「社会貢献支援財団表彰式」


社会貢献支援財団は1971年に設立された団体で、47年間、日本の各地で長年にわたり「地の塩」として困難な生活者への支援や、自らを省みず人命救助をされた方々を表彰する団体で、安倍昭恵会長を中心に精力的に活動しています。
―挨拶―

2018年7月6日
於:帝国ホテル

ご紹介賜りました日本財団の笹川でございます。
まずは長年のご労苦が認められて表彰されました皆様方に、心からのお喜びと尊敬の気持ちをお伝えしたいと思います。

18.07.06 社会貢献支援財団表彰式.jpeg
祝賀会で挨拶


私自身、日本にいる限りこの会には毎回出席させて頂いておりますが、若い時から少々涙腺が緩い方でございまして、お一人おひとりの紹介を受けるたびにどうやって涙をこらえるかというのが私の修養になっております。そして、年に2度になりました社会貢献支援財団の表彰式典で皆様方のご活動を見るたびに、私自身も啓蒙を受け、まだまだ頑張らないといけないという気持ちでいっぱいでございます。

もうすぐ80歳になりますが、年に5か月は世界中の僻地を回って活動させて頂いております。とくにハンセン病の制圧、そして差別の撤廃のために活動していますが、これも今日表彰された方々のご努力が私自身の活動の精神的な糧になっているわけで、改めて感謝を申し上げたいと思います。

日本は今、安倍総理大臣の下で一億総活躍社会の高い理想を掲げて実現を目指して活動していますが、国だけで達成出来るわけではございません。むしろ国よりも今日表彰されたような皆様方が日本の社会の隅々を見渡し、どこに社会課題があるのかということに気づかれて活動して頂く過程の中で、一億総活躍時代にしなければいけないという高邁な政策が出てきたものだと思っています。

日本の報道では、悪いニュースが良いニュースですので、先ほど盲導犬を拝見しましたけれども、犬が人間を噛んでもニュースになりませんが、人間が犬を噛めば必ずニュースになるんです。そのように現在の報道では悪いニュースこそ良いニュース、良いニュースほど悪いニュースということで、なかなか良いニュースは報道されません。こんなことを言うと、私がバッジをつけていれば翌日には国会でいじめられるのですが、有難いことに民間人ですから無視され、批判を受ける立場でないのは大変ありがたいことす。

報道はされなくても、日本社会の長年にわたる伝統と申しますか、人を助ける、或いは困っている人がいたら手を差し伸べるという自然な無私の行為というものが、今日の健全な日本社会を作ってきたのではないかと思います。今日表彰された皆様のような方々のご活躍によって社会の基礎の部分が支えられているわけで、皆様方の活動と同時に、一人でも多くの方々にこういう活動に参加することが日本人としてごく当たり前になるように活動の輪を更に広げるようなお力添えを頂ければ、さらに素晴らしい日本になるのではないかと思います。

たびたび報道の話をしますが、新聞その他メディアは悲観的なことばかりを報道しますが、そうではありません。日本は歴史的に災害大国でございますが、災害のたびに復興して更に強い強靭な国になってきました。皆様方の活躍は未来を明るくするために、そしてこれからの日本の社会を背負う若い人たちのモデルになっているのです。若い人たちはちゃんと見ていますので、必ず皆様方の跡を継いでやってくださるものだと私は未来を信じていますし、これからの若い人たちに大きな期待を持っております。

少子高齢化で様々な問題がありますが、これまで困難を乗り越えてきた日本国ですから、皆様方こそがこれからの明るい希望に満ちた日本をつくる重要なお役目をしていらっしゃるわけです。これに続く若者たちもたくさん出てきています。私が務めている日本財団でもそういう若者たちを勇気づけて、彼らに明るい未来の日本をつくるために、そして世界のために貢献する若者をつくろうと努力をしているところです。

今回、社会貢献支援財団は50回ということで、特に海外10か国から表彰をされた方々が来日してくださいました。安倍昭恵会長ともお話したのですが、アジアの中で、グラスルーツで社会の底辺の人を支え、勇気づけ、彼らに夢と希望を持たせるために活動している人たちをアジアの中からも選んで表彰する制度をさらに拡大したらどうでしょうかと申し上げていたところですが、グローバリゼーションの時代ですから、日本だけではなく、アジアの皆様方と連帯して頂いて、持っているノウハウ、長年のご苦労、専門的知見というものをアジアの方々にも共有していくということで、更に社会貢献支援財団が発展していただきたいと思っております。

安倍会長は単に名前だけの会長ではありません。先ほどご紹介がありましたように、先頭を切って表彰された方々のところにお邪魔し、どのような活動をされているかをつぶさにご覧になり、それを更に財団の活動の中に活かしていきたいとご活躍くださっています。また、選考委員そして理事の皆様方も、心を込めて日本の社会を良くする、アジアを良くする、世界を良くするということにお力をいただいております。これは政治だけで出来るものではありません。私たちは権利の主張も大事ですが、人間として権利の裏には義務がある。もう少し深く突っ込めば、一人ひとりの人生をいかに心豊かに過ごしていくかということを考えれば、皆様のような活動をすることが心豊かな恵まれた人生を歩む最大の方法ではないかと思います。皆様方の活動が特別なものではなく、ごく当たり前の、日本人としてやらなければいけない、そういう義務もあるのだというような社会になるようにお力添えを頂いて、明るい未来の、社会全ての人が幸せに生活できる日本国にしなけれませんし、そのモデルをアジアに、そして世界に広めて頂き、日本人の誇りを、皆様方を中心にして更に広めていければいいと思っております。

どうぞこれからも力強いご活躍をお願い申し上げ、涙があふれるばかりの皆様方のご活動を思いますと、心から感謝を申し上げたいと思います。皆様の活動が社会にどれほど大きな影響と勇気を与えているかということについては心の中で誇りをもっていただき、今後ますます活動を活発にされることをお願い申し上げます。長い間、本当にご苦労様でございました。そして、今日を機会に、新たな一歩としてさらなるご活躍を祈念申し上げます。

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「経団連は今や軽団連?」―ネット公開中止に見る存在感の低下― [2018年08月13日(Mon)]
「経団連は今や軽団連?」
―ネット公開中止に見る存在感の低下―


かつて経済団体連合会の会長は財界総理といわれ、政治指導者からも一目置かれる存在だった。

然るに最近は、労使の賃金交渉の主導権を官邸にとられ、経済政策もアベノミクスに追従するばかり。経団連には国家観も国民を納得させる経済政策も感じられず、官邸に追従する存在に成り下がってしまっている。そんな体たらくでも格式だけは高く、経団連序列も存在するそうで、旧態依然とした体質に変化はない。

かつて政府が「経済界からも民間大使を派遣したい」と発言したことがある。これに対し経団連の某幹部は「そんな安月給で責任の重い大使になる人はいない」と述べた。

「国民、国家のため」という、誰もが期待する高邁な意識の欠如に唖然とし、以来、筆者は失礼ながら陰では「経団連ならぬ軽団連」と呼ぶようになった。

7月12日付読売新聞朝刊に「経団連の会長会見 ネット公開中止」との見出しの記事が掲載されていた。なんと、経団連会長が行う定例記者会見の動画をインターネット上で公開するのをやめたという。1回平均の閲覧者が数十人と少ないためだという。これでは経団連職員ですら会長記者会見の内容を見ていないことになる。

閲覧者が少ないからネット上での公開を中止すると言うのでは、それこそまさに“軽団連”である。ネット社会の今日、理由を解明して財界総理の発言を一人でも多くの国民に伝わるよう努力するのが本来の対応であるはずだ。

経団連事務局の人を「民僚」と呼ぶことがある。時に「官僚」の補完勢力のごとき考え、振る舞いを揶揄して使われることもあるが、本来の意味は官僚にも対抗できる優秀な集団を意味する。

最後に一言、言わせてもらいます。
「軽団連さん、しっかりしてください!皆さんは日本の経済界の礎なのです。日本の将来は皆さんの双肩にかかっているのですー」

いや失礼しました。
「日本経済団体連合会」の誤りでした!
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「週刊新潮の記事」−日本財団の場合− [2018年08月10日(Fri)]
「週刊新潮の記事」
−日本財団の場合−


筆者は週刊新潮の愛読者で、特に巻頭の藤原正彦氏の「管見妄語」を必読しております。

その週刊新潮から8月3日、関連財団である「日本音楽財団」に関して下記の質問書が届き、透明性と説明責任を重視する立場から、証拠書類に基づきその質問書に指定期限内に回答しました。

その結果、8月8日発売の週刊新潮に「ベルリン・フィルの世界的指導者を激怒させた人事の裏に『安倍昭恵』」なる記事が掲載されました。

掲載された記事は、質問書及び当方の回答とは相当異なる内容となっています。特に記事の中で塩見氏が「解任された」とされている点は、任期満了による退任です。

なお、塩見氏は引続き関連財団である日本太鼓財団の理事長を務めています。また、安倍昭恵氏と日本音楽財団との関係は、一切ございません。

昨今、メディアの在り方がさまざまに問われています。少し長文になりますが、ここに両者の文書を公開し、読者のご批判とご指導を賜り、日本財団の今後の活動の一助にしたいと考えております。

※新潮社からの質問書
image1.jpeg


※日本音楽財団の役員更改に関する回答

1.塩見氏の退任理由について
● 塩見会長は、事業創設以来、二十二年にわたり、理事長・会長職を務められ、貸与事業を立ち上げ安定稼動させるとともに、国際的にも多大な成果を残され、この度、任期満了をもって勇退されました。
● 日本財団は、かねてより日本音楽財団を助成する立場から継続的に事業展開を確認しています。
● 主力事業である国際的な楽器貸与事業は、若手演奏家の育成が事業の主旨であります。しかし、更新手続きを繰り返しながら、結果として長期間にわたり継続的に貸与し続けている例が多くみられることから(最大17年)、事業主旨に反する例が多くなりました。客観的な審議を行うべき楽器貸与委員会に、塩見氏自身が委員として就任していた点も、公正な審議を進める上で問題があったと判断しています。
● そのため、公益財団法人の業務として適正を欠く旨、再三再四、指摘した経緯がありますが、何ら改善策が取られないまま現在に至りました。このため、日本財団としては、日本音楽財団の理事・評議員にこの旨を説明するとともに、この他にも日本音楽財団の運営に問題があったことから、2017年10月23日、塩見氏に対し任期満了に伴う勇退勧告を行いました。
● 2018年3月8日に開催された日本音楽財団の評議員会でも、勇退勧告に関する日本財団の考えを説明しました。
● その結果、2018年6月25日に開催された評議員会に、日本音楽財団の旧執行部(塩見氏を含む)が提出した次期の役員候補者の中に、塩見氏は含まれていませんでした。
● なお、楽器貸与委員会は、8人構成で、退任したのは塩見氏を含め退任した方は5名であり、ご指摘のような「全員が退任」の事実はありません。

2.安部昭恵夫人の意向について
● 塩見氏の配偶者から、当財団の会長及び理事長宛に投函された私信に、ご指摘のような趣旨の内容が記述されており、初めて知りました。
● 塩見氏の配偶者は、日本音楽財団及び日本財団と何ら関係のない方であり、当財団としてコメントする立場にありません。また安倍首相夫人をはじめ、その他の関係者から本件に関し、接触やコメントは一切ありません。
● なお、塩見氏の配偶者に関しては、塩見氏の公務の出張に同行し、配偶者の旅費の一部を経費として支出するなど、不適切な面があり、かねてより改善要請をした事実があります。(※添付『随時監査の結果について』参照)

3.海老沢氏の選任理由について
● 日本音楽財団の正式な機関決定として海老沢氏が選任されました。
● 公益財団としての公益性をさらに追求していくことが今後の財団運営に重要であり、公益や公共に関する経験と実績を有し、組織運営の経験も豊富な海老沢氏は適任と理解しています。
● 念のため、新旧の日本音楽財団の評議員及び理事の名簿も添付します。

4. 追記
● なお、塩見氏は日本財団の関連財団である日本太鼓財団の理事長の立場にあり、引き続き活躍されると期待しております。

以上

※週刊新潮8月16・23日夏季特大号34・35ページ
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「困難なアフリカ活動」―ハンセン病対策― [2018年08月08日(Wed)]
「困難なアフリカ活動」
―ハンセン病対策―


アフリカ大陸は、大きく分けるとマグレブ諸国といわれるスーダン、南スーダン、エジプト、アルジェリア、チュ二ジア、モロッコ、モーリタニアの7カ国と、通常アフリカといわれるのはサブサハラ以南の国々の47カ国で、東アフリカ(主に英語圏)と西アフリカ(主にフランス語圏)に区別することもある。

私がWHOハンセン病制圧大使に就任してから、アフリカは最初にWHOの制圧基準である人口1万人に1人未満に患者を減少させた大陸である。勿論統計の正確さ、未調査地域が存在するとの異論もあるが、一応制圧されたことになっている。

私が直接訪問して活動した国々は、アンゴラ、ウガンダ、エジプト、エチオピア、ガーナ、カメルーン、赤ギニア、ケニア、コートジボアール、コモロ、コンゴ、コンゴ民主共和国、ザンビア、スーダン、チャド、中央アフリカ、チュニジア、トーゴ、ナイジェリア、ニジェール、ブルキナファソ、ベナン、マダガスカル、マラウィ、マリ、南アフリカ、モザンビーク、モロッコ、レソトの29カ国で、その間、直接会談した大統領、首相は延べ82名になる。

アフリカ諸国にはマラリア、HIVエイズ、結核等々に多くの患者が存在するため、それらに比べるとハンセン病感患者は圧倒的に少なく優先順位も低くなりがちなので、各国保健省に対し「制圧は絶滅への一里塚だ」と強調してきたが、やはり制圧したことで活動が停滞したことは否めない。日本財団では特別に20億円をWHOを通じて拠出して懸命に梃入れを行っているところで、今回のコモロ連合、モザンビークへの出張もそのためであった。

ちなみに、年間1000人以上の新規患者を有する国々は、以下の通りである。

ハンセン病蔓延国.png
(出典はWHO発表 Weekly Epidemiological Record, No 35 2017による2016年の統計)

ところで、昔はアフリカでの移動は困難を極め、隣国への移動も一度パリかロンドンに戻って改めて訪れる不便さがあった。近年、エチオピア航空を初め、各国も航空会社が設立されているので多少便利になった。それでも今回のコモロ連合とモザンビークのように、地理的には直線で約570kmほどであるが、航空機での移動は、コモロ→マダガスカル→ケニア→南アフリカ→モザンビークと、飛行場での乗り継ぎ待機時間を含めると約20時間もかかる場合もあり、我々の活動は、日本を出発してから帰国までのほとんどが飛行時間と飛行場での乗り継ぎ待機時間となる。実質のハンセン病制圧活動は相手国政府の熱意と受入れ準備の要否にかかっているが、前述のモザンビークのように十分成果が期待できない場合も多いが、私の信念である情熱・忍耐・継続で頑張ってきた歴史でもある。

移動経路.jpg
移動経路
黒線ルートがないため、赤線ルートをたどることになりました!

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【私の毎日】8月7日(火) [2018年08月07日(Tue)]
8月7日(火)

7:15 財団着

9:30 「HEROs」事業打合せ

10:00 瀬川大秀 仁和寺門跡

15:00 退室


8月8日(水)、9日(木) 休暇
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【私の毎日】8月6日(月) [2018年08月06日(Mon)]
8月6日(月)

12:00 財団着
    書類整理、打合せ
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「プロトコール(外交儀礼)」 ―アフリカ・モザンビーク― [2018年08月06日(Mon)]
「プロトコール(外交儀礼)」 
―アフリカ・モザンビーク―


7月19日から28日まで、ハンセン病制圧活動でアフリカのマダガスカルとモザンビークに挟まれた3つの島のコモロ連合と、モザンビークを訪問した。

モザンビークには過去2002年、2005年、2006年、2007年、2010年と5回訪問してハンセン病の制圧に成功したのだが、このところ制圧活動が低下してきたとWHOアフリカ地域事務局のアレックス博士より訪問の要請があった。

一応私の立場はVIPなので、滞在中はプロトコールの専門家が同行してくれるが、今回のモザンビークの責任者は保健省の体格の秀でた?女性であった。

到着の飛行場で、筆者は警備官の後の席に座るように指示された。車列には日本のように番号が表示されておらず、同行者は何号車に乗るか不明な上、適当に乗り込むと厳しく注意され、乗ったり降りたりで気の毒であった。

保健大臣の面会でも、人数を制限された上に狭い部屋での表敬の挨拶ではお茶も出ず、しばらく雑談の後に会議室に入ると、関係者は全員揃って報道関係者も多数集まっているのに誰も司会をする者はおらず、保健大臣も沈黙しているので間が持たず、私が発言の口火を切らざるを得なかった。

早くから訪問日は決定していたにもかかわらず大統領、首相との会談もなく、保健大臣は30分程で退席してしまった。どこの訪問国でも保健大臣は私の活動に同行されるのが普通であるが、プロトコールの厳しいモザンビークなのに、まったく熱意が感じられなかった。おもしろいことに、プロトコールの責任者の女性はあれこれ私に指図するのに、昼食時のビュッフェでは、賓客のはずの私を差し置き、大皿を持ってあれこれ料理を取るのに忙しく、私は長い列の最後で料理を取るのに20〜30分はかかりそうなので、皆が並んでいないデザートだけで諦めてしまった。

私のテーブルから3席ほど離れたテーブルに席を取った体格の秀れたプロトコール責任者は、私に背を向けて料理と格闘しており、おもしろいので観察していると、何と!大皿に山盛り3回も料理を取ってガツガツと食べている姿には、驚くというよりその生活力に感動さえ覚えたものである。

私に対して「料理は口に合いましたか」の一言もなく、口を手で拭いながらさっさと出て行く姿は、体格の良さを理解する機会でもあった。モザンビークでは、プロトコールの役割は食事の時は例外なのかも知れない。

ハンセン病について、テレビとラジオに出演して直接視聴者に説明できたことは、今後の活動展開に有力な方法であった。ただ、東京から片道40時間はかかる現地でのハンセン病制圧活動は満足のいくものではなく、形式的な儀式に終わってしまった。それでも過去の例のように、諦めずに通い続ける努力なくして成果が上がらないことは十分承知している。悲観はしていないが、準備してくれた財団の同行者にはかわいそうなことをしてしまったとの思いで一杯であった。

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【私の毎日】8月3日(金) [2018年08月03日(Fri)]
8月3日(金)

11:00 理事会

13:00 「アルビニズム国際会議」打合せ

14:00 田端 浩 国交省観光庁長官

14:30 岩並秀一 海上保安庁長官

15:00 「子どもの貧困」事業打合せ
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