CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2016年02月23日

「中山間地域における人口減少のリアル」補足その1

 2月14日に松江STICビルで開催した、環境セミナー「故郷の記録を保存して、故郷の記憶を記録する」ですが、レポートは3月下旬にあげる予定です。
 他の報告を急ぐためですが、補足(ページリンク含む)をいれておきます。メールでの問合せもあったので。
 メモに近いものです。
 少しずつ書き直しながら整理していきます。


†1
 小さな拠点づくりについての疑問・疑念……これ、もっともだと思っていたら、島根県のページにも「大書」(という印象)されていました。引用しますが、これでは答えになっていませんね。
藤山浩,H27.3「人口減少対策における農山漁村地域のあり方について」より
「小さな拠点」は、周辺の集落を切り捨て中央に住民を集めようという発想や仕組みでは全くありません。むしろ、「小さな拠点」を核として、 「各種生活サービスや地域活動をつなぎ、各集落との交通手段が確保」することで、「集落地域の暮らしの安心を守る「心の大きな拠り所」と地 域の未来への展望を拓く「希望の拠点」となることが期待」されているのです。

スクリーンショット 2016-02-24 11.13.18

†2
「ネットワーク形成」ですけど、これ自生的創発的なものがないと「形成」できません。そして、それはふつうの農村では起こりづらいというこか起こることを期待するのが無理というか、そんなものです。じゃあ、「小さな拠点づくり」は絵に描いた餅かというと、そうでもない。
 えーっと。可能性を現実的なレベルに引き上げるためには、「都市」あるいは「市街」が必要なんですね。
 そして、「小さな拠点」のイメージ図のもととなっているのは、「交通」です。
 拠点そのものではなく、点と点を結ぶ網目とそこを走るヴィークルのあり方を変えること。効率ではなく密度を高めることに意義があるのです。「活気」を産むとでもいいましょうか。

スクリーンショット 2016-02-24 11.10.43


†3
 小さな拠点づくりについての、もうひとつのキーワードは複合化。こちらの図ですね。島根県の中山間地域政策のページにのってます。

スクリーンショット 2016-02-29 15.52.55




2016年02月22日

きび粉を見つけました

 仁多の産直市で見つけましたよ黍粉。
 まだつくっている人がおられたというだけでもうれしい。こうして売りに出しておられるはさらにうれしい。アワよりまだ需要があるということですね、キビ。

DSC_0030
 

2016年02月02日

さくらおろちの水源地域環境活動

 今年度の報告書作成中、3年前に書いたものを見つけたので、アップしておきます。

20151121-P112098602

 委託事業なのですが、次の質問への回答として。
 2)同文中にある、「失われた自然の再生」とは何を意味するのか。
ーーーー
 ここにいう「自然の再生」とは、平成15年施行の自然再生推進法に基づき政府が決定した「自然再生基本方針」、ならびに平成24年に閣議決定された「生物多様性国家戦略2012−2020」が基本方針とするものと同義である。
 すなわち「自然」は、人や人工物をも含めた生態系のことを指し、「再生」は狭義の「復元」の意味のみならず、修復、創出、保全、維持管理を含む。つまり、ここでの自然再生とは、人間が生態系の構造や機能を左右しうる存在であるという自覚に基づき、後世の人間が持続的に生態系の恵み(財、サービス、文化的価値など)を受け続ける持続可能性の確保に向けて、生態系を管理する行為である。
 本年度当該水源地域においては、農地・森林(二次林・人工林)をその主たる対象としている。
ーーーー
 いささか「人間中心」「人間本位」過ぎやしないかとも思います。が、姿勢はともかく、どういう顧慮の仕方をどの対象へ向けてというところ、すなわち着眼は、このようなものです。
「再生」は、創出、保全も含むということも重要でしょう。

20151121-P112098602

 写真は奥出雲の「里山」で間伐体験(見学)に向かう一行。さくらおろち湖の里山ボランティア〜森の木遊びの回のひとこまです。


2016年01月14日

竹炭からできるものへの妄想と希望と

 みざわの館にある窯でつくった竹炭です。竹炭はいっとき「ブーム」になりました。ブームは既存のシステムに対する挑戦という側面もあってひとからげに否定はいたしませんが、その挑戦は大概は失敗に終わります。すると、それは大きな歪みと疲弊をもたらします。
 竹に限らず炭づくりの「ブーム」も何度か繰り返された後、いま、どうするか、どうなるか、という段階なのでしょう。
 まずは机上で統計をみてみようと、いくつか調べた「記憶」があります。現在稼働している島根県東部の炭焼き窯は片手におさまっていたかと。さくらおろち湖のまわりの集落でも、もう長らく使っていない窯がいくつもあります。
 そんななかで、昨年春に火をいれて以来、とまったままの炭焼き窯が、写真であげた竹炭をつくったみざわの館のそれ。

20151109-P112086502

 昨日ふと、思いついたのは、洗浄水として使ってみてはどうかということでした。製品も数多くでてはいます。そして、みざわの地名の由来は「御澤」であり、聖水のわきいづる地という由緒をもっています。
 はてさて。
 まずは洗浄水をつくってみたいとおもったまで。
 
 その昔、木灰を洗濯に使っていたというのは、川で洗濯をしたことのある世代にはかすかに記憶があるのではないでしょうか。私は木灰のアルカリ性が殺菌効果をもつからだと思っていましたが、どうやら間違いのようです。
 竹の洗浄液は、ちょいと以前、ちょうど竹炭のブームの頃、竹炭と塩をいっしょにして洗濯するということが行われていた時からのヒントに基づくようです。
 現在市場にでまわっている製品のサイトをみると、竹炭をくだいたもの+αという製法をもっているところが大半です。
 
 そして、もうひとつ。竹紙をつくるときの繊維の煮熟には、木灰を漉したものをかつて使っていたのですが、「いや漉さなくても、上澄みをすくうだけでいいのでは。草木染めの人たちはそうしているよ」という助言をいただき、はたと、あぁ、それならばやってみようと考えていたこともあります。

 そう、いま考えている試案は、「竹灰をためた液体の上澄みをすくって、コーヒーを漉す用途のフィルターで漉した」液と、「竹炭を砕いたものを煮沸したあとの液体」を。このふたつを1対1、あるいは1対2の割合で混合したものを使ってみること。

 いっしょにやってみたい人、募集中です。メールなりお電話なりでお問い合わせください。
タグ:竹炭

2015年12月27日

タケヤブヤケタ シンポジウム報告(転載)

facebookイベントページに載せたものを、以下に転載しておきます。
https://www.facebook.com/events/1648542025389125/

 年の瀬のご多忙の折、島根大学まで足を運んでいただいたみなさま、ほんとうにありがとうございました。一般参加45名、学生スタッフ10名、出演6名、計61名で、充実したシンポジウムとなりました。
 現在、テープ起こしをはじめています。全文公開となるかは未定ですが、記録は「奥出雲山村塾」のここ(下記)などにアップする予定です。
http://s-orochi.org/…/taketo…/竹の焼き畑2015/takeyabuyaketakiroku
 ただ、アップはだいぶ後になりそうですので、簡単に感想のようなものを以下に入れて、速報的レポートと致します(やや長文です)。
◉川野和昭氏からは、九州南部そして東南アジアでのフィールドワークをふまえた竹の焼き畑と共生・再生について講演いただきました。共生の場は、相手の都合を受け入れる姿勢をとることからしか開けないのだということを思い知りました。
◉聞き書きにしても然り。山村に暮らす生きた叡智(つまりはおばあちゃん・おじいちゃんね)は、こちらが聞かなければその深淵なる知を開いてはくれません。リストと質問表から漏れているものを丹念にひろうこと。それは今からでも遅くないのだという勇気づけをいただいた気もします。
「なんで教えてくれなかったの?」
「だって、あんたは聞かなかったじゃないか」
そして、その植物の知とて、聞いてすぐに出てきたわけでありません。
たずねて、首をかしげられ、「さぁ、どうだったか」と。
そして、その場から帰る道すがら、「おーい、思い出した」と後を追いかけてこられてはじめてでる。そんなものなのだと。
◉川野氏が語ったエピソードは、山村の知というものの深淵さを物語ってもいます。そして、従来の日本民俗学がほとんど収集しえてこなかったものでもあると。生態学・植物学・地質学・気象学……サイエンスの知を保有するものとして見てきただろうか。そして「山村=定住=自給」というローカルナレッジではない、アジア圏で共有されてきた森と共生するための思想と智慧が「移動=循環=経済圏」としてあった時代の痕跡とその記憶の現代的価値。焼き畑のもつ可能性は人文知のあり方そのものへの問いかけにもつながっていました。
◉佐野淳之氏からは、蒜山地域の火入れ調査の内容と意義について森林生態系管理学の立場から講演いただきました。
 火入れ地の遷移の過程を写真で追いながら、森林に戻る過程で開空率が低下し、種の多様性が低下していくこと。また、火入れ地付近の湿地の堆積物調査から、1600年以前の層からの炭化物を多く含む泥炭が出ていることなどから、AD400年頃には蒜山で火入れが行われていた可能性があることをお話いただきました。
 木地師による木材利用、たたら製鉄での薪炭林の利用、もののけ姫、多岐にわたる話題はそれぞれに刺激的でありました。
◉パネルディスカッションは、ぶっつけ本番でしたが、「燃えにくかった孟宗竹をどう燃やせばいいのか」「都市から人を呼ぶことについて」「竹林の管理手法についてイノシシの導入」など、おもしろい問題が出ました。なにせ時間不足。ここらはまたテープ起こしを中心としたレポートでお伝えいたします。
◉最後に。椎葉村の焼き畑農法が世界農業遺産に認定されました。ただ、その存続についてはなにより、椎葉の人たち自身が危機感をもっておられます。新聞報道をみても、<誇りや励みにはなるが引き締めていきたい>というところです。いま、何が失われていこうとしているのか、大事なものはなんなのか。間違わないように、見失わないように、これからも一歩一歩をふみしめていきたいと思います。
http://www.maff.go.jp/j/press/nousin/kantai/151215.html

2015年11月22日

焼き畑のカブの後

 焼き畑のカブ、温海カブが大きくなってきました。
 竹の根や地下茎が邪魔して、作物はできないのではないか、というへたな邪推をはねのけて、すくすくと。成長の度合いはさまざまなれど、どうも、じっくりしっかり焼いた場所の結果がよいと思われます。
 そして、撒き方。あまりにも密にまきすぎたところがいかんのですけれど(なんでああなっているのでしょう。わかりません)、ぱらっとふつうに撒いたところならまずまず。
 




 そして、来春何をまこうかと、いま、思案しておるのです。
 なにもしないということもあったのですが、再生竹をおさえるということもあるし、カブは量は出ているものの、芽を出さなかったところもあって、肥料なしでももう1〜2作いけるのではないかと。
 そ、忘れてはいけません。肥料は投入していないわけなのです。どこまでいけるかは試すべきなのであります。通常、窒素固定の役割も期待して、豆類か痩せた土からでもそこそこ育つ雑穀系か。

 豆ならば在来種に目を向けたいので、すこーし調査中。

2015年11月02日

焼き畑のカブ、その後

 11月1日の日曜日に、畑の手入れをおこないました。島根大から7名が参加。14時ごろから山に入り、再生竹のもぎとりとカブの間引きです。
 カブはいまごろ芽を出しているものもあって、成長にはかなりのばらつきがみられます。種をまいてから約70日が経過しているのですが、このままでいけば、12月10日前後からの収獲が見込めそうです。18日に収穫祭兼シンポジウムですんで、加工も踏まえてそろそろ準備をせねば、なのであります。


下の写真は比較的大きく成長しているもの。右端のは横田小そばのものです。蕎麦は花が咲いていました。

タグ:焼き畑 カブ

2015年10月27日

焼き畑のカブは順調です

焼き畑のカブは順調です。9月下旬に撒いた種がこんな具合。
そろそろ間引きをせねば、です。



12月には「試食」できますよ〜。
こちらにお越しくだされ〜。
12月18日(金)午後から島根大構内のどこかでやります。
タケヤブヤケタ〜シンポジウム
https://www.facebook.com/events/1648542025389125/

2015年09月25日

竹の焼畑〜火入れ終了

 とりくんできた今年の竹の焼畑。火入れと種まきが終わって一段落です。
 facebookのイベントページを見直してみると、雨に悩まされていたことを思い出します。
https://www.facebook.com/events/112342319117133/135182503499781/
 




 さて、2枚目の写真をご覧いただければ、わかると思います。そう、焼ききれなかったところが宿題として残っています。
 16日にまいた温海カブの芽がぽつぽつ出始めました。間引きの際に、残った竹を焼ききるつもりで準備します。来年へ向けての準備もスタートせねば。
 また、12月上旬には収穫したカブの試食会をかねた発表会を開催予定です。お楽しみに〜。

2015年09月06日

鮎は斐伊川に戻ってくるのか

 先日の田井小学校3〜4年生を対象とした「川の生き物調査」で、思いもかけず、口にしたこと。深野川に鮎が戻ってくる日があるのかも。と。風土記の記載をみれば、阿井川には鮎がいた。
 斐伊川本流には尾原ダムがあり、三成ダムがあり、でこのふたつは完全に遡上を物理的にとめる。よって、その手前までが遡上の限界となる。まず日登の堰堤には魚道がある。あの魚道が機能しているかどうか、まずそこが知りたい。あそこをこえることができるのであれば、日本海、中海、宍道湖、斐伊川を行き来する生き物、その存在はとても、大きな意味をもつ。