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2015年12月29日

神在祭について調べたり考えたりしていると〜その1

 「神在祭」とおろちがどう関係してくるのか。深い迷宮の底のほうのどこかでつながっているような気がしたものでほじっています。少しずつですけれど。ほんとに。
 漱石の『吾輩は猫である』の中に、先生が本を読むといっては、2〜3頁読んでは涎をたらして寝てしまう、というようなところが冒頭に出てきますが、まあそのような感じ。名前のまだない猫からは「何をやっているんだか、のんきなものだね」と思われていますでしょうね、きっと。
 「神在祭」についてですが、ここ数年、出雲地方では、ポスターや新聞や広告などで耳目にする機会がとみにふえました。稲佐の浜ではじまる儀礼に、全国から「観光客」が集まるようになったのも、ほんの数年前からのような気がします。数字をおさえているわけではないので、あるいはもっと前からかもしれませんが、少なくとも2013年、出雲大社の「平成の大遷宮」が契機になっているのは間違いないでしょう。
 さて、8月は葉月、9月は長月、そして10月は神無月といいますが、出雲ではこの10月を神在月と呼び、全国から神様が出雲に集まって会議を開くのであると。そう世間一般には流布しています。そして皆がそれを信じている=少なくとも嘘っぱちやでたらめではないという心持ちでのぞんでいると思われます。
 いやしかしですね、冷静にというかふつうに考えても、おかしなことだと、思いませんか。神さまは合理的な存在ではないとはいえ。まず、全国から神さまが集まるといいますが、その間、全国の神社からは「神」がいなくなるのでしょうか。その間の儀礼は? たとえば婚礼などは? 「今月は神無月でしてね、出雲へお出かけになっていらっしゃるので、式は挙げられませんのです」という話は聞いたことがないです。よもや、神官たちがはかって、神不在であることをかくしてもろもろの儀礼を執り行っているのであれば、けっこう重大な詐欺行為ともいえる。
 いったいどうなっているのでしょうね。そこらあたりの事情は。
 かような素人じみた懸念のみならず、おそらく江戸の中頃より盛んに流布された「出雲へ神が集まる」話については、その江戸時代より「眉唾だ」とされていたものです。

 まあ、所詮は狐や狸と同様の民間信仰のお話であって(というと怒られそうだが)、そうしゃかりりきに言挙げするまでもないでしょうとも思うのですが、これ、どうやら、民俗学の世界の超大物が「そんなんでたらめじゃないか」と、王様は裸だ!的発言を繰り返したものだから、以後、ことの詮議は消沈していったようです。
 そう。柳田国男に全否定されていたのです。出雲の神有月はね。
(つづく)
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