東北地方太平洋沖地震の被災者の皆様に、
心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。
救援にあたっておられる皆様、過酷な状況の中の救援だと思いますが、
どうぞどうぞ一人でも多くの方を救って下さい。
避難されている皆様、救援に携わる皆様、どうぞご安全に!と、心からお祈りいたします。 祈ることしかできない自分に歯ぎしりしながら。
書くことしかできない自分をもどかしく思いながら。 トトロの地震体験です。
11日11:00にヘルパーさんと
新しいリウマチの生物製剤点滴東京女子医大に
自宅をでました。途中軽い昼食をとり、
女子医に着いたのは1:30
教授の診察受け
2階の処置室へ 点滴始りました。
2回目にしては 体に感じる開放感
リウマチの体に優しく流れて入ってきてます。
気持ち良さゆえに ユラ〜ユラ〜
ウッ何か変ユラ〜ユラ〜でない。
ユッサユッサ 横揺れ 私は、点滴の注射針入れらたまな板のなんとか状態
お医者さんが、患者さんが、ベットから落ちる
処置室には点滴受けていられる患者10人くらい それぞれ、看護師さんお医者さん
ついて下さって、大丈夫です。と・・・
私は地震の時は、随分前から逃げない 逃げても 足手まといになるだけだから、
NZ地震のパンケーキ崩壊思いだし”パンケーキ ”言っていました。
潰される、でも、心は騒いでいません 不思議な位 冷静
治療中止の伝令きて、抜針作業開始 車椅子の私は最後
エレベーターは止まっています。
2階から私を下さなくてならない
電動車椅子の重みと私の体重で無理と判断
”おんぶでいいです?”お姫様抱っこ ”
どれも、私の体は受け付けません。関節ボロボロ故に
上記の2点は、どこかが壊れます。
おもむろに、看護師さんがシーツ広げ始めました。
昔 コモに巻き込んで、川に投げ込むシーン
そのままの様な状態で、
まき始めました。シーツで、まかれたまま数人の看護師さんに抱きこまれて
1階に下りられました。
女子医大のリウマチ病棟は古い建築物
”安全は保障できません。”できれば、”ホテルを取って下さい。”帰宅手段考えて下さい”
2階から最後に下ろされた私には、只只1階待合室ウロウロするだけ、
状況把握し始めると、ここから、動くのは、???かな
教授と婦長さんに無理お願いして
待合室泊まりに意を決しました。
同行して下さったヘルパーさんも泊まりです。
他に朝霞のかた、松戸の方4名で
お泊りです。
急遽 ヘルパーさんが、夕食買いに行って下さり
食事も取れ、水も飲み放題、お手洗いはウシュレット
つき、電話は公衆電話で緊急かけ放題
暖房機、毛布貸して頂きました。
急いで帰られた他の患者さん 今頃
どうしているのかな・・・
急いで、帰らなくて
つくづく、良かった
情報は何も入りません。
たまに、繋がる携帯のみ 入らなかったのもよかっのかもしれません。
のんびり、4人で親交深めてしまいました。
朝7:30 Drに体調見て頂き
9:00に帰宅の道に
まず、エレベーター動きません。
大江戸線のエスカレターの長さ知る人ぞ知るですよね。
その長いエスカレター”ごめんね、重いでしょう?”
”言え、仕事ですから”
動いているエスカレーター止める事なく
車椅子直角に寝かせ
当然私は完全上向き
同行のヘルパーサン見てて怖かった 私も怖かった!
新宿につきました。
少しは人ごみ緩和?
甘かった。ホームも、コンコースも立すい余地なし
車椅子お邪魔虫状態
どの電車も昔のお尻押し部隊で
4電車位見送り
やっと乗れた電車
言わずもなが、ギューギューです。
あげく、北赤羽で人がホームに落ちました
救護中です
時速30キロで走るそうで
ゆっくり、ゆっくりの走行と
急遽の停止で、
いつもの3倍の時間で、自宅に辿り着きました。
娘2人の携帯でのフォロー
有りがたかった!
家族なのだ!と改めて感じた
一日でした。