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コモンビートの中心から代表が叫ぶ!りじちょーブログ更新中!

特別なことじゃないダイバーシティ&インクルージョンの日常を切り取るNPO法人コモンビートりじちょー安達亮のブログです。平日は毎日更新しています!


半年続きました!みなさんいつも読んでくださり感謝です! [2019年07月31日(Wed)]
今日で7月も終わり。2月から平日毎日書き続けてきたこのブログも半年継続することができました。ありがとうございます!

「ダイバーシティ&インクルージョン」をテーマにしながらも、組織運営や人生の生き方やあり方なとなど書きたいことを書き続けてきました。昨年は全く書けず1年間で1記事のみ、しかも新年の挨拶で終了し、反省しかありません。今年はもう既に130本近く書いているので、昨年のペースでいけば130年分書きました(笑)。

データ解析によると、書き出した当初は一日100pvで50人くらい訪問者がいる感じでしたが、最近では一日300pv以上200枚弱の訪問者がいる状況のようです。数字的には大きな影響力はなさそうですが、有名ブロガーのように何万もの人に伝えられることが凄いことではないと思うし、逆に言えば一日で200人も自分の頭や心の中の吐露ににお付き合いいただいている方がいると思うととってもありがたいです。

少しでもより良い社会に一歩一歩進んでいくために、自分の考えを伝えることも役に立つのかなと思って頑張っていたりします。コツコツ継続することが自分の強みでもあり、読んでくれる人が少しでも居るならばまだまだやっていけそうだなと思っています。

3ヶ月ごとくらいにこのブログについても振り返りつつ、自然体に等身大に書き綴っていければと思っています。今後ともよろしくお願いします!
我慢と忍耐、許容と理解、でもお互い様 [2019年07月30日(Tue)]
電車の中ってもうカオス。だって狭いのにあんなにいっぱい人がいるんだもん。なんとなくのマナーやルールがあるものの、その捉え方もそれぞれ。

今日は十分降りる時間があるのに、思いっきり後ろから押しのけられた(僕も降りているのにね)。そんなに急いでどこ行くのと思ったらエレベーターに一目散。はぁ、ため息出る。

その人にはその人の理由やペースがあるし、僕にとっては押されて嫌な気分になったけど、それでイライラして、その人とっ捕まえて怒っても何にもならない。自分の我慢や忍耐でどーにかなるけど、どっかでその人も余裕を持ってくれればなーと願うしかない。

実はきっとその人を社会がそうさせてるってことでもあるんだろうな。時短時短と言われるけど、そうしないと間に合わないくらいのものを抱えちゃってるってことで。

現状のまま時短すんじゃなくて、根本的に働き方や生き方を変えていかないとあんまり意味がない。時短じゃ生き方変わんない。でもそんなことを考える余裕がないからまた時短して、という堂々巡り(笑)。

書きながら自分もきっと人を押しのけて電車を降りたり、誰かの迷惑になってることもあるんだろうなと。何も偉そうに言えないなと同時に思う。日々精進だ。

この社会に生きるには妥協も必要だけど、できるだけマイペースに自分らしくいきていたい。我慢と忍耐、許容と理解、全部必要。お互いに。
長いトンネルを抜けて、夏。動いていこう! [2019年07月29日(Mon)]
関東がようやく梅雨明け。自分としては天候はバイオリズムに影響するので、長いトンネルからようやく抜け出せた気分だ(笑)。

タイミングってのはなんだか合わさっていくもので、いろんなことが同時にモヤモヤしていたんだけど、夏の到来によって、なんだか全部良い方向に向かい始めている気がしてきた。

たぶん自分だけじゃなくずっと曇り空や雨が続いて、参院選挙も投票率低かったし、なんか気分があがらず、世の中が鬱々としていた気がする。

すんごい感覚的ですが、ここからはバーっと汗かいて行動すれば、いい結果がでてくる気がします。そんな季節の「夏」の到来です!

よし、動くぞ!
多様性の理解、どうやったら学べるのか [2019年07月26日(Fri)]
違いを認め合い活かし合う「ダイバーシティ&インクルージョン」というものは、どうやったら学べるのか??そもそもこの言葉自体縁遠い人も多いだろう。

僕自身は学校で学んでこなかったし、当時はそんな考え方がなかった。今では大学の中で学部や学科はできてきているのかもしれないけど、世の中のほとんどの人が学んだことのないことなのである。世の中がどんどん変化していて、教育が追いついていないところがある。

コモンビートは「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉ではないが、上演しているミュージカル作品のテーマが「異文化理解」であることから、活動当初から同じ意味合いを伝えて、多くの人たちにミュージカルプログラムという、体感型で異なる人とどう一緒に過ごしていくかを学ぶ機会を提供し続けてきたんだと思う。

座学や講義ではこの「多様性の理解」を知識としては学べるかもしれないが、限度がある。知識の先は自分が行動して、体感して初めて身につくものだからだ。

どんな体感をしてもらうのかと言えば、シンプルに「いろんな人と出会う」ということだ。そして「バラバラな人たちでひとつのものを作る」ということも加えて大切な要素だ。

そういう意味では学ぶというよりかは、体感しながら「他者と共に生きるセンス」を磨くというようなことに近いかもしれない。

ミュージカルづくりは実は社会づくりと一緒のことをやっている。コモンビートはただのトレーニングの場であり、社会でトレーニングの成果を思う存分に発揮してほしい。

そういう意味では、毎日、誰かと一緒に生活しているのだから、社会そのものが学び舎だと思えばいい。できるとかできないとかじゃなく、みんなで一緒に生きるために学び合う努力がしたい。
わかりあえないを前提としてしゃべりまくる [2019年07月25日(Thu)]
今日はたーくさんしゃべった。

喋った分だけ相手のことがわかったし、自分には持ち得ない視点からの学びがあったし、相手には持ち得ない視点からのアドバイスができた。しゃべるって大事!!

「自分」って自分ではなかなかわかりづらい。周りの人たちとしゃべることで「自分」がつくられていくといってもいいと思う。自分のことを相手に伝えられれば、相手は自分をよりわかってくれるしね。

人と人は分かり合えないことが前提であるとすれば、「じゃあ少しでも伝えなきゃ!」って努力すると思う。分かり合えることを前提とすると、「わかってるはず」「みんな一緒なはず」と思いがちでなかなか伝える努力をしなくなると思う。

だから、前提を「わかりあえない」において、とにかくしゃべること、伝えること、表現すること。それが下手くそでもなんでも構わないから、表に現すことが大切だ。

ぜひ!いろんな人と積極的におしゃべりを!
ちょっとずつの余裕が社会を優しくする [2019年07月24日(Wed)]
人には「キャパシティ」というものがある。心が収容できる最大限とでも言えば良いかな。
それを空き瓶に例えてみるなら、そこにあらゆるものが注がれてこぼれちゃってたら、いっぱいいっぱいで余裕がない状態なはず。逆に、全然注がれるものがなければ、虚無感に陥るかもしれない。腹八分目とか言うけど、心にもきっと「ちょうど良い」感じがあるはず。

それに上限まですりきりいっぱい入ってる状態が続いたら、人当たりも悪くなり、自分にもイラついてちゃって、そんな自分にも嫌悪感を抱いて負のスパイラル。

お互いにもっと気分良く過ごすには、きっと少し瓶が空いている状態がちょうどいいんじゃないかな。人それぞれだとは思うけど。

社会では他者と一緒に生活してるわけだから、相手を受け止める余裕を少し開けておかないとしんどくなる。

自分の心の中を整理したり、ストレス発散したり、そもそもより健康な生き方になることも必要かもしれない。

ひとりひとりがちょっとずつの余裕を作れば、ちょっとずつ社会が優しくなる気がする。
他者の「できない」はわかりづらい [2019年07月23日(Tue)]
自分ができないことは自分が一番わかるけど、他者のできないことは本当にわかりづらい。

「できないこと」はコンプレックスになりがちで他者に見られたくないし、できるだけ避けて通りたいからやっぱり隠してしまうのが普通。

僕自身も他者からはなんでも平気そうだったり、なんでも出来そうだと思われがちだが、告白すると(笑)、絵が下手くそ過ぎて描きたくなかったり、体がでかいから狭いお店には極力入りたくなかったり、エレベーターの浮遊感と狭さが嫌いだったり、ここには書ききれないくらいの(結局こうやって隠すのだが)、できないことがある。

でも、手伝ってもらえれば「できる」に変えられることもあるはずだから、伝えられることは恥ずかしくても伝えていかなきゃいけないと思ってる。他者の「できない」はわかりづらいのだから、自分の「できない」を伝えていかなきゃいけないってことだ。

人はそれぞれできないことを持っている。完璧な人なんていないはずだから、その「できない」をみんなで共有して、優しさや思いやりで補い合えればと思う。そんな社会になれば良いなと切に思う。
不安や無関心より興味や関心でとらえる [2019年07月22日(Mon)]
今電車で移動中なのであるが、向かい側の座席に外国人が4人並んで話してる。

仲が良さそうな感じで、めっちゃ笑顔で時にゲラゲラ笑ってる。とっても楽しそうだ。

僕はイヤホンで音楽聴いているので、彼らが何語をしゃべってるかわからないので、どこの国の人かわからないし、どのみち言語が聞こえてきたところでわからないから、そのまま彼らのサイレンスなコミュニケーションを見てる(変な人w)

そのせいか、表情やジェスチャーに注目が行って、話してる内容に興味がいつもより湧いている。何話して笑いあってるんだろう。

言語が先だとあきらめちゃうんだけど、ほかの表現から入るとよかったり、言葉が聞こえない環境になってるのも何か良い方に作用してる気がする。「外国人だから言葉が通じない」から生じる不安や無関心より、「何喋ってんだろ?」くらいの興味や関心から捉えてみる。電車の中はいい訓練の場だ(笑)。

捉え方次第でこんなに気持ちって変わるんだなぁ。ふとイヤホン取ってみたけど、やっぱり何語かわからんかった(笑)。
「経営者」と言われるとモヤモヤするんです [2019年07月19日(Fri)]
コモンビートの代表をしていて、経営者として見なされることが多いけど、僕は根っからの経営者ではない。

そもそも15年前にキャストとしてミュージカルプログラムに参加したところから経歴がスタートして、組織運営ましてはNPO法人運営なんてわからない23歳から独学で事務局長として働き33歳で今度は経営をする身に。今でもぶっちゃけ「経営ってなんだ?」状態である。

やってる風は装えるけど、本質的にできているかというと疑問。その辺なんだからモヤモヤするわけです。

もちろん勉強しながらやっているのだけど、勉強以外で(経験とか)身につくことも多いところだと思うので、どかんとジャンプアップするよりけは、挑戦し続けてコツコツやってくしかないかなぁと思ってます。

自分らしさも失いたくないから、ひたむきにコミュニケーション頑張ったり、活動全てを自分ごととして捉えたり、ちゃんと「血が通った」状態で運営していきたい気持ちは変わらない。

「経営者だから」やらなきゃいけないこと、やらなくていいことってのも実はないだろうから、自分らしくその立場を受け止めて、自分らしい「経営者」になってくのが一番だ。

「経営者」という肩書きに惑わされず、ひたむきに頑張ります!
現場との距離感を適切に保ち、もっと未来を大きく考える [2019年07月18日(Thu)]
今年も半分終わり、コモンビートでもさまざまな事業が動いている。下半期は今年度の事業に加えて来年度の事業の準備も本格化するので、なかなか大変だ。

今年度の初めから「現場からある程度距離を置いて、団体の再編集がしたい」と動いてきた。団体理念や未来を考えるには、それ専門の思考を頭に立ち上げることが必要だ。

だがしかしだかしかし。

このタイミングでは思った以上に現場実務が増えてきている。こうなると、なかなか先ほど言った思考を確保するのが難しい。

だからこそ、もう一度自分がやるべきものはなんなのかと思い出さなければならない。現場とことは出来るだけ事務局のみんなに任せて、僕は僕で動くことが必要だ。

もう一度、大きなことを考えられる思考を取り戻して、あと半年頑張りぬきたい!
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