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コモンビートの中心から代表が叫ぶ!りじちょーブログ更新中!

特別なことじゃないダイバーシティ&インクルージョンの日常を切り取るNPO法人コモンビートりじちょー安達亮のブログです。平日は毎日更新しています!


理念が伝わっていることほど嬉しいことはない [2019年05月27日(Mon)]
10年前は団体の規模もまだ小さかったので、活動に参加している人はほぼ全員知っていた。

今は活動地域も広がって、全部の現場に行くことはできないし、自分の立場も変わったので、会ったことのない参加者もたくさんいる。

事務局スタッフやミュージカルのコアスタッフとはもちろん顔を合わせているし、理念についてもよく語り合う。彼らに伝わっている手触りはあるわけだ。

その彼らが接している僕の知らない参加者に、理念が伝わっているかの手触りは、直接会った時に感じられるものだったり、現場のスタッフから聞こえてくる声だったり。

先日、初めて会う参加者との面談があり、でもそこで話す内容が、まさに理念そのもので、理念にも共感しているし、だから関わってくれているしということがわかってとても嬉しかった。さらには、そうやって共感を生み出してくれている現場のスタッフたちの努力に感謝。

こうやって、参加者ひとりひとりに共感が生まれていくことは、私たちの目指すビジョンに少しずつ近づいているということだから。
金曜の夜は動きが鈍るからこそ [2019年05月24日(Fri)]
ボランタリーな人たちと一緒になって活動していると、彼らのペース感で物事が進んでいるのが感じられて面白い。
例えば今日。
金曜日。華の金曜日。

やっぱりみんな1週間働いたから、飲みにいったりご飯行ったり、映画観たりと、予定を入れている人が多い。

だから、ほとんど手伝ってもらっている仕事に関して連絡しても返事がこない(笑)。そりゃそーだ(笑)。

だから自分も金曜は華の金曜日ととらえて遊んじゃうことにしている。早めに帰ったりね。誰からも返事こないから、逆に集中できて、意外と金曜の夜は仕事はかどったりもします。ちょっとした寂しさがありますが(笑)。

ボランタリーな人たちと協力して活動するときは、彼らの余暇で活動が生まれるので、そこに合わせる必要があります。僕らの土日は彼らの活動時間なので、僕らとしては仕事する日になったりするわけです。

だから金曜の夜の「空気感」みたいなものをよく読んで、うまく活動できたら良いと思います。ボランタリーな人たちが休みなら、僕らも積極的に休んじゃえば良いのです。

働いている人とボランタリーな人たちが一緒になって気持ちよく活動できるのがやっぱり一番素敵。お互いに流れを読みながら仕事できたらいいな!
多様さを広げると共に育てなくてはならない心 [2019年05月23日(Thu)]
そもそもこの世の中は多様さに満ち溢れているわけなのだが、なかなかその多様さには気づかなかったり、出会わなかったりする。

インターネットの普及やSNSの台頭によって、どんどん自己表現はできるし、周りからの情報は多くなっているから、もう何もしてなくても多様さが広がっていくことを止められない。

2020に東京五輪も控えて、ダイバーシティ&インクルージョンの推進が叫ばれ、代表的なトピック(女性、障がい、年齢、国籍、LGBTQなど)に対しても、話題がどんどん広がっている。

ただ、その広がりと同時にやはり人々の心を育てていかなくてはいけないと思う。多様さの広がりにこの点においては全く追いついていない。ここが追いつかないと、多様さの広がりに対する考えは形骸化していってしまう。

多様さの広がりと共に心を育てる教育を、誰がどう担っていくのか。多様さの広がりは選択肢が増えることがあり、その選択肢から自分の軸をしっかりと持って、選びから判断ができるようにもならないといけない。

とても難しいことだが、そのほんの少しでもいいから、自分自身やコモンビートが貢献できるように活動していきたいと思う。
仲間のことを知らないって宝の持ち腐れだよね [2019年05月22日(Wed)]
みんなそれぞれ得意・不得意があるわけで。

それを何にも知らないなら、それを誰にも伝えないなら、相手の不得意を手伝うことも(自分の得意を活かす)、自分の得意を発揮することも(相手の不得意を手伝う)、こともできない。

本当はひとりひとりに宝があるはずなんだけど、知らんかったら宝の持ち腐れになっちゃうんだろうな。

自分のできないことは、どんどん手伝って貰えばいいし、自分のできることは誰かのためにどんどん使えばいい。

自分の宝も仲間の宝物使ってなんぼ。
腐られせちゃ、まじでもったいない。

メンバーそれぞれが守ってきた「場」への安心感 [2019年05月21日(Tue)]
自分のことを話すのに、その場の安心感や安全性って気になりますよね。きっとそれによってどこまで話すか決めているはずなわけで。

NPOの経営者仲間(固定された4名)と2014年から1年に3回ほどのペースで、半日かけて相互メンタリングの機会を待ち続けている。今日もその日で、たくさん話して、たくさん学び気づきがあって、お互いにワクワクした。

もう5年もやっているのだが、それぞれ多忙でありながらも、なんとか調整して全員が必ず揃い続けている。

このコミットメントがとても尊い。その時間は自分のために、お互いのために使うんだという考えのもとに、その時間と空間をとても大切に思って育ててきた。

だからこそ生まれる安心感や安全性によって、とても深い自己開示ができたり、所属団体のメンバーにはできない相談をしたり、愚痴を言ったりすることができる。

開始当初はそれこそ、組織運営の悩みが話題の中心だったが、続けていくうちに、生き方やあり方、将来や老後のプランだったり、それぞれの人生の話題が中心になった。お互いの人生がどう彩られていくのかが楽しみであり、そこに少しでもお互いに良い影響を与えられる存在でいたいと思い合っている。

これだけの話ができるのは、とにかくこの場に対して、それぞれが守ってきたものがあるからだ。

人と人との関係はなかなかすっとぱっとは深くならない。だからこそ丁寧に育てていく必要がある。そこには時短というような考えは毛頭ない。手厚く手厚く時間をかけるしかないのだ。
「伝える」から始まる! [2019年05月20日(Mon)]
今日はとっても初対面の方との出会いが多い日でした。
初対面の方との出会いは、何かが始まるきっかけ!僕のことも知らないし、コモンビートのことも知らないし。何も知らない人に、どう自分を伝えて、団体の活動を伝えて、興味を持ってもらえるか。

コモンビートの活動への関わり方はとっても様々。今までは「キャストやってください!」としか言えなかったけど、今はいろんな方々とありがたくも出会えるので、「応援してください!」「研究してください」「紹介してください」「繋げてください」といろんな言葉が出てくる。

「伝える」からこそ始まる、いろんなお声がけ。これがきっと未来に何かを生み出すはず。その成果を首をながーくして、逃さないように目も凝らして待ってみようと思う。

今日も沢山の出会いに感謝。
違いが怖いんじゃなくて、違いに対応できない自分が恥ずかしい [2019年05月17日(Fri)]
自分と「違う」ことってやっぱり怖いし不安になる。だってわからないから。

「わからない」状態って笑われたり、いじられたりするから恥ずかしかったりする。周りもわかってないはずなのに、なぜか自分だけがわかってないんじゃないかと不思議と思い込んでしまうくらい、「違い」って人を惑わせる。

だから、「違い」に対して消極的になったり、線を引いたりするんじゃないか。「違っていること」は理解しているけど、対応する方法がわからないから、わからないと恥ずかしいから避けて通りたくなる。

つまりは相手の問題じゃなくて、自分の問題。

でもその問題を解く方法は学校では教えてくれんかった。社会に出たら学校に通ってた時より「違い」と格段に出会うようになる。でも、対応できない。

だからこそ、敢えて「違い」と出会って、対応方法を自分で学ぶ必要がある。みんな学んできてないから、わからないことは恥ずかしいことじゃない。みんなでこの「違い」に溢れる世の中で、お互いの「違い」への対応方法を一緒に学べばいい。それが一緒に社会で生きるということ。

毎日出会って、毎日学ぼう。
つまりは「優しさ」「思いやり」 [2019年05月16日(Thu)]
電車でご老人に若者が席を譲ったり、階段でベビーカーを降ろすの会社員が手伝ってたり、道に迷ってる外国人に案内をしたり、日々の生活中で垣間見る人の「優しさ」や「思いやり」ってほっこりする。

「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉って専門用語っちゃ専門用語だし、日本の社会にはまだ浸透しきってない。僕らの日々の活動って、その言葉を浸透させることが目的じゃなくて、人それぞれの「違い」や「できないこと」をお互いに活かしあったり支えあったりしたいよねってことを伝えるのが目的なはず。

そもそも全然できてないわけじゃなくて、すでにもうできてることもいっぱいあって(冒頭の日常でみかける風景のように)、でもさらに「違い」が多様化して、顕在化してきて、そこに追いつけていないということで。

でも、追いつくためにはみんなで努力をしなくちゃいけないけど、どうしたらいいか教わってきたわけでもないから、不安だし、見て見ぬ振りもしたくなるのもわかる。

でも、みんなで一緒に生きてる社会だから、みんなで一緒に学んだり、話し合ったり、実践したり、試行錯誤していかなきゃいけない。

だからほんのちょっとだけ今の自分の「優しさ」と「思いやり」の範囲を広げて、できることから始めていけば、少しずつ少しずつ違いを認めあって、支え合って、活かしあえるようになるんじゃないかな!
あくまでも等身大、あくまでも個人 [2019年05月15日(Wed)]
仕事柄、いろんな人との採用面談をすることが多い。

採用面談っていろんな質問をして、「こちらの意向」に沿った回答が得られるかどうかで、何かの判断をしたりすると思うんだけど、僕はできるだけ最初に「相手の意向」を聞き出すことにしている。

こちらの質問に答えようとすると、どこか等身大じゃなかったり、よく見せようとする姿勢になりがちなので、その前に「自分を語ってもらう」というわけです。それがなんとなく把握できたら、こちらからの要望だったりリクエストを伝える感じ。最終的にその人がその人らしく働いてほしいので、最初に「背伸び」をされちゃうとお互いにあとあとそのギャップが埋まらずに困る。

その人の「できること」「できないこと」と「やりたいこと」「やりたくないこと」をちゃんと聞いて、その人の組織でのゴールを導き出しつつ、さらに人生のゴールまで握れたら、それは良い採用につながっていくと思う。

もちろん組織に必要な力になってほしいけれども、その前に組織に力を貸してくれる「個人」であることを忘れちゃいけない。だからこそ、採用面談の時点でできるだけ「個人化」して話ができると、お互いの人生にコミットしあえる。

最初のボタンを掛け違えないように気をつけたいところだ。
自分を表すスキルをつくっちゃおう [2019年05月14日(Tue)]
よく「自分にはとりえがないから」とか「能力低いんで」とかいう声を聞く。
本当にそうなのかなと思う。世の中で検定とかまである「能力」は、その検定によって能力の有無が可視化されるけど、じゃあ持っていないとその能力がないのかと言われるとわからないよね。例えば語学の検定持ってなくても、喋れる人はいるわけで。

仕事をする上で、その能力を人に証明する必要があるから必要なことだとはわかってるけど、ある一定の等級を持ってたって、その中に上手い下手はあるし得意不得意もある。

だからわかりやすい「能力」だってそもそも不完全だ。そうであれば、自分で能力見つけたら良いと思う。検定にならない能力いっぱいあるし。

僕だったら昨日のブログにも書いたけど、「人の懐に入る力」すごく高いです(笑)。あとは「物事を俯瞰してみる力」「組織の問題点を見抜く力」「空気を読む力」「わかりやすく説明する力」とかも高いと自分では思ってる。

こうやって、自分の能力をなんでもいいから「◯◯力」で表現してみるのは面白いと思うのでぜひやってみてください。作っちゃえばいいんです、どんどん。だって生きていく力って言い表し難いから。

そしてその自分の力の掛け算が、自分の考えや行動をつくっていくはず!そうやって、自分で自分を生み出していければ、この混沌とした世の中を生き抜けるんじゃないかと思う。
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