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コモンビートの中心から代表が叫ぶ!りじちょーブログ更新中!

特別なことじゃないダイバーシティ&インクルージョンの日常を切り取るNPO法人コモンビートりじちょー安達亮のブログです。平日は毎日更新しています!


自分のリズムに合わせたルーティン [2019年06月14日(Fri)]
毎日7時30分に起きます。もう長年このルーティンです。


なんで?と聞かれたら、自分の生活リズムに合わせて選んだらこの時間になっただけです。僕が決めた時間なので、これを聞いて「じゃあ7時30分に私も起きよう」と思われても困ります(笑)。僕とリズムが違うと思うので。

仕事が不規則な感じなので、就寝時間をルーティンにするのは難しい。なので逆に「毎日決まった時間に起きる」というルーティンを入れてみた。朝は強い方なので、何時に寝ても7時30分に起きると決めたら、目覚ましをかけなくても起きれるようになった。この自信からかぐっすり眠れるようにもなっている。また、その軸があるから、時間よりも早く起きたら「緊張してるのかな?」遅く起きたら「疲れてるのかな?」と自分のメンタリティもわかりやすくなった。

生活にルーティンを入れることは、とてもオススメだがそのリズムの起点が、自分じゃなくて他人だったり会社だったりする場合は要注意だ。それは自分のリズムのようでそうじゃないからだ。とはいえ、会社の出社時間を変更するわけにもいかないだろうから、そこは我慢も必要ななところだけど、本当に無理なら、自分のリズムにあった働き方を探した方が、人生を健やかに生きられるような気がします。

人生のほとんどの時間は仕事のルーティンだったりすると思うけど、それよりも手前の「自分のルーティン」をまずは大切にしてみませんか。
メンバーそれぞれが守ってきた「場」への安心感 [2019年05月21日(Tue)]
自分のことを話すのに、その場の安心感や安全性って気になりますよね。きっとそれによってどこまで話すか決めているはずなわけで。

NPOの経営者仲間(固定された4名)と2014年から1年に3回ほどのペースで、半日かけて相互メンタリングの機会を待ち続けている。今日もその日で、たくさん話して、たくさん学び気づきがあって、お互いにワクワクした。

もう5年もやっているのだが、それぞれ多忙でありながらも、なんとか調整して全員が必ず揃い続けている。

このコミットメントがとても尊い。その時間は自分のために、お互いのために使うんだという考えのもとに、その時間と空間をとても大切に思って育ててきた。

だからこそ生まれる安心感や安全性によって、とても深い自己開示ができたり、所属団体のメンバーにはできない相談をしたり、愚痴を言ったりすることができる。

開始当初はそれこそ、組織運営の悩みが話題の中心だったが、続けていくうちに、生き方やあり方、将来や老後のプランだったり、それぞれの人生の話題が中心になった。お互いの人生がどう彩られていくのかが楽しみであり、そこに少しでもお互いに良い影響を与えられる存在でいたいと思い合っている。

これだけの話ができるのは、とにかくこの場に対して、それぞれが守ってきたものがあるからだ。

人と人との関係はなかなかすっとぱっとは深くならない。だからこそ丁寧に育てていく必要がある。そこには時短というような考えは毛頭ない。手厚く手厚く時間をかけるしかないのだ。
ミスした先人を頼ろう [2019年05月10日(Fri)]
生きてりゃたくさんミスしますよね。

組織運営していてもミスることはよくあります。よくあっちゃいけないんですが、それでもやらかしちまうんです(笑)。

ミスしたときって人にあまり言いたくないですよね。恥ずかしいし、かっこ悪いし。だから言わなかったり、隠したりと閉じ込めちゃう。

でも、閉じ込めたら成長なしです。

マジで嫌ですけど(笑)、オープンにしていくことをお勧めします。だって、成長しなかったらまた同じミスしちゃいます。

自分を戒めるのも、自分だけじゃでききらないので人を頼りましょう(笑)。ひとりでしたことが原因のミスなら二人でやれば良いですし、人に話すことで思いもよらない解決方法をみつけて、ミスがミスにならない場合も。

世の中には同じようなミスをした先人がいるので、自分だけで「やっちまったー!」と、思わずに先人のミス解決方法を頼りましょう(笑)。

ミスしたことも、あとからミスした人のためになる。いや、最初からミスしないほうが一番良い(笑)。
平成最後のりじちょーブログ [2019年04月26日(Fri)]
ただ使いたいだけでタイトルつけたでしょ?

はい、そうです(笑)。

平日に書いているブログなので、今日が平成最後となるわけです。だからといって、何が変わるかというと、何も変わらないわけで。

平成から令和へと時代は変わるわけで、何やら新しいことが始まる予感がするとかしないとか。僕としては、時代は日々の連続だから、あんまし元号が変わるのはピンと来なかったりするし、所詮、誰かが決めたもの。日々の連続が、週になり月になり年になり時代になる。ただそれだけのこと。

であれば、自分の生きる時代は、自分で作ればいいし、日々を大切に生きることが、自分に何よりも課せられていることなのだと思う。

新しい時代の始まり。呼び方や意味を問うよりも、どう生きるかの中身の方がよっぽど問われてる。

では、「平成最後の」りじちょーブログでした!「令和最初の」りじちょーブログも楽しみにお待ちくださいー!
自分のために使われる時間 [2019年04月23日(Tue)]
あるワークショップで、プレゼンをした人に対してお手紙(感想)を書く時間がある。

自分が行ったプレゼンに対して、メンバーが自分に宛てて手紙を書いてくれているその時間は、自分のために時間を使ってくれていることなわけだ。

自分に対して誰かが時間を使ってくれるって、とっても贅沢なことだ。日々の生活の中で、時間にしてみたらそんな時間あまり訪れないのではないのでしょうか。

だからこそ、なんだかその手紙を書いてもらってる時間は、小っ恥ずかしく、何をして待ってたら良いかわからなくなる(笑)。

こういう時間が世の中にはもっと増えるといいなと思う。

誰かのために使う時間。

自分の時間は何に使われているのか、もっと問いかけて、自分のためにまず時間を使って、そしてさらに周りにも目を向けていけると、いいんだろうな。人生は有限で、時間は命なんだからこそ、もっとじっくり「時間」を見つめ直したい。そして、自分のために時間を使ってくれることに対して感謝を忘れないようにしたい。
人を尋ねてどこまでも [2019年04月09日(Tue)]
若いときは「観たい観たい」と世界遺産や景勝地を観て回る旅の仕方をしていました。いろんな場所に「行ったことがある」というのが自慢の種で、それを増やしたかったというかなんというか。

それから年を経て、コモンビートで「人」をテーマに仕事をしてきたのもあって、いつしか自分にとっての旅は「人を訪ねるもの」になっている。もちろん世界遺産や景勝地を訪れることもそれはそれで好きなのであるが、一番ではなくなってきた。

なぜか。

人を通したその土地や地域の文化や伝統が見たかったり、その人の価値観に触れることが楽しくなったからな気がする。自分だけじゃない多様な観点で、いろんな人や場所とつながっていくことの方が価値が高い気がしてしまったからだ。

そして、人は動く(世界遺産は動かない)。

ある場所に住んでた人が、違う場所に移動したら、両方に僕は行くことができる。人に会うためなら、その人がある場所が魅力に変わる。

そういう意味では、地球に住む人たちと出会えば出会うほど、旅先が増える。いろんなことやものを体験できる。今度マダガスカルに長期滞在をする友人がいる。今まで興味なかったけど、そんな話を聞いたらマダガスカルに興味持ってしまった(笑)。

人を単位に旅をしてみたら、どこまでも行ける気がする。
広い方に広い方に [2019年04月03日(Wed)]
サッカーのサイドチェンジが好きだ。

左サイドでボールを持って攻めていく。
相手もボールを取りに寄ってくる。
攻めあぐねる。どんどん必死になる。
視野が狭くなる。みんなボールしか見てない。

そんな時に右サイドにどかんとサイドチェンジ。

広いサイドにボールが飛んでいく瞬間に、なんかこうすっと解放された気になるのが、プレーしてる時も観戦してる時も好きだ。

なんか生き方もそんな感じがしてて、何かにこだわってこだわってこだわりきることもとても大切なのと同時に、時にはあっさりあきらめて、もっともっと広い方に生き方を委ねることも大切だ。

あのサイドチェンジの瞬間に感じた開放感のようなものが、視野をあげたり、視点を変えることによって生まれる。反対側にいったら見え方全然変わっちゃう。

広い方に広い方に。

そうやって生きてみるのも、いろんなチェンジ (変化)があって良いかもしれない。
人の悩みに悩まない [2019年03月15日(Fri)]
駒澤大学の電車中刷り広告が好きだ。

いろんな示唆に富んでいて、ハッとさせられるものも多い。ちょっと古いが「世界には72億の「違い」がある」の広告はドンピシャ過ぎて、Facebookのカバー写真にしたり、いろんなところに使っている。

他のものでピンときたのは、「あなたが悩んでいるのは、他人の課題かもしれない」というものだ。

僕もたくさん相談にのるが、相談にのってると気づかずに、相手の悩みに自然と自分も悩んでることがある。心を寄り添わせる意味ではいいかもしれないが、その悩みへの答えを出すのは本人だ。もちろん自分と相手の共通の悩みの場合は一緒に悩めば良い。

自分の悩めるキャパシティもあるのに、そこを他人のもので使っちゃうと、まぁ、大変だ(笑)。

そうならないためには、その悩みや課題を解決する当事者は誰なのかをちゃんと認識する必要だ。時には少しドライにならなくてはいけない。

僕はよくドライと言われるのだが、この広告に共感するということは、自然と「自分の悩みじゃない」と思ったら、客観点を貫くからだろう。

だから逆に、自分も相手の悩みの当事者の場合は、実はかなりウェットです(笑)。
現実は夢の実現? [2019年03月11日(Mon)]
今を生きている中で目にしているコトやモノって、きっと誰かの夢が実現した姿なんじゃなかろうか。

自分が生きていることそのものも、きっと両親の夢だったのだろうし、今このブログを書いているスマートフォンだって、開発者の夢だったはず。テクノロジーは特にそうだよね。自動車や電車、飛行機に宇宙船は昔の人の夢だったはず。音速の壁を超えたり、月に行っちゃったりも誰かの夢が叶った瞬間だろう。

今日は311。命の尊さを改めて感じる日だ。

あの日に亡くなられた人たちの夢が、現実になっているのだろうか。本人には叶えられないけど、きっと願っていたことがあると思う。そういう夢、想いに今の自分は、社会は応えられているのだろうか。

夢ってなんとなく叶わなそうな気もするけど、実は一生懸命に生きていれば、そのうち叶う気もしてならない。

今日は誰かの夢が実現した日。
明日を、未来を夢見ることが、きっと「今」を生きることに繋がるはず。
誰かの行動は何かを変えるんだ [2019年03月04日(Mon)]
土日は初開催の第49期静岡ミュージカルプログラム浜松公演に行ってきた。

「初」ものには必ず言い出しっぺがいるわけで、その言い出しによっていろんなことが生み出されていく。それをまじまじと感じたのが今回だ。

言い出しっぺが「やりたい」と発言してから、スタッフが生まれ、キャストが生まれ、地元のネットワークやコミュニティが生まれ、多くの人の人生が交錯し、特にスタッフやキャストは人生が変わってしまうくらいの大きな経験と体験を積んだ。

もし誰も言い出さなかったら何も生まれないわけで、それが誰かの「言い出し」で生まれるんだから、本当にすごいことだ。そして、その言い出しを受けて、私も!俺も!と言い出した仲間たち、関わった人たちもある意味「言い出しっぺ」だ。

自分から言い出したことだからこそ、それを泥臭く実現させようとする行動や、最後まで主体的にやりきる力がたくさん生まれるのだろう。

自分は「言い出しっぺ」になれない、ならないなんてことは全くないですよね。言ってみればいいんです。行動してみればいいんです。

どんどん想いを口に出して、周りの「言い出し」に反応して、自分で選んだ行動をしていってもらえたら!!結局できなくてもちゃんと学びや気づきはあるはずですし!

明日から僕もボソボソいろんなこと言おうっと(笑)!
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