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コモンビートの中心から代表が叫ぶ!りじちょーブログ更新中!

特別なことじゃないダイバーシティ&インクルージョンの日常を切り取るNPO法人コモンビートりじちょー安達亮のブログです。平日は毎日更新しています!


ルールとマナー、思考停止と主体的な行動 [2019年10月21日(Mon)]
生活しているうえで守るべきルールはあるけど、それ以上にマナーを大切にしたい。

マナーとは心配りであり配慮のことだ。

ルールで決まってるからということではなく、ルールの先の目的を考えて、配慮して行動することができるかどうかが大事なのではないか。

ルールは多様な人が共に生きる社会で必要なことではあるが、そのまま受け取ると思考停止を生むと思う。逆にマナーは自分の立場と相手の立場を考えて行動することだから、難しさはあるけど、それぞれがそれぞれなりに考えて動く方向にあると思う。

ルールで決まってるからではなく、自分がそうするべきだ、そうあるべきだと思って行動する、相手のためにそうするべきだ、そうあるべきだと思って行動する。

ルールでリスクヘッジするのではなく、マナーと主体的な行動でポジティブに環境を保てるのが一番だ。
「ぶつかる」をどう見るか [2019年10月17日(Thu)]
「ぶつかる」と聞くと、喧嘩をするとか意見が合わないとか衝突をイメージするのが普通だと思う。

でも、その状態を少し見方を変えて考えるとどうだろうか。

「お互いの違いを知り合うチャンス」
「自分をさらけ出す瞬間」

日々の生活の中で「ぶつかる」こともたくさんある中で、それをどう見るかは大切なことだ。喧嘩だと思って相手との間に線を引くのか、チャンスだと思って相手の考えを深く聞いてみるのか。どちらにもいけるが、頑張って後者を選択していきたい。

相手のことを深く知るための「ぶつかり合い」それはとても大切なことだと思う。
みんなか参加しているのは市民活動、社会活動 [2019年10月16日(Wed)]
コモンビートってただの手段。目指したい社会の実現のための手段であり「器」だ。もちろん「ミュージカル」もそうだ。

つまりはミュージカルプログラムへの参加は、「個性が響きあう社会」の実現を目指す社会活動・市民活動への参加だということだ。

なかなかその意識を持った状態で参加するのは難しいから、参加動機はそんな意識じゃなくたっていい。でも、プログラムの中で、どれだけ社会活動なんだと意識してもらえるように「場」を用意できるかにはこだわりたい。

それができなかったら、「ミュージカルをやった」という結果で終わってしまい、社会にインパクトを与えられない。ひとりひとりが「違いがあっても共に生きる」というセンスを少しでも磨ければ、それは社会へのインパクトだ。

社会と接続せずちっさくまとまらず、でっかく社会と接続していきたい。
あなたの「立場」からも語れる共通のテーマ [2019年10月15日(Tue)]
11月にあるイベントで「ダイバーシティ&インクルージョンの実際」というタイトルのパネルディスカッションのコーディネーターをさせていただきます。
 
今日はそのパネラーの方々とのオンラインミーティングがあり、「性別」「女性活躍」「働き方」「LGBTQ」「障がい」「育児」などの多様な立場からダイバーシティ&インクルージョンについて話しました。それぞれが持つエピーソードはバラバラで、一見まとまりがないように聞こえてくるのですが、話していくうちに共通点が見えてきて、お互いに共感が生まれていく感じがとても素敵でした。

ダイバーシティ&インクルージョンでよく取り上げられるそれぞれの立場だからということではなく、取り組んでいる人たちだけの限られた話しではなく、「ひとりひとりが違うんだから」という前提に立てば、どんな方がパネラーになろうが、「それぞれの立場」で「あなたの立場」で話題にできる社会全体のテーマだと改めて感じました。そういう意味からすると、全員「当事者」っていうことですね。

そういったメッセージがこの時間を通して伝えられたらいいなと思いました!コーディネート頑張ります!
「表現」にもこだわりたい [2019年10月09日(Wed)]
以前のブログで「学校」や「教育」という言葉を使って活動をしていきたいと書いたが、それに加えて大切にしたいのが「表現」だ。

「多様な価値観を認め合える社会」の実現に向けて、表現することを手段にして、違いを認め、活かしあい、力にしていくそんな流れを生み出していき、この流れ全体をコモンビートが考える「教育」と呼んでみる。それを学ぶ場を日々提供していくわけだ。

歌や踊りなどの表現でビジョンを実現することに「コモンビートらしさ(オリジナリティ)」があると思うし、型や枠にとらわれず正解のない自分から発生する「表現」だからこそ、ダイバーシティ&インクルージョンを体感で学ぶ要素が詰まってるはずだ。

活動の中で「表現」を見失ってしまったら、それはコモンビートの活動ではなくなっていくはず。だからこそ、すべての活動に「表現」を入れ込むことにこだわりたい。

「窮屈」は本当に良くない。広く大きく表現する場をつくりたい! [2019年09月24日(Tue)]
「窮屈」とは…(コトバンク)

1空間や場所にゆとりがなく、自由に動きが取れないこと。また、そのさま。
2思うようにふるまえず気詰まりであること。また、そのさま。
3形式張って堅苦しいこと。融通のきかないこと。また、そのさま。
4物や金が不足してままならないさま。

自分を表現するのに身動きが取れないのはきつい。気が詰まるのもきつい。でもそれが世の中の日常になってしまっている。1は満員電車で、2と3は会社の雰囲気だと捉える人も多いだろう。窮屈で強張ってしまった心や体を、どうやったら解放できるのだろうか。

そのひとつの解決策は、歌や踊りなどの「表現活動」ではないか。広いスペースで、自由に歌って踊って心を解放する。正解も不正解もなく、自分でそれを決めて表現する。その表現の過程で心を開き、同じく心を開いた人とコミュニケーションする。

そんな場がもっとあれば、少しは窮屈から解放されて心も気持ちも状態が良くなるのではないか。

そんな場の提供をコモンビートを通してやってみたい。というか、やろうとしている。乞うご期待!
見えない違いがあるからこそコミュニケーションで関係を築く [2019年09月20日(Fri)]
「違い」とひとえに言ってもいろいろなものがある。その中でも目に見える違いと、目に見えない違いに分けられる。

目に見える違いは、目に見えるからあまりお互いにコミュニケーションを必要としない。だから、見た目による決めつけや勘違いも起こりやすい。どちらかというと目に見えない違いの方がアイデンティティに近く、目に見える違いよりもきっと多くて深さもあるはずだ。

相手の「違い」を知るにはその目に見えない部分にアプローチしなくてはいけない。その手段はコミュニケーションだ。どれだけ相手の見えない違いにアプローチできるかが勝負。そして、自分の見せてない違いにアプローチされた時にどれだけオープンに相手に伝えられるかも同時に大切だ。そこにはお互いの信頼が必要なはずだ。

コミュニケーションを重ねることで、関係性をしっかり生み出すこと。それがお互いの「違い」を認め「活かしあう」第一歩であることは間違いない。
ダイバーシティネイティブ [2019年09月18日(Wed)]
多様性に対する適応力がないのは今の大人たちであって、もはや今の大人たちが思う以上に子どもたちの方がいろんな線引きやバリアを超えて行ってるのではなかろうか。

そもそも生まれながらに多様さに溢れる時代なのだから、その多様さは当たり前で最初から免疫力があるような状態になりうるわけだ。

デジタルネイティブみたいにダイバーシティネイティブみたいな世代も実はあって、そこでは僕らが超えられないバリアを、新しい価値観で簡単に超えていってしまう気がする。

そういう意味では、時代は巡り、世代は巡り、気づけば今とは全然違う世の中になっていくこともあるはずだ。

そうやって巡り巡って、ダイバーシティ&インクルージョンが普通の世の中が「自然と」訪れるかもしれない。
何のために働くのか。多様な価値観から考える。 [2019年09月17日(Tue)]
今事務局に来ているインターン生と「何のために働くのか」語る。そんなインターン生限定のキャリアイベントを開いている。

大学にいたらそんなこと考えないだろうし、ましてや働いている大人と語り合う機会も少ないだろう。

自分が大学生の時はそんな機会は皆無だったし、やり方もわからなかった。だからこそ自分が大人になった時には、自分の経験を通して大学生に伝えられるといいなと思って、そんなイベントをやっている。仲間たちも一緒になって彼らに職業観や人生観を語ってくれる。

多様な人との関わりで、選択肢が増えていくからこそ「自分」をちゃんと持ってないと選べない。そうやってたくさん考えて「自分で選べたら」それがきっと振り返れば人生のキャリアになる。

狭いよりも広い方へ。
その中から自分らしく選び取る。

少しは彼らの役に立ててるのかな。彼らの役に立つにはもっともっと自分を磨かなきゃな。
待つ。待つ。待つ。 [2019年09月12日(Thu)]
多様性を受け入れて何かをするときに難しいことのひとつに「待つ」ということがある気がする。

自分のペースでことを運ぶなら何も待たなくてもいいし、自分のペースで事が行われている時は実は周りの人が自分のペースに合わせてくれている状態だったりもする。ペースって人それぞれだから、ペースが合わないとイライラしたりしてしまう。

「待つ。」

とっても難しい。自分のペースで行きたいところを相手のペースに合わせるって「我慢する」に近いので、凄く忍耐がいる。でも、自分のペースにも誰かが我慢してついてきてくれていたりするもんだ。実はお互い様なのである。

余裕を持って、気を長くして、ゆったり、心気ままに「待つ」。現代社会はとてもペースが早い。時短に効率にとペースアップを求められる。でもそこから脱却しないと、この違い溢れる社会では、なかなか「待つ」という寛容さを持てないな。

ぜひ、みんなでもっと「待って」みよう。
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