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ごちゃまぜの方が楽しい [2019年02月20日(Wed)]
世の中にはたくさんの線引きがある。
同じものをまとめて違うものを分ける。
分けるとそれぞれ出会わなくなる。
たまに出会うとびっくりするようになる。
出会ってもどうしたらいいかわからなくなる。
出会わない方が楽だったりもする。
でも同じ中にいるとつまんなくなる。
ちょっと冒険したくなる。
新しいものに出会いたくなる。
自分とは違うものに興味が湧く。
でもあいかわらず違いに出会うと戸惑う。
戸惑いながらも相手を知りたいと思う。
その前に自分が何者か伝えようと思う。
違うと思ってたら同じところもあると気づく。
たくさんの違いと出会うって大切。
違いを魅力にできれば線を引き直すことができる。
線は自分自身なんだ。
ごちゃまぜの方が楽しい。

本日はお休みをいただきます。 [2019年02月19日(Tue)]
このりじちょーブログを平日は毎日投稿してみているわけですが、今日はちょっと考えがまとまらない。

まとまらない考え(テーマ)を少し吐き出すと、

・「当事者」と「当事者意識」
・団体の「中の人」に直接合わないと伝わってこない空気感がある
・ポジティブにネガティブを語りたい
・言語化できないけど他にもあるよ(笑)

こんな感じです。

なんか面白そうなのありましたかね?
ただね、今日はちょっとスランプ。

義務的に書こうとすればするほど、やる気は失せるし、たぶんそんなメンタリティで書いても誰の心にも響かない。そういう時はお休みをいただくのが一番だ(笑)。

ということで、まとまらない考えが自然にまとまったら書きますので、明日以降のブログを乞うご期待。

結果的には今日も投稿しているわけですが(笑)。ちょっとしたズルも大切。
1→「2」はつぎ、1→「2」→3はつなぎ [2019年02月18日(Mon)]
僕は2代目の理事長です。
理事長になって5年経って6年目に入るわけなんすけど、なんとなく自分の立ち位置がわかってきたかもしれません。

初代から理事長を継いだ瞬間は、僕が誰かに理事長を継ぐことなんて、当たり前だけど考えていなかった。1→2は「つぎ」なんですもん。

だけど5年経ってみると、ちょっと意識するようになってきた。自分の任期は10年って決めてるのであと5年。そしたら、1→2→3になって「つなぎ」の役割が見えてきた。

自分は団体の10〜20年目を担ってるから、20〜30年目を担う人にちゃんとつないで行かなくちゃいけない。

1〜15年目で生まれたものを15〜30年目へ投じられるように準備をしておかなきゃ。

なんだか急に腑に落ちて、野球でいうと一塁ランナーを犠打(バント)で送るような2番打者的なイメージがしっくりきた。サッカーで言うと、ディフェンスが奪ったボールをオフェンスにつなぐボランチのようなイメージだ(このイメージシリーズ実はあまり伝わらないんだろうなw)。

自分はナンバーツー人材なので、理事長職はトップだからできんのかなぁと思っていたが(今でも思っているが)、「つなぎ」の役割だと思えば、なんかできそうな感じがする。

「つぎ」と「つなぎ」を意識するって大切だな。

自分の仕事が何に繋がってるか考えたり、面倒くさい施設の現状復帰も、新幹線のリクライニングを戻してから降りることも、トイレのスリッパの向きを直したり、居酒屋の店員さんが片付けやすいようにお皿をまとめておくこともなんだか近そうなメンタリティだ。
それでもいいんじゃねー [2019年02月15日(Fri)]
「自分スタンダードで正解を」と昨日書いた昨日の今日だけど、まぁ「それでもいいんじゃねー」って今日は思った。社会スタンダードとか他人スタンダードと迎合するのも別にいいよね。

なんかこう常に頑張らずにいることもそれはそれで大切っちゃ大切で。自分否定に入るくらいなら楽な方選べばいい。

初志貫徹とか有言実行とかはもちろんかっちょ良いけど、それをやってる人でもぶれることはあるだろうし、100%できてるってことはなかなかないだろうと思う。

甘いこと言ってるんじゃねーよって言われるかもしれんけど、サボることも大切なんだと思うんだよね。

あの、これ伝えたいのは「サボれー!」「ゆるくやれー!」ってことではないです(笑)!

自分スタンダードで生きて欲しい!けど、やりすぎると毒ですよということです。軸を持った上でバランスバランス。

僕は天秤座でバランス人間です。
自分スタンダードで正解を [2019年02月14日(Thu)]
自分はどういう教育を受けてきたのかなーと少し人生を振り返ってみると、そりゃあなんのためらいもなく義務教育を受けている。

正解を求めて、模範解答をして、先生に気に入られて、内申点をあげて、偏差値をあげてきた。小学校から大学まではこんな感じで疑いもなく生きてきた。正解が存在して、それを導き出せばいいんでしょ的な。それに慣れちゃってる。正解を求めちゃう。

大学から就職するときに、なんか違和感が訪れた。社会で生きていくことを迫られたときに、そこに「正解なんてない」ってことに気づいた。

就職することが正解だか正解じゃないかわからない。それまでは小学校から中学校、中学校から高校、高校から大学とある意味限定的に次の進路が待ってた。考えなくてもよかった。

だから僕は大学卒業後の正解がわからなくなった。もがいてもがいて、もっと多様な世界をみたいとピースボートに乗った。少しだけ考えるようになった。

今の自分を思えば、この判断は正解だったなぁと思うけど、それってあとづけ。正解になるように、自分らしく生きてきたからそれが正解だと思える。

これだけ予測不能な世の中の中で、日本に生まれて豊かさに囲まれていると、自分らしく生きていくたくましさがないと、自分にとっての正解を見出せないどころか、選択しなくたって生きていけちゃう。

逆にいろんな尺度となる、嘘か本当かわからない情報が世の中にはたくさん溢れているから、その尺度に押しつぶされて、生きづらくなってしまう人もたくさんいる。

だからこそ、自分の尺度で自分らしく自分の人生を生きていく力をもっともっとつけていかないといけないと思う。

自分人生、自分で決めて自分で楽しもう!
いやーん!褒められちゃった! [2019年02月13日(Wed)]
人に褒められると素直に嬉しいっすね。

人を褒めるって意外と日々の生活の中では抜け落ちてしまいがち。そりゃ恥ずかしさもあるし、ちゃんと関係性があって相手をよく見てないと言葉になってかないやつだ。

どんな言葉もそうだけど、相手と一緒に過ごした時間や空間、一緒に乗り越えた壁がないとなかなか言葉に力がなくなっちゃう。

こないだ48期東京のスタッフたちと、ひとりずつお互いを褒め称えるワーク(笑)をやったら、これまた言葉に力が宿ってること宿ってること。

自分をよく見てくれていて、自分を勇気付けるお褒めの言葉をたくさんもらった!いやーん!

明日をつくるのは、未来をつくるのは、こういう前向きなお褒めの言葉な気がするね。

でもその言葉に力を乗せるには相手とちゃんと向き合う必要がある。

中身のない褒め言葉にならんように、日々周りの仲間にコミットしていかないとね!

ちなみに褒めるワークでは、ふせんで手紙風にしたためてもらった褒め言葉を全員からもらえるようにしました。なので、ノートに全部貼って、今日も読んでニヤニヤしてました(笑)。
よく食べよく飲みよく笑う [2019年02月12日(Tue)]
なんやそれ。と突っ込まれそうですが、自分が大切にしているチームづくりのスローガン。

ご飯ってとっても大切だと思ってます。日々の忙しさの中には「簡単にひとりで済ませるもの」みたいな感覚も大きくなってきがち。一人暮らしの自分ももはやその領域に入ってます。

でも、「少し余裕をもってみんなで一緒に食べること」って、すごく心が豊かになる気がします。当たり前なんだけど、実はないがしろになってませんか?

昨年のミュージカルを一緒につくったスタッフたちとの最後のミーティングが昨日ありました。ランチ時間は2時間取って、持ち寄りパーティーをしました。美味しく食べながらゲラゲラ笑う。まさに家族のような関係性のもとで、食卓を囲んでいて、いいチームになれたなぁと思いました。このチームでも「よく食べよく飲みよく笑う」を掲げてました。

昨年亡くなられたコモンビートをとても応援してくださっていた方が、人付き合いの秘訣を教えてくださいました。

「こころを掴むには、胃袋も掴むこと」

まさに!!!やっぱりご飯大切ですね。

そして、韓国でミュージカルつくったときに公演本番に韓国のテクニカルスタッフたちが、きっちりランチ時間になるとスタッフみんなでご飯を食べに出かけるのもこういうことなのかなぁと。日本のテクニカルスタッフは隙間時間に弁当食べる感じが当たり前。どっちが勤勉かと言われるとよくわからなくなるよね。

コモンビートの活動は少し非効率だし、非生産的。だけど、それが人間らしさを思い出させてくれるのかもなぁ。

余裕がないと感情も出てこなくて機械化されていっちゃうし、人ってもっと関わり合って、ごちゃごちゃしていいと思うんだよなぁ。

みなさん、よく食べよく飲みよく笑ってますかー??
判断判断判断=行動 [2019年02月08日(Fri)]
理事長やってると、「判断すること」が仕事になってくる。

これどうしたら良い?
あれどうしたら良い?

と問いかけられる毎日だ。

判断するときには、それに関わる人にヒアリングしたりもするけど、ヒアリングしても結局判断するのは、その権限を持ってる人になるのが組織の常だ。

判断するときには、メリットデメリットを考えるし、リスクも考えるし、いろんなことを考慮しなくてはいけないから、ストレスがかかる。しかも殆どが「そうなるかもしれない」という不安がもとだからタチが悪い。

でも、判断しなきゃ進まないもんは進まないからどっかで自分で覚悟を決めるわけだ。

でね。

ある件の判断を覚悟をもってしたら、その次にやってくるのはその件の「次の」判断なわけだ。判断すると状況が変わるからまた次がやってくる。

ん?

さっき判断したのに、また次の判断すんのかーい!とよくなったりする(笑)。次の判断で、前の判断の時点まで戻ることも可能かもしれないし、その件を止めることも可能かもしれない。

じゃあ、先の判断ってなんなんだ。取り返しがつかない気がするけど、実は取り返しのつくこともある。人の命や人生に関わる判断はこんなことないかもしれないけど。

判断と付き合ってくには、時にはもっと気楽にならなきゃいけない側面もある。判断は行動となり次の判断を生む。判断しなけりゃ何も起きないけど、それじゃなんも変わらない。

判断と行動は密接なつながりがある。
判断を恐れ過ぎちゃいけない。
ライブと生きる [2019年02月07日(Thu)]
「生きてる」ってライブじゃないっすか。
人生ってやり直しはきかないし、未来ってどうなるかわかんないし、だから「今」を生きているってことなんだと思うんですよね。それが「ライブ」なんじゃないかと。

ミュージカル公演をずっとやってるわけですが、その「ライブ感」がやっぱいいんですよね。演目は同じでもキャストも観客も毎回違うので、その空間は毎回違うものになってるはず。そこにいるひとりひとりの「生きてる」ってやつが投影されて作られるその世界観が痺れるんですよねー。究極二度と同じものはできないというか。

キャストと観客との呼吸とか温度とかそういう人間っぽいものを直接的に感じ取れるのがライブのいいところだと思うんです。

最近はオンライン会議もよくやるようになったけど、映像で顔は見えても、なんだかその直接的な「ライブ感」は手に入らないような気がしてるんですよね。そもそも触れることはできないわけだし。机の上のお菓子やお土産を共有することだってできないし、実質の環境はひとりなんだし(笑)。

テクノロジーによる便利は、そりゃ便利。それによって広がるものもあるとは思うけど、やっぱり生きてるんだから「ライブ」にこだわりたいなー。

そういう感覚をなんとなく失っちゃいけない気がする。生きてるんだから。
やばい!インプットが足りない! [2019年02月06日(Wed)]
ちょっとやばいです。
インプットが足りない感じです。

インプットが足りないと、
アウトプットができなくなります。

そりゃ新しく取り入れてないから、
話すネタもできないし、
刺激がないことが慢性化し、
あまり外に出なくなる。

昨年の15周年記念イヤーは日韓3期公演、15周年記念英語公演、48期東京公演と1年間ずーっと現場にいました。その準備も考えると2年近く現場に近いところにいて、目の前のことをやるので精一杯。今あるものをアウトプットする日々。

今年になってから、現場のプログラムを背負ってないので、インプット欲がより強くなってきました。現場から経営や中・長期的な視点で動くスタンスが戻ってきてるからです。

5年前に理事長に就任した時は、インプットをすることや外に出て行くことに貪欲で、たくさんのネットワークや刺激をいただきました!

6年目になって理事長任期の半分を過ぎた今、次の15年に向けて「新しさ」溢れるコモンビートをつくりたいなーと思ってます。

そのためには自分自身が脱皮していかないとー!

・新しいNPOの活動を知ること
・新しくNPOのリーダーたちとの人脈を作ること
・ダイバーシティ&インクルージョンの知識を深めること
・新しい事業や取り組みを生み出すこと

どんどんやっていきたいなーと思ってます。
いろんな場所に行って、チャレンジして。

代表としての自分の行動が、団体に還元され、そして社会に還元されていくように。

よっしゃ。日々インプットだ!
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