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2008年08月19日

憧れのテレビ業界を見て

「マスコミ」という名が連想させる華やかなイメージはどこからくるものなのだろう。
肩からセーターを巻いておしゃれメガネをかけたおじさんが、業界用語でまくし立てる・・・。
「ギロッポンでシーメー食おうよ」とか?めがね
きっとこれは古いイメージなのでしょうが、「マスコミ」と聞くと漠然とそのような画が脳裏に浮かびます。

しかし、現実のマスコミ業界の仕事はそういったイメージとはかけ離れているようです。
今日の午後は、お忙しい中浅野さんがお知り合いの方に頼んでくださり急遽テレビ東京を見学させていただけることになりました。

局内の方々はそれぞれの部署で機材を扱うなど専門的に見えるお仕事をされていました。
それがかっこいいのですが、正直華やかとは程遠い。
映像やニュースの管理を秒単位て徹底しているテレビの世界・・・
一瞬たりとも気を抜けないお仕事が多いようです。

「最近の若者は弱くてダメだ。仕事がキツイという理由で1年で辞めていくやつもいる。」
局内を案内してくださった方が言っていました。
倍率の高いテレビ局の試験に合格し、せっかく入社したのに辞めてしまうだなんてもったいないような気も多少します。
でも、きっとそんなことは本人も百も承知。
それくらい大変な仕事なのだと思いました。

一般に抱かれている華やかな印象とは裏腹に、とにかく体力勝負の仕事という印象を受けました。
しかし、よくよく考えてみるときっと体力を要求されるのはマスコミ業界だけではないはず・・・
テレビ東京からの帰り、かんかんに照り付ける太陽の下を歩きながら考えました。
こんな日には営業で外回りをしているサラリーマンもかなりの体力を消耗するのだろうな、と。
警備をしていた警視庁の方々も、とても大変そうに見えました。

社会人に求められると言われる責任感ややる気。
でも、これらを支えるのはやはり体調管理や体力なのかもしれません。

あまり体力には自信がない私は、こんなことを考えながら少し不安な思いを募らせましたブタ

新聞はもう古い?

ブログの更新が遅くなってしまいました。
今日は実質インターン2日目、約2週間ぶりに日本財団を訪れました。

初日がガイダンスだけで終わったのに対し、今日は初めて日常の業務に携わることができました。

今日体験させていただいたいくつかの業務の中で、この記事では朝の新聞記事のクリッピング作業について言及し、個人的に感じたことを書きます。



今朝、出勤して最初にしたのがこの新聞記事のクリッピング作業でした。
これはひたすら様々な新聞に目を通し、日本財団やその事業に関連のある記事を見つけるというもの。
クリッピングした記事はすべてコピーされ、各チームに配信されます。

正直、私が新聞を読んだのは久しぶりでした。
決してニュースに疎いわけではありません。
ただ、私は近頃インターネットニュースを好むようになっていました。

ネットニュースは、キーワード検索機能を利用すれば関連記事を一発で検索し入手することができる。
しかもほぼ毎日パソコンを開く私にとって、ネットニュースは「ついで」に見られるので便利なのです。
私のように考えネットニュースを多く利用する人は少なくないのではないでしょうか。

しかし、今日久しぶりに新聞を手にし、改めて新聞の長所、役割を考えさせられました。
私の考えるネットニュースの最大のメリットは、先にも言及したとおりキーワード検索により、求める情報を効率的に入手できること。その利便性です。

ですが、これは逆に言うと自分が求めた情報しか入手できないということにもなるのではないでしょうか。
言い換えると、自分が問題と思っている事柄しか目に入らない。
何度も言いますが、確かにネットニュースは便利です。
でもこの点は以外にも大きな問題点なのではないかと思います。

新聞の場合、パラパラとページに目を通すだけでより多くの情報に触れることができる。
たしかにまず目がいくのは自分が個人的関心を寄せている事柄の記事です。
でも、その際その隣にある小さな記事に気が付くこともあります。
その小さな記事が自分にとって新しい事実で、その小ささとは裏腹にとても重要なことが取り上げられていることは少なくありません。
それまでまったく無知で無関心だった問題に対して、その小さな記事がきっかけとなりそこから新たな問題意識が生まれることもあると思います。
そういった出会いが豊富なのが、ネットニュースにはない新聞の一番の魅力だと私は理解しています。
今日のクリッピング作業を通して、そんなことを考えていました。

私も含め、多くの人は「最新のもの=最良のもの」と考えがちではないでしょうか。
デジタル化されたものは便利であるため、つい飛びついてしまいます。
しかし、それがいかに短絡的であるのかを改めて考えさせられました。

写真が登場したときは、絵画の時代は終わりと言われていたそうです。
そして動画が登場したときは、写真についても同じようなことが囁かれていたと聞きます。
でも、絵画も写真のいずれも現代に生き続けているのは、利便性や機能性だけでは割り切れないそれぞれの魅力や役割があるからなのだと思います。
新聞もそういうものの一つなのではないでしょうか。

今回のインターンを機に、再び家でも新聞を読む習慣を取り戻したいと思います。