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東日本大震災から5カ月 @ [2011年08月23日(Tue)]
3月11日の東日本大震災からもうすぐ半年、久しぶりにブログを書いてみようと思った。

今年1月、わたしは、思い切って初めて仙台を訪ねた。
市民活動を通して出会った大事なひと加藤哲夫さんが、中野民夫さんとワークショップについて対談される場に参加するために。

仙台の街は、大きな都市であり、ユニークな活動を育んでいて、とても興味深かった。
ブックカフェ「火星の庭」、
イタリアの薬物依存更生施設でつくられているワインがさりげなく出てくるイタリアンレストラン「IL CUORE」、
相手にあったバックナンバーをすすめてくれて、ミニコミ誌も自分でつくっている「ビッグイシュー」販売員の鈴木太さん、
様々な切り口で、市民活動が地域の公共の担い手として活躍することを応援している「せんだい・みやぎNPOセンター」の現場、
などなど。

そして、その「せんだい・みやぎNPOセンター」から、当時、事務局長(現代表理事)の紅邑晶子さんを、講師として倉敷にお招きする日の前日に起こったのが、3月11日の東日本大震災だった。

報道される地震と津波に襲われた東北の惨状、息をつめてテレビ画面を見つめた。
動揺する気持ちを抑え込んで、予定事業の変更についての事務連絡、調整に追われた。

3月12日開催予定であった「倉敷NPOフォーラム」は、急きょ、「NPO座談会」となった。
前日夜になって、内容の変更と参加のお願いを連絡したにも関わらず、たくさんのNPO関係者に集まっていただき、市民活動がもっと活躍するためのしくみについて、つっこんだ話し合いができた。
参加された方から、「この内容は、NPOフォーラムそのものだ」という感想も聞かれた。

その後、しばらくは、活動に追われた。

3月を乗り切って、4月になり、ようやく一息ついた頃、ふとまわりを見まわすと、いつもと変わらないのどかな風景、人々の営み。被災地とあまりに違う状況が同時に存在している社会に、落ち着かない気持ち、夢の中にいるような、どこか虚しさを感じた。

そして、震災と同時に起こった東京電力福島第一原子力発電所の事故。

震災翌日には、市民活動関係者から、「メルトダウン」という言葉が耳に入ってきた。
テレビ報道は津波の被害についての情報がほとんどで、東電や政府の原発事故についての記者会見は、手短かに伝えられるだけだった。

何が起きているのかわからない危機感を抱えて、わたしは、ツイッターを情報収集の中心手段とした。
地震直後から、ツイッター、ユーチューブなどソーシャルメディアを使って、NPO関係者、ジャーナリスト、研究者など各分野の専門家が、東電や政府とは違う情報を活発に発信し、まだ一部ではあるが、多くの市民がそこからいろいろなことを知っていった。

東電と政府の発表は、当初、深刻な状況ではないと伝えていたが、一部のジャーナリストや研究者が事実を追求していき、しばらくたってから、徐々に、深刻さを増していった。
その間、避けられたはずなのに、事実を伝えられず被曝をさせられた住民。

政府まかせでは、子どもたちを放射能の被曝から守れないと考えた市民による活動が、今、各地で生まれている。

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