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スーダンってどんな国?
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スーダンは、北アフリカに位置するアフリカ大陸最大の面積をもつ国です。
「情熱大陸」 ハサバラ村到着 [2009年01月08日(木)]
5日、ガダーレフへ出発の朝。
カラールは、家が近くのロシナンテススタッフモハメドが、車で拾って連れてくることになっています。
ハッサン・ナビーは事務所の近くまで来てくれて合流することに。
モハメドが、カラールと奥さんを連れてきたのは9時半ごろでした。
これぐらいの遅れは覚悟していましたが、ハッサン・ナビーから合流地点に着いたと連絡が来ません。
結局こちらから家まで迎えに行くことに。
ハルツームを出発したのは10時を過ぎていました。

ガダーレフに向かう車は2台。
川原さん自ら運転する車には、カラールと奥さん、テレビクルー2人が乗ります。
私の方には、ハッサン・ナビー、テレビクルー1人と丸山君です。
12日まではハサバラの診療所は休みなので、岩間さん、向井さんはハルツームでお休みです。
道中ハッサン・ナビーの携帯にはしきりに電話がかかってきます。
アラビア語の分かる丸山君によると、どうやら奥さんから休みになぜ仕事に行くのか咎められ、必死に7日の夜には帰ると弁解しているようです。
さて、この日は連休初日。
道は帰省のバスで混雑していてなかなか進みません。
普通なら2時間半でメダニに着くところ、3時間以上かかりました。
メダニではカラールの奥さんを下ろさないといけません。
先を急ぎたい川原さんがお金を払うからタクシーで町外れの家まで行ってくれと頼みますが、タクシーは信用できない、場所が分からないなどわけの分からない理由で、車で送るよう譲りません。
結局、車で送る羽目になり時間を大幅にロス。
ガダーレフの事務所に寄った後、ハサバラ村に着いた時には9時を過ぎていました。
普通なら5時前には着く予定だったのですが。
そして、村のリーダーハッサンの歓待を簡単に受け、その夜はそのまま眠りました。

6日はまず、隣町のショアックに向かいます。
ショアックは村から20キロほど離れた人口8万人ほどの町。
ショアックの病院に村では診療できない患者を救急車で搬送しています。
その病院の医師に用事があったのですが、まず町の市場に行って買い物です。
カラールがそこのセキュリティーに挨拶。
市場の様子を撮影する許可をもらいました。
HACのセキュリティーが同行するのは、撮影を監視するだけでなく、あちこちにいるセキュリティーと交渉し、撮影が円滑に進むことをサポートする意味もあるのです。
しかし、ハッサン・ナビーはしきりにかかってくる奥さんからの電話で、携帯を充電することに夢中です。
村には電気がないので、ここで充電するしかないのです。
その後、病院によりますが、医師がいません。
電話で連絡も取れず、待っている間患者を診察、テレビクルーはそれを撮影します。
しばらく待っても来ないので、ハサバラ村に戻ることにしました。
ショアックの入り口では大きな羊市が開かれ、イードの休みに屠る羊を買いに周辺の住民が集まりにぎやかです。
スーダンの風俗を紹介するには格好の風景と撮影しようとしますが、そこにいるセキュリティーが許可してくれません。
撮影許可証には撮影対象はロシナンテスの活動と書かれているのですが、旅行許可書には目的地として、ハルツームとハサバラとしか書いていないようです。
申請のとき、ハルツーム州とガダーレフ州と申請したつもりでしたが、書類がアラビア語でチェックするのを忘れていました。
町中では許可されたのにどうしてここはダメなのかと詰め寄りますが、カラールは許可してくれません。
これからガダーレフ市内で保健大臣に会ったり、水事業で関係者と話し合ったりする予定ですが、それも撮影できないのか。
ショアックもガダーレフ市内もロシナンテスの活動地域ですが、今後ハサバラ村以外での撮影は一切許可できないと言われます。

困ったことになりました。
カラールとの撮影許可に対する戦いの始まりです。
(続く)

霜田
身近で感じたスーダンの母子保健サービス課題 [2009年01月08日(木)]
かなり前になりますが、ベビーシッターの娘さんのサラちゃん(1歳10ヶ月ぐらいだったかな?)が家に遊びに来た時のことです。サラちゃんは風邪を拗らせ薬を飲んでいました。
母親がサラちゃんに薬を飲ませるところを見ていたのですが、30ccほど入るコップにたっぷりの水を入れ、その中に粉薬を混ぜ服用を試みていました。案の定、サラちゃんは飲むのを拒み、結局ほとんどの薬を口から吐き出してしまいました。

日本では、薬局に行けば薬剤師から乳幼児への薬の飲ませ方(例:少しの水で粉薬を粘土状にし、上顎や頬の内側につけたり、果汁などに溶かして服用させるなど)についてアドバイスがあります。母親がどんなに急いでいても、もういいってと思っても、窓口でゆっくり丁寧に説明してくれます(三宮のあの人のよさそうな薬剤師のおじちゃん元気かしら?)。また、母子手帳発行時に一緒にいただく育児資料にも薬の飲ませ方が紹介されています。そうした資料をはじめ、育児(母親)支援の組織が日本ではたくさん存在しますが、スーダンでは、母親が教育される、あるいは相談できる機会は限られているようです。ベビーシッターは9人のお子さんを持つ育児のプロのように思いますが、薬の飲ませ方においては全くの新米ママでした。上記に準ずる薬の飲ませ方を教えてあげたら、予想以上の感動と感謝をされ驚きました。

このように身近なところで母子保健サービスの問題を感じることができます。ご参考までに、WHOのWorld Health Statistic 2008 によると、スーダンの妊産婦死亡率は450/10万(2005年時)、乳児死亡率62/1,000人(2006年時)、5歳以下死亡率89 /1,000人(2006年時)というデータが報告されています。なお、日本の妊産婦死亡率は6/10万(2005年時)、乳児死亡率3/1,000人(2006年時)、5歳以下死亡率4 /1,000人(2006年時)と報告されており、スーダンの母子保健指標は日本のそれとは比して劣悪な水準にあります。

初等教育を受けたスーダン女性の割合は非常に低く、それに伴う識字率の問題から、母子手帳のような資料を用いた母子保健サービスの導入は難しい教育環境にあります。ロシナンテスもハサバラ村で母子保健サービスを展開しておりますが、解決すべき母子保健課題は山済みのようです。


芹沢