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スーダンってどんな国?
スーダン地図
スーダンは、北アフリカに位置するアフリカ大陸最大の面積をもつ国です。
あけましておめでとうございます [2009年01月07日(水)]
あけましておめでとうございます
(うーーん日本人っぽい、素敵)

私は友達の家にお泊りで過ごしました。
年末から町のメイン道路にたくさんの戦車が止まっていて
何か爆撃でもするのかと思っていたら、
お祝いの行進用だったそうで(それにしても何故に戦車??)
戦車=お祝いパーティに全く繋がらないのに摩訶不思議

こないだパレスチナの空爆の事件の翌日には
カルツームでデモがあったようです。
(どっちか言ったら戦車もこっちに利用だよね)
あまり町に外出しないようにとの御触れが出まして、
でも気にせず(というよりすっかり忘れていて)
町へ出ましたが、何にも遭遇しませんでした。

最近感覚が麻痺してきたのか、夜に友達の家に行って
帰りは必ずタクシーを使うんだけど、
面倒くさかったし、バスが大好きで安いしボラないので 
『バスで帰るわ!じゃーね』と
夜中のバスの方にかけていく私を首根っこ引っ張り
『本当にやめてくれ、金払ったるからタクシーで帰って』
と男の子に言わさせたのは私です。てへ。
すみません。心配ありがとうございます。

話が全く正月じゃなくて
(だってこっちにそんな気分になれる要素がひとっつもない!)
すみません。

今年も皆さんにとって、よい年でありますように!

向井
「情熱大陸」 撮影までのハードル(その2) [2009年01月07日(水)]
12月3日です。
朝から通信省へ行き、通信省の人を連れて空港税関へ。
通信省の人が高額なお金を保証してくれ、カメラを受け取れることになりました。
スーダンを出るときは確かにカメラを持ち帰ることを証明して帰らないとお金は没収です。
そして、税関倉庫にカメラを受け取りに行きます。
税関倉庫には他にも没収された品々が山積みされています。
カメラがぞんざいな扱いを受け壊れてないか心配でしたが、大丈夫でした。
そしてスタッフにパスポートを持たせ、イミグレーションに外国人登録へ。
今日は昨日のようなことはなく、無事終了。
しかし、ここまでに時間がかかり、HACでの旅行許可の申請は翌日になりました。
後はHACスタッフ、カラールのすぐに出すという言葉を信じるしかありません。

さて、撮影許可も出て、カメラも戻りいよいよ撮影開始です。
まず、ハルツームの風景から取ります。
クルーが一番欲しい映像はナイル川と町が一緒の風景、特に青ナイルと白ナイルの合流地点です。
青く澄んだ青ナイルと白くにごった白ナイルはハルツームで合流し、その境がくっきりと分かるのです。
前日にロケハンしておきましたが、いい地点が見つかりません。
というのも、スーダンでの撮影はいろいろと制約があるからです。
宗教的な理由かモスクは撮影が禁じられていますし、軍事上重要な建物なども撮影禁止です。
つまり、許可を持っていてもほとんどの場所が撮影禁止ということです。
そして、セキュリティーの人が街の各所にいて、見張っています。
合流地点の近くの片岸は、大統領宮殿のほか官庁街になっていますし、対岸は高い建物がありません。
橋の上からが一番いいのですが、橋自体が軍事上最重要な建造物で、いつも前後に機関銃を設置した車が配置され、いつでも封鎖できるようになっています。
とりあえず、合流地点の先からハルツームの中心が見える場所で撮影を行いました。
また、別の雰囲気のいい場所で撮影していると、おばさん2人が近づいてきて話しかけてきます。
言葉の問題でよく分からなかったのですが、気をつけるように忠告してくれたようです。

12月4日になりました。
スタッフと一緒に私もHACへ行き、カラールと会います。
カラールから今日中に旅行許可を出すから大丈夫という言葉をもらいます。
そして、別のスタッフを紹介されます。
ハッサン・ナビー、もう一人の同行するスタッフです。
当初は3人同行するということでしたが、1人は体調不良ということで2人になったとのことです。
多分、休みを返上して同行するのが嫌で断ったのでしょう。
そして、撮影同行の打ち合わせをします。
彼らには日当1日約1万円の他、食費、交通費、宿泊を手配しないといけません。
日当、食費は撮影クルーが払ってくれることになっており、移動は一緒に車で移動、宿泊はホテルなど取る必要はなく、村に一緒に泊まってくれることになりました。
翌日朝9時にハルツーム出発も同意してくれました。
また、カラールからガダーレフに行く途中、メダニまで奥さんを連れて行って欲しいと頼まれます。
イード休みの帰省を便乗しようということです。断るわけにはいけません。
また、イードの休み3日間はカラールをメダニ、ハッサン・ナビーをハルツームまで帰らせることも決まりました。
また、学生の丸山君を通訳として同行させることも承諾してもらいました。
丸山君は川原さんのブログでも紹介されましたが、京都大学大学院の学生で、文化人類学の研究でスーダンに来ている人です。
研究対象の村に入る前の手続きの間、ロシナンテスに居候して、イード休み後に村に入る予定でしたが、アラビア語を流暢にしゃべるので、テレビスタッフから通訳として同行することを求められ、撮影期間中同行してくれることになっていました。
そして、この話し合いの後すぐに撮影許可が出ました。

自分がHACで交渉している間、川原さんとテレビクルーは日本大使館で大使に挨拶に行っていました。
そこで、大使館に申請していた、草の根無償援助のハサバラ村での学校建設の調印式を18日にハサバラ村で行うことも決まりました。
大使が撮影にあわせて調整してくれたようです。
撮影のクライマックスとしていいお膳立てができました。

これで、撮影スケジュールは以下のように確定。
5日 ガダーレフに移動
6日 ハサバラ村で撮影
7日 ハサバラ村で撮影後、ハルツームに移動
8〜10日 イード休み、川原さんはハサバラに残るが、テレビクルーはハルツーム待機
11〜15日 ハサバラ村で撮影
16日 夜、大使公邸で行われる天皇誕生日のパーティーに参加。(ハサバラ村の酋長ハッサンも招待)
17日 ガダーレフに移動
18日 ハサバラ村で調印式、その後ハルツームに移動
19日 ハルツーム
20日 テレビクルー帰国
といってもここはスーダン。後は予定通り進むことを祈るばかりです。
(続く)

霜田治喜