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スーダンってどんな国?
スーダン地図
スーダンは、北アフリカに位置するアフリカ大陸最大の面積をもつ国です。
お別れのご挨拶 [2009年06月29日(Mon)]
26日にスーダンを出て、27日に日本に帰国しました。
今回は一時帰国ではなく、完全な離任です。
7月からはロシナンテスの一支援者になります。
スーダンを出る前に皆様にお知らせをと思っていましたが、
22日の学校の式典、23日にしげちゃんがスーダンにきて、仕事の引き継ぎをし、
25日の夜は盛大な送別会と、慌ただしい日が続き、日本に帰ってからのお知らせになってしまいました。

スーダンに来てから4年と2か月。
最初は川原さんと2人で右も左も分からず、悪戦苦闘の日々でしたが、
今になって思えば、あの頃が一番楽しく充実した日々でした。
その後、ロシナンテスという団体名も決まり、
スーダンの事情にも精通するようになり、
いつの間にか、仕事で来ている日本人では、川原さんに次ぐ最長滞在者になっていました。
スーダンの暑さにも慣れ、今日本に帰って周りは暑いと言っていますが、自分には涼しいぐらいです。

スーダンに来た頃は、それまでずっと自由に生きてきて、結婚などしないと考えていましたが、
スーダン人の家族を大事にする生活に触れ、徐々に考えも変わり、1年前に結婚することになりました。
今回は、仕事よりも家族のことを優先させたいという思いで日本に帰ることになりました。

スーダンでの4年間、とても仕事ができるとは言えない未熟な自分を、我慢して使ってくれた川原さんにはとても感謝しています。
スーダンに残る岩間さん、三田君、しげちゃん、それからいつの間にかロシナンテス準メンバーのようになってしまった丸ちゃん、これからスーダンに行く芹沢さん、皆様大変だと思いますが、頑張ってください。
そのほか、スーダンでお世話になった皆様、大変ありがとうごぞいました。

これから、日本で頑張って、将来機会があれば、ロシナンテスに復帰できればと考えています。
それまでしばしのお別れです。
これからもロシナンテスの応援、よろしくお願いいたします。

霜田
「Google マップ」を覗いてみると(ハサバラ編) [2009年06月14日(Sun)]
「Googleマップ」を開いて、「gedaref」と検索してみましょう。
ガダーレフの町が出てきたら、ズームアウトしていきましょう。
右上70キロほどのところに「Showak」という地名が見つかるはずです。
ここは「ショアック」という町で、診療所で手当てのできない患者や入院が必要な患者がまず運ばれてくる病院があります
2,30年前はハサバラ村と変わらない村だったそうですが、エリトリア難民のキャンプができて、あっという間に発展したそうです。

さて、このショアックの町の右側に川が流れていますが、アトバラ川といって、ナイルの支流のひとつです。
この川をショアックから北に向かってたどっていきます。
まず川は左に曲がり、その後右に曲がり、もう一度右に曲がり、左にほぼ直角に曲がります。
そして緩やかに右に曲がった後、左に緩やかに曲がっていきますが、この左に曲がる弧の中心あたりを少しズームインしてください。
すると、その中心の南に左から一本のびてきて止まっている道が分かるはずです。
この道の行き止まりをズームインしてください。
ここがハサバラ村の中心アヤダーブ集落です。

道の行き止まりから北に200メートルほどのところに、周りが白い大きな建物がありますが、これが診療所です。
行き止まりのすぐ北に木が2本あり、その右上が少しごちゃごちゃしてますが、このあたりが村の井戸とその施設です。
小さな白い建物がありますが、ポンプと発電機などがある小屋です。
診療所のさらに北200メートルほどのところに灰色の屋根の建物がありますが、これが草の根支援による建物増設が決まった女子学校です。
診療所の左下に大きな四角い敷地がありますが、ここが、村にリーダーハッサンの家です。
今自分が見ている映像(いつ更新されるか分かりませんが)は、かなり古いようですね。
ロシナンテスがハサバラ村に来たのが2007年の2月、その時診療所は建てられたばかりでした。
ハッサンの家を見ると、はっきりしないのですが、右と左に区切りがあります。
左側がハッサン家の建物で、右側がゲスト用です。
ゲスト用の敷地には南に1件だけ丸い家(グッティーヤ)がありますが、ロシナンテスが診療を始めてすぐ3月には北側にロシナンテスのスタッフ用のグッティーヤが立てられました。
つまり、2007年3月以前の画像です。


さて、ロシナンテスがハサバラ村に来てどのように変わったのでしょう。
診療所の左横にはスタッフ用の住居が建てられました。


(診療所スタッフ住居)


「情熱大陸」放送でも問題になった、ハサバラ住民と医療スタッフの問題で、まだ、ガダーレフから村へスタッフは通っているところですが、この住居ができたので近々村に滞在しての診療が始まります。
診療所の右側には救急車用の車庫も作りました。


(救急車の車庫)


村の井戸も故障していましたが、ポンプや発電機を新しくし、水タンクの水漏れも治して修理しました。


(写真、村の井戸、水タンク、ポンプ小屋、水汲み場)

写真のように施設の周りに柵を設け、家畜に汚染されないようにしました。
家畜用の水のみ場も近くに作っています。


女子学校も草の根支援を利用して、5つの教室とトイレや職員用の宿舎などが建てら、教育省によって門と柵も作られました。


(学校の門と柵)
写真は先日私が村に行ったときに撮ったもので、まだ工事中でしたがほぼ完成していました。
22日に完成式典を行う予定です。

霜田
「Google マップ」を覗いてみると(ガダーレフ編) [2009年06月13日(Sat)]
「Google マップ」を開いて、「sudan」と検索してください。
「Al Khurtum」とでているのが首都のハルツームです。
少しズームしていくと右下ハルツームから180キロほどのところに
「Wad Madani」という地名があり、普通「メダニ」と言っています。
先日夜中の3時に結婚式が行われた場所です。
スーダン第2の都市で、イギリス植民地時代に首都になったときもあるそうです。
町中には植民地時代に立てられたと思われる建物もいくつか見られます。
このあたりはナイルの水を使って大きな農業プロジェクトを行おうとした場所で、運河がいたるところに見られ、川から大分離れたところまで農地が広がっています。

メダニはエチオピアから流れてくる青ナイル沿いの左側にあり、ハルツームからガダーレフに向かうときは青ナイルの左側に沿った道を通り、メダニにある橋を渡って青ナイルの右側に出ます。
そこから先は、かなり民家もまばらになります。
ガダーレフはメダニから約230キロ。
メダニの西南西に「Gedaref」という地名がありますが、ここがガダーレフ市です。
メダニからガダーレフの途中、ちょうど真ん中あたりに岩山が続くところがあり、そこで時々サルの群れを見ることがあります。
このあたりは水場になっていて、多分それを求めてやってくるのでしょう。
雨季の時期は見ることはありません。

ガダーレフの町にズームしていきましょう。
町の右下に大きな白い建物が集まっていますが、これは穀物倉庫です。
ガダーレフ州は穀倉地帯で、ゴマや稗、粟の一種のドゥリャなどが収穫されここに集められます。
なんとなく鉄道があるのが分かると思いますが、昔はここから鉄道で運ばれていたと思いますが、今は鉄道は機能していません。

ガダーレフの町にズームしていくと、黄色い線が現れると思います。
普通道を示しているはずですが、全然あっていません。
この戦が放射線状に出る中心から右下に延びる線を400メートルほど行ったところに、住居に囲まれた空き地があります。
空き地の入り口は2つ、右からと左下から。
この空き地に限界までズームしてください。
左下から空き地に伸びる道の入り口から右4件目がガダーレフのロシナンテス事務所です。
敷地は南北に細長く、北側に木が2本、その南に小さな建物(台所)があり、南端に事務所兼住居の建物があります。
ここには優秀なスーダン人スタッフのハフィーダがいて、州政府保健省などとの交渉や手続きなどをしています。
岩間さんもここにいることが多いですね。


(ガダーレフ事務所)

この事務所の北にある舗装道路の北側がガダーレフ・ティーチング・ホスピタルで、ハサバラ村の重症患者などがここに運ばれます。
この病院の北東が町の中心です。
先ほどの舗装道路を左側にたどっていくと、突き当たりになりますが、この突き当りの手前北側の敷地がガダーレフ州の保健省です。

霜田
洗濯機が怖い [2009年06月04日(Thu)]
最近洗濯中に感電します。
洗濯機から水漏れしはじめてからなので、どこかで漏電しているのだろうと思っていました。
いつもではないのですが、洗濯槽から脱水槽に移そうと濡れた服を触るとビリッときます。
そういう時はいつもコンセントを抜いていました。
ところが先日コンセントを抜いてもビリッと感電します。
事務所にいた丸山君を呼んできて、触ってもらうと何ともないと言います。
それで自分も触ってみますが、何ともありませんでした。
呼んでいる間に電気が抜けたのかな、と考えました。
しかし、丸山君その他、この洗濯機を使う誰も感電したことがないそうです。
おかしな話だと思っていました。

数日前ですが、また洗濯中にビリッときます。
コンセントを抜いても、感電します。
5分ほどそのままにしておきましたが、まだ感電します。
鉄の棒を持ってきて、洗濯槽の中の濡れた衣服と鉄のドアを橋渡しさせ、しばらく待ちます。
これで電気は抜けただろうと、鉄の棒を触るとビリッと感電。
プラスチックではさんで鉄の棒をのけ、中の服を触りますがやっぱり感電します。
どうしようかと迷っていると、スタッフのフセインがどうしたのかと聞いてきました。
感電すると説明すると、フセインが中の服を触ります。
何ともないようです。
それで、自分も触ろうとしますが、やっぱり感電します。
フセインは大丈夫だと服をつまみあげますが、その服を触ってもビリッと感電します。
自分もフセインもゴム製のサンダルを履いており、違いはありません。
これって、おかしいのは自分?
でも、岩間さんいわく、自分がおかしいなら前からあるはずだと。
しかし、別に昔から静電気でよく感電する体質でもなく、最近も洗濯機以外で感電した記憶はありません。
あれ以来、洗濯するのが怖くなりました。
いったいどうなっているのか、わかる人いませんか?

霜田
カルカデ [2009年06月03日(Wed)]
カルカデ、一般的にはハイビスカスティー。
スーダンの土産といえばまずカルカデ、スーダンの名産品。
普通に日常的に飲まれているし、道端の茶屋でも飲めます。
日本ではエジプト産で表記されることもあるそうですが、実際はスーダン産と聞きます。
味はかなり酸っぱく、ビタミンCたっぷりで美容、美肌にいいそうです。
以前、これを日本で売り出せないかと画策したがうまくいきませんでした。
いろいろ問題はあったようですが、日本の基準では衛生面での問題が大きかったようです。
お酒で割って飲むとかなり美味しく、お勧めです。

カルカデの他に世界一の産出量を誇るのがアラビアガム。
アカシアの樹液から取れます。
世界のシェアの半分以上を占めるそうです。
粘り気があるので、ガムシロップや薬のコーティング、その他いろいろな食品、工業製品に使われているようです。
市場でも篭に山積みになって売られていますが、一般家庭でいったい何に使うのか分かりません。
一番有名なのはコカコーラで、成分の一つだそうです。
ダルフール問題が大きくなったとき、アメリカのコカコーラが、スーダン産のアラビアガムは使っていないと発表しましたが、ヨーロッパなどを経由したものが必ず使われていると思われます。

霜田
夜中の3時に結婚式?! [2009年06月01日(Mon)]
金曜日はスタッフの姉の結婚式。
場所はハルツームから南に180キロのスーダン第二の都市メダニ、その外れ10キロほどにあるハッジ・ヌールという田舎の村。
スーダン人スタッフも皆招待され、参加してきた。

こちらの結婚式は、夜中に行われる。
昼は暑すぎるからだろう。
夕方に親族が集まって結婚の契約を交わし、夜9時ぐらいから式が始まって夜中の11時から12時に終わるのが普通のパターン。
我々は、午後3時半に村に到着。
スーダンでは朝は軽くお茶にクッキー程度を食べるだけで、朝食は11時ごろ、昼食が4時ごろで寝る前10時から11時に夜食というパターンなので、ちょうど豪華な昼食が出される。
「ギャートルズ」に出てくる様な、骨付きの肉も出され、お腹いっぱいに。
そして、5時過ぎに近くの家に案内され休むように言われる。
ハルツームなどから50家族が結婚式に来ているらしい。
それで、近所の家が協力して家に泊めているということだ。
その家でシャワーも借り、スタッフと話をしながらゆっくり休む。
ところが、夜中の11時になっても結婚式が始まらない。
田舎の結婚式は始まりが遅いと言っていたが。
そういえば、スタッフのラビアとモハメドの結婚式も田舎で行われ11時過ぎに始まったような。
とうとう寝る前の食事が出され、食事後皆ベッドで寝始めた。
おかしい、まだ新郎新婦にも会ってないのに、このまま終わるのかな〜、と不思議に思いながら自分もそのまま寝てしまった。

夢うつつの中で遠くからにぎやかな音楽が。
周りがゴソゴソと起きはじめた。
結婚式が始まるといわれる。
時計を見ると2時半過ぎ。
服を着替え、結婚式の会場に。
もう、村人や親戚たちがいっぱい集まっていた。
小さな子供も着飾って参加している。
どうやら、昔は1時2時に結婚式が始まるのが普通だったらしい。
大音量の音楽をかけて騒ぐので、都会では11時、12時に終わらないといけなくなったようだ。
スタッフのモハメドも、こんな夜遅くの結婚式は20年ぶりだと言っていた。

さて、3時ごろになって、けたたましいクラクションとともに新郎新婦が車に乗って会場に入場。





「プープープププー、プープープププー」
お決まりのクラクション。
結婚式のお祝いだけでなく、サッカーで勝利したときなどは町中がこのクラクションを鳴らして騒ぎまくる。

車から降りた新郎新婦は、たくさんの人に囲まれ、挨拶しながら会場の中心へ。




すでに会場にはバンドがいて、音楽を鳴らし、2人は踊りながら進んでいく。
バンドは歌手、キーボード、音響担当2名の4人組。
これだけで、かなり多彩な音を出している。
音楽は典型的なアラブポップの陽気なダンスミュージック。
日本のポップ演歌に、アフリカのリズムを乗せたような音楽だ。
こちらの踊りの基本は指パッチン。
右手を高く上げて指パッチンするか、両手を振りながら指パッチン。
もしくは、手拍子をしながら軽く体を揺らすのがお決まりで、あまり派手に踊る人はいない。
ある程度盛り上がり、曲が終わると(一曲はかなり長い)、一旦新郎新婦は用意された奥の豪華な椅子へ。
そこに皆が挨拶に行く。
自分もこのとき挨拶に。

挨拶も一通り終わった後、また音楽にあわせて会場の中心に移動し踊り始める。
最高潮になると、新郎を皆で肩車して盛り上がる。



この頃になると、最初は遠慮して大人しかった子供たちも、踊り始める。
時間は4時を過ぎ。
会場で座って見ていた自分も担ぎ出され、踊りの輪へ。
たった一人の外国人で目立つのか、新郎の隣に連れて行かれ、眠気と疲れで朦朧となりながら、スーダン人スタイルの指パッチンで踊った。
しかし、30分ほどで退散。
そのまま、会場を後にして、用意された家に戻り、再び睡眠。
スーダンでは、結婚式に途中から参加しても、途中で帰っても自由で、失礼に当たらない。
結局、式は夜明けまで続いたそうだ。

霜田
オレオレ詐欺 [2009年05月26日(Tue)]
オレオレ詐欺は日本だけのものではない。
最近は中国でも問題になっているそうだ。
しかし、振込みという行為が一般的でないスーダンで、この手の詐欺は聞いたことがない。
でも、家族、親戚の関係が深く、身内を思う気持ちの強いスーダンで、条件さえそろえば大きな問題になってくるのではと思っている。
自分がスーダンに来た4年前はスーダンにATMは存在しなかった。
日本のATMシステムを導入したいと相談を受けたこともある。
それが、2年半ほど前に初めて登場し、あっという間に普及している。
それに、一家に一人はモハメドって名前の男がいるから、他人を偽るのは簡単かも。

さて、オレオレ詐欺ではないが、詐欺を狙った英語のメールが時々ロシナンテス宛にやってきます。
NGOということで狙ってくるのでしょう。
内容は、難民で困っていますというようなものや援助団体を名乗るものなど様々。
最初はロシナンテスを支援したいという感じで、後になって実は・・・、というのもあります。
以前、スーダン人の知人からのメールでこんなものがありました。
ナイジェリアでパスポート、お金など全て盗られ、困っているので、指定のナイジェリアの銀行口座までお金を送ってくれというメール。
おかしなメールだと相手にしなかったのですが、後になって本人から、ナイジェリアでメールアドレスを盗まれ、暗証番号を変えられて、先ほどのメールを知り合いに送っているらしいということがわかりました。
その人は、アドレスを失い知り合いのアドレスが分からなくなって困ったといっていました。
世の中には悪い人もいるものです。
皆さんも気をつけましょう。

霜田
ナレーターデビュー? [2009年05月24日(Sun)]
三田君がやっているサッカーのプロジェクト。
日本での紹介のため、京大大学院の学生丸山君が、ビデオを作ってくれています。
そのナレーションをやってくれないかと頼まれました。
自分はかつぜつも悪く、聞き取りにくい声なので、他の人がいいだろうと言いますが、どうしてもということでやってみました。

ところがやってみると大変です。
まず、冒頭の1分ほどのナレーション。
通してやろうとしますが、うまくいきません。
3つに区切って何とかOKをもらいます。
これだけで30分以上かかりました。
当初は30分ほどのビデオ全部のナレーションをやる予定でしたが、
あまりに大変なので冒頭のロシナンテスの活動紹介部分だけの担当になりました。

読むのと、言葉に出すのでは全然違います。
「村人とともに」なんて何気ない言葉も、言葉に出せば「と」が3つ続いてとても言いにくい。
結局、言いやすいようにどんどん言い回しを変えていき(この作業が時間かかる)、何とか終わることができました。
しかし、ナレーションがこんなに大変だとは思いませんでした。
後でビデオを見直しましたが、やっぱりいい声だとは思えませんし、区切って入れたので、しゃべりのトーンが変わって、暗くなったり明るくなったり。
丸山君などは最高だといってくれますが。
このビデオを見る機会があれば、気にせず楽しんでもらえればと思います。

ところで「かつぜつ」って言葉、パソコンで変換できないんですね。
広辞苑にも載っていません。
漢字で「滑舌」と書くようですが、もともと業界用語だそうです。
でも、最近は辞書にも載るようになり、新しい日本語として定着しているようです。

霜田
インフルエンザ [2009年05月22日(Fri)]
日本では、新型インフルエンザが大きな問題になっているようですね。
スーダンではあまりニュースになっていないようです。
感染者も出ていないようです。
それよりもマラリアなどの熱帯感染症の対策の方が大事ということでしょうか。
先日、岩間さんが日本から戻ってきましたが、空港では入国する全員の熱を計っていたそうです。

このインフルエンザ、最初は豚インフルエンザと言われていましたが、いつの間にか言われなくなったようですね。
豚はイスラムでは食べることを禁止され、忌み嫌う動物となっています。
そのためか、今度の件でスーダンにいる豚が全て処分されました。
大した数ではないようですが、キリスト教徒や外国人むけに飼育されていました。
私は買ったことはありませんが、町中の一部の店でかなり割高で手に入ったり、
韓国料理店などで食べることもできましたが、これからはそれもできなくなりそうです。
また、お隣のエジプトでは35万頭の豚全てが処分されたそうです。
アフガニスタンでは、国に一頭しかいない動物園の豚が、来場者がパニックになるのを恐れて隔離されたそうです。
ちょっとやりすぎの気がしますが。

霜田
砂嵐が終わったと思ったら [2009年05月20日(Wed)]
先週まで1週間ほど続いた砂嵐、やっと終わったと思ったら暑さが戻ってきました。
砂嵐の影響で40度を超えなかった気温も45度を超えるように。


(右が温度計、左が湿度計)
上の写真は部屋においていた温度計。
午後4時で47度、湿度は10%ありません。
夜も部屋の中は温度が40度を下回ることはなく、暑いので外で寝ます。
エアコンも使わずにいましたが、とうとう耐えられずに投入。
と、思いきや、停電です。
それも連日続きます。
砂嵐が来る直前から停電がなくなり、新しくできたダムの効果がでてきたのかと、安堵していましたが、単に涼しくて電気の消費が少なかっただけだったようです。
後1ヵ月半、雨季が来るまでの辛抱ですかね。
砂嵐が来ると、砂で大変だといい、止むと暑いと文句を言う。
勝手なものです。

霜田
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