「情熱大陸」 撮影終了 [2009年01月10日(土)]
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16日はサッカーの記者発表。
朝から準備などに追われましたが、無事終了。 番組では放送されませんが、カメラマンが記録として撮影してくれました。 そのときの様子は三田君のブログに紹介されています。 その間に、旅行許可も取り直し、今回は目的地、ガダーレフ州と問題なし。 夜は、大使公邸で天皇誕生日のパーティーです。 年に一度の大イベントで、スーダン在住の日本人の他、スーダンの要人や日本留学経験者など日本に関係深いスーダン人、各国大使館の方々も呼ばれます。 久々に美味しい日本食(寿司、焼き鳥、おでん)を食べて、お酒も飲めます。 テレビクルーの3人も出席、いいリフレッシュになったようです。 招待された村のリーダー、ハッサンは、こういう場所は初めてで勝手が違い戸惑っていたようですが、気にいってくれたみたいです。 17日、またガダーレフに戻ります。 今度は道も混んでなく、午後3時過ぎにガダーレフの事務所に到着。 テレビクルーは、前回撮影できなかったガダーレフの病院を撮りに行こうとします。 ところが、やっぱり病院の撮影はダメだとカラールが言いはじめました。 ガダーレフの病院は、診療所の重症患者の搬送先ですし、中古医療機器もたくさん提供した、ロシナンテスとは関係深い病院です。 許可も取り直し、撮影に問題はないはずですが、後で問題になったときに責任問題になるのが嫌なのか、カラールは頑として譲りません。 とうとう川原さんが官僚主義だと怒り出し、カラールも、嫌ならスーダンから出て行けと喧嘩状態です。 まあ、こう書くとカラールがとても悪者のように見えますが、イードの休みに撮影できるよう残ってくれたり、好意的にいろいろとしてくれました。 役人の悲しい性といったところでしょう。 私は、今までの経験や別の撮影隊が来たときに聞いていた話しから、もっと撮影に制約を受けると恐れていたのですが、なかなか全体的には順調に進みました。 そして、とうとうテレビクルーも撮影を諦めました。 18日はハサバラ村で草の根援助の調印式。 小運動会も行い、いろいろありましたが、別の機会に。 番組でも放送されると思います。 ![]() (写真、調印式) 調印式の後には、診療所のスタッフと話し合いも。 そして、夜遅くハルツームに戻りました。 19日の帰国前日。 テレビクルーは、うまく撮れなかった青ナイルと白ナイルの合流地点を何とか撮れないかと粘ります。 高い場所から撮りたいと、付近のホテルや教会などで了解をとろうとしますがことごとく断られます。 最後はだめもとで近くの橋へ。 カメラを持って橋の歩道へ続く螺旋階段を登っていくと、案の定3人の警察に呼び止められました。 カメラマンが、撮影許可証を見せながら、橋の上からこういう風景をとりたいと説明。 その方向には、大統領宮殿や内務省、財務省といった、政府の重要な建物が。 当然ダメだろうと思っているとOKが。 私はあっけにとられました。 しかし、これだからスーダンは面白い。 20日の朝、通信省の方に空港まで来てもらい、税関でカメラのチェックも無事終わります。 そのまま、テレビクルーの3人は日本に帰って行きました。 スーダンでの撮影時間は50時間以上。 その前に、日本でも撮影しています。 それを、CMなどを除いて、24分に編集するそうです。 放送まで時間が無く、クリスマス、年末年始返上で編集作業をすると言っていました。 さあ、明日放送、もう全て終わっているでしょう。 藤井さん、悟郎さん、森田さん、ご苦労様でした。 放送を楽しみにしています。 霜田 |












