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スーダンは、北アフリカに位置するアフリカ大陸最大の面積をもつ国です。
診療所での出産 [2010年07月08日(Thu)]
こんにちは。辰野です。ハサバラ村です。

今朝目が覚めて、またまぶたの上が片方だけ重いので嫌な予感。
蚊にまたさされています。虫よけクリームを全身に塗り、蚊帳をはって寝ているのですが、新たに10か所以上もやられると、朝からやり場のない悲しみに襲われます。
なぜまぶた?このフレーズを、このスーダンで何回繰り返したことでしょう・・・・
ハサバラに来ると、蚊に刺される回数が倍増します。水道・電気がない生活はそれほど苦になりませんが、蚊だけは精神的にまいるのです・・・。
そんなとき、決まって朝の紅茶を飲みながら、この滅入る気持ちをどう回復させようかあれこれ考えます。

しかし、今日はそんなことを考えなくても、滅入る気持ちがすぐに喜びに変わりました。

朝8時に仕事に向かうと、診療所に隣村マンスーラからの妊婦さんとその家族がいました。
何やら様子がおかしいので聞いてみると、陣痛が始まったから来たというのです。
先週診療所で赤ちゃんが生まれ喜んでいた矢先、また新たな妊婦さんが出産にきてくれました。
20歳のお母さん、初めての分娩を前に緊張した面持ちです。
家族総出で、一緒に出産を見守る中、
新たな命が誕生しました。7月7日(日本では七夕ですね)14時、3100gのかわいい女の子です。診療所では記念すべき三人目の赤ちゃんです。
医師、助産師、看護師、そして家族皆で赤ちゃんの誕生を祝います。
生まれてすぐにコーランのお祈りを聞かせていました。とても神秘的でした。

つい先日の深夜に、違う隣村マギートからきた妊婦さんは、家族はもちろん、伝統的産婆さん(先達から伝授された技術と知識のみで出産を介助し、専門知識と資格を持たない昔ながらの産婆さん)と一緒にやってきました。
ちなみに、このハサバラ診療所は、患者さんが診療時間を問わず深夜にも時々やってきます。スタッフは診療所の隣にある住居で寝泊まりしているため、スッタフが対応できないという心配はありません。
深夜12時過ぎに、近所から「車をもっている人」を探し、診療所にやってきてくれましたが、道は舗装もされていないため、激しい雨により道はかなりぬかるんでいたそうです。

その妊婦さんには2回の流産経験があり、今度こそは出産を成功させたいという強い思いがありました。妊娠中も何度かクリニックの助産師を訪ねてきては妊婦健診を熱心に受けていました。
激しい雨のせいで、診療所の発電機を夜中に起動させることが難しく、助産師は懐中電灯で光を灯し、お産を介助しました。
翌日の午前5時半ごろ、あたりが少し明るくなりかけたころ、逆子というリスクはありましたが、無事に女の子が生まれました。このハサバラ診療所で生まれる2人目の赤ちゃんでした。

出産から2日後、赤ちゃんととお母さんの状態を確認しに、助産師さんと隣町まで自宅訪問してきました。
赤ちゃんは、お母さんの母乳を上手に飲み、健やかに眠っていました。
お母さんは、眠っている赤ちゃんを前にとても幸せそうでした。

この1週間に、新しい2つの命を診療所で迎え入れられたということを、ハサバラ診療所スタッフ一同、とても喜んでいます。
少しずつ妊婦さんが診療所に出産にきてくれるのではないか・・・と期待しています。

日本では医療者に赤ちゃんを取り上げてもらうのが当たり前ですが、スーダンの農村部では、お産は伝統的産婆さんにとりあげられるのが風習です。ハサバラ村はその風習がまだまだ根強く残っています。
産前健診は、妊婦さんが診療所に足を運んでくれるようになってきましたが、お産を専門的な知識のある人にとりあげてもらうことにはまだ抵抗があるようで、昔ながらの風習のまま、その村でずっとお産を介助してきた伝統的産婆さんを頼り、今回のように、診療所にはなかなか出向いてくれません。
しかし、伝統的産婆さんには医療の専門知識がありませんし、適切な判断処置ができないばかりか、十分な医療器具をもっていないため、清潔に処理されていない普通のナイフ、家庭用針・糸で会陰部を切開・縫合するのはもちろん、赤ちゃんの臍の緒なども取り扱います。母子ともに感染リスクがあるばかりか、分娩中適切な判断ができない場合は、「死」を招いてしまうこともあります困った

このプロジェクトを通して、伝統的産婆さんが持つネットワークは生かしながらも、診療所の専門的知識をもつスタッフを最大限に活かし、村の母子保健サービスを向上させていけたらと考えています。
多くの赤ちゃんの産声が、この診療所で聞かれる頻度が高まることを切に願います。



写真は助産師さんと赤ちゃん(診療所で生まれた赤ちゃんの自宅訪問時の写真)です。
訪問の途中、水汲みに出かける女性やたくさんの子供から挨拶されました。その一風景を写真におさめました。

辰野でした。またいい報告ができますように。
蚊にはあまり刺されませんように。

PCM研修に行ってきました [2010年07月05日(Mon)]

先週末、JICA九州さん主催のPCM研修(計画・立案)に行ってきました。

PCM(Project Cycle Management)手法というのは、開発プロジェクトの計画立案・実施・モニタリング・評価のために、JICAをはじめ多くの開発援助機関で用いられている手法だそうです。

内容は、「PCM手法を用いた国際協力プロジェクトの計画立案についての講義と演習」ということで、
1.  PCM手法概論
2. プロジェクト事例によるPCM計画立案演習 問題分析と目的分析演習
3. PDM プロジェクトデザインマトリックス作成演習
4. 草の根技術協力事業の説明
5. プロポーザル審査のポイント
という流れで2日間にわたって行われました。



上記の説明だけ見ると何やら難しそうですが、写真のように座学と演習を繰り返し行うようになっていて、全くそんなことはありません。
参加者も、大学生から年長者の方まで幅広くいらっしゃって、それぞれが異なるバックグラウンドであるため色んな話が出て、今までにない経験が出来ました。

さて、こういったPCM研修がどのように我々と繋がるかですが、我々のような非営利団体から今回のような研修の考え方の下、プロジェクトを策定し、JICAさんの草の根案件として認めてもらえないか提案をします。

そして、JICAさんからOKが出れば晴れてプロジェクトが進むのですが、実際にそうして形になっているものが、今我々が進めている「シェリフ・ハサバラ地域における母子保健プロジェクト」だったりします。

今も、辰野さんという女性スタッフが燃えるような暑さの中、村でプロジェクトを進めています。
彼女もこのブログに様子を記していますので、もしまだご覧になっていない方がいらっしゃいましたら、是非ご覧下さい。

ハサバラ村の一こま
http://blog.canpan.info/rocinantes-sta/archive/302


ハサバラ村の診療所
http://blog.canpan.info/rocinantes-sta/archive/304
ハサバラ村の診療所 [2010年07月03日(Sat)]
ハサバラ村の診療所には、毎日10人前後〜20人くらいの患者さんがやってきます。
ハサバラ村から1時間ほど離れた都市部から、医者・検査技師・看護師・助産師が週の初めにやってきて、診療所で土曜日から木曜日、朝9時〜14時、19時〜21時まで働きます。(イスラーム圏であり、金曜日が休みです)

やってくる患者さんは、ハサバラ村からの人もいれば隣の村(といっても、隣の村にたどり着くには、3〜4kmある荒地を渡ってこなければなりません)、そのまた隣の村からもやってきます。車をもっている人はほとんどいないため、主な手段は徒歩かロバ、もしくは近所に車をもっている人に頼み、トラクターや家畜を運ぶような大きなトラックの助手席に揺られてやってくる人もいます。

ちなみに隣町からロバでやってくるには30分から1時間ほどかかります。そのまた隣町から歩こうとすれば、2時間以上はかかると思います。

日が沈み、ようやく暑さが和らいできた頃、先日やってきた患者さんの話をします。熱を出して脱水状態になっている口唇口蓋裂の子供です。2歳になるといいますが、体はまだ1歳すぎくらいの大きさほどです。

昔、小児外科で看護師として勤めていたころ口唇口蓋裂のお子さんの手術に携わることもありました。日本であれば、この子は今頃、口唇・口蓋形成の2段階の手術を終えていてもよさそうな頃です。日本では、手術を待つ間、上手にミルクや食事が摂取できるよう、特別な乳首や口蓋の部分をサポートするプレートなどがあります。ところがこの子は唇も口蓋も裂けたままであり、母親はどのようにこの子に母乳をあげ、離乳食を開始したのだろうかと、子供や家族の気持ちを思うととても胸が痛くなりました。

スーダンでは、障害をもつ方にとってリハビリシステムや補助器具さえないことが当たり前ですし、農村部に入れば病院まで行く交通手段がない方、薬を買うお金に困っている多くの方々がいます。

日本では最先端の医療技術、医療制度が整っており、多くの可能性から自分の求める医療を選べます。この国の人々からみれば、そのことがどれだけ恵まれたものであるか、私自身も容易に想像できます。

夜の診療を終え、星空を眺めながら、この村にまだまだ潜んでいる、多くの患者さんに想いを馳せます。

次回は、つい先日診療所で生まれた赤ちゃん(診療所で生まれた赤ちゃんはこれが2人目となります)の話をします。

辰野でした。ではでは。

カリッドさんのお宅を訪問しました [2010年06月30日(Wed)]


先日、スーダン人カリッドさんのお宅に、北九州大学の学生を連れて訪問しました。

北九州大学の学生さんには、昨年「集え!北九州のロシナンテたち!!」というイベントの企画、運営をしてもらったのですが、今年度も実行委員を別メンバーに入れ替えて企画と運営を進めてもらっています。

要は「アフリカやスーダンのことをみんなにも知ってもらおう!」というイベントであるのですが、なかなか実行委員の学生さんたちも「アフリカにちょっと行って帰ってきます!!」という訳にもいかず、実体験をもとに企画をしたりすることが出来ないため、そう簡単にはいかないのが現状です。

そこで、少しでもアフリカ・スーダンのことに触れてもらおうと今回のお宅訪問を提案してみたところ、実行委員の8名のメンバーが集まりました。

ロシナンテスとの親睦が深いカリッドさんには、いつものように突然の依頼となってしまいましたが、快く承諾して頂き、奥様サナさんによるスーダン料理まで御馳走になりました。

アフリカではありませんでしたが、それでも御自宅にお邪魔し、一緒にご飯を食べ、お茶を飲み、いろんな話をして、学生さんたちの理解も少しは深まったのではないかと思います。

インターネットで何でも調べられる時代になりましたが、実際に足を運び、身をもって体験することもまた重要ですよね。

北九州大学のみなさんは大変だと思いますが、学生の間に数百人も集めるイベントを企画・運営するなんて貴重な経験になること間違いなしなので、是非頑張ってもらいたいです!

またいつも無理なお願いを聞いて頂けるカリッドさんには本当に感謝です。ありがとうございます。
ハサバラ村の一こま [2010年06月16日(Wed)]
看護師の辰野です。ハサバラ診療所にいます。
たまにネットがつかえるので、使えるときにハサバラ村の何気ない日常を書いてみることにしました。

午後の昼下がり、暑さがピークのハサバラ診療所は基本的には患者がやってこないので待機状態となります。その時間、訪問診療が入らなければ、すぐ裏に家のあるスタッフから毎日お茶に誘われます。
炭で火をおこし、コーヒー豆をあぶるところからはじめ、時間をかけてお茶をつくる間、あーでもないこーでもないと皆で語らいます。(私はアラビア語がまだまだわからないので、基本的には会話の内容を、その家のベットで寝そべりながら想像しています。)
コーヒーは土瓶のようなものを炭火にかけて作られ、おちょこのような器でコーヒーを何杯も頂くのですが、なかなか風情があります。飲み終わるかなぁという頃、土瓶と砂糖をもってまたコーヒーを注ぎにきてくれます。ちなみに、おちょこの半分くらいを砂糖が占めています。このコーヒー、香辛料が入っていてとても美味しいのです。
大人たちがコーヒーをゆっくり飲む傍ら、子供たちは洗濯をしたり掃除したりと、とても忙しく働きます。それよりもっと小さい子は裸で一心不乱に遊んでいます。近所から砂糖を借りに来る人、お皿を返しに来る人、通りすがりに挨拶をしていく人。この繋がりってとても大事だなぁと思います。(東京にいたころ、隣に住んでいたの人の名前も知らなかったという話をすると、とても驚かれました。)
塀の奥には水を汲み終えた子供たちがロバに乗って帰る姿や、ヤギが子ヤギに母乳を与えるところがみえて、こうしたシーンが乙だなぁと思えますし、そこに自分が身を置き、お茶を楽しんでいることに、ちょっとした喜びを感じるのです。

日本にいたころ、街角にあるコーヒーショップで、隣の人を気にしながら狭いスペースでコーヒー片手に語らっていましたが、自分に作られたコーヒー、そして何より雑踏がないという点では贅沢そのものだなぁと思います。

ハサバラは電気も水もありませんが、贅沢な時間はまだあります。
ハサバラ村の夜はとても星空がきれいです。プラネタリウムでみていた星って、ちゃんと見えるものなんだと初めて知りました。

電気がないので、真っ暗なのです。人が住むのに、暗闇という環境がとても不思議に思えます。日本でこれほどの暗闇で生活するのは、電気のない山奥にでもキャンプに行かないと難しいのではないかと思います。日本は発展していて、道があれば電灯があるし、人が住んでいるところには必ず電気があるため、この電気のない生活は私にとって貴重な経験です。(でもトイレに行く時は不便です・・・)

夜、診療所をしめた後、懐中電灯を消して椅子に座り星をみていると、ロバや犬、ヤギや牛の鳴き声に加え、人のしゃべり声が聞こえてきます。プロジェクトが始まってから、なにかと忙しい日々をロシナンテスオフィスで過ごしていたのですが、ハサバラ村に来ると、こういう「無」になれる時間があり、あぁ癒されているなぁと感じます。
お酒のないスーダンの夜をゆっくりすごしていると、酔っ払いながら終電で帰っていた日本の日々を思い出します。翌朝に記憶をたどらなくてもいい、こうした素敵な夜の過ごし方を、酔っ払っている自分の耳もとで教えてあげたくなります。

川原さんがハサバラ村に来なければ、この村の人は、日本人とこうして交わることもなかっただろうと断定したいほど、この村はスーダンの中でも都会から離れた「はずれ」にありますし、そんな都会から離れたハサバラの診療所は、今日も穏やかに、そして多くはなくとも、ハサバラの人々の為に診療を続けています。

日常の一コマでしたー。
次回は診療に訪れる患者の話をしたいと思います。
ではでは〜(このフレーズ、スーダンのローカルスタッフが喜んで真似をします。)
ハルツーム大学より学長御一行が来日されました [2010年06月15日(Tue)]


更新が遅れましたが、先週スーダンのハルツーム大学より学長、渉外担当部長、工学部長、農学部長の4名が来日されました!

関空に到着された御一行を、約4日間に渡って、ロシナンテスでアテンドし、九州の大学や病院、市役所等を案内しました。(写真は、長崎大学の熱帯医学研究所にある熱帯医学ミュージアムを訪れた時のものです。)

今後、日本とアフリカ、スーダンとの関係が深まっていくにあたり、ハルツーム大学の先生方も学生・人材の交流をはじめ、現地の伝染病の研究・処置に至るまで、多岐に渡る分野で日本との連携を望まれており、また、多大なる期待を日本にされております。

今後、ロシナンテスでも彼らと日本との間に立ち、日本とスーダンとの橋渡し役となれるよう、色々なお手伝いが出来ればと思っています!

飛行機での長旅に加え、新幹線や車での長時間の移動が重なり、皆さん大変お疲れだったかと思うのですが、嫌な顔一つせず、とても優しく、気さくな方々でした。
また、川原の実家や自宅に彼らを宿泊させたり、おにぎり等の日本食にも挑戦して頂くなど、日本文化も十分に体験して頂けたのではないかと思います。

今度は出来ればスーダンで僕が彼らを訪問してみたいですね〜
砂嵐 [2010年05月29日(Sat)]
続きましての齋藤です。

本日は、村の話の続き・・・の予定でしたが、
ハブーブの速報をお伝えします。

ハブーブ?
砂嵐のことです。

昨日、まだ空が明るい時間、
遠くの空が夕焼けに染まったように、どーっと赤くなってきました。
その赤い砂が舞う強風が、あたり一面をどんどん覆ってきます。
あっという間に、砂嵐が青空を覆って太陽を隠してしまいました。
本来ならば明るいはずの時間なのに、夜のように景色が何も見えなくなって、
暗くなってしまいました。

車はライトをつけ、のろのろ運転。
強風のため、看板がとばされ、ビニル袋が宙に舞っています。
目や口にも砂が入ってきて、口の中はじゃりじゃり。
まともに歩くこともできません。

家の中も安全ではありません。
非常に細かい砂が、わずかな隙間から空気のように進入してくるのでしょう。
ベッドにもパソコンにも砂がうっすら積もっていました。
パソコンが壊れやすいのは、この砂がひとつの原因です。

さてさて、砂嵐のハブーブが収まった後は、恵みの雨が降りました。
1年に数回しか振らない雨、宙に舞っていた砂が落ち着き、
心地よい雨粒に打たれ、みなうれしそうです。

でも、そんな喜びはつかの間。
地面よりも低い家の床に、雨が浸水してくるからです。
雨の少ないこの国は、排水の設備などありません。
幸い、昨日の少量の雨で床は浸水を逃れました。

雨のおかげで36度まで下がった昨夜。
初めてスーダンで涼しい夜でした。

齋藤


はじめましての齋藤です [2010年05月28日(Fri)]
はじめまして。
ブログに初登場の、Newロシナンテの齋藤です。
今年の5月中旬から、総務担当としてスーダンに派遣されました。

以前は、アフリカ南部のマラウイという国の水道も電気もない村で活動していたため、
スーダンの首都勤務は、電気も水道も、洗濯機や冷蔵庫まであり、
こんなにラクしていいのか、という恐縮な思いを抱きながらも、
首都の経済発展の恩恵を授与して、快適に生活させていただいています。
イメージが先行しがちなスーダンですが、首都の生活は思った以上に快適です。

一番心配していたのは、暑いというより熱い、
ろうそくの蝋がどろどろに溶ける熱さと聞いていた気候。
暑すぎで眠られないと聞いていましたが、
夜は服をびちゃびちゃに濡らしてそのまま寝るので、
濡れた服に当たる扇風機の風が心地よく、ひんやりとした体で眠りにつけます。
これで暑い夜は乗り切れます。

街角のあちこちに、約1mの大きさの素焼きのかめが置かれていて、
その中に水が入っています。
素焼きのかめだから、中身は気化熱でひんやり冷たいです。
備え付けのコップを使って、誰もが自由にその水を飲めます。
これでのどの渇きは乗り切れます。

痛い日差しがすこし落ち着いてくる日没の時間、
市場の前で、大勢の男性たちが、列を成してメッカの方を向いて立っています。
一斉にしゃがみこんで礼拝をしている彼らをこっそり眺めながら道端のかめの水を飲む、
そんな日が沈んでいく時間の海辺のさらさらした砂の上を歩く散歩が好きです。


さて、この前の週末、初めて、
首都ハルツームから離れ、隣のゲジーラ州の村に行ってきました。

ハルツームとは違い、日陰にいても、座っていても寝ていても、
サウナのように汗がひたすら噴き出してくる暑さでした。

そんな村で知人の結婚式に参加してきたのですが、
日中は汗をかきながらおしゃべりをして、
ひたすらひたすら、食べて食べて、食べまくっていました。

1日、計5回はもぐもぐ。
さて、そんな村での話しはまた次の日記にて。
それでは皆様、今後ともどうぞよろしくお願いします。

齋藤
スーダン大使館に行ってきました [2010年05月28日(Fri)]

アッサラーム・アライクム

今日は東京に戻り、スーダン大使館に行ってきました〜

最寄り駅は「都立大学」です。駅からは少し距離がありますが歩いて行けます。

大使館というと大きな建物やビルの中の数フロアにあるイメージだったのですが、なんとスーダン大使館は民家のど真ん中にありました。。ちょっと大きめの一軒家といったカンジです。

先日のアフリカデーでも何人かの方にご挨拶させて頂いたのですが、それ以外の方にも会うことが出来ました。
いろいろと話には聞いていましたが、みなさんとても優しい方ばかりです。

最近は現地に行きたいという気持ちが日増しに大きくなっていきます。
でもその前に簡単な挨拶ぐらいの言葉は覚えんといかんですね。。
八戸に行ってきました [2010年05月27日(Thu)]

今日は八戸に行って来ました!
空港に着いたら雨が降っていたこともあってかなり寒く、息が真っ白でした。。

今回お招き頂いた八戸市教育委員会さんは、毎年、しかもかなりの数の講演会を実施されており、話を聞いてその内容の濃さにびっくりしました。
一般来場される方も定期的に何度も講演に参加される方が多くいらっしゃるようで、地域との関わりの強さをとても感じました。

さて肝心の川原の講演会ですが、悪天候にもかかわらずなんと来場者数500名以上!
ずっと立ちながら見て頂いた方もいらっしゃいまして、申し訳ございませんでした。。

話の途中で大きな拍手が起こるなど、皆さんとても真剣に耳を傾けて頂き本当に有り難かったです。

八戸のみなさん、また機会があれば是非呼んで下さい。