バイオグラフィ
| 197×年 | 川崎に生まれる。
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| 3歳 | 車と接触、交通事故に合う。
(リカちゃん人形ほしさにひとりで30分歩いて川崎駅ビルへ行く。初めて救急車に乗る。このころから小さな”ひとり旅”人生が始まっていたのか?) |
| 4歳 | 母がパーマンの絵本で、言葉を覚えさせ、
キャンディキャンディとDrスランプアラレちゃんを読めるようになる。 |
| 11歳 | 小学校6年で、ZOOのchoochootrainを
10人女の子を集め、校庭で踊っていた。 卒業アルバムで『芸能人になりそうな人』で2位に。 初めてランキングに自分の名前が挙がる。 |
| 12歳 | 部活のフットワーク中に、ひざを故障し入院。
それから3年、ひざは治らず、 さまざまなことに自信喪失し、逃げていた。 |
| 12歳 | 悔しい気持ちを弁論に込め、
学校の大会で優勝。 言葉にして表現できたことで、少し気持ちが軽くなった。 |
| 15歳 | 今度は、内臓系の病気に。
高校入学前に入院。でもこれは完治。もう入院はイヤだ。 |
| 18歳 | 2度目の面接にて、無事、就職。
現在の会社で働きはじめる。異動2回。 |
| 20歳 | インテリアコーディネーターになりたかったので、
AFTカラーコーディネーター3級を取得。 照明プランナーのセミナーも通ったが、 難しくて挫折。そこで知ったさまざまな理由から、 自分はインテリア関係は不向きと断念。趣味程度に。 |
| 22歳 | 初めての海外、カナダへホームステイに。
出発した同じ空の上で、9・11の同時多発テロ発生。 |
| 24歳 | イラク戦争の3日前からNYへ旅立つ。
NYのグラウンドゼロに足を運ぶ。 路上で道行く人に、ホワイトハウスあてのメッセージカードを書いてもらう。(警官につかまりそうになる。) |
| 26歳 4月 | 中国ホルチン砂漠へ 組合の活動に応募し、
砂漠の緑化活動に参加。 環境と人とのつながりについての考えが変わった旅だった。また行きたい。 |
| 26歳 6月 | 流出油災害防止ボランティアリーダー研修に参加。
流出油事故があったときには、”ひしゃく”を持ってかけつけること。足の汚れをつけたまま道路で2次災害を起こさないことが大事。教官が言ってました。 |
| 26歳 9月 | 長野 大沢財産区での”愉快な山仕事講座”という
間伐を主とした実習を受け、初めてチェーンソーで木を切る。 |
| 26歳 10月 | 環境関連の勉強の第一歩として、
ECO検定(環境社会検定)を受験。 この知識をいかして、もっと興味あることを深めていきたい・・。 |
| 28歳 9月 | 宮城県沖内陸地震の被害のあった自然学校へ手伝いはいらないかと足を運ぶ。
被害にあった現場のキャンプ場の片付けと、 自然学校の子供達や家畜、犬達と5日間ほど規則正しく、また健康的な日々を過ごす。 |
| 31歳 | 夏休みをとって、東日本大震災の被災地、宮城県の唐桑、歌津へボランティアへ行く |




