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中嶋廉(日本共産党 宮城県議会議員)のブログ
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東北大学の異常な雇い止めを断罪する集会で[2018年06月17日(Sun)]
「東北大学では、なぜ大量の雇い止めが生じたのか」ー6月15日夜、東北大学本部のある片平構内で、労働契約法に定めのある権利を正面から否定する動きを断罪する集会が行われました。
 東京大学や名古屋大学等が法令の趣旨を尊重した対応に踏み切ったなかで、東北大学だけが「無期転換」を意図的に拒否する方針をとったこと、特異な法律事務所にこの問題の対応を委任していることが、大量の雇い止めをうみ、和解できない対立を生んでいます。
 脱法行為を重ねている勢力は、「労働者は、家族を抱えて生活がかかっているから、どうせあきらめる」と、タカをくくっていたのでしょう。しかし、労働委員会に申し立て、裁判に訴えて、闘う労働者たちが登場したのです。司法判断を求めて立ち上がった労働者の争議は、なんとしても勝利させなければなりません。
 国政で野党(仙台市政では与党)の各党から連帯のメッセージが寄せられました。東北大学の大量雇い止め問題はすでに国会マターになっているからです。
 しかし、これまでの野党共闘では、新自由主義が労働法制と社会保障の解体を目指す路線だということは、まだ共通理解にはなっていなかったと思います。ところが、学術の中心である大学が、経験と専門性をもつ職員を大量に雇い止めにしたことが、「市民と野党の共同」を労働法制の分野でも鍛え上げることになりました。
 無期転換を拒否する東北大学の不当労働行為を打破する闘いは、労働運動の全国的な焦点になっています。争議で勝利をかちとるために支援を集中しましょう!
 「市民と野党の共同」の勢力の共通政策に「いつまでも非正規、いつでも雇い止め」を許さない労働政策を盛り込みましょう!
 「ルールのある働き方」が国民の合言葉になることをめざしましょう!

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東北大学の異常な雇い止めを断罪する集会で[2018年06月17日(Sun)]
 「東北大学では、なぜ大量の雇い止めが生じたのか」ー6月15日夜、東北大学本部のある片平構内で、労働契約法に定めのある権利を正面から否定する動きを断罪する集会が行われました。
 東京大学や名古屋大学等が法令の趣旨を尊重した対応に踏み切ったなかで、東北大学だけが「無期転換」を意図的に拒否する方針をとったこと、特異な法律事務所にこの問題の対応を委任していることが、大量の雇い止めをうみ、和解できない対立を生んでいます。
 脱法行為を重ねている勢力は、「労働者は、家族を抱えて生活がかかっているから、どうせあきらめる」と、タカをくくっているのでしょう。しかし、労働委員会に申し立て、裁判に訴えて労働者たちが登場したのです。司法判断を求めて立ち上がった労働者の争議は、なんとしても勝利させなければなりません。
 国政で野党(仙台市政では与党)の各党から連帯のメッセージが寄せられました。東北大学の大量雇い止め問題はすでに国会マターになっています。しかし、今の野党の間で、新自由主義が労働法制と社会保障の解体を目指す路線だということは、まだ共通理解にはなっていないはずです。ところが、異常な東北大学当局のおかげで、「市民と野党の共同」が労働法制の分野で掲げるべき共通政策が、どのようなものでなければならないかが浮き彫りになってきました。
 無期転換を拒否する東北大学の不当労働行為を打破する闘いは、労働運動の全国的な焦点になっています。争議で勝利をかちとるために支援を集中しましょう!
 「市民と野党の共同」の勢力の共通政策に「いつまでも非正規、いつでも雇い止め」を許さない労働政策を盛り込みましょう!
 「ルールのある働き方」が国民の合言葉になることをめざしたい!

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大川小学校裁判 上告理由が揺らぐー日本共産党宮城県会議員団がニュース特別号を発行しました。[2018年06月14日(Thu)]
●大川小学校裁判の特別号はこちら右矢印1180614 大川小裁判 県議団ニュース.pdf

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復興事業で圃場整備した被災農地が「耕作できない」−若林区二木の農家から訴えがあり調査に[2018年06月13日(Wed)]
 午前9時、若林区選出の福島かずえ県議と仙台市若林区二木で待ち合わせし、復興事業で圃場整備事業が行われた農地を調査しました。
 先週、レタス等の野菜栽培を手掛けている農家から、「津波で被災した農地が引き渡されたが、一部に耕作できない農地がある」という相談が寄せられたため。
 圃場整備事業で復旧した被災農地は、もともと農耕に不向きな山土が大量に客土されているうえに、土地改良事業を経験したことがない事業者が参入しているために、引き渡された後に問題が表面化する事態がしばしば発生しています。
 きょう調査した場所は、国の直轄事業で圃場整備が行われた六郷7−1と7−2の工区にあたり、石礫がずいぶん混じっていました。「4町歩のうち1町2反が使い物にならない」という訴えで、引き続き調査することにしました。

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<資料 大川小学校裁判> 上告理由を追及した遠藤いく子議員の質疑と村井知事の答弁(概要) 5月9日 宮城県議会・全員協議会 (答弁が後になっていくつも訂正されたのは前代未聞)[2018年06月09日(Sat)]
<解説>
 東日本大震災により犠牲になった石巻市立大川小学校の児童の遺族が起こした国家賠償等請求控訴審事件について、5月9日の宮城県議会全員協議会で遠藤いく子議員(日本共産党)が行った質疑と村井知事の答弁(概要)を紹介します。
 遠藤いく子議員の質疑は午前でした。午後の岸田清実議員(社民党)の質疑に対する答弁で、村井知事は遠藤いく子議員に対する答弁の一部を訂正しました。答弁の訂正は一部にとどまり、想定地震が宮城県沖地震(連動型)であって、東日本大震災ではなかった点については、全員協議会では最後まで訂正されませんでした。参考情報として紹介します。


(遠藤いく子議員)
 はじめにですね、津波の犠牲になられた84人の児童や教職員の方々、そして遺族のみなさまに哀悼の意を表したいと思います。
 通告に出していた問題として、臨時議会を開く努力をどうしたのかを冒頭出しておりましたが、ご答弁がありまして、お聞きすると、本当にやる気が無かったんだなという気がします。午後6時30分に石巻市議会臨時議会が終わり、7時30分に市長が来たということですが、前日に確定すれば、翌日の今日はやれたわけですから、それは大変でもやっていただきたかったし、その点で先ほどのご答弁は納得できませんし、そのことを表明して上告の理由に移ります。
 1つはですね、控訴審判決を貫くのは、子どもの命を徹底して守ることこそ学校および教育委員会の根源的義務であるという判断を根底にすえたことだと思います。県や県の教育行政は、それが基本問題で中心点だと受けとめるべきと思いますが、いかがでしょうか。

(村井知事)
 子どもたちの命を徹底して守るのは当然のことでありまして、よりきびしい視点で防災というものを今後は考えていかなければならない。これも当然のことであります。ただ今回の判決は、震災から7年経った今の視点ではなくて、地震の起きる直前の視点で考えていただきたいと思うんですけど、マグニチュード8.0の地震、その当時の最大級の地震、宮城県沖地震を想定して準備をしていたわけであります。
 そしてそれをはるかに越える地震がきてしまった、それがマグニチュード9.0なのか8.0なのか、その当時は現場では誰もわからなかった。私ですらわからなかった。その状況の中でですね、そういう状況だったわけですね、8.0の地震が起きるという、その前に当時の校長先生や教頭先生や教務主任がさらに大きな地震がくるだろう、津波がくるだろう、この学校はのみこまれるだろうということを想定して第3次避難場所をバットの森に指定しておくべきだったというのは、いくらなんでも無理じゃなかったかということを私たちは考えたということであります。

(遠藤いく子議員)
 つまり、津波予見は不可能だったというわけですけど、そこで聞きますけれど、平成16年当時、発生確率が高まっていた宮城沖地震に関していろいろな被害想定や情報がなされていました。8.0と9.0とおっしゃいますが、その宮城沖地震の想定では、北上川右岸が崩れ、大川小学校は浸水するという予測はされていたんです。宮城沖地震にしっかり対応できていれば、大川小学校の悲劇は回避できたというふうに思いますが、知事いかがですか。

(高橋教育長)
 当時をふりかえってみますと、そういった情報が1つあるのと、もう1つハザードマップもあったわけでありまして、そのハザードマップから見ますと、大川小学校はその薪水区域外になっていたという状況がございます。そういった中で、県内会議において、津波への備えを具体的にしていくとなると、今となってあれもすべきだった、これをすべきだったというのは、私も思います。それは震災直後からそういった意識で防災教育を進めてきているところでありますけれど、震災前の段階でそれがどこまでできたのかということになりますと、現実的にそれは大変難しかったのではないかというふうに思っております。

(遠藤いく子議員)
 私が言ったのは今になってどうかではなくて、宮城沖地震の被害想定の中で、きちんとやっていれば、大川小学校の悲劇は回避できたのではないかという点にあり、すれ違っておりますが、それから上告の理由として、提案文書ではあまりに過大な義務を課していることをあげています。それで控訴審判決は、地域住民の有していた平均的知識および経験との比較ですね、それよりは高いレベルを求めているわけです。
 ところが、石巻と宮城県は専門家でも無理なレベルと、なんかもう法外なレベルを与給しているかのように言っている。私はこれは拡大解釈ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

(村井知事)
 8.0を想定してハザードマップからもはずれていた大川小学校、ここに津波がくるというのは、地域住民の人は誰も思っていなかったし、だから地域住民の方々が集まってきたわけですね。古くから住んでいる人がそう思っていたわけです。当時の校長先生、教頭先生、教務主任がですね、それをはるかに越える津波がくるということを想定できただろうか。それは無理ではないかということでございます。

(遠藤いく子議員)
 ハザードマップについて出ておりますので、少し順番を変えて、それにつて申し上げますと、これは県の責任があると思いますよ、平成16年に内閣府や国交省が策定した津波・高波ハザードマップマニュアルは、津波の特性をふまえて津波予測区域とその外側にバッファゾーンをもうけて、要避難区域とすると、両方ね、というふうにしてあるんです。
 ところが、宮城県が作成した津波区域浸水地域にはバッファゾーンがありませんでした。ハザードマップの浸水予測地域にですよ。県の防災対応にも不備があったこと。このことをむしろお認めになるべきだと思いますが、いかがですか。

(伊藤総務部長)
 平成16年のハザードマップの件でございますけれど、当時国の防災計画の基本となる基本計画、それにもとづいて地域防災計画をつくって、そしてその時々にデータを取り寄せて、地震の想定をおこなっております。で、津波浸水予測図につきましては、先ほど知事が言いましたように、最大規模の地震・津波を予測して、当時の宮城県防災会議で、専門的知見をいただきながら、当時において最善の方法で実施したというものでございます。だから適切に作成しているものと考えています。

(遠藤いく子議員)
 ご答弁する方にお願いしたい。ご要望ですけれど、質問時間と同じくらいでご答弁いただきたいと思います。
 さて、私は学校は単独で存在していうものではないと思う。それは教育委員会、教育行政があり、そして自治体・市があるわけです。その全体でこの問題をやっていかなければならないわけですから、学校に重い責任を課すと言っていますけれど、地方自治体の危機管理部門がどのように連携していくのか、教育行政はどうするのか、といった、そうした全体の中での判断であるということを一言言っておきたいと思います。
 さて、一審判決は事前防災にたちいらず現場に居た教員の責任だけを問題にしたことに対して、控訴審判決では一般教員の責任を問いませんでした。
 また、控訴審判決では大川小の事前防災の不備を石巻市教委が防災対策の不備を指導しなかったことを厳しく指摘しました。控訴審判決の事前防災の不備、これについてはお認めになりますか。

(村井知事)
 残念ながら、認められません。

(遠藤いく子議員)
 今日なにを質疑したいか、夕べ考えたんですけど、事前防災に不備がなかったという立場は、はじめからその取り組みに枠を作って、再発防止に、二度とああいうことを繰り返さないという取り組みにブレ−キをかけることになるのではないかと私は思いました。そして、抜本的な改善に取り組む立場こそ、あのご遺族の方々をはじめとして、子どもたちを学校に通わせているすべての方々が思っていることではないかと思いますが、いかがですか。

(村井知事)
 その思いは私どもまったく同じでございます。ただ、言いたいことはですね、今回の判決は当時の地震が起きる前の常識にてらしあわせてつくったものでは、たりないんだと。結果を見て、もっと準備ができたんじゃないかということですけれども、マグニチュード8.0で準備していたものをはるかにこえるものがくるということを、当時の宮城県沖地震を想定していた人たちが、これを想定できたでしょうか。ということは、今後も何か災害があった時に、これから震災前にあった知見を越えるものがあったときに、それに校長先生が悪いんだ教頭先生が悪いんだ。市教委が悪いのなどとなってしまうということであります。
 つまり、何かあったらすべて行政の責任。教育現場になってしまう。これではいくら何でも無理があるでしょう。その時の知見で最大限、これ以上に考えられないということを考えることは重要です。ただそれを越えた時に、それは越えることを見過ごしたあなたが悪いというのは、それはいきすぎでしょう。今回の裁判はそういう裁判だということであります。これはやはり行き過ぎだと考えたということであります。

(遠藤いく子議員)
 完全にここ違っておりますが、私が申し上げたのは8.0の宮城沖地震連動型で、これは確率が高いと言われていたわけでしょう。それにきちんと対応していれば、被害は防げたということなんです。
 だから今の時点で考えているかではなくて、あの当時の知見で、それが徹底していれば、被害を防げた、それはあの当時の知見で、それが徹底していれば被害を防げた。それが徹底できなかったという不備を反省し、感じるべきだと言っているわけです。どうでしょうか。

(村井知事)
 大川小学校は、学校管理下でしたので、次元は違うと思いますけれど、今回宮城県の中で、1万人以上の方々が亡くなって、いまだに1000人以上の方々が行方不明でございます。これはすべて同じ理屈で考えられることでありまして、当時これだけ来るということが、わかっていればですね、おそらくすべての命が救えたのではないかと思ってございます。
 これは私にしても、前々から歴史に学ばなかったという意味においては、深く反省しておりますけれど、当時の科学的な知見からもってすれば、これはやはりやむをえなかったと考えるしか、私はすべがなかったと考えております。

(遠藤いく子議員)
 「やむをえなかった」という言葉を聞くとは思いませんでした。私は学校管理下であるというのは、一般とは違うんですよ。学校防災は、そこの一定の年齢差に達すれば、必ず学校には行くと、基本として、しかもその行くべき学校はどこかということも基本としては決っていると。だから行かせるというのは当たり前なんです。
 そういうふうにして、学校に対する信頼をもちながらやっているわけですから、そういう意味で私は今のようなお答えは残念です。
 それで学校現場と判決の乖離という問題もありますけれど、そのことは時間になってしまいました。宮城県では学校に在籍した児童生徒で亡くなった方々は430人おりました。その中には23人の児童が下校途中で亡くなったという小学校もありました。豊かな可能性をいっぱい抱えた一人ひとりの子どもたちの命を本当にいかす道を考えなければならないと、そのことを学校防災の転換ということで話つぃは強く念じて今回の質疑を終わりたいと思います。

<参考>
 午後の岸田清実議員(社民党)の質疑に対する答弁で、村井知事は遠藤いく子議員に対する答弁の一部を訂正しました。その部分(概要)を紹介します。


(岸田議員)
 大川小学校で亡くなった74人の児童、10人の教職員のみなさんに哀悼の意を表するとともに、ご遺族のみなさんにあらためてお悔やみを申し上げたいと思います。
 午前中の質疑でいくつか気になったところがありますので、それについて伺いたいと思います。
 午前中の最後の方で知事から、知見を越えるところで亡くなった犠牲者について、大川小の話ではなくて、一般的な話だったと思いますが、「やむをえなかった」という発言がありました。このことだけを受けとめると、犠牲になった方について、非常に軽んじられているんではないかと誤解をうむこともあるのではとお聞きしてて思いました。真意について伺います。

(村井知事)
 はい、誤解を与えたと思いまして、お詫びを申し上げたいと思います。私が「やむをえなかった」と申し上げた真意はですね、判決は宮城県沖地震を想定して事前防災をしていれば大川小学校に津波がくる危険性を充分に想定できたと、それを校長等は予見できたはずで、予見できていれば、バットの森を避難所に指定することもできたとの判決でした。これを予見することは専門家でも難しい、ましてそれを校長等に専門家なみの知見を求めることは無理があるということで、そういったことをすべきだったことについては、やむをえなかったんではないかという意味で言ったつもりでございましたけれど、それが誤解を与えてしまったようで、あとで担当の職員から誤解を与えた可能性がありますとの指摘がありました。この場で訂正させていただき、お詫び申し上げます。

(岸田議員)
 訂正とお詫びについては評価させていただきます。
 次に、これも答弁で、「全国への影響について、国として問いたい」との答弁がございました。ふつう国というのは行政府のことを指すわけですね。今回は司法府の最高裁の判断を求めるというそういう判断なわけですよね。言葉を間違ったということなのか、上告を通して行政府としての国に何かを求めるということを含まれているのか、この点について伺います。

(村井知事)
 行政府に対して何かを求めるということではけっしてございませんで、司法の最高峰でありますトップであります最高裁の判断を仰ぎたいということでございます。
 結果的には事前防災についての厳しい判決が出されたということであれば、当然行政府である政府にも影響を与えるものになることは間違いないだろうと思います。

(岸田議員)
 3点目に、石巻の亀山市長との間のやりとりについての質疑もございました。知事はみずからは意見を述べずに、石巻市としての判断を待ったと、途中経過についてお聞きする経過はあったとお話をされました。その中で全国に影響があるということで、しっかり考えて欲しいとの話はしたと答弁がありました。このことだけを考えますと、「全国に影響を与えるから考えて欲しい」ということは、やはり最高裁の判断を求めるべきだという知事側のサジェスチョンとも受け取れると聞きました。この点についてはどうなんでしょうか。

(村井知事)
 けっしてそういう意味ではございませんで、全国に影響をおよぼす判例になりうるわけでありまして、よく慎重にお考えいただきたいということでありまして、私はいつでもぎりぎりまでお待ちしますので、県に早く結論を出さなければいけないということで、あわてる必要はございません。慎重にお考え下さいそういう意味でお話したということでございます。市長もぎりぎりまで待って欲しいということで、月曜日の7日の朝まで返事がなかったということで、それについては遅かったなどの批判はいっさいしていないということであります。

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<資料 大川小学校裁判>村井嘉浩知事の上告理由説明(概要) 5月9日 宮城県議会・全員協議会[2018年06月09日(Sat)]

<解説>
 東日本大震災により犠牲になった石巻市立大川小学校の児童の遺族が起こした国家賠償等請求控訴審事件について、5月9日の宮城県議会全員協議会で上告する理由を説明した村井嘉浩知事の発言(概要)を紹介します。議員に配布された説明資料は添付ファイルでご覧ください。
 この発言のうち、「原告側も被告側も一言も申していないのに、裁判所の方が『バットの森』が良かったんじゃないかと指定した」という部分については、2人目の質問者として登壇した自民党の相沢光哉議員の質疑に対する答弁で、訂正が行われました。


(村井嘉浩知事)
 はじめに石巻市立大川小学校の事故によりお亡くなりになりました児童・教職員・地域の皆さまのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方々に心よりお悔やみ申し上げます。
 学校の管理下において、このような痛ましい事故が発生し、多数の児童・教職員の尊い命が失われたことは痛恨の極みであり、県民の命と財産を守るべき知事として、極めて重く受け止めているところであります。
 大川小学校の事故は、我々がけっして忘れてはならないものであり、将来にわたって亡くなられた方々のご無念やご遺族のご心痛に寄り添ってゆかなければならないと考えております。
 また昨日、中島議長より、議会の総意として臨時議会の可能性について検討するように申し入れがございましたが、石巻市議会の審議状況を見守る必要があったこと、明日の上告期限に向けて、訴訟代理人との協議や石巻市との調整をする必要があることなどから、臨時議会を開催する時間的余裕がなく、やむをえず専決処分により上告する方針を固めたところであります。
 今回の訴訟は、県政にとっても、大変重要な案件でありますことから、これは県政を預かる者として、まさに苦渋の決断であります。事故で亡くなられた方々に対して、慎んで哀悼の意を表しますとともに、知事として県民の命を守るという最も重い責任に覚悟を持って全力を尽くす所存でありますので、議員各位のご協力をなにとぞお願い致します。
 それでは資料1ページをご覧ください。石巻市立大川小学校国家賠償等控訴請求事件についての県としての考え方を述べます。
 今回の裁判は、1および2にありますように、東北地方太平洋沖地震により、当時大川小学校の児童74名が死亡または行方不明になった事故の責任をめぐる訴訟であり、大川小学校の設置者である石巻市に加え、教職員の給与を負担している県も国家賠償法第3条1項の規定により、連帯して被告とされたものであります。
 この件につきましては、共に被告とされている石巻市が津波の予見可能性や防災計画そのものが否定されていることなど、判決に受け入れがたい箇所があることから、昨日の臨時議会において、本件訴訟に関する上告の提起および上告受理の決議が可決されたところであります。
 今回の訴訟は、学校の管理下において発生した事故に関するものであり、学校の設置者である石巻市が第一義的に判断を行うべき事案であることから私としては、常々石巻市の判断を最大限尊重していくことを申し上げてきたところでございます。
 こうしたところから4ページの(2)にもあります通り、今回石巻市が上告を決定したことを重く受けとめ、県としても上告すべきものと考えております。
 次に第1審、控訴審のそれぞれの判決内容についてご説明申し上げます。1ページ3にあります通り、第1審判決では、地震発生前の防災については、地震発生から午後3時30分の間における教員の注意義務違反がないことを、震災前の石巻市教育委員会の対応についても、法的な義務はないことなどの点について、県および石巻市の主張が認められたところであります。
 一方、午後3時30分から津波が到達するまでの7分間の予見可能性について、教員が裏山ではなく三角地帯に避難したことの主張が認められなかったことや、2ページの4にありますように、学校設置者である石巻市の判断を尊重し、仙台高等裁判所に控訴いたしました。去る4月26日に仙台高等裁判所において、被告らは連帯して総額14億3000万円あまりの賠償金と遅延損害金を支払うという言い渡しがあり、それを受けまして判決文の精査を進めてまいりました。今回の判決では、第1審では過失とされた地震発生後の責任は認めず、避難場所も裏山では不適当であると判断された一方、第1審の判断とは異なり、事前防災については、今回発生した津波ではなく、高い確率で発生が予想された宮城県沖地震によって発生する津波の危険を予見することは可能であったことや、それを踏まえた学校および石巻市教育委員会の事前の安全確保義務になどに過失があったとして、教育現場の校長をはじめとする教員に対して極めて厳しい義務を課しています。
 それでは具体的にご説明いたします。1点目は予見可能性についてであります。5の(1)ロの(イ)にありますように、控訴審判決は石巻市の大川小学校を避難場所に指定したことは誤りだったとした上で、校長等の知識・識見は地域住民が有していた平均的なものよりはるかに高いレベルでなければならず、ハザードマップによる浸水域予測について大川小学校の立地条件や土木工学も勘案し、独自の立場で批判的に検討すべきであったと判断しております。この点につきましては4ページの(2)のロにありますように、地震発生前の教育現場に対しあまりにも過大を課題を課すものであり、学校保健安全法の安全を守る義務を大きく超えているとともに、過去の裁判所の判断基準からみても過大な要求であり、津波の予見可能性を認定することには無理があると考えています。
 2点目、事前の安全確保義務についてであります。3ページの(ハ)にありますとおり、控訴審判決は校長等は大川小学校の危機管理マニュアルについて、想定された津波の浸水に対して、児童を安全に避難させるに適した第3避難場所として、大川小所在外の地区にある「バットの森」を定め、避難経路および避難方法を記載しておけば、津波による被害を回避できたはずであると判断しております。いま避難場所と申し上げましたけど、第1次避難場所は学校の場合、校舎にいる教室の居た場所、つまり教室の中ですね、第2次避難場所は今回の場合は、グランドということになります。第3次避難場所はその他の場所ということで、それを「バットの森」に高めておけば良かったのではないかとの判断でした。この点につきましては、4ページの(2)のロおよびハにありますように、「バットの森」は大川小学校から、およそ700メートル離れているほか、三角地帯からさらに下っていくことになり、「バットの森」まで児童全員と近隣住民を避難させることは当時としては無理であったし、仮に「バットの森」を避難場所として指定していたとしても、継続した余震が止み、「バットの森」まで倒木や崖崩れが無いことを確認した上でなければ、移動を開始することはできず、津波到達前に「バットの森」に児童全員が安全に避難できたかどうかは明確ではありません。そうしたことから、4ページの2にありますように、控訴審判決では過失を判断する際の着目点が第1審とは大きく異なっていること。
 それから今回の判決が確定し、これが判例になれば全国の教育現場に対して、災害を予測した事前防災が求められ、極めて大きな義務が課せられることになり、判決が与える影響は本県だけに留まるものではないと考えられることから、あらためて最高裁判所の判断を仰ぐ必要があると考えています。
 県といたしましては、今回の事故を後世への厳しい教訓として真摯に受けとめ、二度とこのような災害が児童はじめ県民の命が失われることがないよう防災教育の充実や学校の防災体制の構築に取り組んでまいりますが、今回の被告の判断につきましては、以上ご説明した通りでありますので、ぜひともご理解をたまわりたいと考えております。
 ただ今、準備してまいりました文書を読みましたが、言葉で今回上告した理由を少し申し上げたいと思います。このあと質疑もあり、時間が限られておりますので、ここでお話をさせていただきたいと思います。
 上告した理由はわかりやすく言いますと、3つあります。
 1つは申し上げました通り、1審と2審は、基本的に外から見てますと、原告が全面勝訴して、賠償額もほぼ同額であるということは同じような判決であったように見えると思いますが、中身を精査するとまったく違う判決でございました。
 1審は教員に責任があると言われました。しかし、事前防災、つまり地震が起こる前の準備は、問題がなかったという判決であったわけであります。しかし、今回2審では教員には責任はなしという判決で、しかも裏山に逃げる、学校のすぐ脇にある裏山も避難場所としては適切で無かったという判決でございます。1審とはまったく逆の判決です。
 しかし、事前防災、つまり地震が起こる準備に怠りがあったということで、1審とは全然違うところで、原告が勝訴したということでありますので、我々といたしましては、1審と2審がまったく違う内容であったということに我々としては疑問を感じているということが上告の1つ目です。
 それから、2点目ですが、事前防災についてであります。宮城県は1978年の宮城県沖地震があり、大変大きな被害がありましたが、あれはマグニチュード7.4の地震でございまして、今回の東日本大震災の前までは7.4よりもさらに大きな地震が来るだろうということで、8.0の想定をして準備をしていたわけでございます。
 8.0程度では、当時の知見をもってして大川小学校まで津波は到達しないということで、大川小学校自体が地域の避難場所に指定されていたということでありました。それが今回残念なことにマグニチュード9.0という大地震にみまわれ、津波がきてしまった。学校ものみ込まれてしまったということでございます。
 これを裁判所はそうであったとしても、校長先生や教頭先生、または教務主任、こういった立場にあった人たちは、当時大川小学校があった立地条件など、土木工学の知見をもち、地域住民以上の高いレベルで、安全性を考えて、そして危機対策マニュアルというものをしっかりと見直して、そして避難場所を大川小学校のすぐそばの裏山でもなく、学校から700メートルも離れた「バットの森」にするべきだったと、これは原告側も被告側も一言も申していないのに、裁判所の方が「バットの森」が良かったんじゃないかと指定したということであります。それは本当に現実的であったのかということを問いたいというのが2つ目の理由です。
 3つ目は、これが確定いたしますと、判例になってしまうということです。これは石巻の問題、宮城県の問題ではなく全国の教育現場、全国の子どもを預かるいろんな教育施設にも影響を与える大きな影響をもちます。これを判例としていいのかどうかという、正直に申し上げまして、私は判断しかねます。それだけの非常に大きな影響がある問題でありますので、私には残念ながら、いいとか悪いとか判断する能力はございません。したがって、司法の最高の場であります最高裁に問いたいと考えたということでございます。
 ご遺族の皆さまの気持ちはよくわかりまして、私も子を持つ親として、このような立場になっていたかもしれない、その気持ちはよくわかりまして、けっして賠償金を払いたくないとか、あるいは原告と対立したいとか、そういったことではなくて、それを越えたもっと大きな目的で今回は上告にいたったということで、議員の皆さまにおかれましてはご理解をたまわれればと思っております。
 以上でございます。

●説明資料はこちら右矢印1180509 宮城県議会 全員協議会に配布された説明資料.pdf

<参考>
 原告も被告も「バットの森」を第3次避難場所として持ち出していなかったとした説明に対して、村井知事が行った訂正の発言(概要)は以下のとおり。


(相沢議員)
 先ほどの知事のご説明の中で、控訴審判決の中に「バットの森」が第3避難場所として適切ではなかったのかという指摘或は裏山が大方の考え方と違って、避難場所として適切で無かったという、こういう判決になっているわけであります。このことは私も大変驚いたんですが、控訴審の経過の中で、「バットの森」なり、あるいは裏山については原告・被告とも言及はあったのでしょうか。
(村井知事)
 はい、我々被告の方からはございませんし、先ほど私が安藤議員の答弁の中で、原告も「バットの森」について一言も無かったと言いましたが、訂正させていただきます。原告は例えば津波警報が発令された場合には、ただちに裏山への避難や「バットの森」への移動、待機しているスクールバスへの避難等の具体的内容の手順等を決定し、指示しておくべき義務があったと発言しておられました。したがって、原告側は「バットの森」、裏山という言及はございました。

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気仙沼・魚町の防潮堤を調査―県は「住民合意の尊重」「誠実な対応」を[2018年06月08日(Fri)]
 日本共産党宮城県議団は6月7日、宮城県の気仙沼振興事務所の鈴木所長に案内していただき、気仙沼市魚町地区防潮堤を視察しました。地元のまちづくり協議会の方から、ご意見を伺いました。
 この防潮堤は、県のミスで計画よりも天端が22pも高く施行されていたことが4月に住民に説明され、工事は中断しています。
 そもそも「内湾地区に防潮堤はいらない」という声が根強かったところです。県と住民が約百回の協議を重ねて「海が見える生活」を保障するとして高さや形態についてようやく合意が成立したもので、他にもまして手抜かりがあってはならないのに、自然隆起の分が高いまま施工されていたものです。
 宮城県は、対策として、@、計画通りの高さに防潮堤を造り直す、A背後地をかさ上げする、Bこのまま施行を続けるーの3案を地区住民に示し、この中から住民が第1案を選んだというのが到達点です。気仙沼市議会の全議員からも「市内の防潮堤整備においては、住民や地権者の合意を前提として進めており、今後も堅持すべき基本であるので、県と住民や地権者との合意により進めるよう」求める要望書が提出されています。
 住民合意を尊重して、県に誠実な対応を求めていく事案です。

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保育所に招かれて、女川原発の再稼働を止める方法を「30分でお話ししてください」とは! 県民投票の実現を呼びかけました。[2018年06月06日(Wed)]
 保育所にお招きいただいたのは久しぶりでした。
 安全な原発はつくれるのか? どうして安倍政権は原発再稼働に前のめりなのか? 女川原発が事故を起こしたら放射能汚染はどのように拡散するか? 原発事故の避難計画は「絵に描いた餅」ではないのか? 再生可能エネルギーは、いまどこまで普及しているか?
 女川原発の再稼働にストップをかけるとしたら、@裁判に訴えて勝つ、A「安全協定」を締結している女川町・石巻市・宮城県の首長か議会が再稼働に同意しない、B住民投票を実現して、多数の県民が再稼働反対の意志を表明する…という3つの方法が考えられることをお話しし、多々良哲さんが呼びかけている県民投票条例の直接請求運動を呼びかけました。
 これだけの内容をお話しするのに、「30分でお願いします」と言われました!
休憩時間が異なるので、2つのグループに別れて、2回お話ししました。


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映画『マルクス・エンゲルス』を見てー熱いヒューマニズム、民主主義こそ科学的社会主義の原点、私の初心。[2018年06月03日(Sun)]
 カール・マルクス(1818年5月5日〜1883年3月14日)の生誕200周年を記念して製作された映画『マルクス・エンゲルス(THE YOUNG KARL MARX)』の公開が日本でも始まり、居ても立ってもいられなくなり、岩波ホールまで出かけました。
 映画は、小鳥がさえずる森で枯れ木の枝を拾い集めている貧民を、騎馬に乗った官憲がサーベルを振り上げて次々にめった打ちにするシーンから始まりました。ライン新聞の主筆だったマルクスが告発した「木材窃盗取締法」の史実に基づく場面だということはすぐに分かりました。
 19世紀イギリスの紡績工場で、労働者が機械に挟まれて指を2本失ったことに抗議するアイルランド人の女子工員、メアリー・バーンズに経営者はクビを言い渡します。その後をスラム街まで追いかけて「労働者階級の状態を描きたい」「協力してほしい」と訴える社長の息子=フリードリッヒ・エンゲルスは、労働者から鉄拳を見舞われました。「筆者自身の観察と確かな資料による」という注釈が付いた名著『イギリスの労働者階級の状態』が、恋とともに生み出されていく経過が描き出されていました。
 熱いヒューマニズムと民主主義への願い、現状の冷静な観察と鋭い資本主義批判、何よりも「重要なことは変革することである」という社会進歩に対する情熱。
 20歳から模索を始め、22歳の夏に日本共産党に入党を申し込むまで、自分の若き日々を想いおこしながら見ました。
 仙台での上映機会がないのが残念です。
 岩波ホールでの上映は、今のところ6月15日までです。

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文教警察委員会で県内3カ所を視察しました[2018年06月02日(Sat)]
 宮城県議会の文教警察委員会が6月1日、宮城県農業高等学校、宮城県警察学校、名取市立閖上小中学校を視察する県内調査を行いました。いずれも名取市内でした。
 宮城県農業高等学校は明治18年開校で、この秋に133周年の記念式典を予定しています。東日本大震災で津波に襲われましたが、後島武徳校長から、三校に分散して教育を継続しながら、この4月に名取市高舘に移転するまでの足跡と関係者の尽力を伺いました。真新しい校舎、充実した施設を備えた農場、畜舎等に若々しい声が響いていました。
 宮城県警察学校では、点検の訓練、逮捕術の授業を見学し、射撃場を視察しました。
 閖上小中学校は、4月7日に開校したばかりです。東日本大震災の直前に約450人だった児童生徒が140人まで戻って開校式を迎えました。名取市で初めての小中一貫校で、校舎一体型。津波で甚大な犠牲者があった閖上で、これからの地域防災の拠点の役割を果たすべく、一千人が避難できるスペースが屋上に用意されています。
 特別支援学級の教室は4部屋が用意され、シャワー室、洗濯室が隣接してつくられています。
 写真は郷土資料室で、14時46分で止まった時計、閖上中学校の黒板に残された応援メッセージ等とともに、東日本大震災を記録する資料が保管されています。

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「安倍政権を上回る執念で改憲阻止、安倍退陣に追い込もう!」−黒松駅前で[2018年06月01日(Fri)]
 「安倍政権、しぶといですね 」−あきれ返った市民と、朝のあいさつが続きました。
 加計学園の事務局長が愛媛県庁と今治市役所を訪れて、「私が作り話のウソを申しまし た」と。「それが作り話でしょうう」と、多くの国民にバレバレ。「あそこまで、やるんですかねえ」という声も。
 大阪地検特捜部が佐川氏らの不起訴を決めたことにも「ひどい話ですねえ」と。
 今日の地元紙にも、「捜査、『政権寄り』拭えず」と、自殺者まで出した事件が不起訴になることを批判しています。
 安倍改憲N0! 3000万署名を呼びかける朝の宣伝を毎週続けてきました。
「総理の座に固執しているのは改憲の執念から。それなら、改憲を阻止して、安倍政権をもろともに退陣に追い込みましょう。安倍政権を上回る執念を私たちが発揮しましょう!」

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<資料 大川小学校裁判> 上告理由がおかしい 石巻市の臨時議会に提出された文書、宮城県議会の全員協議会に提出された文書[2018年05月31日(Thu)]
 大川小学校で亡くなった児童の遺族が起こした国家賠償等請求事件の仙台高裁の判決は、宮城県沖地震を想定して対策をとっていれば、大川小学校で児童たちが命を失うことは回避できたという内容です。
 仙台高裁判決では、本件想定地震とは宮城県沖地震(連動型)のことで、本件地震とは東日本大震災のことです。判決の第32ぺージに、大川小学校の柏葉校長等が予見すべきだったのは、東日本大震災ではなく、宮城県沖地震とその津波だったということが、わざわざ念を押して書いてあります。
 ところが、5月8日の臨時石巻市議会に提出された上告理由の説明文書(第110議案に関わる補足説明資料)には、「東日本大震災前の時点では、津波が大川小学校まで到来することは予見できなかった」と書かれていいます。臨時議会の前にも亀山紘石巻市長は、「東日本大震災は予見できなかった」という発言を繰り返しました。
 そもそも上告理由の説明に「東日本大震災」という言葉が出てくること自体が、あってはならないことで「判決を(亀山市長が)誤読しているんではないか」という観測がありました。
 臨時石巻市議会で、日本共産党の水沢ふじえ議員が質疑でただし、亀山市長は「おっしゃるとおり、想定地震は宮城県沖地震だった」と、それまでの発言を修正しました。

 宮城県議会の全員協議会はその翌日でした。
 村井嘉浩知事が、用意された説明文書を読み上げた後、「私の言葉で上告理由を説明したい」と言いだして発言しました。「1978年の宮城県沖地震はマグニチュード7.4だった。宮城県沖地震(マグニチュード8.0)を想定していた。大川小学校に津波は来ないとなっていた。ところが、マグニチュード9・0の大地震に見舞われ、(大川小学校は)津波に呑まれてしまった」という趣旨の発言がありました。
 この発言からは、東日本大震災を予見できなかったことを(仙台高裁判決で)批判されたと村井知事が理解していたのではないかと、思わざるを得ません。

 資料として、臨時石巻市議会に提出された文書、宮城県議会の全員協議会に提出された文書を紹介します。

●臨時石巻市議会に提出された文書右矢印1180508 臨時石巻市議会 上告理由の説明.pdf

●宮城県議会の全員協議会に提出された文書右矢印1180509 県議会 全員協議会配付資料.pdf

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大川小学校研究会に参加。なぜ対決が生まれているのかを知らせて、仙台高裁判決の誤読と誤解をなくし、今後の行政に生かす、判決を学ぶ運動が大切です。[2018年05月28日(Mon)]
 東京の専修大学神田キャンパスで5月25日に開催された大川小学校研究会に参加しました。
 仙台高裁の判決を誤読・誤認している人が多く、石巻と宮城県にある、この問題でのわだかまりと対立を乗りこえていく道筋を考えたかったからです(上告して逆流をつくり出そうとする動きとの対決の中で)。そのためには、まず自分の理解をもっと進めなければならないと痛感したからです。 
 80人の参加者がいるのに、もの静かな集会でした。ほぼ全員が大川小学校を訪れたことがある人たちで、外国人も含めて報道関係者と研究者が目立ちました。「大川小学校で何が起こっていたか」ー原告団と弁護団の調査(証拠づくり)に心を寄せた人たちがたくさんいて、仙台高裁判決が紡ぎ出されてきたことが、よくわかりました。
 東日本大震災を経験した裁判官が後世に残した最大の貢献として、永く語り伝えられるのではないか―仙台高裁判決を何度か読み返すうちに、そう思うようになりました。同時に、犠牲になった児童と教員に思いを寄せない逆流を許してはならないという思いも強くなりました。
 組織的過失を認定した判決は、回避しなければならない事態を避ける責任を行政に求める教職員や市民の運動はもちろん、民間企業に不法行為を未然に防止させる労働運動・市民運動に活用できそうです。上告して逆流をつくり出そうとする動きは、その勢力が判決を誤読したからではありません。なぜ対決が生まれているのかを知らせて、判決を学ぶ運動を起こし、判決の誤読や誤解を克服して、今後に生かす取り組みを進めることが大切です。
 研究会の模様は、翌日26日12時15分からNHK仙台放送局のローカルニュースの時間帯で報道されました。

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大川小学校でも大川中学校でも教頭が津波を予見していた事実を宮城県教委が認めるー「予見できなかった」という上告理由はもう主張できないー5月21日の文教警察委員会で大川小学校裁判で追及[2018年05月25日(Fri)]
 石巻市と宮城県は、大川小学校の裁判で「津波は予見不可能だった」と主張する上告理由書を提出しようとしています。5月21日の宮城県議会文教警察委員会で、この主張は歴史の事実に反するのではないかと追及しました。
 大川小学校では、2010年にチリ地震津波が襲来し津波警報が出た際に、校庭で練習していたスポーツ少年団の児童に石塚教頭が帰るように命じたという証言があります。宮城県教育委員会の教職員課長が「第三者調査委員会の報告書にそのような証言がある」と認めました。
 大川小学校よりも少し上流にある大川中学校では、大震災の前に教頭が津波の襲来を懸念して、危機管理マニュアルを改定していました。この事実は、控訴審の第6回口頭弁論で、当時の教頭から証言されました。この指摘も、教育長が認めました。
 私は、「大川小学校でも大川中学校でも、教頭が津波を予見していた。どちらも大震災の前のことで、予見していた津波は、まぎれもなく想定されていた宮城県沖地震による津波だった。予見不可能という上告理由は、歴史の事実に反する」と指摘しました。

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「どんな障害があっても受け入れる」という、みぬま福祉会(埼玉県)の30年余の実践に感激しました。[2018年05月24日(Thu)]
 「どんな障害があっても受け入れる」―埼玉県の「みぬま福祉会」の実践は、たいへん衝撃的でした。
 昨年11月に宮城県議会に障がい者福祉調査特別委員会がつくられましたが、私は強度行動障害のある人、重度心身障害のある人の支援の場が少ないことに問題意識をもっていました。県外調査の対象を検討した際に社会福祉法人「みぬま福祉会」を推薦したのですが、希望がかなって川口太陽の家を訪れることができました。
 松本哲・総合施設長から、「どんな障害があっても受け入れる」福祉施設づくりの30年余りの取り組みを伺いました。他の施設から拒否された人、放火等の触法行為を繰り返す人をまず受け入れるという考え方、そして一人ひとりにどのように対応してきたのか、お話を聞いていた議員が涙ぐむほどその実践は感動的でした。
 重度の障害があった人が、20年経った後でどのように変わったかを語りかける、松本さんのおだやかなお顔を見て、「同志を募って、もう一度、来てみたい」と、思いました。
 「日本一の職員を育てる」努力、医療機関・地域との連携、職員と建築家が意見交換してつくりあげてきた作業場、どれもが秀逸でした。

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 車いすの人のために段差をなくしたい。行動障害や自閉症の人にわかりやすくしたい。矛盾するような要請に、段差をつくらず、視覚に訴える玄関にすることで応えていました。

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