CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
原風景”八幡坂”平成16年度歴風文化賞 [2007年03月19日(Mon)]
昔,坂の上に箱館八幡宮があつたことから八幡坂と呼ばれるようになった。
明治初期の2年続きの大火で、八幡宮は谷地頭に移ったが、坂名は今でもそのままである。
大火後、曲がった坂はまっすぐな立派な坂になり、函館港を見下ろす美しい坂道は、連絡船廃止後も、摩周丸が常に係留している画になる観光スポットである。

坂道の脇にはニセアカシヤの街路樹があり、初夏は白色の小花が咲き、冬はイリミネーションでかざられる。
坂の突き当たりは函館西高、昔は白百合学園坂横があり、多くの学生を育てたこの石畳に刻まれた歴史と風景は、人々の思い出とともに函館の原風景であることをここに宣言する。

                      【明治時代の八幡坂】


                     【昭和29年帰宅する学生】


         【小林 旭の渡り鳥北に帰るの映画に出ました】
 
         【最近の八幡坂】 
           【イリミネーションで飾られた冬の八幡坂】
函館の歴史的風土を守る会設立趣旨書 [2007年03月19日(Mon)]
 


 函館は縄文時代から昭和時代の今日に至るまで、北海道を代表し、特に本州、東北地方、日本海沿岸地方との交流の拠点として、また外国文化の受入地として、重要な役割を果たしてきました。

それだけに函館は、今日、日本の文化や歴史を語る場合忘れてはならない歴史的遺産を、他地域には例を見ないほどの豊かさを誇っております。

そして、これら歴史的遺産は、函館に住む人々の精神的糧として、人々の生活の中に静かに息づいてきました。
函館に住む人の誇りは、正にこの歴史的風土とともに生まれたものといえましょう。

この意味において、函館に存在している歴史的遺産を守ることは、我々函館に住む者の務めであり、これを保存し、子孫に伝えることは、函館を愛する我々の使命と考えます。

しかし、これは口で言うほど簡単ではないと思います。ましてや行政や文化団体の力だけでは及ばないところです。
函館に住む人々がお互いに手をとり、力を出し協力し合ってはじめて、これが可能になるものと考えます。
こう思いまして、我々はここに恒久的な住民協力の組織を作ることを考えました。この「函館の歴史的風土を守る会」がそれです。

本会の会員は、函館を心から愛する気持ちを持つ人であれば、誰でもよいのです。
老若男女を問わず、一人でも多くの人々の参加を求めます。

豊かな歴史的風土に恵まれた”ふるさと函館”を市民一人一人の自覚と努力で守りましょう。

この運動が実るとき、函館の町は今以上に人間尊重都市となることでありましょう。


以上の趣旨にご賛同される皆様方のご参加を広く呼びかけます。

                        函館の歴史的風土を守る会

                                         事務局
                             〒04−0001 函館市五稜郭町43-9
                             電話0138-51-4785 五稜郭タワー(株)内
第29回函館の町並みを美しくする新春チャリティー・パーテー「歴史的町並み基金をつくる夕べ」 [2007年02月25日(Sun)]
表記チャリティ・パーテーは、2月23日(金)函館市元町五島軒本店で約250名が参加し開催された。本年は、2月末の寒い時期なはずなのに、道路は積雪もなく、まさに新春を迎えたチャリティ・パーテーとなりました。2007年度 第24回歴風文化賞の授賞式、本パーテーの益金の函館市への贈呈、バック音楽は、スイングジャズの生演奏、会食、クイズ、オークションなど盛りだくさんの内容で無事終了しました。
続きを読む・・・
ふるさと写真コンクール [2007年02月24日(Sat)]
小中学校生徒を対象にした「ふるさと写真コンクール」が2月15日より2月21日まで函館駅2階のホールで開催しました。今回で4回目を向かえ、小中学生とは思えない力作もありました。写真を通して函館の景観をより子供たちの意識の中に育っていくことを期待しています。また今回はこれまでの開催で入選した作品も展示していました。
2007年歴風会「団体賞」 [2007年02月24日(Sat)]
今年の団体賞は、北斗市旧大野町内の文化財の保存と研究活動を精力的に続けている「大野文化財保護研究会」と2002年から活動を始めた「函館山三十三観音清掃ボランティア」が受賞した。
【三十三観音とは】
「法華経普門品」というお経には、命あるも全てのものを救済するために、三十三の姿を変えた観世音菩薩が現れると説かれています。これを三十三ヶ所に配置して、巡礼する風習は、平安末期に畿内におこったとされています。もつともよく知られている西国三十三ヶ所は、熊野那智の青眼渡寺に始まり、美濃谷汲寺に終わる巡礼霊場です。この巡礼は、江戸期にあっては人々の行楽のひとつとなりました。
【函館山の三十三観音】
函館山の三十三観音は、西国三十三観音に行かずともご利益を受けることができるように配置された、北海道における最初の三十三ヶ所の霊場です。
1832年(天保3年)に起工され、1834年(天保5年)に完成したと伝えられ,称名寺の住職による発願といわれています。 函館山の登山口に近いところに1番札所があり、ここを出発点に、三十三番札所の称名寺までの2qほどの巡礼道です。(はこだて検定公式テキストブックより)
2007年度歴風文化賞!! [2007年02月22日(Thu)]
本年度の歴風大賞で「保存建築物」は3棟で「函館どつくレンガ倉庫」は大正初期以前に建てられたレンガ造りの建築物で、土台には、弁天砲台の石を使用している。【函館どつく構外より見る】
続きを読む・・・
2007年度歴風文化賞 種田英治と島津京子邸 [2007年02月21日(Wed)]
種田英治邸は北斗市(旧上磯町)の川筋にある和風住宅である。明治中期以前に建てられ切妻妻入りの形式の建築物である
続きを読む・・・
2007年度原風景「銀座通り」 [2007年02月20日(Tue)]
銀座通りは、建物や街路樹に大正時代の面影が残っている通りです。
続きを読む・・・