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死別後の悲嘆のプロセス 〜遺族の心の変化〜 (07/18)
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「自死遺族支援関係者セミナー」に参加して [2008年01月18日(金)]
先日「自死遺族支援関係者セミナー」に出席してきました。


訪問看護ステーションでグリーフケアを担当し、遺族と関わることはありますが、私が関わる遺族は病死の方ばかりです。


主疾患で亡くなる方もいますが、突然の病態による死もあり、ゆっくり死を受け入れる準備も出来ないまま家族の死を迎えた遺族、いろいろですが自死の遺族はいません。


死の受け入れは時間があるほうがその後の悲嘆の過程はよいと言われています。
事故による死や突然死で亡くなられた方の遺族は死の受け入れ期間がないので死のショックは大きいと言われます。


どのような原因で亡くなったにせよ、大切な方を失った遺族の悲しみは言葉で言い表せないほどつらいものです。
ただ、自死遺族の方は、社会の偏見から、その事実を周りの人、時には、家族の中でさえお話しできないという辛さがあります。
大切な人の自死で、突如、遺されてしまう遺族たちの心理と悲嘆は、想像を絶するものでしょう。

一般の死と違い自責感、後悔などの念が強く出やすく、何故死んでしまったのか、何故何も言ってくれなかったのか、何故私を残して逝ってしまったのか、何故気が付かなかったのか、ああしておけばよかったなど、悲しみに浸る暇もなく、ショックや故人に対しての怒り、周りに話せないことから孤独、孤立感の中で苦しまれます。


年間の自死者の数は3万人。交通事故で亡くなる方より大きく上回っています。
1人の自死によって周囲の5〜6人が深刻な心理的影響を受けるといわれています。
3万人の自死者。その影響を受ける15〜18万人の周りの人。
もしかしたら自分の周りに自死遺族がいるかもしれません。


そんな社会情勢の中、自死遺族のサポートグループも多く立ち上がっており、ここ滋賀県でも平成19年10月に「凪(なぎ)の会 おうみ」を発足し自死遺族のサポートをしているそうです。



研修では実際の自死遺族の方からのお話がありました。

夫を自死で亡くし、夫を亡くした遺族でありながら、舅からは「お前が殺したんだ。
葬式にも出るな」と言われ、夫の死因を誰にも言えず、周りには心臓発作と偽る。
お酒を飲み、長い年月を苦しみの中で過ごし、2度の自殺を図り、2度目に命を取り止めた時に「同じ悲しみを母親に与えてはいけない」と思ったそうです。

そして一番のきっかけは13年前の阪神淡路大震災だったといいます。
自分のつらい経験が役に立つかもしれないと思ったそうです。

現在はサポートグループの代表として活躍されていますが、同じ自死遺族であっても、亡くした人の立場が違えば抱えている問題も様々です。

子供のいなかったこの遺族に対し、子供を亡くした遺族からは「子供の死ほどつらいものはない。夫を亡くすくらいどうでもない」と言われ、同じ夫を亡くした立場の遺族であっても、小さな子供がいる方は子供の養育という問題を抱え「子供がいないから身軽でいいじゃない」と言われたりし、同じ自死遺族から傷つけられることもあったと言います。


この方は自死した夫のことは誰にも言えずにいましたが、
自死した夫も一生懸命生きていた。その生きていた証を葬ろうとしていたことに気付き、夫の死を話したいと思うようになったそうです。


自死で亡くした遺族は社会の好奇と偏見の中にいます。
この自死遺族の方は特別視しないで寄り添って欲しいといっていました。


自死による深刻な影響を受ける人が15〜18万人。
言えずに苦しんでいる人が自分の身近にいるかもしれないということを心に留め、これからもグリーフケアに携わっていきたいと思いました。
Posted by ぽむぽむ at 17:09
グリーフケアの発表をしてきました [2007年10月18日(木)]
先日、第60回済生会学会があり、そちらで私たちが行っているグリーフケアの活動報告の発表をしてきました。
発表といってもデジタルポスター発表という形でしたので、一つの広い会場に14箇所で同時に発表し、ザワザワした会場内での発表。少しでもグリーフケアについて興味を持っていただけたらと思いましたが、私の発表がちゃんと聞いてもらえたのかよく分かりません。


今回はそこで発表した事をここで少し紹介させてもらいます。


私たちが行っているグリーフケア活動内容は、
・弔電
・遺族電話 忌明け(49日)を目途にご遺族に電話連絡する。
・グリーフカード送付(初盆・年末・3月末を目途に年3回送付)
 担当看護師から一言メッセージを書き、遺族会のお知らせをする。
・遺族訪問 電話連絡時に了解があれば、遺族訪問させてもらう。
・遺族サマリー記載 電話や訪問時の状況、自己の反省や感想を記載することによって、
 このケースの振り返りをする。
・遺族会 3月、8月以外の第3水曜日開催 (年10回)


平成18年度グリーフケアの実際は
・死亡者  66名
・弔電  43件
・遺族電話 39件
・遺族訪問 40件
・遺族サマリー記載 41件
・グリーフカード 年3回
  初盆はがき 73名 (H17年8月16日〜H18年8月15日までに49日を迎えた利用者対象)
  年末はがき 70名 (H18年1月1日〜H18年12月31日までに49日を迎えた利用者対象)
  年度末はがき 70名(H18年2月11日〜H19年2月10までに49日を迎えた利用者対象)
・遺族会 3月、8月以外の10回開催


遺族会の内容
大切なお身内をなくされた家族の分かち合いの場となるよう、会では共感、傾聴を大事にしています。
初参加者がいる時は全員自己紹介から始め、特にテーマもなく、故人との思い出話など、各自が自由に話せるよう進めています。


平成18年度の遺族会参加者
・遺族会スタッフ  
  グリーフケア担当看護師2名、住職、遺族という立場で元済生会滋賀県病院看護部長の4名。
・1回の遺族の参加  2名〜5名(平均4.1名)
  初参加遺族      6名
  参加延べ人数    41名
  複数回参加遺族    5名
 
 1回の参加で終わる遺族もいますが、定期的に参加している遺族がいます。


悲嘆が癒されたら遺族会の参加を自然とやめると思われていましたが、
現在も継続的に参加をされている遺族が2名います。
2名とも平成17年に親を亡くし、死別後2年以上経過しており、遺族会の様子から悲嘆に暮れている様子はなく、どのような気持ちで参加を続けているのか知りたく、このうちの一人にインタビューを実施し、今の想いを聞かせてもらいました。


インタビューしたご遺族の背景
現在60歳前半、男性。在宅にて母親を1年半介護。
介護当時、定年を前に母親の介護のために退職し、家の農業をしていた。
妻と一緒に母親の介護をし、介護記録をつけるなど、熱心に介護していた。
平成17年4月に母親が他界し、翌月からほぼ毎回、遺族会に参加している。


インタビューから見えた遺族の想いとして大きく4つのことが上がりました。

1、看護師に感謝の想いがある
・看護師と家族と一緒になって考え、ケアをした。
・看護師と故人との良い関係が家族に安心感をもたらし良い影響を与えた。

2、介護してきたことに対する想い
・今しか出来ないこと、介護をやり遂げたという満足感。
・介護をしている中で十分故人と話をし、分かち合うことが出来た。
・介護の中で、母が亡くなることへの心の準備、覚悟ができた。
・介護している自分を周りが評価してくれた。


3、故人への想い
・亡くなったら終わりではない。
・大事な思い出が残る。
・故人は忘れられていない。
・今でも故人を近くに感じる。
・故人は十分生きた、故人の望む葬儀も出来た。
・葬儀で参列者に偲ばれたことがうれしかった。
・毎日接していた人がいなくなるのは寂しい。


4、遺族会に対する想い
・看護師に感謝の気持ちを伝えたい。
・遺族会は看護師と出会える場。
・同じ遺族という境遇の人に出会うことが出来る。
・心が癒される。
・思い出話をすることで故人が忘れられていない存在と感じる。


この遺族は「看護師に感謝の気持ちを伝えたい」という言葉をインタビューの中で何度も言われました。
十分介護が出来たという達成感と、遺族会で故人の思い出を語りたいという気持ちが感じられました。
死別後2年以上経過していても、遺族会の参加で心が癒され、看護師や他遺族との出会いを楽しみにし、これからも続けて欲しいと言われました。


グリーフケアから学ぶこと
遺族訪問や遺族会で実際にご遺族の話を聞くことによって、ターミナル期の家族の想いを知り、死別後の悲嘆を軽くするには何が必要か、ターミナル期における家族への看護の必要性に気づかされます。
今回のインタビューから、十分介護したという満足感、また在宅療養において看護師と良好な関係を築き、故人が望むような死を迎えられたという想いが、悲嘆を軽くしているのだと思いました。
ターミナル期になると家族も何をしらたいいか分からなく、「何も出来なかった」という後悔が残らないよう、家族に出来ることを私たちは伝えていくことが大事だと思いました。
私たち看護師は、亡くなって終わりではなく、そのケースを振り返り、自分達の看護を見直すよい機会ともなり、グリーフケアは提供するだけでなく、看護師自身が得るものがたくさんあると感じています。




今回、インタビューをして逐語録を作るのが大変だったりと、正直ちょっと懲り懲りという気持ちもありますが、こうして遺族の話を聞け、改めて私たちのやっていることが遺族に評価されうれしく思いました。

昨日も遺族会を行い、私が担当していた利用者さんの家族が参加され、今の生活を聞き、安心すると共に、またしっかり生活をされていることに私自身が元気をもらったような気がします。やはり私たちのしていることは与えているだけでなく、もらっているものがいかに多いいか感じました。

Posted by ぽむぽむ at 10:40
「ずうっとおにいちゃん」を読んで [2007年08月08日(水)]

最近読んだ本、「ずうっとおにいちゃん」。岸川悦子 作/つちだよしはる 絵

『たかちゃんが死んだ。一度もおにいちゃんといわないで。まだ0歳のままで。
どうしてたかちゃん死んじゃったの?――弟の命をだきしめ、けなげに生きるのんちゃんと、
おとうさん、おかあさんの深い愛情を、実話をもとに描く感動のお話。』



この本は小学生向きの童話です。実際に子供を乳幼児突然死症候群で亡くされたお母さんと、
亡くなった子のお兄ちゃんの話を元に作られています。


小学1年生ののんちゃんの目線から書かれた話で、弟のたかちゃんが突然亡くなり、
のんちゃんは自分のせいでたかちゃんが死んじゃったのではないかと思い、
たかちゃんの死で、お母さんが壊れてしまったと感じています。


子供が家族の死を経験すると、その死が自分のせいではないかと感じると聞きましたが、
この本ののんちゃんも自分が“ちょうちょ”をすぐに捕ってこなかったのが原因じゃないかと考えます。
そして、のんちゃんの棺が焼かれる時に、お母さんの「私ものんちゃんと一緒に行く」という言葉が
小さな胸にひっかかり、自分が学校に行っている間にお母さんが死んじゃうんじゃないかと
心配で時々学校を休んでしまいます。

家族がのんちゃんの死を受け入れていく過程、またのんちゃんの学校のクラスメートが
亡くなったたかちゃんの事でのんちゃんを傷つけてしまいますが、
先生に「あなたがのんちゃんだったら?」という問いかけに、
死を自分に置き換え、のんちゃんを亡くしたたかちゃんの気持ちを考える場面があります。
子供が死をどのように受け止めるのかがわかるお話でした。


大変読みやすく、子供はもちろん、大人が読んでも引き込まれる話でした。



ぽむの会(遺族会)に来られた御遺族に先天性の疾患で1歳5ヶ月で子供を亡くしたお母さんがいました。
子供を亡くされるというのは死別の中でもかなり強い悲嘆を引き起こすと言われています。
死別後1年4ヶ月経って参加され、お話を聞きましたが、大変勇気をもらったような気がしました。
そのお母さんの言葉を紹介したいと思います。


「1歳までに亡くなるのが9割と言われていた病気だったけど、1歳5ヶ月生きられ、
あの子なりの寿命は全うしたんかなと思います。
病院の先生や看護師さんに大事にしてもらって幸せやったんかなぁと。
子供は元気に生まれてくるのが当たり前だと思っていたけど、
亡くなったこの子のお陰で関わりを持てた人がいることに感謝している。
障害を持った子のリハビリを見ることも出来て、普通では体験できないことが出来た。
おもいっきり看たという思いがあるから後悔はない。
あの子のお陰で私たちは勉強させてもらった。」


こんな風に子供の死を受け止められ、すごく立派な方だなと思いました。
それでも亡くなった子の写真を見ると大泣きしてしまうから見ないようにしていた、
などと言われ、まだまだ気持ちが揺れ動いているお母さんの心情を知りました。


このお母さんは亡くなった子の上にお兄ちゃんが居て、お兄ちゃんが明るくしているので、
悲しい気分から救われたと言っていました。


家族の中の死では、それぞれが辛い思いをしているが悲しみの表出の仕方が違うので、
こうして子供を亡くした後に夫婦仲が悪くなるケースもあります。


一般的に男性は悲しみをあまり表出しません。
妻は悲しみを表出しない夫に対して、「この人は自分の子供を亡くしたのに悲しくないのかしら?」
と不信感、疑問を持ち、こういった夫に対して怒りや悲しみを持つといいます。
夫の立場ですと、早く立ち直りたいと思っているのに、妻がいつまでも悲しみに暮れていて、
そばに居るとその悲しみに引き込まれ息苦しく辛いのです。


悲しみは同じですが、悲しみ方が違うのです。
こういった心情をお互いが理解することが大事だなと思います。


悲しみが新たな悲しみ、別れを生むのは辛いことです。
いろいろな人が、このことを知って、悲しみに暮れている方に寄り添い、
時に助言できたらいいのではないかなと思っています。
Posted by ぽむぽむ at 17:23
死別後の悲嘆のプロセス 〜遺族の心の変化〜 [2007年07月17日(火)]
人は死別などによって愛する人を失うと、大きな悲しみである「悲嘆(GRIEF)」を感じ、
長期に渡って特別な精神の状態の変化を経ていきます。

遺族が体験し、乗り越えなければいけないこの悲嘆のプロセスを、「グリーフワーク」と言います。

この悲嘆の状態は、心が大怪我をしたような状態ですが、自然に治癒の方向に向かいます。
遺族はやがて、故人のいない環境に適応して、新しい心理的・人間的・社会経済的関係を作っていきます。
「グリーフワーク」を経ることで、人は人間的に成長するのです。

この「グリーフワーク」のプロセスを支えて見守ることが「グリーフケア」です。
ここまでは前回もお話したことです。

今回はそのグリーフワーク、悲嘆のプロセスとはどんなものかちょっと説明したいと思います。



悲嘆は愛する者を失った人が体験する正常な反応であり、誰もが「グリーフワーク」のプロセスを歩みます。
「グリーフワーク」のプロセスには、個々人によって違いもありますが、一般的なパターンがあります。
この一般的なプロセスを正常な「グリーフワーク」とすれば、これからズレた病的な「グリーフワーク」の状態もあるのです。

グリーフワークのプロセスは学者によっていろいろな分類がありますが、大きな違いはないと思います。
ここでは、アルフォンスデーケン氏とキャサリン・M・サンダーズ氏の分類を紹介したいと思います。


アルフォンス デーケン:12の段階 
デ−ケンは、この辛い12の段階を誰かが代わって行うことはできない、自分の中で時間をかけて消化するより仕方がないと力説している。

1精神的打撃と麻痺状態
頭の中が真っ白になる。心身のショックを少しでも和らげようとする本能的な働き(防衛機制)である。
「お葬式など、あまり覚えていませんし、夢中の出来事のようです。泣くこともできず、周りからしっかりしているとか、泣かないことを非難されたりします。」


2否認
感情が受け入れられないだけでなく、理性も相手の死という事実が認められない。帰ってくるような気がしたり、声を聞いたりする。
「あの人が死ぬわけがない」

3パニック
パニックを未然に防ぐことが、悲嘆教育の大切な目標の一つ

4怒りと不当惑
不当な苦しみを負わされたという激しい怒りが沸き起こり、何で私だけがこういう目にあわないといけないのだろうかという不当感が発生することもある。神は何故私にこんなにひどい運命を課したのか。私は何も悪いことをしていないのに何故こんなひどい目にあうのかという不当感である。とりわけ突然死の時に強い。無理に感情を押し殺さず上手に発散させる。

5敵意と恨み
残された人は、周囲の人々や亡くなった人に対して、敵意や恨みという形でやり場のない感情をぶつける。
医療者や亡くなった人自身が対象になりやすい。

6罪意識
罪意識は自責感であり、多くの遺族をひどく苦しめる。

7空想形成、幻想
出張していると思い込もうとしたりする。

8孤独感と抑うつ
葬儀などの慌ただしさが一段落すると、まぎらわしようのない独りぼっちの寂しさがひしひしと迫ってきます。

9精神的混乱と無関心
日々の目標を失った空虚から、全くやる気をなくす。人と話すことも、出かけることもとてもおっくうになる。

10あきらめ→受容
受容とは事実を真実として積極的に受け入れていこうとする行為のことである。愛する人はもうこの世にはいないという辛い事実を自ら受け入れることができるようになる。

11新しい希望
忘れていた微笑みがもどり、新しい自分へと成長していく。

12立ち直りの段階〜新しいアイデンティティーの誕生


キャサリン・M・サンダーズ
1.ショック(Shock)
2..喪失の認識(Awareness of Loss)
3.保護と引きこもり(Conservation and the Need to Withdraw)
4.癒し(Healing)
5.再生(Renewal)



上記の内容を要約すると、愛する家族との死別を体験した場合、殆どの方は最初にショックを受け頭が混乱し真っ白な状態になります。

その後、喪失の認識がされ始めると大きな悲しみ・怒り・罪悪感などを感じ、精神的にも肉体的にも消耗し不安定な状態が続きます。

喪失の認識の後には、大きな悲しみ(痛み)により休息が必要となります。
一人になり(引きこもり)十分休息を取る事が重要となります。
この時期には、無力感や疲労感が支配します。
休息が十分に取れれば、心も体も癒され自分自身をコントロールする事が少しずつ可能となります。これが癒しの段階です。
転換点はもう直ぐです。悲しみが無くなる訳ではありません。
しかし、愛する者の死を確りと受け止めて、再び前向きに生きる再生を迎える事となります。



遺族はこのような心理変化を経験します。
ただ悲しみにくれているのではなく、怒りを感じたり、罪責感を感じたり、段階を行ったり来たりし、揺れ動いています。



ネットでグリーフケア、遺族ケアについて検索すると色々出てきますが、葬儀社のホームページがよくあがってきます。

グリーフケアを意識した接客や葬儀を行うことを心掛ける葬儀社や、グリーフケアを行う会を紹介してくれる葬儀社があるようです。

遺族ケアは医療者だけがするのではなく、こうして葬儀社もグリーフケアに取り組んでいるんですね。



グリーフケアということが少しずつ認知されようとしています。
看護の中でも、今までは終末期、ターミナル期のケアの中で、予期悲嘆への援助についてのことなど触れていましたが、なかなか死別後の遺族への援助については触れていることは少なかったですが、少しずつ遺族ケアについて触れられるようになっています。

研修でも取り上げられるようになり、近々、グリーフケアの研修に参加してくる予定です。

またここの場で、その時の研修内容などお話できたらと思っています。
Posted by ぽむぽむ at 17:20
グリーフケアって? [2007年07月03日(火)]
人は生きていれば必ず誰かしらとの死別を経験します。


テレビでは数多くの死を報道していますが、私たちはその全ての死に対し、嘆き悲しむわけではありません。
愛する家族や、友人など自分にとって近しい、大切な存在の人の死は非常につらく、大きな悲しみを感じます。この悲しみのことを悲嘆(グリーフ)といいます。
この大きな悲しみを受け入れ、乗り越える為の作業がグリーフワークです。


悲嘆は愛するものを失った人が体験する正常な反応であり、だれもがグリーフワークのプロセスを歩みます。このグリーフワークのプロセスを支えて見守ることがグリーフケアといいます。


終末期医療でもケアの対象者は死を目前にした人だけでなく、死にゆく人を看護する家族にも向けられ、本人の死後においても遺族に対するケアが必要という認識が高まってきています。しかし今の保険制度では、遺族のケアに対する看護には何の保険点数もなく、施設では遺族ケアをしたくても出来ないのが現状で、遺族ケアに取り組む施設は少ないのではないでしょうか。


私たち滋賀県済生会訪問看護ステーションでは、平成14年からグリーフケアに取り組んでおります。私たちの取り組みを紹介し、またいろいろなエピソードをここでお話できたらいいなと思っております。


グリーフケアって何も特別なことでも、看護師や医療従事者じゃないとできない、というものではないなと感じています。
現に、グリーフケアを行っているサポートグループは病院や医療機関とは関係ない団体が行っています。
特別の人じゃないと遺族が癒せないのではないです。私たちはつい遺族を前にすると何を話したらいいか、どうしていいか分からず励ましたり、叱咤したりすることもあるでしょう。ただそれらが遺族を苦しめることになるということを知らない人は多いのではないでしょうか。
これから少しずつ、グリーフケアや、遺族の言葉などお話できたらいいなと思っています。


こんなことを言っている私も、グリーフケアの達人でも何でもなく、遺族ケア、グリーフケアを勉強しながら遺族に関わらせてもらっているただの看護師ですけど。
Posted by ぽむぽむ at 10:35
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